第121話 一ノ瀬詩織:追憶 5
「七条歩とはどうです? うまくやっていますか?」
「報告書は上げているでしょ」
「まぁ、それはそうですが……こうして直接話を聞くのもいいかと思いましてね」
詩織はあれから歩に様々な訓練を施した。すると、彼は徐々に頭角を現し、VAの発現にまで至っている。正直、予想の上をいく成長だ。もともと、伸び代はあると思っていた。しかし、ここまでのものとは思いもしなかった。諦めずに努力する姿勢、それが正しい方向に進んだならばこうまで成長するのかと感嘆しているほどだ。
そして、それと同時に奇妙な感覚を覚えた。今までは嫌悪感しかなかったのに、どこか愛着……というよりも嬉しいという感覚を覚えるようになっていた。
自分が教えることを懸命に取り組む。失敗しても諦めず、改善点を聞いてきては愚直にそれを実行する。たまに雑談などもしたが、彼はなかなかに頭が良く年下とは思えないほどに思慮に富んだ会話ができた。
今まで、こんなにも他者と心を通いあわせることなどなかった。
「……で、そろそろ世界大会ですが、クオリアの調子は?」
「……まぁ、そこそこってとこ。決勝までには調子は上げとくわよ」
「結構。では、またいずれ」
そう言って男は去っていく。彼女はそれを見つめながら、自宅へと足を運ぶのだった。
§ § §
私はずっと、何者かになりたかった。そしてそれは奇しくも、七条歩と出会うことで達成できた。
彼が私の教えたことを吸収し、実行するたびに心が温かくなるのを感じた。
嬉しそうに、「できたよ! 詩織さん!」と微笑む姿を見るだけで、私の心は満たされつつあった。
でも、私は彼を……彼を……殺さなければならない。
だってそれが……D-7の計画だから。
そして、その計画をどうにかできなかと思い試行錯誤している最中に私はある真相に辿り着くことになってしまった。
「そうか、そうか、そうか、そうかッ!! D-7の計画はクリエイターの世界を作ることじゃないッ! あいつは……」
そう言葉にした瞬間、扉がギィイイと扉が開く。そして、カツカツと音を鳴らしながらゆっくりとその男は室内に入ってきた。
「詩織、あなたがこの計画の真相に辿り着くことは予想していましたよ」
「D-7……」
「いやでも、私は誰かにこの計画を理解して欲しかったのかもしれない。君がその理解者になることは……なさそうだね。残念だよ」
残念そうな目を向けれらるも、私の心は揺らがなかった。今まで、あいつの計画は人類を次のステージに進めることだと思い込んでいた。私たちを生み出した博士、七条総士の目的に沿っていると無意識に刷り込まれていたからだ。七条歩を計画に組み込んでいるのも、私たち3人を軸にして計画を進めるためだと……そう考えていた。
しかし、たどり着いた真相はそんなことではなかったのだ。
「さぁ、詩織……君には消えてもらいます」
そうして、D-7の容姿は真っ白に変化していった。どこまでも純白で美しい姿。この世にある全ての色という色を削ぎ落とし、純白のみを顕現した姿。
これこそが私たちがたどり着いた領域、クオリア。
「……いえ、消えるのはあなたよ」
覚悟を決め、私はこの世界における最大の敵と立ち向かう。
例えそれが、自分の死を予感していたとしても……。
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