第109話 七条歩:追憶 2




 CVAが発現した時はまだ幼かった。それでも、自分にはこれが特別なことなのだと理解できた。初めは、ワイヤーを出すだけでも楽しかった。色々とそれで遊んだりもした。満たされていた。でも、そんな時間はほんの少ししか続かなかった。



「はぁ……はぁ……また、負けた」



 クリエイターの養成所に通うようになって、自分がひどく落ちこぼれだと自覚してしまった。



 どうあがいても勝てることができない。近距離に詰められた瞬間に敗北が決定する。それはユニーク系のワイヤーにはどうすることもできない事実だった。特別なVAもまだ発現してなく、CVAしかなかった自分にはワイヤーだけが自分のアイデンティティそのものだった。



(椿はあんな強いのに……俺はなんて情けない兄貴なんだ……)



 妹の椿はすでに余すことなく実力を発揮していた。CVAは槍で、しかもVAは完全予測線テリオスラインというものを持っている。それは、なんと相手の攻撃を線として知覚できるらしい。それも、未来の攻撃を。



「うーん、なんていうんだろ。漠然と見えるって感じかな。特別、何かしてる感覚はないかなぁ」



 天才とはこういうものかと思った。何か参考になると思って聞いてみたが、無駄骨だった。感覚で語られてしまえば、どうしようもない。自分には模範となるべき人がいなかったのだ。だからこそ、常に己と向き合うしかなかった。




「はぁ……はぁ……はぁ……」



 がむしゃらだった。効率のいい方法なんて、その時はまだよく知らなかった。ただただ努力するだけ。でも、それでも結果は決してついてこなかった。




「……負けました」


「ありがとうございました」



 今日は自分よりも3歳も年下の女の子に負けた。別に男だろうが、女だろうが関係はないのだが、悔しかった。ただただ、悔しかった。



 自分はこんなにも無力なのかと、こんなにも出来損ないなのかと、突きつけられる日々。



 頭がどうにかなりそうだった。



「歩は、頭がいいんだから研究者になればいいよ」


「そうだよ。無理に続けなくてもいいよ」


「ワイヤー……だからな。そうした方がいい」



 いろんな人にそう言われた。どうやら自分には勉学の才能はあったらしい。聞いたことや、見たことはすぐに覚えることができる。暗記も得意な方で、学校ではすでに飛び級もしている。



 でも、自分の行きたい世界はそこではないのだ。



 あの輝かしい舞台で、CVAを操り、VAを巧みに織り交ぜ、人を沸かせるような選手になりたかったのだ。




 そして、あの日……一ノ瀬詩織と出会うことで人生は大きく変化することになる。




 § § §



「は〜い、僕。お名前は?」


「……誰ですか?」


「えーっと、一ノ瀬詩織……っていうだけど、日本語わかるの?」


「僕は七条歩です。それと、日本語と英語は両方できます。一応、日本人なので……」



 初めの印象は、綺麗なお姉さんだなと思った。でもそれと同時にイラついた。彼は無駄に明るく話しかけてくる大人が大嫌いだった。どうせ、君には向いてないだの、別の道があるよだの、言ってくるに違いない。大人って、そんなものだ。可能性を捨てさせ、本人の意志などまるで考慮しない。ただ経験を重ねているだけなのに、ただ歳を重ねているだけなのに、まるで世界の全てを知っていて、さもあなたのためなのよ? と言ってくる。反発すると、あの子は反抗的でどうしようもないと陰口を叩く。



 大人なんて嫌いだ。そう、当時の彼は思い込んでいた。



 しかし、全ての大人がそうでないことを彼女を通じて知ることになる。




「ねぇ、楽しい?」


「……何がですか?」


「クリエイターとして生きていて楽しいってこと」


「別に。でも、戦うのは嫌いじゃないです。勝てないですけど……ワイヤーなんて、なんの役にも立ちませんよ」


「なら、教えてあげる。ワイヤーの戦いってやつをね。よく見てて、歩くん」


「え?」




 楽しいなんて、聞いてきた人は初めてだった。だからこそ、興味が出た。それに彼女は、ワイヤーの戦いを教えるといった。つまりは、彼女のCVAもワイヤーだということだ。



 半信半疑で彼女を見つめる。



 一ノ瀬詩織……詩織さんか。どんな人なんだろう。



 そして、彼女の戦いに心を奪われた。




「……参りました。さすがにヨーロッパ覇者は伊達ではないですね」


「ふふ、ありがとうございます」



 養成所の指導者で、アメリカの中でも屈指のクリエイターである人に彼女は完封勝利した。それも、相手は近接系のレイピアだったのに、彼女はワイヤーだったのに。



 その戦い方は非常に論理的だと思った。相手の得意なことをさせず、近距離に近づかせない。おそらく、特殊なVAのおかげもあるだろうが、それを考慮しても……あの強さは異質だ。



 それと同時に希望が見えた。ワイヤー使いでもあそこまで強くなれるのだ。自分もできるかもしれない。一筋の光が見えた気がした。彼女こそが、自分の目指すべき理想なのだと理解した。



「歩くん、どうだった?」



 先ほど試合をしたばかりだというのに、全く息を切らしていない詩織は再びにっこりと微笑んでくる。



 そして、そこにはもう根暗で陰鬱、さらに悲観的でもあった少年はいなかった。



「詩織さん、俺に……戦い方を教えてください!!!!」



 ガバッと頭を下げると、地面に頭がつきそうになり、それを見た詩織は少しだけ笑うと了承してくれるのだった。



「ふふ、歩くんが私の弟子1号だね! これからよろしく! 私の特訓は厳しいよ?」


「望むところです!!!」



 そして、彼女に差し伸べられた手を握ると……歩は自身の理想に向けて確かな一歩を踏み出した。

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