第122話 一ノ瀬詩織:追憶 6



 立ち向かうのは、この世の頂点に君臨するクリエイター。


 私は、世界大会で優勝を果たしその後……あいつの計画の本当の意味を知ることになった。そして、知ってしまったからこそ私は……私は……。



「さぁ、詩織。世界覇者の実力を見せてください」



 にこりと微笑む長髪の男は両手からワイヤーを生成し、さらにそれを凝縮して一振りの刀を生み出していた。共に使用できる武器創造クレアツィオーネ。しかし、実際のところ私はこの男の真の実力というものを知らない。


 どの程度の力を持っていて、どの程度の実戦能力があるのか。


 でも、考えていても仕方がない。だって、あいつから放たれるこの殺気は間違いなく今までの中でも最高峰に鋭い。バチバチと弾ける粒子がそれを如実に物語っている。



「……あなたは、いやお前は生きていてはいけない。お前の目指す世界に……理想に……私はッ!!」



 瞬間、私は神速インビジブルを発動しD-7の背後を取る。この速度を知覚できるクリエイターなど世界でも3人もいない。それはあの世界大会で確認できたことだ。



 だが、私の安易な攻撃はあいつに当たることはなかった。



「……どこを攻撃しているんですか?」

「なッ……!?」



 そう、私が攻撃した先には誰もいなかった。そして、D-7がいたのは私が先ほどまでいた場所。つまり、互いの位置が真逆になったのだ。



 ありえない。今のは私の移動速度を超えたとか、そんな次元ではない。クオリアを発動しているからこそ、CVAの粒子の動きはより知覚しやすくなっている。そのため、この空間での戦闘は手に取るように把握できる。


 

 でも、今の一瞬の攻防の中に私のCVA粒子以外の動きはなかった。漂う粒子はキラキラと反射し、私が動いたぶんだけしか移動していない。



 なんだ。なんだこれは……?



 理解できない。という表情で数秒だけ惚けていると、D-7はにっこりと微笑みながら話しかけて来る。



「……理解できない。という表情かおですね。そう、あなたと私は似ているようで違う。そのクオリアの性質が根本から異なっているのです」


「うるさいッ!!!!」



 何かを語りかけるような口調にイラつく私は、そのまま武器創造クレアツィオーネで大量の剣を生み出してはD-7に向かって放つ。


 だが、当たっているはずなのに攻撃は当たっていない。確かに目の前の男は傷ついている。肉を裂き、骨を断ち、脳も破壊している。だというのに、この男は何事もないようにペラペラと御託を並べる。



「詩織、君は世界大会でのような場所では無類の強さを誇る。そのクオリアの性質は、物理領域に特化しているからだ。でも、私は違う。君ような強靭な強さを持っているわけではない。しかし、強さとは……相手を殺しうる圧倒的な暴力とは……何も物理的に殴り、蹴り、切り裂き、抉り、穿つだけではない。この世界を暴く、そして……人の心を……脳を暴く……さぁ、詩織。夢の世界へようこそ……」



 私の意識はそこで途絶えることになった。



 § § §





 広大な世界で私は一人だった。真っ白な空間から、次々と生み出される物質。海があった。そして、小さな生物が誕生し、様々な生物が生まれた。



 さらに発展し、争いが生じた。血で血を洗う、悲惨な戦場。何もそれは人に限らない。動物ならば当たり前の現象。弱いものは死に、強きものが生き残る。



 その争いは、人にも生じる。


 怒号の中、人の慟哭が響き渡る。ここまで人は醜いことができるのか。そんな行為を目の当たりにしてきた。略奪、強姦、拷問、あらゆるものが脳によぎる。



 どうして。どうして私は……。



 夢を見た。それは幸福な夢。誰もが笑い、誰もが幸せを享受できる理想の世界。



 私は花畑で歩くんと二人で笑いあっていた。ずっと、ずっと彼と一緒にいたいと思った。この幼い少年を愛した。もちろん、愛など遺伝子によって生じるただの現象でしかない。愛があれば、人は生存できるから。愛は性欲と表裏一体で、それは全て遺伝子が次の世代に行くための手段でしかない。人が考えるような尊さなどない。ただの現象だ。でも、この気持ちを、そんな言葉で言い切れるほど私は彼への想いを割り切れてはいなかった。




「詩織さん、僕は……俺は行くよ。さよなら」


「待って!! 歩くんッ!! 私を、私をひとりにしないで!!!!」



 どこかへ消えてくその姿を追いかけるしかない私は懸命に彼を追った。そして、肩を掴み無理やり彼を振り向かせた先にあったのは血塗れの顔だった。



「詩織さん、人はいずれいなくなるんだ。君も、俺も、こうして消えて行くんだ」



「え……え……え……、どうして……どうしてなの」



 その場に倒れ込み己の身体をぎゅっと抱きしめる。



 どうして。どうしてこの世界は私にこんな残酷なものを見せつけるの?


 なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。こんなにも苦しいの。



 ……愛なんて、歩くんへの気持ちなんて知らなければよかった。



 

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