第93話 Legendary-Arms


「おーい、紗季!! こっちこっち!」


「すまないね、少し遅れてしまったよ」




 夏にふさわしい真っ白なワンピースに麦わら帽子をかぶっている紗季は、周りの異性からの視線を独り占めにしていた。それほどまでに魅力的な姿。だが、歩は椿といることで、そのようなことには慣れているので極めて簡素に対応する。



「と言っても時間ぴったりじゃん。それじゃあ行こうか」


「そうだね」



 そう言って歩と紗季は並んで歩き始める。


 本日は休日。明日からは再び校内戦が始まる。だからこそ、二人は息抜きがてらに外で話し合うことにしたのだ。


 もちろん、二人で出かけることに椿は猛反対した。しかし、今日は学校の用事があり彼女は渋々二人が一緒に出かけることを許したのだった。



「そういえば、椿ちゃんは結局来ないのかい? 彼女なら無理矢理にでも来そうだけど」



 紗季がそう言うと、歩は少し唸ってからそれに応える。



「うーん、今日は多分来ないと思うよ。呼び出された理由はCVAとVAの調整みたいだから、時間かかると思うし。それに最近、ずっと一緒にいたから偶には別行動もいいかなって」


「おや、歩もそんなことを考えるんだね」


「そりゃあ、偶にはそう言う時もあるさ」



 そして、二人はそのまま他愛のない話をしながら目的の場所へと向かう。




 § § §



「よし、今日は僕のおごりだ。なんでも頼んでくれ」


「本当にいいの?」


「君は昨日の戦いで消耗しすぎたからね。僕なりの労いさ」



 二人は個室専用のカフェへとやって来ていた。もちろん、個室だからこそ値段はそれなりに高い。だが、紗季は歩に謝罪と感謝の念を込めてここを選んだのだった。



 二人はデバイスでそれぞれ、コーヒーだけを頼むとさっそく本題に入る。




「それで、クオリアの影響はどうだい? 倦怠感とかは?」


「昨日も診てもらったけど、今のところ異常はないよ」


「髪は昨日のうちに染めたんだね」


「そうだね。早めにしとかないと、後々面倒だから」



 歩は肩にかかる髪に軽く触れる。その色は昨夜の純白さはない。どこまでも人工的な黒一色に染まっていた。現代の染料は昔よりも安価で手に入る上に、色落ちもあまりしない。そのため、一回黒くしてしまえばその効果は永続的に続くのだ。




「それにしても……クオリアを使うとはね。相手はそんなに強かったのかい?」


「そうだね。報告書で提出したと思うけど、憑依ベゼッセンハイトと言う特殊な技を使っていたよ。おそらくあれは部分強化も可能だけど、完全なクオリアに至れば……」


「その肉体に架空の存在を完全に降ろすこともできると?」


「俺はそう思ってる。あの右腕は明らかに天使をモチーフにしたものだ。その真名はわからないけど、原点があるはずだ」



「なるほど……相手の技術はそこまで到達しているのか。クリエイターの創造力も厄介なものだね。本当に限界などなさそうだ」



 紗季はコーヒーを一気に飲み干すと、そのままカップの底を見ながら話しを続ける。



「歩、そして詩織さんのクオリアもそうだけど……やはり、一人一人独自の形態が存在するのは間違いないみたいだね」



「根幹は同じでも、その創造するものは異なる。俺も詩織さんも似ているようで違う。俺と彼女では求めたものが違うからね」


「これはまだまだ研究する余地がありそうだ」



 思わずため息をつくも、彼女の表情はどこか晴れやかだった。まだ見ぬ謎。この世界も誰もが解明できない謎がまだこの世界にはたくさんある。彼女はそれを誰よりも早く発見することに喜びを見出していた。止まることのない知識欲。再現ない渇望。研究の世界では2番と言うものは存在しない。あるのは一番か、その他のみ。



 後天的能力理論はすでにメタ分析も体系化も終わっている。今は何よりもクオリアの研究が最優先。しかも、目の前にはその使用者がいる。


 頰が緩むのを止められない紗季の姿を見て、歩は少し嘆息するのだった。



「やれやれ、紗季の研究好きもここまで行くと尊敬するよ」


「ふ、僕の知識欲は止まるところを知らないからね。歩にはもっと協力してもらうよ?」


「それはいいけど……椿を怒らせないでくれよ? あいつは俺と紗季が研究で絡むのは嫌がっているみたいだから」


「ま、そこは気をつけるさ」



 そして、二人はそれからデザートを注文する。歩はモンブラン、紗季はショートケーキを選ぶ。しばらくの間は黙って食べていたが、歩は何かを突然思い出したかのように話題を振る。



「あ、そういえばさ」


「ん? 何か疑問でも?」


「いや、紗季は伝説武器レジェンダリーアームズについてどこまで知ってる?」


「Legendary-Armsか。論文ではよくLAと言う表記が多いね。架空武器、伝説武器と日本語に訳されているけど……正確には両方を組み合わせたのが正しいだろうね」


「と言うと?」



 紗季は自分のデバイスからモニターを展開する。プライベートモードを解除し、歩にも見えるようにする。



「LAは例外なく、何かの物語に出てくるものが原点となっている。多いのが神話だね。あとは実際に存在したと言われているのもまで。でも重要なのは、その架空の武器の心的イメージを使用者が持っていると言うことだろうね」



「確かに、世界で現在発表されているものは……神話から発生しているものが多いね」



「これを見てほしいのだけど……」



 紗季が提示したのはCVAと遺伝子の相関関係のグラフ。それを見るにCVAは遺伝情報が上の世代から引き継がれていることがわかる。



「待てよ? この相関関係はLAにも適応されるの?」


「それは僕にもわからない。何しろ、サンプルが少なすぎるね。でも、歩が今回その話をしたと言うことは……あの有栖川家のお嬢さんのことだろ?」



 歩は少し目を見開くと、嬉しそうに話を続ける。



「流石だね。そう、俺は華澄がLAに至っている考えている」


「僕もその意見には賛成だ。有栖川家からまだ公式にLAの所持者が発表されたことはないけど……彼女には違和感がある。あの双剣のズレが何よりの証拠だ」


「そう、CVAのフェーズシフトによる弊害は比較的多いけど……華澄ほどのクリエイターが持て余すほどのギャップ、そしてあの自信……LAを持っていると思って試合に臨んだ方がいいと思ってね」


「でも、僕でも……そして歩でも、この推測はここから先には行かないだろうね。どのタイプのCVAなのか、そして原点はなんなのか……何より、LAには必ず大きな制約が伴う。それは歩もわかっているだろ?」



 ケーキを食べ終わった後のフォークで歩を指す彼女の目は何かを追求しているようだった。歩はそれに臆することなく真正面から受け止める。



「そうだね。LAは未だに謎が多い。はぁ……理想アイディールの件といい、校内戦といい、苦労が絶えないよ」


「でも歩は一応LAを使えるじゃないか。何をそんなに心配しているんだい?」



 きょとん、と首をかしげる紗季は本当にそう疑問に思っていた。



「知ってると思うけど、俺のはある意味万能だけど制約が多すぎる。でもそこはカードの多さで、勝るつもりだけど……LA所持者は過去に戦ったことがあるけど、なかなか厄介でね……」



「まぁ、君なら勝てるさ。何よりも僕がそう信じているんだ。頑張ってくれよ?」


「相変わらず無茶言うな〜。昨日の今日だって言うのに」


「それも含めて試合さ。どんなことがあろうと、君は進むと決めたんだろ? なら、全力を尽くせばいいだけじゃないか」


「ハァ〜、そうだね。なんかちょっと弱気になってたよ。ありがとう、紗季」


「あ、そういえば君は負けたら有栖川家に入るんだろ?」



「え?」



 瞬間、時が止まる。実際に時が止まるなどはありえないのだが、この場の空気は少なくともそう形容できるほどに高まった状態になる。



 そして、ニコニコしながら尋ねる彼女の目は全く笑っていない。



 歩はその姿を見て恐る恐る口を開く。



「……それは、どこで誰から聞いたの?」


「さぁ〜、どうだろうね? でもこのことが他の人に知られたら、まずいよね?」


「そ、それは……」




 歩はそれから2時間ほど、紗季の厳しい詰問にあうのだった。

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