第108話 一ノ瀬詩織:追憶 1



 思えば、私と言う個人が生まれたのはあの時だったのかもしれない。そう、七条歩と言う幼い少年に出会ってから……私の人生は大きく変化することになった。




 ICHを卒業する前、私はなぜか旅に出ようと決めた。



 実家はそこまで裕福ではないので、支援は期待できない。でもだからこそ、自分のことを誰も知らない場で生きることで何かを手に入れることができると思ったからだ。




 まずはイギリスに行った。



 辿々しい英語だが、なんとか住み込みで働ける場所を見つけた。そして、一年が経つうちにはコミュニケーションは普通に取れるレベルになっていた。




「シオリ! 今日もよろしくね!」


「分かりました!」




 いろいろなことを体験した。本当にいろんな仕事をした。今まではクリエイターとして生きることしか考えていなかったが、こうして些細な日常を過ごせるのは他でもない普通の人々がいるからなのだと痛感することができた。



 そして、ヨーロッパで数年過ごした私は次は渡米することに決めた。まずはワシントンDCに行こう。そう決めた私は早速、行動に出た。




「へぇ……流石に綺麗だな〜」



 アメリカの首都であるワシントンは落ち着いた街並みだった。以前いた場所のような賑やかさがない。でも、そんな雰囲気がなんとなく気に入っていた。



 すでに家は借りており、引越しも済ませていたので街をぶらぶらと散策して見る。



 そこで、私は一人の少年と出会った。




「ワイヤーか……」



 クリエイターはCVAを使用してもいい区画が決められており、アメリカではどんなものなのかとクリエイター育成所を覗いて見ると……そこにはアジア系の見た目で、ワイヤーを使っている少年がいた。



 ヨーロッパでクリエイターとしての実績を少しだけ残していた私は、養成所の責任者に名を知られていたようで、あの子を見てやってほしいと頼まれてしまった。




 まぁ、今はちょうど仕事もないし……引き受けてもいいかな。賃金もそれなりにもらえるので初めは安易にその仕事を受けるのだった。




「は〜い、僕。お名前は?」


「……誰ですか?」


「えーっと、一ノ瀬詩織……っていうだけど、日本語わかるの?」


「僕は七条歩です。それと、日本語と英語は両方できます。一応、日本人なので……」




 ワイヤーを使っていた少年を一言で表すなら……暗い性格。そう思った。伏せ目がちな目に、自身のなさそうな声。背筋も曲がっており、卑屈さが体から滲み出ていた。




「ねぇ、楽しい?」


「……何がですか?」


「クリエイターとして生きていて楽しいってこと」


「別に。でも、戦うのは嫌いじゃないです。勝てないですけど……ワイヤーなんて、なんの役にも立ちませんよ」


「なら、教えてあげる。ワイヤーの戦いってやつをね。よく見てて、歩くん」


「え?」




 こうして、私は歩くんにワイヤー使いとしての戦い方を教えることに決めた。


 そして、この時にこの出会いが二人の運命を大きく変えるとは知る由もなかった。

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