第130話 そして、決意

 


「おい、歩」


 病院から外に出ると、そこには4人がいた。それは雪時、翔、葵、彩花だった。



「雪時、みんな……」


 そう呟くと同時にいたたまれない気持ちになる。椿、紗季、華澄には話すべきだと思っていたから話した。しかし、この3人を無理に巻き込みたくはない。そう考えて、歩は気丈に振る舞うのだった。



「その、華澄のお見舞い?」

「あぁ……そのつもりだったが、お前に言うことがある」



 そう言って雪時がズカズカと近寄ってくる。


「……大丈夫なのか?」

「な、なにが?」

「お前何か隠しているだろ?」


 そう言った瞬間、葵と翔と彩花も同じ声をあげる。


「そうね。歩、切羽詰まり過ぎ」

「歩さん、流石に気がつきますよ」

「歩ってば、バレバレよ!」


「そんな……いや、そうか……」



 今更、悟る。自分はこんなにも恵まれていたのかと。そして、なにも気がついてはいなかった。椿も、紗季も、華澄も、雪時も、葵も、翔も、彩花も掛け替えのない存在なのだと。



「……話すよ。これから俺がなにをするのかを」



 彼は決めた。友人には隠し事をしないのだと誓って。



 § § §



「……なんと言うかその」

「その話本当なの?」

「俄かには信じがたいですね」



 近くにある個室のカフェに寄り、歩は話し始めた。自分の存在を、そしてクオリアネットワークというものがどういうものなのかを。



「スワンプマンね……そして、一ノ瀬詩織が死んでいたと」

「そうだね。倉内楓はスワンプマンになっているんだ」


 葵は研究者ということもあってスムーズに会話に入ることができた。そして、雪時と翔はピンときていないようでさらに質問を重ねる。



「そのなんだ? スワンプマンってのは本人とはどう違うんだ?」

「記憶を共有しているも、体は別物。ただ人間を定義するときになにを持って人間とするのか、だ。デカルトの心身二元論に照らし合わせると、人は心と体から構成されている。ならば心は同じでも、体が違えば人は変わるのか? 逆に心が変わって、外見が同じならば人は容易にそれは違うと答えるだろう。ならば、人はなにを持って人たるのか。それは己の心、つまり記憶じゃないかと思っている。それならば、同じ記憶を持っているという点で彼女は俺の知っている詩織さんと定義していいかもしれない……」

「おい、翔と彩花。今のわかったか?」

「相変わらずに脳筋だな。要するに一ノ瀬詩織はまだ生きているということだ」

「バカじゃないの? 記憶が同じ別人ってことでしょ?」

「……なるほど。なるほど……で、それでなにが問題なんだ?」



 そして、歩は椿と話したことを思い出す。



「俺の感情的な問題は考えないとして、戦うとなるとかなり厄介だ。まず一ノ瀬詩織の能力と倉内楓の能力を同時に保有しているのか。そして、同時に使用できるのか。そうなると、正直手に負えないかもしれない」

「……歩さんがそこまでいうほどですか」

「全盛期の詩織さんだけを見ても、勝てるかどうかは五分五分。そこにさらに会長の能力があると考えると、戦闘力は単純に2倍。さらに能力の掛け合わせ、状況に応じての使い方を考えると、何倍にも膨れ上がる」

「……なるほど。それは厄介ですね」



 翔だけでなく、雪時も葵も彩花も知っている。全盛期の一ノ瀬詩織の力を。圧倒的な能力で世界覇者まで駆け抜けた存在。ワイヤー使いだというのに、さらに別のCVAを生み出せるその異能。さらに、そのCVAは全てLAであるという特異さ。



 それに加えて、倉内楓の能力。学生屈指の実力。いや、その能力はすでに世界に達しているという声もある。その評価は的を得ている。倉内楓の力は、彼女だけで見てもすでに世界に通用する。特に完全領域フォルティステリトリーによる絶対防御領域は並のクリエイターでは太刀打ちできない。それは世界クラスの実力があったとしてもだ。


「でもまぁ、なんとかしてみせるよ。俺には色々とやるべきことがあるから」



「そうか……ならもうなにも言うまい!!」

「うん。そうだね。歩なら大丈夫だよ、私の時だってどうにかしてくれた。それに姉さんのことも……絶対に勝ってよね」

「歩さん。俺はいつだって信じてますよ。あなたが世界最高のクリエイターだと言うことを!」

「私に勝っておいて、負けは許さないんだから!!」

「はは、ありがとう。それじゃ、俺は行くよ」



 その言葉を最後に彼は先を立ち、ある場所へと向かった。



 § § §



 キィ……キィ……キィ……という音が響き渡る。



「……」



 時刻はすでに夕方を周り、沈みゆく夕日が眩しかった。彼はいつものランニングコースにある公園でブランコを漕いでいた。偶にこうして、風に当たるのも心地良いのではと思いブランコをして見たが、様子以上に心が軽くなる気がした。



 幼いことは椿と二人でいろんな遊びをした。滑り台を発って滑って転んだり、ブランコの勢いに乗せて靴を飛ばしたり、ジャングルジムで鬼ごっこもしたりした。



 だが、もうあの頃のように無邪気に振る舞うことはできない。自分には背負っているものがある。大きくすぎる、想いがある。



 今日はみんなと会うことで整理ができた。自分の進むべき道が見えた。やるべきことが明確になった。



「……詩織さん」



 呟くその名前は何度口にしたかわからない。間違いなく彼女は歩にとって大切な、掛け替えなのない人だった。例えスワンプマンだとしても、戦いたくはない。本音を言えばそうだ。ずっと彼女と、あの日々を繰り返していたい。在りし日々を何度だって繰り返したい。でも、互いに変わり果ててしまった。



 かたや、クオリアネットワークの核。かたや、スワンプマン。



 そんな未来が来るなんて、予想だにしていない。校内戦を勝ち抜き、全国大会を勝ち抜いた先に詩織さんにたどり着ける何かがあると信じていた。しかし、その何かは自分だった。自分自身が、七条歩がその何かだった。彼は詩織とつながっていたのだ。ずっと、探し続けている間にも。



 なんという皮肉だろうかと自嘲したくもなる。



「はぁ……」



 再び天を仰ぐ。もう時は明日だ。二十四時間後にはもう全ての決着がついている。明日の試合開始時刻は10時。もう運命の時は刻一刻と近づいている。



「……弱いな、俺って」



 強く在ろうとしてきた。そのための努力は惜しみなく、それなりの強さを手にしてきた。単純な戦闘力だけで言えば、それなりの自信がある。でもそんなことではない。強さとは時には精神的なにも大きく左右される。精神が安定していなければ、安定したパフォーマンスを発揮できない。根性論、精神論はあまり好ましく思っていない歩だがその事実があるのは認めなければならない。



 今まで話してきたみんなの前では強気に、強くあろうと振る舞ってきたがそれでもこうして一人になって考え始めるとどうしても弱い自分が出てきてしまう。



 彼はそれが何よりも嫌で、同時に自分の人間的な側面があるだとホッとする。



 クオリアネットワークに意識を掌握されていない証拠は、彼がまだ彼であること。それだけだった。こうして七条歩として思考できるのは、もうこれが最後なのかもしれない。


 

 手が震える。武者震いではない。純粋な恐怖による震え。



「……なーに震えてるのお兄ちゃん」

「椿?」


 後ろを振り向くとそこにいたのは椿だった。



「なーにブランコ漕ぎながら、弱気になってるの? カッコつけすぎだよお兄ちゃん」

「……あはは、お見通しだな」

「……またキスしようか?」

「あ!? いや、そ、それは……いや、またの機会に……」

「ふーん。今日、別の女と会ってきたでしょ」

「別の女って……いつもの友達と会ってきただけだよ」

「紗季さん……華澄さん……葵さん……彩花さん……」

「な、なんで名前をあげるんだ?」

「今の反応だと、紗季さんと華澄さんの気持ちには気がついたんだ」

「うっ……まぁ、まぁね」

「ふーん。ふううううううううううん」

「ははは。まぁその件は終わったら向き合うよ」

「ま、別にお兄ちゃんの自由にしていいけど。ほら帰ろ」



 そう言って椿が差し伸ばす手を迷わず掴む。


「あぁ……帰ろう」



 あの頃のように二人は手を繋いで帰路へと着く。


 運命の時は間近。明日、全てが決まる。


 七条歩の理想、一ノ瀬詩織の理想、D-7の理想。


 全てがぶつかり合う。

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