第123話 一ノ瀬詩織:追憶 7
こんな感情なんて、知らなければよかった。
こんな想いなんて、知らなければよかった。
こんな願いなんて、知らなければよかった。
こんな理想なんて、知らなければよかった。
こんな世界なんて、知らなければよかった。
そう思うも、もう止められない。だって私は彼を愛おしく、そして誰よりも深く愛してしまっているのだから。彼を失うなんてそんなことは許されない。そもそも、なぜ私はこんなにも感情的になっているのだろうか? 七条総士博士は、なぜ私たち3人を生み出したのか? きっと、こうなることは運命だったのかもしれない。そして、私が今ここで死ぬのもきっと運命なのだろう。でも、悔いなどない。私の死はきっと前に進む礎なのだ。無駄ではない。私の意志は、彼に継いでもらうのだから。そう……歩くんに私の全てを捧げよう。
§ § §
「……こんなものですか」
横たわる詩織を見て、D-7は彼女の生命活動が停止した事を確認する。直接手を下すことなく、死に至らせることのできる彼の異能。その力はクリエイターの中でも異端中の異端。しかし、詩織は思いの外抵抗したのだと理解できた。並みのクリエイターならばあの世界に導いた瞬間に自我が崩壊する。だというのに、詩織はその想いを胸に耐え続けた。
「……愛なんて、知らなければよかった……か。全く、人間とは御し難いと同時に……どうしてこうも素晴らしいのか」
D-7は詩織の髪を軽く触りながら、その双眸はどこか虚空を見つめていた。そして、そんな矢先……誰かが扉を開いて室内に入ってくる。この部屋は詩織の住むマンションのワンルーム。現在は鍵がかかっていないが、誰かが入ってくるようなことはないように手配していた。
D-7は誰だ? と思ったがそれはすぐに解消されることになる。
「詩織さん、いないんですか? 世界大会優勝のお祝い、買ってきましたよ……」
少しおどおどとした様子で室内に入ってきたのは、七条歩だった。最近会っていないこともあって、妙にそわそわしているのは年相応に見える。
歩そのまま先に進むと、倒れている詩織と知らない男が立っているのが見えた。
「え……詩織さんは……?」
「死にましたよ」
「……死んだ? 嘘だ……だって詩織さんはこの世界で誰よりも強いんだ……そんなわけが」
「理解できませんか? なら……」
D-7は
大量に舞う血液はまるで真紅の薔薇が咲き乱れるようだった。ぼたぼたと溢れるその血を見て、歩は理解できなかった。
この男は誰なのか。どうして詩織さんは倒れているのか。そして、どうして……首を切断されているのか。
ゴロゴロと転がる頭部は歩の足にぶつかりその勢いを止める。
「え……あ……う……」
「まだ理解できませんか? なら……」
その頭部をスッと拾うと、D-7は右手に思い切り力を込め……パキャという聞き覚えなのない音がすると同時に詩織の頭部だったものは林檎を潰された時のようにぼたぼたと果汁を垂らしていく。その果汁が血液でなければなんてことのない光景だろう。しかし、その生臭さと溢れる真っ赤な真紅の血は紛れもない現実。
眼球がぶらりと垂れ下がり、それはもう人の形を成してはいなかった。
「な……なんで……どうしてこんな……こんな……」
「これを見て発狂しないとは……なかなかどうして面白い。七条歩くん、君はこの世界をどう見ますか?」
「……?」
恐怖で足がすくむ。ガチガチと歯が震え、目の前の光景を必死に否定しようとする。それでも、歩はその問いについて考えた。
「どうって……」
「おかしいとは思いませんか? クリエイターとは何なのか。人の歴史の中に現れた異質な生命体。確かに人間だ。しかし、人間ではない力を持っている。得てして、人の進化とは急速に起きるものではない。では何が進化の引き金になったのか……君はそう考えたことはないですか」
「そんな……そんなことは……」
「そもそも、クリエイターという存在が自然に発生したという前提がおかしいのです。そして、その力は何のために誰が生み出したのか。この世界のカラクリに気づいたものは今までに数人いた。しかし、知ったものは例外なく消されてきた。その抗争の果てに生まれたのが、私たち3人だ。そう、私たちはクリエイターを消すためのクリエイター。七条総士博士の研究は、クオリアの開発と同時にこの世界にいる全てのクリエイターを消すこと。それこそが、彼の理想。そして、私の理想。詩織はそのことに気がついてしまった。でも、彼女はそこで立ち止まった。君のことを殺すことができないからと、歩みを止めてしまった」
「詩織さんが……俺を殺す……?」
「そう、この計画の根幹はたった一人の究極のクリエイターを生み出すこと。だからこそ、3人のうち1人さえ残ればいい。すでに詩織のデータは回収済み。あとは君だけだ、七条歩。さぁ、君も私の礎となってくれ……」
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