第136話 Face
斬る。
斬って、斬って、斬り捨てる。
それが唯一の私にできることだった。
本当の一ノ瀬詩織の意識が、D-7によって呼び起こされそれから私は多くの人間を斬り捨てた。もともとCVAはワイヤーだったが、相手を殺すにはワイヤーよりも剣や刀を使った方が簡単だった。
意識の覚醒とともに、クオリアが発現し
一つのCVAを生み出すのに1秒もいらない。無限に生み出し、無限に殺し続ける。
D-7に命じられるままに、生きていた。
今思えば、どうしてそんなことをしていたのだろうと疑問が残る。
でもきっと、私は何かを渇望していたのだろう。
§ § §
「どうですか、七条歩は?」
「……あいつのこと嫌いなんだけど」
「まあまぁ。そう言わずに面倒をみてください。彼の覚醒は必須なのですから」
彼の研究室にやってきて、愚痴を漏らしていた。
言いたくもなる。まるで鏡を見ている様だ。昔の自分。純粋で、努力されすれば何にでもなれると予感している、いや確信している無垢な子ども。でも、そんなことはありえない。人は何かしらに生まれつき縛られている。努力だけじゃ、たどり着けない場所もある。努力、環境、才能、全てが合わさって人間というものは結果として何かに成り得る。
そんなことを知らない愚かな子どもに私は辟易していた。
「……計画にいるから仕方なくやっているけど」
「とりあえず最低限の戦闘技術は教えてあげてください。あって困るものではないですから。それに彼もまた、戦闘要員に加える予定ですので」
D-7の計画の概要は、普通の人間であるオーディナリーを駆逐し、クリエイターだけの世界を作るというものだった。
どこの
きっと、自分が覚醒して一人きりの孤独に陥っていたらと思うと少しだけ怖くなる。クリエイターを超えたクリエイター。クオリアという現象にたどり着き、その異能はさらに異質さを増している。
そんな矢先に出会った七条歩だけはどうにも受け入れ難いものだった。何よりもあの眼が気にくわない。
「……はぁ……ま、頑張ってみるわ」
その言葉を残して、私はその場を後にした。
「いい歩くん、ワイヤーっていうのはね……」
「なるほど……やっぱすごいや詩織さんは!!」
いつもの様に手ほどきをしていると、無垢な笑顔で返事を返してくる。どこまでも純粋な目……気に入らない。
自分は何にだってなれる。そんな可能性に縋っている様に思えた。
挫折、苦悩などは知らずぬるま湯に浸かっている。本当によく似ている。昔の私によく似ている。
「ねぇ、歩くん。あなたはツラい時とかないの? 大丈夫?」
「えっと……」
心配するふりをして、そう聞いて見た。
答えはきっと特にないのだろう。あったとしても大したことはない。さぁ、もっとあなたを嫌わせて。そうじゃないときっとこの先の仕事はやっていけない。
「俺……その、落ちこぼれでどうしようもないんです。両親とか、妹とか、他の人の前では……正直、気丈に振る舞っています。何も気にしていない。ただ前に進めばいいと。でも、本当は怖いんです。詩織さんみたいなすごい人に教わるたびに、自分の可能性が怖くなる。きっと詩織さんに教えてもらって結果が出せなければ、自分は本当の意味での欠陥品。ワイヤー使いと揶揄されることを自然に受け入れそうになります。毎日、必死です。明るく振る舞わないと、己の心に負けそうになる」
「そう……なの」
予想だにしない答えだった。まさか、こんなところまで似ているだなんて。いくら同一の存在だからって、育った環境は違うのだから性格なんて違うに決まっている。だというのに、彼は私と同じ葛藤を持っていた。
まだ意識が覚醒する前、私は海外に旅立った。その理由は単純明快。怖かったのだ。あのまま日本にいて埋もれていく自分が怖かった。そして、海外に行けばどうにかなるという可能性に縋った。でも、外の世界で何もできなかったその時は本当にダメなのかもしれない。内在する矛盾に心を壊されそうになりながらも、私は明るく振る舞っていた。
海外であった人々には、詩織はいつも明るくて素敵だね、と言われていた。
でも、そんなものは仮面でしかない。嘘ではないと信じたいが、それでも本物というにはあまりにも歪な姿だった気がする。外では明るく振る舞い、内では蠢くくらい感情に苛まれる。
そして……覚醒に至り今に至るのだが……。
そうか、ムカついていたのは自分に似すぎていると同時に、哀れだと思っていたのだ。可哀想で、慰めてあげたい。でもそれはできない。だって、計画の最後では彼を殺す予定だから。その矛盾にイラついていたのだ。気がつかない様に、意識しない様に嫌っていた。
でも、こんな彼を見てただ放っておくことなどできなかった。
「歩くん、誰だって怖い時はあるわ。私だって、未だに迷っているし、怖がっている」
「……詩織さんがですか?」
「そうよ。子どもの頃は大人がみんな立派だと思っていた。でも、いざこうして大人というものになって見てわかったの。この漠然とした不安は年を重ねたから無くなるものじゃない。むしろ、年を重ねるたびに大きくなる。どう、幻滅した?」
「いえ……その、失礼かもしれませんが……同じとわかって少し、嬉しいです」
「うんそれでいいと思う。あなたは私によく似ているわ。とてもよく似ている。だからこそ、弱気になるなとも言わないし、明るく振る舞うなとも言わない。でもずっと無理にポジティブでいる必要はない。時にはネガティブな要素も必要よ。じゃないと、ずっと能天気なまま現実に向かい合えない。マイナスな感情も人の一部。世間ではポジティブでプラスで、明るい人間が良しとされているけれど……それは人の側面の一つよ。でも、人間はそんな単純じゃない。複雑な感情が内在して、矛盾して、葛藤して、苦しむときもあるの。だから、その怖さから逃げないで。時には受け入れることもいるのよ」
「……詩織さん。俺は……間違っていないんですか?」
「うん」
「妹に嫉妬しても?」
「うん」
「周りの友人に嫉妬しても?」
「うん」
「自分なんかダメだと思っても?」
「いいよ。それもあなたなんだから」
「そうか……そうですか……」
それからしばらく、彼はボーッとしていた。今は二人で外に出て訓練をしていたのだが、彼は沈みゆく夕日を見つめていた。まるで何かを悟った様に、その表情はずっと変化しなかった。無ではないが、限りなくそれに近い。
思えば酷な話だ。私が彼の様に考え始めたのはもっと年を重ねてからだ。少なくとも思春期も終わりに近づき、自己というものがしっかりと確立していた。
でも彼はまだ思春期すら迎えていない子どもだ。大人びてはいるも、やはり精神的に幼い。そんな中であんな葛藤を抱えているのは酷としか言いようがない。D-7が敢えてそんな環境に彼を置いているのか知らないが、やはり同情してしまう。はぁ……私って甘いのかな?
そんなことを考えていると、彼はスッと立ち上がる。
「理解はしました。でも理性でわかっても、感情ではまだ割り切れない部分があります……でも、それでも、もう少し自分と向き合って見ます。詩織さんの様に、恐怖を受け入れて、それでも逃げずに進める様に」
「うん……頑張ってね」
おそらくこの時だった。この時に私の運命は決まった。
でもこの先何が起ころうとも、私は彼の幸運を祈っている。たとえ、この世界からいなくなったとしても。
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