ICH 東京本校 校内選抜戦 本戦 2

第92話 総括

 

「おや、もうそんな時間ですか……仕方ありませんね。ここは撤退させていただきます……」


「……何?」



 司がそう言った瞬間、目の前には閃光と煙幕が発生する。彼はVAで索敵を試みるが、相手はすでにこの場を去っていた。



「くそっ……逃げられたのか……」



 そう呟きながらも、そのまますぐに朱音を回収し司は治療を始めた。そして、治療の途中に紫苑からの連絡が入る。



『班長!! 大丈夫なの!!? 状況は!?』



 紫苑はかなり焦っているようだったが、司は極めて冷静にその問いに答える。



「朱音が負傷したが、問題はない。すぐに医療班をこっちに回してくれ。詳細は戻ってからする……」


『そう……分かったわ。あ、それと報告があるのだけれど……この建物にある生体反応が急に幾つか消えたの。おそらく取り押さえていた構成員は……」


「あぁ、そうみたいだな……全く、最低の任務だ……」



 司が見据える先にはバラバラになった遺体があった。それはアウリールと戦う前に朱音が確保しておいた構成員。だが、今はただの肉塊へと成り下がっていた。おそらく爆薬が仕掛けられていたのだろう。



 滴る血は未だに新しく、灼けるような赤色をしていた。




 § § §



「よし、全員帰ってきたな」



 この場にいるのは、朱音を除いた現C3のメンバーだけ。数時間前はここでブリーフィングをしていたが、今はその任務の総括をしている。


 そして、重い雰囲気の中、紫苑が話し始める。



「今回は私の落ち度だったわ。通信を遮断されて何もできなかった。できたのは事後処理だけ……本当にゴメンなさい」



 そう言って頭を下げる。だが、すぐにそれを司が止める。



「やめろ紫苑。お前だけの責任じゃない。今回は俺の見積もりが完全に甘かった。全員すまなかった」



 今度は司が頭を下げる。それを制止しようとする者はいない。皆、気がついているのだ。彼がどれほど悔やんでいるのかを。



「今後も理想アイディールへの対策は行っていくが、もう少しメンバーを補充しようと思う。あとは今回やられた通信、情報系のチームも必要だな」



 そして、歩が唐突にその会話に入り込む。



「そうですね。今回の通信遮断は正直、かなり痛手でした。全員の様子が把握できないのはやはり問題です。そこは早急に対処すべきだと思います」



 肌の色は通常に戻ったが、髪だけは未だに純白な状態の歩には全員の視線が集まる。しかし、彼はそれを気にせずに言葉を続ける。



「あとは、校内戦の本戦が始まっているので……私用で申し訳ないのですが、試合がある日はよほど緊急でない限りこちらには顔を出せないと思います」



「そこは気にするな。お前は詩織のためにも三校祭ティルナノーグで優勝したいのは知っている。本戦には奴らが介入しないようにこっちでなんとかする。お前は全力で東京校の代表を勝ち取ってこい」


「はい。わかりました」



 そうして、そのまま今回の任務の詳細を報告し合う。それから数時間経過した後、紫苑がある提案をする。



「ねぇ、班長。時間があるならみんなで歩くんの応援に行かない?」


「それもいいな。そうえばお前は大会とか、試合とか好きだったな」


「そうなの! 特に今年の東京校の本戦はメンバーがすごいから……どう? 行かない?」


「まぁ、時間があるときは融通を利かせるか」


「やったー!!!!!」




 年甲斐もなく喜ぶ紫苑の姿を見て、残りの4人はそれぞれ思ったことを口に出してしまうのだった。



「やれやれ、もういい歳なんだからもう少し言動は考えて欲しいよね。そうは思わないかい、椿ちゃん?」


「え!? まぁ、紗季さんの言うことはちょっとは分かりますけど……あ、翔子さんはどう思います??」



「え、私!!? いやぁ〜、別にいいんじゃないかな〜。あ、七条くんはどう思います?」


「お、俺!? いや、いつまでも若々しくて可愛いと思う……よ……?」




 4人それぞれの声はもちろん、紫苑にも届いており……



「班長……私、気を使われているわ……」


「まぁ、仕方ないな。お前もいい歳だ」


「うわーん!! みんなのバカーーー!!!!!!!!!」




 そうして、紫苑はいつも通りその場を去っていくのだった。




 § § §



「ただいま〜」


「おかえり、お兄ちゃん!」


「いや、今一緒に帰ってきただろ……」


「いいじゃーん。硬いこと言わなくてもー」



 歩と椿は自宅へと帰ってきた。今日は椿も泊まるというので、歩はやむなく彼女の行動を許すのだった。



(やっぱり、クオリアを使ったから心配してるんだろうな……)



 そして、二人は各自で自分のしたいことをしていた。椿はコーヒーを飲みながら読書をし、歩は何やらデータをまとめていた。



「お兄ちゃん、何してるの?」



 読書のために表示していたモニターを閉じ、椿は歩に話しかける。



「今日の戦闘データのまとめと、あとは今後の校内戦のデータもちょっと弄ってる」


「お兄ちゃん、今日はあんなことがあったのに……少しは休んだら?」


「言っても聞かないのは知ってるだろ? それに体調管理は大丈夫だ。バイタルに異常はないよ。あるとすれば、この白髪はくはつを黒に戻さないとな……」



「あー、髪の色だけは元に戻んないもんね。でも、久しぶりに使って本当に大丈夫だったの?」


「さっき、椿も立ち会ってただろ。紗季も大丈夫って言ってたし。まぁ、今後は使用を控えるよ」


「でも校内戦で華澄さんと戦う時はまずくない? そんなハンデがあって大丈夫なの?」



「まぁ、なんとかするさ」


「そう。お兄ちゃんなら大丈夫だと思うけど、頑張ってね」


「あぁ、負けないさ。でも華澄は切り札がある、みたいなことを言っていたな……」




 歩はモニターを忙しなく操作しながら、椿との会話を続ける。



「ん? どういうこと? 特殊派生型の未来予知プレディクションのことじゃないの?」



「いや、それは違うと思う。おそらく、華澄は伝説武器レジェンダリーアームズに到達していると予想しているんだけど」



「本当に!? 世界でもまだ数人しかいないのに……でも御三家なら……」



 椿はブツブツと思案し始める。その一方で歩は彼女の試合のデータのまとめを椿に見せる。


「予選と本選の華澄の動きだけど、僅かに双剣の動きに差が出ている。まるでさっきまで別の武器を使っていて、今の武器に適応しきれてないみたいだ。華澄ほどのレベルになればその違いは顕著には現れないけど、データで見れば微かな違いが読み取れる。俺も華澄の発言がなければここまで細かくCVAを解析しなかったから、まぁ結果としてよかったよ」



「ハァ〜、我が兄ながら怖いね。本当に一番戦いたくないタイプだよ……」



「ははは、それは褒め言葉として受け取っておくよ」




 そして、二人はその後も他愛のない話を続ける。



 C3の任務はひとまず終了したが、彼の戦いは続く。彼は御三家の人間と本格的に戦うことになる。



 その先に何があるかも知らずに、彼は確かな未来を求めて進み続ける。

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