第87話 偽物-Artificial- 1

 「ほらほらぁ!! どうしたのですか!!? 世界4位の実力はこんなものですか!? あの時の栄光はすでに過去のものなのですか!!?」


 

 交わる剣撃。室内に響き渡る甲高い音。そして、大量に飛び散る司の血。



 憑依ベゼッセンハイトを発動したアウリールは圧倒的だった。司はなんとか食らいつくも、戦闘の次元が違う。いくら防御をしようとも、いともたやすくそれを無効化されてしまう。さらに防御したと思ったら、それと同時と錯覚するほどの速度で連撃が叩き込まれる。徐々に削られていく皮膚と肉。さらに、その精神までもが磨耗していく。



 そして、数分後には満身創痍の石川司がそこに立っていた。



「ハァ……ハァ……ハァ……」



 その姿を見たアウリールには先ほどのような興奮はない。ゴミでも見るような視線で司を見ると、彼はそのまま不満を吐露する。



「はぁ……残念ですよ……世界4位がこのざまなんて。やはり表の世界の実力者で、こちら側とも渡り合えるのは七条歩と一ノ瀬詩織だけですかね? もう、あなたのことはいいです。このまま一瞬で殺してさしあげます」



 そして、アウリールはいつものルーティーンである礼をする。



「――礼に始まり、礼に終わる。それが私のルール。美しき世界への手向け。秩序ある場所にこそ、世界は振り向いてくれる――もはや虫の息のあなたにすら私は敬意を払いましょう。それが私の業であり、使命。さぁ、終わりにしましょう……」



 瞬間、その場から彼の姿が消える。司は身体中から血を流しており、下を俯いている。もはや相手を視界に入れる気力すらないのか。アウリールは心の中でそう思うと、そのまま司の頭蓋をレイピアで貫く。






「おい……誰が過去の栄光だって……?」




 だが、司はそれを紙一重で回避する。本当にギリギリのところで回避されたアウリールは衝撃よりも疑問だった。あの身体で憑依ベゼッセンハイトを発動したこの腕の攻撃を避けられるわけがない。そう考えると、思わずその思考が声に出てしまう。



「ん? あなた今どうやって避けました……?」



「教えるかよッ!!!!!!」



 司はそのままフランベルジュを振るうも、相手はそれを難なく躱し再び距離を取る。




「おかしいですねぇ……私の腕の攻撃を避けれるのは同じ次元に立っていないと不可能なんですが……まさか、あなたもやはり不完全ながらもクオリアに? それも第二段階……?」



 独り言のようにブツブツとつぶやくと、司は自分の身体をゆっくりと起こす。相変わらず満身創痍にしか見えない。だが、よく見ると彼の身体からは細かな粒子が生じ、傷が徐々にふさがりつつあった。



 絶句。言葉が出ないほどの驚愕を初めて味合うアウリールはそれを見て、一つの仮定を導き出す。



 この男は至っている。間違いない。あのクオリアにに至っている。そうか、この男も完全到達者なのか。そして、そのまま声に出して感情を露わにする。



「あああああああああッ!!!! 私は、まさか……!!!! あの、完全到達者と戦闘ができるのですかッ!!!!? これが礼を尽くしてきた私への褒美ッ!!! 世界はやはり私に振り向いてくれた!!! あぁ、今日ほど自分の礼に感謝した日はありませんッ!!!!」



 なぜ、そこまで感動するのか。それにはある理由がある。



 クオリアによるCVA粒子の操作には段階がある。第一段階は粒子を操作しCVAとVAを単純に強化すること。第二段階はCVA自体を粒子によってに創造できること。憑依ベゼッセンハイトや椿の限定全属性蝶舞バタフライエフェクト・リミテッドはその定義でいうと第二段階に位置する。現状、理想アイディールはそこまでは解明が進んでいる。だが、その先の段階がどこまであるのかも、どのような効果を持つのかは知らない。知っているのは完全到達者が一ノ瀬詩織と七条歩ということだけ。



 だが、目の前の石川司はCVA粒子を身体から発している。これは唯一、完全到達者に共通する事象。



 だからこそ、アウリーリは最高潮に興奮している。自分が追い求めている領域に届いている相手と戦闘ができるとは至上の悦び。



 一方の、その様子を見た司は心の中で笑っていた。



 (はは……こいつはどうやら勘違いをしているようだな……俺は詩織や歩のような、本物じゃあねぇんだよ……俺がたどり着いた世界は、きっとあいつらとは違う場所さ……)



 本物ではないとはどういうことなのか。彼がたどり着いた世界とはどこなのか。時は数年前に遡る。




 § § §





「クッソー! また負けたぁ!!! 詩織! お前のワイヤーはどうなってんだよ!?」



「ふふ、司君もまだまだだね! 私の華麗なワイヤー捌きには手も足も出ないなんて!」



 平らな胸をそらしながら目一杯虚勢を張るも、実際は互いにボロボロだった。


 そして、詩織の言葉を聞いた司はいつものように笑い始める。



「ははははははははは!!!!! おい聞いたか、茜! 手も足も出ない俺にかなりボロボロにされてるのに、ここまでドヤ顔できるのはこいつぐらいのもんだろ!!」


「ん? あぁ、そうだな。でも、それが詩織の面白いとこじゃないか?」



 男勝りな口調で話すのは高橋茜。茜は二人の模擬戦を室外から見ており、今はちょうど終わったところなので二人のそばにやってきたのだ。



「それにしても、司はもう少し冷静になったらどうだ? 動きが少しぎこちないし、反応速度が悪い」


「おぉ、外から見てるだけでそこまで分かるのか。やっぱ、茜は教師とか向いてるんじゃないか?」



 そして、その会話に詩織が加わる。



「そうだよ、茜ちゃん! 茜ちゃんは面倒見がいいし、分析力も高いから教師は向いてると思うよ!!」


「やめろよ、司も詩織も! 私は選手として頑張りたいんだ!」


「といっても俺と詩織の足元にも及ばないがな」


「うーん。それはさすがの私も司君に同意かな〜」


「お前らはもう少し友達に気を使えよ!!!!」



 そういうと、三人は同時に笑い始める。この時は卒業間近。ICH東京本校で仲良くなった三人はよくつるんでいた。仲良くなったのは三人ともが補習によく顔を出していたから、つまりは全員が稀に見る劣等生だったのである。



 だが、この時は誰もが知らなかった。あの一ノ瀬詩織があそこまで強くなると

 は……







「わーい! とうとう卒業だよ! 茜ちゃん! 司君!」


「ハァ〜、卒業かぁ〜」


 司がため息をつくとその背中を茜が思い切り叩くのだった。


「しっかりしろ!! お前は仮にもプロになれたんだ! 私たちの分も頑張れよ!」


「そうだなぁ〜」


「あははは。茜ちゃんてば、悔しんだね〜」


「詩織……お前も人のことは言えないだろ?」



 詩織は茜の言葉を聞くと、途端に落ち込むと思いきや急に明るく話し始めるのだった。


「そんなことないよ! 要は時間の問題! 私は海外で鍛えてくるから! 誰よりも強くなるよ!! それで、またいつか会おうね!」


「相変わらず突拍子も無い奴だな。でも、私も大学で頑張ってみるよ」


「うん! 頑張ってね、茜ちゃん!」



 そして、司は詩織が海外のどこに行くのかまだ聞いていなかったのでそのことについて尋ねるのだった。



「詩織、お前はまずはどこに行くんだ?」


「う〜ん、とりあえずはイギリスに行って〜。そのあとはアメリカかな〜。強くなったら戻ってくるよ!」


「なるほどな。まぁ、俺は茜と違って詩織の意志は尊重するぜ?」


 茜は異議を唱えようとするも、これで別れだと思うと涙が出てきてろくに反論もできないのだった。



「ぐすっ……ばかやろー。私は司と違って詩織が大切なんだよぉ……」


「あー、司君泣かせた〜。女の子泣かせるなんて最悪〜」


「え!!? 俺のせいなのか!? こいつ結構前から涙ぐんでただろ!?」


「う〜ん、よく覚えてないかなぁ〜」


「テメェ! 詩織ふざけんな!!!!」


「アハハハハ!! 詩織も司も、そんなにはしゃぐなよ!」


「「泣いてる人に言われたくない!!!」」



 こうして、三人は最後まで馬鹿なやり取りをしつつもICH東京本校を卒業した。



 そして、次に三人が出会うのは5年後。次の世界大会が開催される年であった。

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