先人は敬うものである

 『春眠暁を覚えず』と昔の偉人はよく言ったもので、春は花の香りと共に穏やかな空気が漂っていて、中々起きる気にならない。


 「はるはここちよくて、ずっとねていたくなるね」とこの前セレナにも同意を求めたのだが、「ショウ様は春夏秋冬関係なく、普段からすぐにはお目覚めにならないですよ」と言われてしまった。面目ない。


 ともあれ、春である。


 前世では春と言えば花のイメージが強かったが、こちらでもそれは変わらず王宮の園はまさに芸術で、久しぶりに絵を描きたくなったほどだ。描くとなったら手を抜きたくないから描かなかったけど。


 残念ながら桜と呼べるものはなかったが、5種類の花々決められた配置の中でその存在を僕たちに個々にアピールしてきて、華やかさ・優美さには事欠かない。


 その園の中をゆっくり歩きながら鑑賞していると、黄色の花々が栽培されているエリアで水やりをしている侍女たちを見かける。


 この園も僕みたいな5歳未満の王族がいることがあるので、出来るだけ多くの者に見られぬために庭師を侍女や侍従が行うのである。


 彼女たちを僕は他の場所でも見かけたことがあり、確か彼女らは…。


 「やぁ、こんにちは」

 「これはショウ王子様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。仕事に熱中していたため気づくのが遅れてしまいました」

 「うん、いいよ。これほどすばらしいものをつくりあげるんだから、そうもなるのもしかたないよ」

 「アグラド家に仕える者としてこのぐらいのことは当然のことでございます」

 「おぉ~、すごいね」


 彼女らはこの国の第二王妃キャンヴェラ様の侍女たちだ。あっちの人たちは何かとつけて面倒だからあまり話したいとは思わない。


 「ところで、"きゃんう゛ぇらおうひさま"のごようたいはいかがですか?」

 「ショウ王子様がご心配なさらずとも、アグラド家に仕える者達は優秀です」

 「そっか、ごそくさいならよかった」

 「私共はこの後も仕事があるので、失礼させていただきます」

 「あぁ、うん。ごめんね」


 彼女らは頭を軽く下げて、自分の仕事に戻っていった。


――――――――――――――――――――――――――


 部屋に戻ってお茶を楽しむ。来客もいないので、レイスとセレナには一緒に楽しんでもらっている。


 今日のお菓子は干しイチジクを蜂蜜漬けしたものだ。酸味も臭味もなく、甘さがギュッと濃縮された干しイチジクを更に蜂蜜漬けしたのだ、甘すぎない訳がない。ストレートでの紅茶は前世から進んで飲もうとは思わなかったが、この時ばかりはお茶が進む。


 「先程のあの者らの対応は完全にこちらを馬鹿にしています!」

 「あはは、まぁね~」


 さっきの侍女たちのセリフをだけ見たらそこまでおかしくないかもしれないが………やっぱり、言い方って大事だよね。


 「でも、せっかく"せれな"がよういしてくれたんだから、おちゃをたのしもうよ」

 「あっ…、……すみません」


 それにしても、甘いな。これ。


 「せれな、これを"ぱんにはさんで”たべたいから、よういしてもらえる?」

 「はい。しかしながら御夕食もありますので、量についてはお配慮ください」

 「うん、わかった」


 セレナに白いふっくらとしたパンを持ってきてもらって、挟んで食べる。うん、ベストマッチとはいかないが、そこまで悪くないと思う。なにより甘さが和らいだ。


 そういえば、なんでこんなパンがあるんだ?


 「ねぇ、せれな。ちょっときいてもいい?」

 「はい、なんでしょう」

 「このぱんってどうやってつくったの?」

 「パンの作り方ですか?ええと、パンは仕入れたものを使用しているのですが、確か粗めの小麦粉や砂糖、塩やバターなどが入っていた気がします」


 うーん。セレナも知らないみたいだし、ないのかな?


 「へぇ、それでこんなに"ふっくらしたぱん"ができるんだね」

 「あ、それは『イーストキン』というものを使っているかららしいですよ」

 「!?いーすときん?」


 きた!!


 「はい、『イーストキン』というものがパンの熟成を早めてくれるそうです」

 「すごいね。それってだれがはっけんしたの?」

 「いえ、発見したというより異世界から知識を頂いたのです」

 「それって、ゆうしゃ?」

 「はい。詳しくは私も知らないのでお答えできませんが、たしか前回の勇者様がもたらしてくれた…らしいです。歴史についてはレイス様の方がお詳しいと思われます」

 「しってる、れいす?」

 「はい、大凡は。だいぶ前に、この国の王になられた英雄のお話をいたしましたよね」

 「うん、たしか"こんとんき"がはやかったときに、まおうをたおしたひとだよね」

 「ええ。前回の混沌期も50年ほど周期が短かったのですが、英雄様の時の経験から準備が整っていて、それによって召喚された勇者様がその『イーストキン』を教えてくれた方です。」

 「そうなんだ」

 「今から約190年前の当時の庶民はクズを完全に取り除けていない黒ずんだ、ボソボソしたパンを食していたそうです。それが原因で麦角ばっかく病を発症し、何万人もの人々が亡くなっていたようで、そのことを知っていた勇者様が人々を救うために『イーストキン』なるものこの世界に広めてくれたと記録が残っています」

 「やっぱり、すごいんだね。ゆうしゃさまは」

 「ええ、私もそう思います」


 ふっくらした白いパンを食べながら僕は思った。


 前もってイースト菌を広めてくれた勇者、ナイス。

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