第86話 七条椿の本気
「そっか、お兄ちゃんは決めたんだね……」
歩とシャーロットが戦っている位置から少し離れている椿は、クレアとの戦闘中にもかかわらず歩のことをじっと見つめていた。
また、一方のクレアも歩のクオリア発動を視界に入れていたが今は戦闘中。そのことを強く意識している彼女はそのまま隙だらけの椿に渾身の一撃を叩き込む。
「隙だらけよッ!!!! なッ!!??」
だが、その攻撃は椿の周りを飛んでいる何万もの蝶たちによって防がれてしまう。今まではその蝶を難なく切り裂いてきたのに途端に防御されるようになった事実に驚愕し、クレアは歯ぎしりをしながらその場から距離をとる。
「お兄ちゃんがそうするなら……私も頑張るよ……」
椿は独り言をつぶやくと、そのまま視線をクレアフォーサイスの方へと向ける。その目には今までと違う何かが宿っていた。もちろんそれは何かの能力ではなく、比喩的なものである。だが、クレアは疑問を抱くとともにわずかな恐怖が生じていた。完全なクオリアに至っているあの男の妹。ならば、この女も同様にクオリアに届いてるのではないか。微かな疑問が頭をよぎり始める。そう考えると先ほどの防御も納得がいく。
だが、それは一般的な評価。
だからこそ、クレアは僅かながらにも恐怖し始めていた。
未知なるものへの好奇心と恐怖。その感情が混ざり合うことで彼女はさらなる高ぶりを感じていた。
「ペチャロリ……まさか、あんたもクオリアに……?」
おもわず話しかけてしまうが、椿はそれに律儀に答える。
「それは……どうだろうね……? でも、私も覚悟を決めたよ。お兄ちゃんが選択したのだから、私も自分の意志で自分の道を決めるよ。それが例えどんな結果になろうとも、ね……」
瞬間、椿の周囲にいる蝶たちから大量の粒子が生じる。彼女はCVAからでもなく、自身の身体からでもない、
その事実は一つの結論に集約される。
(どうやら、あいつも第二段階には至っているようね……あの男の妹なだけはあるわ……)
クレアはそう結論づけた。そして、その推論は正しいものであった。クオリアに完全であろうと、不完全であろうと至っている者はCVA粒子の操作が可能になる。粒子は創造の根幹たる物質。それを操ることができるという事は、さらなる創造が可能ということ。つまりは創造に想像を重ねることでさらなる高みへと行けるのだ。クオリアに至っているかどうかでクリエイターの強さの次元は変わってくる。世界トップレベルのクリエイターは完全ではないが、例外なく、その段階に届いている。
完全に至っているのは一ノ瀬詩織と七条歩のみだが、不完全な到達者ならば世界には50人以上は存在する。
そして椿もクレアもそのうちの一人。だからこそ、互いに感じ取っていた。互いの戦闘次元は同じ。ならばそこから先は純粋な戦闘力と創造力で勝敗が決まる。
「――
そして、莫大な数の蝶たちがたった4匹に集約される。それぞれの蝶の色は4属性と同じ。つまりは火、水、氷、雷の属性をそれぞれに付与しているということ。
そこだけ見れば今までより強くなったなどとは到底思えない。だが、クレアは感じていた。あの4匹の蝶はこの腕と、
だが、クレアは怯まない。恐怖は見せない。今あるのは好奇心と興奮。滅多に出会えることのない好敵手。戦いの中に生を感じるクレアはそのまま笑いながら椿に突撃していく。
「アハハハハハハハハ!!!!!!! 最高だよッ!!!!! ペチャロリッ!!!!! いや、七条椿ィ!!!!! お前は私の相手に相応しい!!! そしてお前を殺すことで私はさらなる高みに至ってみせるッ!!!!!」
異形な腕と共にその場を超高速で駆けていく。握っているクレイモアも彼女の高ぶりに呼応するように徐々に発光し始める。今までの中でも最高のパフォーマンスを発揮した彼女は椿の死角である背後に回ると、そのまま脳天にその刃を何の躊躇もなく振り下ろす。
目の前の女は自分の攻撃を追いきれていない。やはり私の方が
「こんなものッ!!!!!!!」
蝶により生成された氷に驚くも、そのままクレイモアを振るう。そして、氷が砕けると同時に椿の視線とクレアの視線が交わる。
「――新月」
椿は炎を纏わせた槍をクレアの頭部に向けて叩き込む。新月は司が使用していた
だが、
「チィッ!!!!!!!!」
クレアは椿の繰り出す新月を防御するが、槍に付随している炎がさらに棘のように変形し、彼女の頬をかすめる。青い炎はそのまま彼女の頬を焦がすが、クレアはそこから
「――
円を使用することで彼女はクレイモアを円を描くように振るう。その威力は椿の槍だけでは防ぐことはできない。そのため、椿は再び氷の障壁を展開。5重にも展開された障壁はクレイモアの衝撃を相殺する。その僅かな遅延の間に椿は重ねて、能力を発動する。
「
1匹の真っ赤な蝶がさらに灼けるように変化すると、その羽からはクレアを覆い尽くすほどの炎が射出される。避けるのは不可能。防御しようにも炎相手にそれは得策ではない。
ならば、掻き消すまでだ。そう考えたクレアの腕の結晶と羽が白く発光し始める。その時間は一秒にも満たない。そして……
――
あの僅かな時間であそこまで移動できるのは物理的な超高速の移動か、先読みが出来るからこそ為せる技。だが、七条椿は
笑いが止まらない。目の前にいる女は明らかに異常だ。まだ幼い容姿にもかかわらず、繰り出す攻撃には明確な殺意が込められている。相手の四肢を吹き飛ばすのは当たり前、頭を弾くのも、潰すのも、身体を切り刻むのも、何の躊躇いがないのは明らか。
いったいどのような経験を積めばこの歳でそこまで無慈悲になれるのだろうか。
「アハハハハハハハ!!!! 椿ィ!!!! あなたは最高ねぇ!!!? さすがあの男の妹だわ!!!! アハハハハハハハハ!!!!」
「……何がそんなにおかしいの」
椿の声のトーンは今までと異なりかなり低い。彼女は完全にこの戦闘に没頭していた。そのため、いつものような明るく無邪気なキャラクターは今は存在しない。存在するのは殺すという明確な意志だけなのである。
「この戦いよッ!!! 互いに不完全とはいえ、クオリアに至っている。普通のクリエイターならば考えられないような高次元の戦闘!!! 高まらないの!? 私はとても楽しいわ!!!! アハハハハハ!!!!」
「……へぇ、気が合うね。私も楽しいよ。本気を出せるなんて滅多にないからね。その頭、弾き飛ばしてあげるよ」
「ふふふふ。それはこっちのセリフよ? あなたの全てを凌駕して最後にその頭を捻り潰してあげるわッ!!!!」
こうして、椿とクレアの戦闘も最高潮へと達するのだった。
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