中編
◆
「女神さま! 女神さまではありませぬか!」
その日の晩アナメリカ国王と臣下一同は、玉座の前に現れた女神とその乗り物たる鉄の化け物に平伏していた。
「初めましてアナメリカの王よ」
「あの、よく聞こえませぬ!!」
「あっ、ごめん」
ガミダはスイッチを押して窓を開け、顔をひょいと出した。
「初めましてアナメリカの王よ」
おずおずと顔を上げた国王は浮かない顔で女神に問う。
「
「え、えーと」
正直新米のガミダには天地開闢以来とか言われてもさっぱりだ。
確かに玉座の向こうに見える女神像は自分とよく似ているが心当たりはない。
打ち合わせでは想定していなかった状況に運転席でわたわたしてると、ヒロトが小声で話しかけてきた。
「おい、予定通り喋れよ」
「今もう予定通りじゃ無いじゃない! なんか誰かと勘違いしてるみたいだし、私わかんない!」
「そんなの『我を崇めよ』とか言って適当に名前を聞き出せばいいだろ」
「おー」
かしこい。
ガミダは高らかに叫んだ。
「神の奴隷の分際でその態度は何!? 跪いて私を崇めなさい!」
「お前は女王様か!」
「私をホニャララとお呼び!」
「グダグダだ……」
だが効果は
「ひいーっ、すみませんオ・ツボネ・ヨ様!!」
「うげっ」
オ・ツボネ・ヨ。突然出てきた知ってる名前にガミダは驚愕した。
「誰?」
「職場のお局様よ、そういえばあの人がこの世界の担当だったわ」
オ・ツボネ・ヨ様はやたらとガミダへの当たりがキツいのだが、自分の若いころを思い出してイライラしていたからとようやくわかった。
同時に、自分も結婚せずに働き続けたらあんなに見た目と性格が悪くなってしまうのかなと不安になってくる。
とはいえ、都合がいい。
彼女は窓枠に手をかけ細い脚を組み、精一杯優雅に民草を
「王、このたび私は貴方たち人間に重大な使命を持ってきたのです」
高齢のアナメリカ王は顔面を蒼白にさせた。豪奢なローブの奥の尻を汗がタラリとつたう。
「それは……もしや神話にいう大魔王の覚醒があったのですか!?」
「いえ、メスのグリーンドラゴンの駆除です」
翌朝国中にお触れが出された。
◆
「あっという間だったな」
「お局様メチャ怖いから、やっぱ天罰とかすごかったんだって」
「そうなの?」
たった一日で騎士・冒険者たちにより国内各山のメスのグリーンドラゴンは一掃された。寝床に
「これであいつが交尾できる相手はもういない」
グリーンドラゴンはメスに対してオスが極端に少ない。繁殖の際にはメスがオスの領域までやって来て交わる習性なのだ。これでもう交尾の相手はいなくなった。
そのはずだった。
◆
「あら~」
「オス同士で盛ってんな」
一日ぶりに戻ってきた山頂では二匹のグリーンドラゴンが行為に及んでいた。
「グオッ! グオッ!」
「グオオオオーッ!」
二匹の逞しい竜の行為は非常につたなく、それが初めて行っていることは明らかだった。それでも、お互いを傷つけないよう背中に回した腕の位置にも気を配り合う、優しい行為だった。
最後に二匹は幸せなキスをして天高く舞っていき、ヒロト達には最後まで気付くことさえなかった。
「何故だ……何故あいつは俺に振り向かない…」
「貴方がトラックだからよ」
深く傷ついた様子のヒロトはしばし呆然としていたが、ガミダは何もする必要が無いことをよく知っていた。この変態のメンタルは生前の性格とは似てもつかない。
案の定、何も言わずとも急発進でUターンすると猛然と下山し始めた。
「ガミダ、あのネコの方のグリーンドラゴンはどこに住んでる!?」
「オスはこの辺だと隣国に一匹だけよ。淡い恋心をこの機会に叶えたんでしょう」
「けしからん! オス同士の獣姦も規制だ!」
◆
「その姿、もしやオ・ツボネ・ヨさま!? どうしてここに!」
次の日の昼ドウテイツ共和国大統領と議員一同は、議会に現れた女神とその乗り物たる鉄の化け物に平伏していた。
「えっと、」
「まず窓を開けろ」
「あ、ごっめーん」
テヘペロ、ガミダはコツンと自分の頭を叩き舌をチロリとみせた。
途端にバフッとエアバックが発動して彼女を圧迫する。短気な車だこと。
すぐに窓を開けると頭を出した。
「……うんと、その、」
「台本ぐらいちゃんと覚えておけよ!」
怒るヒロトに大統領がビビッて起き上がる。
「ひいっ鉄のベヒモスが喋った!?」
「そういうテンプレリアクションはいいから」
「あっ、思い出した。跪いて私を崇めてえーと、メスのグリーンドラゴンをかき集めなさい!」
「グリーンドラゴンを!? なぜでございますか?」
「なぜって」
フォーマルを瀟洒に着こなす大統領は
「ここは民主主義国家です。納得のできる説明をしていただいて、市民の代表たる議会を通して頂きませんと」
六十幾つの大統領は如何にも百戦錬磨の政治家だった。専門卒の新米女神などにどうこうできる相手ではない。
しどろもどろになったガミダにブフーと排気して、ヒロトが口を開いた。
「おい、大統領。こっちこい」
「はぅっ」
さしもの大統領でも鉄のベヒモスは怖かったらしく、妙にかわいらしい声を出して近寄ってきた。
「アンタさあ、ちょっと変じゃない?」
「な、なにがでございましょうか?」
ヒロトの声は大統領にギリギリ聞こえるほど小さかったが、その眼にはっきりと怯えが混じる。恐怖ではなく、嘘がバレそうな子供にむしろ似ていた。
「言い伝えだと、世界の危機に現れるのがオ・ツボネ・ヨなんでしょ?
なのになんでそんな平気そうなの? アンタ、女神と会ったことあるでしょ」
「な、なにを……」
「あれれー? お爺ちゃん、このお姉ちゃん見た時も『その姿、もしや』とか言ってたけど、それって他の姿も知ってるって意味なんじゃないのー!?」
「お、大声はお止め下さい!」
かしこい。ガミダは感動した。
大統領は他の議員が平伏して聞いていないのをサッと確認してから。足場を駆けあがり窓の中に顔を突っ込む。
「もー、急に来ないでくださいよオ・ツボネ・ヨ様! ビックリしたんですからあ」
豹変した大統領は揉み手を見せながらガミダに媚びまくってきた。
頬ずりせんばかりの勢いのジジイにドン引きの彼女はマッハで助手席に移る。
「こんなことしなくても、いつも通り官邸の裏庭に降臨してくださればよかったのに! グリーンドラゴンの件だってよくわからないけど、ちょっといろんなところに鼻薬を効かせればすぐかなえるでヤンス!」
「ヤ、ヤンス?」
「いやーそれにしても今日は伝え聞く通りの御美しさ、やっぱりいつものババアフォームは世を忍ぶ仮の姿だったんですね、シャシャシャシャ!」
「シャ、シャシャシャシャ?」
「シャシャシャ、オ・ツボネ・ヨ様の為だったらあっしは火の中水の中でヤンスよ。
毎年密かにくださる天候計画のお陰で作物市場で大儲けできているんです。今年も配当は期待しておいてくださいでヤンス、オ・ツボネ・ヨ様!」
議案は即日満場一致で可決された。
◆
「あのネコドラゴン、めっちゃハーレムだったね」
「さながらやれやれ系主人公と肉食系ヒロインの群れのようだったな」
大統領は小者ぽかったが仕事は本当に速かった。
その日のうちに共和国の優れたマスメディアによりアナメリカは愚か世界中からネコゴンを求めてメスのグリーンドラゴンが集合し、哀れ彼はノンケ堕ちしてしまった。
今は転生四日目の朝、みたび例の彼が住まう山に向かう最中である。
「アンタもよかったな」
なんのことだろう、ガミダはきょとんと首を傾げた。
「お局様怖いんだろ? 情報漏えいと収賄は弱みになるだろう」
「あっ、そっか」
確かに社内規定に照らして重大な違反だ。これはお局様の弱みになりうる。
だが経験の浅いガミダにはそこまで考えが及ばなかった。
このケモホモトラック、意外と気配りができるじゃないか。
「ヒロト、ありがとう」
照れ臭かったがきちんと頭を下げる。
見た目と性的嗜好に目をつぶれば、ここまでまともで親切なクライアントを担当するのは初めてだった。死人は大抵もっと面倒くさいのだ。
「いや、偶然のことだし礼はいらない。俺はアンタのお陰でここにいるんだから」
当初こそ最低な仕事になると思ったが、いいこともあったしこの広い世界をヒロトと走るのは想像以上に気持ちよかった。やることもヒロトが勝手に考えてくれるのでガミダにとっては休暇みたいなものだ。
何はともあれこのまま彼の夢が叶うと良いな、と心の中で呟いてガミデは二度寝に入った。
◆
「ブモオオオオオオオオッ!!(んほおおおおおおおっ!!)」
「な、何故だアアアアア!」
次に彼女が目を覚ますと、山頂でオークキングがグリーンドラゴンにギシギシ責められていた。
オークキングは王冠以外をすべて剥がれて丸裸。辺りに散らばった鎧や折れたメイスが『ブッ、ブモオ!(くっ、殺せ!)』からの気の強いオークはア〇ルが弱いプレイがしっぽり行われたことを示していた。
息荒くあえぐオークキングの頬がほんのり桜色に染まるのを見て、ドラゴンは快哉をあげた。
「グオオオオオオオオオオッ!!」
「ど、どうしようヒロト。アイツ、オーク姦の良さを味わってるわ!」
「……決まってる」
かすれ声のヒロトは静かにバックを始めた。
「根絶やしだ」
◆
その深夜、アナメリカ王国片隅、オークの隠れ里では十二氏族の長たちが膝づめで会議をしていた。
彼らを統べる王が某山の主にかどわかされたのは昨晩未明。
人間の戦士どもは先日の駆除の報復を恐れて国中に散っており、今こそ
人間ではなくオークを狙うドラゴンの意図もわからず、各部族による合議制のオークたちはそのトップのカリスマを欠いてはいつまでも何も決められない。
その王は夕刻に尻をおさえて帰ってきたのだが、ハンケチを噛んで泣くばかりで、寝所にこもったまま出てこない。結局会議は未だに続いているというわけだ。
「ブ、ブモモッ!(ほ、報告します!)」
族長たちの天幕を沈黙が占める時間が増えたころ、突如として若いオークが駆け込んできた。血相を抱えたその様子に族長の一人が低い声で問う。
「ブモウ?(竜か?)」
「ブッ」
若オークは首を振り、だがこの世の終わりのような声音で事実を告げた。
「ブモ――(鉄の化け物の上から悪神オ・ツボネ・ヨが巨大な火の玉を――)」
彼が言葉を言い終えない内に数千年の歴史を持つオーク十二氏族は灰燼に帰した。
◆
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