第135話 Complex syndrome

  


「……やはり、至るか」


 D-7はモニターに表示されている歩の姿を見た。それはどこまでも純白で透き通っており、まるで人間ではない何か。いや、きっともう人間ではないのだろう。そして成長した彼の声がリアルタイムで聞こえてくる。




「シャーロットフォーサイス。あなたは今まで見てきたクリエイターの中でもトップレベルの実力者なのは認めましょう。その腕も、きっと途方もない努力をして手に入れたのだと推察します。さらに、戦闘での基本動作、先読み、適応力、戦闘知能の高さからもあなたの高潔さが伺えます。だからこそ、俺も本気でお相手しましょう」

「――クオリア」

「これが、本当のクオリア……」


 

 そして、粒子が一気に体に収束するとそこには今までと変わらない様子の歩が佇んでいた。だが、彼の髪の色、というよりも体全体の毛が真っ白に染まっていた。髪も睫毛も眉毛もすべて純白。それに合わせて肌の色も完全に白い。その外見は明らかに日本人には見えない。というよりもここまで白い人間など存在しないだろう。たとえアルビノでさえここまで白くなることはありえないほどであった。


 また、彼の眼は緋色でも蒼色でもない。黄金が輝きを放っているようにも見える金色の双眸に変化していた。



 その様子を見て、想起するのはあの時である。


 すべての始まりであるあの瞬間。クオリアネットワークが覚醒し、D-7が全てをかけて彼に対峙した時。七条歩は還ってきた。この場所に、この段階に。至る、至る、至る。その姿は酷似している。彼女に、詩織に似ている姿を見てどこか懐かしい気持ちになる。


 詩織のことは別段嫌いだったわけではない。彼女を殺したのは、彼の計画を知ってしまったからだ。知らなければ詩織を殺すことはなかった。むしろ、詩織のことは本当の兄妹のように感じていた。


 だからこそ、歩の今の姿を見て複雑な気持ちに駆られる。


 詩織が生きていれば、あの様な姿になっていたのか。殺したのは自分だというのに、思わずにはいられない。後悔。


 D-7は何も全てを切り捨て、ただ目的に進んでいるわけではない。葛藤は間違いなくある。詩織を殺し、それからあらゆる人間を実験動物として扱ってきた。全ては月子のためである。


 それだけが彼の心を支えていた。正当化できるのはその想いがあるからこそ。


「……もう、戻れはしない」


 改めて覚悟を決めて、歩の姿をじっと見つめるのだった。



 § § §



 


「それで、どうだった? 収穫はあったかい?」

「石川司は最高でしたよ。あれはたどり着くかもしれない逸材です」



 アウリールがそう言うと、D-7はニヤリと微笑む。



「だろうね。彼は特殊なパターンだからね。クオリアに完全に至っていないとはいえ、発現している能力は憑依ベゼッセンハイトに勝るとも劣らない。それで、七条兄妹の方はどうだったんだい?」



 何気なくそう尋ねるも、フォーサイス姉妹は緊張してしまう。あのまま戦闘を続けていれば、クレアはともかくシャーロットは死んでいたかもしれない。その事実を知っているからこそ、クレアはシャーロットを庇うように先に発言をする。



「七条椿は……あの異名通りでした。中学生だからといって少し侮っていました。申し訳ありません」



 頭をさげる姿を見て、D-7はすぐにそれを制止する。



「頭を上げなよ。それは気にしちゃいない。七条椿はこちらの想定内さ……問題は、彼だよ」



 シャーロットは男に支配されるような感覚に陥る。一瞬、ほんの一瞬だけ目を合わせると彼に思考を読まれてしまう。自分の葛藤まで読まれたことを悟ると、シャーロットは恐怖で震え始める。


 D-7は分かっていた彼女が歩に対して恐怖心を抱き、逃げたいという感情を持っていたことを。しかし、とりわけ責めるつもりはなかった。



「あ………あぁああぁ……も、申し訳ありません……わ、私は恐怖していました……そして、撤退命令が出ると安心してしまいました……ど、どんな償いでも致します……」

「ふーん。まぁ、いいさ。君の気持ちと経験はからね。今回は罰は無しでいいよ。それに相手はあの完全到達者だ。シャーロットが遅れを取るのは仕方ない。彼に匹敵するとすれば、彼女ぐらいさ……」



 その言葉と同時に、彼らの目の前に唐突に詩織が現れる。それは物理的なスピードや認識阻害などの類ではない。そこに立っていたのだ。


 これには七聖剣セブンスグラディウスの誰も反応できない。そして、現れた女性が間髪入れずに口を開く。



「そうですね……彼は、七条歩は私が何とか致しましょう。不甲斐ない下の世話をするのも、上の役目ですから」


 にこりと微笑む女性は優雅そのもの。一挙手一投足に気品や荘厳さが感じ取れる。


「よろしく頼むよ、詩織。君にしかできないことだ」


「えぇ、お任せ下さい」



 詩織と呼ばれた女性が恭しく頭を下げる。そして、彼女の容姿、言葉遣い、声音は全て……あの一ノ瀬詩織そのものだった。



 楓の意識はすでに無くなりかけていた。風前の灯火、そう形容した方がいいかもしれない。僅かながら揺れ動く様に存在しているかすかな存在。それが今の楓だった。



 D-7はやっとかと思った。すでに詩織の思考誘導は完了している。彼女は歩の記憶はあるも、歩に対しての嫌悪感を引き継いでおりその記憶をさらに増幅している。彼を殺すことに躊躇いはないだろう。むしろ、嬉々としてその命を奪いにかかる。


 楓のことを認識はしているも、彼女は消えることは必然でありどうしようもないことである受け入れている。


 冷酷で非情。



 それが今の一ノ瀬詩織だった。



 そして、他のメンバーがいなくなったと同時に詩織は急に緊張の糸が切れた様に近くの椅子に座り込む。



「あーなんか疲れる。あいつらの前であんたに敬語使うの、嫌なんだけど」

「仕方ないですよ。そこはしっかりとやってください」

「はぁ……」

「楓はどうなってます?」

「眠っているわ。今は意識の底に沈んでいるみたい」

「そう、ですか」



 楓についてはもう諦めている。彼女の死は、厳密に死と定義していいのかは疑問が残るところだが、この世からその意識がなくなることは必然である。それは彼女という人格がこの世界に生まれた瞬間から決まったことである。



 しかし得てして、人の死は必然であり別段代わり映えのないころである。人は生まれ、人はいつか死ぬものである。それは時間的な問題であり、彼女の場合はたった数年しか生きることができなかった。それだけのこと。たったそれだけのこと。



 そう割り切れることができればどんなに楽だっただろう。人の意識に介在し、記憶を見て操作してきた彼は、完全に相手の情に絆される様になってしまっていた。もし、月子を生き返らせるという目的がなければ完全にその感情に身を任せていただろう。



「楓の意識はあとどれくらい保つ?」

「おそらく七条歩と戦うことになるのは私になるわ。日程的に彼女の意識はそこまで持たない」

「楓の死も間近ですか」

「なに? 感傷にでも浸っているの?」

「まぁ、彼女が生まれてからずっと世話をしてきましたからね。多少情にも絆されるというものです」

「……らしくないわね。あんたは無常で非情だと思ってた」

「年を重ねすぎましたかね」

「……冗談やめてよ。そんなにまだ生きてないでしょ」

「はは、確かにそうだ」



 もうずっと、年十年も何百年もこんなことを繰り返している気がする。もうまともに寝れた日々はない。ずっと心は囚われ続けている。永久に永遠に自分の重いというカゴの中に。彼が解放されるのは、月子に会える時。もしくは……。


 

 § § §


 最終話まで毎日更新し続けるので、よろしくお願いします。


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