従者として

 レイスはショウがベットに入ったのを確認すると、部屋の照明を消してその場を後にする。


 貴族は屋敷を自分の領と別に王都にも持つのが普通で、もちろん四大貴族であるレイスのセントオール家も王宮にかなり近い所に屋敷を構えている。


 とはいえ距離が多少あるので馬車を使わなくてはならない。


 ちなみにセレナはショウの専属侍女なので、いつでも対応できるようにすぐ隣の部屋をあてがわれている。


 屋敷に戻ると、執事のニエルが扉の前で待っていた。


 「おかえりなさいませ、レイスぼっちゃま」

 「あぁ。それと"ぼっちゃま"は止めるように」


 ニエルは私が生まれる前からセントオール家に仕えており、私の世話もみていたせいか、何度言っても私を子供扱いする。今回も何事も無いようにスルーされた。


 「応接間で御客人方がお待ちです」

 「客人?いったい誰だ」

 「ルーデン様とリーズベル様です」

 「あいつらか……」


 今日もショウ様のお部屋に遊びに来ていたが、その時は何も言ってこなかった。来るんなら前もって伝えるのがマナーというものだろう。


 荷物を侍女に任せてニエルを連れて直接応接間へ向かう。


 「そうなんだよ。それでこいつ、何度も俺に挑んできて」

 「ルーデン様は意外に負けず嫌いなところがおありなのですね」

 「あれは知識とかよりも実技に近いものだったから軍配は全部、リーズに上がってしまったけどね」


 あの2人と別に聞き慣れた女性の声がする。どうやらエルメラが2人の相手をしているようだ。


 扉を開いて中に入る。


 「やぁ、遅かったね」

 「私は貴方達と違って暇ではないからな」

 「おかえりなさいませ、レイスお兄様」

 「ただいま、エルメラ。2人と何の話をしていたんだい?」

 「ルーデンとレイスが何度も負けていたという話」

 「お兄様が仕えていらっしゃる方が考えたという遊戯の話ですわ」

 「あぁ、リバーシのことか」


 あれは上位階級でよく売れているため、セントオール家の収入が1割増加した。楽しむためにお考えなさったショウ様には少し申し訳なく思うが、かなり美味い商品である。


 「お兄様、私もそのリバーシというものをしてみたいですわ」

 「わかった。職人達に別でもう1つ造るように言っておこう。エルメラ、明日も学校があるだろう。今日はもう寝なさい」

 「わかりました。ありがとうございます。リーズ様、ルーデン様、私はこれで失礼させていただきます」

 「おう、またな」

 「おやすみ、いい夢を見るんだよ」


 エルメラが2人に挨拶して部屋を後にするのを見届けたあと、私は彼女が座っていた椅子に腰掛けて、2人と向き合う。


 「妹さん、見ない間に随分大人びたじゃないか」

 「あぁ、あれなら縁談もたくさんあるんじゃないか?」


 「エルメラは貴方に惚れているんだよ」とはリーズには言わない。妹が可愛くない訳ではないが、彼女なら自分でどうにかするだろう。


 「それで、今日は何の用なんだ?」

 「友人に会いに来るのに理由が必要なのかい?」

 「ただ会うだけなら、王宮で事足りるからな」

 「でもこうやって、ゆっくり話すことは難しいだろう?」

 「なら、こんな夜遅くに護衛も禄に付けずにくる理由を言え」

 「……ふふふ…」


 ルーデンは笑いながらこちらを見ていっこうに話そうとしない。この人は時々、人をからかって楽しむ人だから真面目な話のときは余計タチが悪い。


 「まぁまぁ、まずは飲めよ」

 「元から私のだろう」

 「そう細かいことは気にするな。ニエル、もう少し何か食べれるものを作ってくれ」

 「かしこまりました」


 ニエルが一礼して部屋を出ていく。


 リーズはリーズで人のものを自分のもののように扱うところがあって困る。


 グラスに注がれたお酒を一口つけると甘酸っぱくあまり辛くない。この風味はリーズの母であるキャンヴェラ様の実家、アグラド領のものだろう。となればリーズが持ってきた酒か。


 「美味いな」

 「そりゃよかった。こいつはあまり男向けと言いづらいからな」


 もう一口飲んでからグラスを置くと、ようやくルーデンが口を開いた。


 「ショウの様子はどうだい?」

 「今日も会われただろう。大変元気でいらっしゃる」

 「そうだね。今日もいい笑顔を見せてもらったよ。でも私達が訊きたいことがそんなことではないことは分かるだろう?」

 「……貴方達から見てどうなんだ?」

 「頭が良いね。知識の面でもそうだけど、口調や態度とは裏腹によく分別がわかっている。とても3歳とは思えないよ」

 「それは運動の方もそうだな。ショウの身体能力は3歳時のそれじゃない。単純な能力ならお前んとこのエルメラに劣らないだろうな」


 ルーデンもリーズも毎日のようにショウ様に会っているから、そこら辺の認識に大差はない。となれば2人が訊きたいのは


 「……魔導のことか」


 2人は黙って頷く。まぁ、王族の男性であの髪の者を見たら誰もがそれを考えるだろう。


 「ショウ様は先日、ご自身の魔素量の限界を試された」

 「へぇ、結果は?」

 「日用レベルの宝珠1つをなんとか入れ切ることが出来るぐらいだ」

 「それは思ったよりは多いね」


 ルーデンもリーズも少し驚いた顔をする。まったく無い可能性も考えていたのだろう。


 「しかしそれでも少ないな」


 本当は見た目と反して膨大なの魔素量をショウ様は持っていらっしゃるが、口止めされているためこの2人にも話すわけにはいかない。


 「魔導技術の方はどうなんだ」

 「ある程度、自由に操れるようになったが、1度に操れる量がかなり少ない」


 こちらは本当だ。なんとか増やそうとしているがどうにも増えない。これも致命的だ。


 「そうか……」

 「ショウは生まれる国を間違ったのかもしれんな」

 「「「………」」」


 リーズの呟きに重い沈黙が3人を包む。


 確かに国が国ならショウ様は稀代の天才と言われただろう。しかしこの国の経過上、ヴィグリーズ王国では魔導に重きを置いている。


 「ルーデン、"むこう"の動きに変化があったのか」

 「"あちら"は動いていないよ。でもそれはショウが皆の前に現れたことがないから、まだ噂の域というのがあるだろうね」


 王族が貴族や国民にその姿を見せるのは5歳の誕生会の時が初めてになる。 だから周りの者達は最低限の人にしか会わないように配慮している。


 「あと、もしかしたらもうすぐ"あちら"が動き出す可能性がある」

 「何があったんだ?」

 「明日、公に発表があると思うがキャンヴェラ様がご懐妊なされた」

 「本当なのか、リーズ」

 「…あぁ」

 「よかったじゃないか。おめでとう」

 「………」


 素直に謝辞を述べるが、息子であるリーズは微妙な顔をしている。実の弟ないし妹が出来るのは嬉しいだろうが、義弟であるショウ様の立場が脅かされるようになるのが喜べないのだろう。


 リーズの母であるキャンヴェラ様とその家系であるアグラド家を筆頭とする派閥は血統や地位を重要視する。


 ショウ様の母であるスズカ様もフォニオン家に養子に入ってからご結婚なされたが、裏で何度もいざこざがあった。


 ショウ様も恐らく、いや必ず陥れようと画策されるだろう。そんな中でのあの容姿は大きな欠点になる。


 「これはまだ何も決まったわけではないのだが、ショウを他国に婿入りさせるのはどうかという話もある」

 「なんだと!?」

 「落ち着け、ただの1つの案だ」

 「これまで特殊な魔素の流出を嫌って王族の者を外に出すことはなかったが、ショウぐらいの魔素量だと仮に100%子供に受け継がれても何にも応用が効かないし脅威に成り得ない。それでも諸外国は王国との関係を強固にするいい機会だ。必ず需要がある」

 「…貴方自身は賛成なのか、ルーデン」

 「私は悪くないと思うよ。さっきリーズが言ったけどショウにとってこの国は優しくない。魔導を重要視しない所に遣ること出来れば、そっちの方いいかもしれない」

 「…リーズ、貴方はどう思う」

 「俺には何がショウにとって良いのかわからねぇ。たがらあいつが自ら婿入りするというなら笑って祝福するし、ここにいるというなら護ってやる、それだけだ」

 「リーズ、そういう言い方はズルいよ。もちろん私もショウの意思を出来るだけ尊重するよ」

 「私は……」


 私はどうするのだろう。


 「まあ、まだだいぶ先の話だから、ゆっくり考えればいいさ」


 2人が帰ったあと、私は1人で飲んでいた。もう大分飲んだが、まだ明日に響く量ではない。


 「私は…」


 ショウ様の婿入りについてどう思っているのだろう。スズカ様に任せられたショウ様を国交の道具とするのは許せないし、また本当のショウ様の魔素量から考えても王国の損害になるだろう。しかし


 ショウ様がご自身のためにご自分から婿入りすると言ったとき私はそれに一番に賛成して、支えることが出来るだろうか。


 私にはそれがわからない。


 口の中にはぬるい酒の甘さだけが残り続けた。

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