第85話 Reminiscence

「どうだい? 通信は妨害できてる?」


「はい、しっかりと出来ています。と言っても、こちら側も通信はできませんが……」


「重要なのはそこじゃないよ」



 そう言うと、長髪の男は立ち上がりながら話を続ける。一方のARグラスをかけ、作業をしている男はそれを視界に入れながらも依然として手を休めることはない。



「こちらはあらかじめ、通信が出来なくなるという事実を知っている。だからこそ、七聖剣セブンスグラディウスたちには独断で戦うように指示してある。アウリールとフォーサイス姉妹がいればはないだろうからね」


「なるほど。勉強になります。しかし、負けることですか……? 勝つことではなく……?」


「そうだね。必ず勝つということは一概には言えないだろう。でも、負けることはないさ。なんせ、彼らは僕が創り上げた最高傑作なのだから。それに、不完全ながらもクオリアには至っているしね」



 男はそう言って遠くを見つめる。その視線の先には何が映っているのだろうか。彼が望む世界とは何なのだろうか。オーディナリーとクリエイター。その二つの対立は今まで表立って生じたことはなかった。だが、理想アイディールという組織はそれを浮き彫りにした。そして、クリエイターの中にはその思想を支持しているものもいる。どうして、新人類である自分たちがオーディナリーという旧人類と同じ環境で生きなければならないのか。力がある故に制限がかけられてしまう。実際に裁判などでも、クリエイターが有罪となることはかなり多い。それもオーディナリーが被害者の場合は異常なほどだ。


 そのような社会的背景も合わさり、理想アイディールはただのテロ組織とは認識されていない。救世主になるうる可能性も秘めているのだ。


 そして、長髪の男は視線をモニターに戻すとそのまま事の顛末を見届けるのだった。



「僕たちは成し遂げてみせるよ。そのために多くのものを犠牲にしてきたのだから……」




 § § §



「シャーロットフォーサイス。あなたは今まで見てきたクリエイターの中でもトップレベルの実力者なのは認めましょう。その腕も、きっと途方もない努力をして手に入れたのだと推察します。さらに、戦闘での基本動作、先読み、適応力、戦闘知能の高さからもあなたの高潔さが伺えます。だからこそ、俺も本気でお相手しましょう」



 歩は覚悟を決め、ワイヤーをすべて消失させる。それを見たシャーロットは感じた。とうとうをこの目で見れるのだと。



 クオリア、それはクリエイターの一つの到達点とされている。そこに完全に至っているのは世界でも一ノ瀬詩織だけだった。だが、理想アイディールの上層部は知っていた。この世界にはもう一人、完全到達者がいることを。なぜなら、昔からそのクリエイターのことをからだ。



 クリエイターの名は、七条しちじょうあゆむ。CVAはワイヤーと表面上のデータだけ見れば平凡そのもの。だが、その中身は常軌を逸している。それはシャーロットも知っていた。最近では長谷川葵との試合が記憶に新しい。あの試合は圧巻だった。彼女は現地に観戦しに行ったからこそ分かるのだ。目の前にいる男は正真正銘のだと。


 あの日みた彼は凄かった。それはワイヤー使いが圧倒的な体術を繰り出している点ではない。そんな表面的な部分ではなく、驚愕したのはあの試合の展開の仕方。相手の心の状態を把握し、何が効果的なのかを探り、実行していく。あの体術はその流れで使用しただけに過ぎない。心の強さが、知能の高さが、そしてそれを生かす身体能力がすでに世界トップレベルに到達している。齢15歳とは思えないその技量には、ただただ敬服するしかない。


 シャーロットは何も歩に対して憎しみの感情を持って戦闘をしているわけではない。むしろ、尊敬の念を抱いているほどである。戦っているのはその思想の違いから。クリエイターのみの世界を目指す自分と、オーディナリーとクリエイターの共存を目指す相手。そのシンプルな構図があるからこそ戦っているのだ。互いに譲れない想いがある。だからこそ、尊敬を払いつつもシャーロットは歩を殺すつもりで挑む。


 本物を超えることができたなら、自分は今度こそ偽物ではなく本物になれるかもしれない。はっきり言ってその理屈は破綻しているのだが、シャーロットは無意識にそのような想いを抱いていた。歪んだコンプレックスとはいかないまでも、日々感じてしまう劣等感。それを拭い去るためにも彼女は全身全霊をかけて、七条歩というクリエイターに挑むのだった。






「――クオリア」



 歩は確かにそう呟いた。すると、大量の粒子が生じる。その光源の熱量は先ほどのフォーサイス姉妹以上である。フォーサイス姉妹はCVAのみから生じていたが、歩は違う。彼は身体全体から粒子が生じ始め、そしてそれによって姿は完全に見えなくなってしまう。



「これが、本当のクオリア……」



 シャーロットはそれに見惚れていた。何度見てもこの現象は惚れ惚れする。彼女は以前にも完全なクオリアの発現を見たことがあるが、今回はそれと同等かそれ以上のものだった。



 その最中、歩の思考は意識の根底にまで迫っていた。



(クオリア、解除プロセス進行。第一の制御、解放。第二の制御、解放。第三の制御、解放。クオリアへ……完全到達。クオリア完全解放、完了。クオリア、アクセス権を実行。今回は第一の制御の能力だけをリード。……完了。思考制御、問題なし。身体への影響も問題なし。すべての創造過程終了。行動に入る)



 そして、粒子が一気に体に収束するとそこには今までと変わらない様子の歩が佇んでいた。だが、彼の髪の色、というよりも体全体の毛が真っ白に染まっていた。髪も睫毛も眉毛もすべて純白。それに合わせて肌の色も完全に白い。その外見は明らかに日本人には見えない。というよりもここまで白い人間など存在しないだろう。たとえアルビノでさえここまで白くなることはありえないほどであった。


 また、彼の眼は緋色でも蒼色でもない。黄金が輝きを放っているようにも見える金色の瞳に変化していた。



 これこそがクオリアに至った姿。クリエイターの究極の到達点。





「これが、完全な……」



 シャーロットは見惚れると共に恐怖していた。放たれる雰囲気は今までの倍以上に濃い。圧倒的な存在感を放つ歩に彼女は本能から恐怖していた。こいつとは戦ってはいけない。負ける未来しか予想できない。それは過去の経験からか、それとも目の前の空気に圧倒されているかは分からないが、彼女は理性でそれを抑え込む。


 自分にはこの腕がある。これさえあれば負けることはない。もう、以前のような事にはならない。そう考え自分を奮い立たせると彼女はそのまま地面を蹴って駆けていく。



「はああああああああああああああああああッ!!!!!」



 声をあげて、自分の恐怖を押さえつけながら相手に向けて殺意を放つ。



 それを見た歩は先ほどと同様に、ボソッと呟くのだった。



「――瞬間想起レミニセンス



 そういうも、身体には何の変化も生じない。シャーロットはその声を聞いて少しは身構えるも、かまわず渾身の一撃を振るう。



 だが、その攻撃はあと一歩のところで避けられてしまう。本当にあともう少しで相手に致命傷を負わせることができると思ったところで回避されてしまった。心でも読まれているかのように簡単に先読みされて躱されてしまう。



 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、攻撃を繰り出すも本当にあと数ミリのところで躱されてしまう。



 彼女はさすがに焦り始めていた。もしかしたら自分の心は完全に掌握されているのではないのか。クオリアという現象は知っていても、その効果は知らない。まさかとは思うが、心理掌握ということがあり得るのか。そう考えた彼女は一旦距離をとる。



 身体的にはそれほど消耗していないのだが、彼女はかなり息を切らしていた。精神の影響はそれほど大きく、身体に反映されてしまうのだ。



「はぁ……はぁ……はぁ……あなた、私の心を読んでいるわね?」



 たまらず話しかけるも、歩はすぐにそれには応じない。というのも、彼は久しぶりに発動させたクオリアに慣れていないため、しばらくは身体の反応を見ることのみ集中していたからだ。そして、しばらくしてやっとシャーロットの質問に答えるのだった。



「先ほどの質問に答えますが、心など読んでいませんよ。というよりこの世界で本当の意味で相手の心を読める人などいないと思いますよ。思考誘導などは可能でしょうが。それと今回使用しているのは瞬間想起レミニセンスですよ。単純に、そしてシンプルなVAです」



 白いセミロングの髪をかきあげながらそう答える彼の姿はどこか飄々としていた。



瞬間想起レミニセンス……模倣イミテーションの上位互換VAの……?」



「その通り。何もクオリアに至らなくても発現できるVAです。ただ、俺の場合はその性能が少し増すだけですよ」



「…………」



 シャーロットはそれを聞いて考え込んだ。



 

 レミニセンスとは一定時間経過した方が記憶の定着が良くなるという現象である。例えば、勉強をした後にテストをするのと一晩寝てからテストをするのでは後者の方が点数は高くなる。これは睡眠をとることで記憶がより定着したことを指している。だが、クリエイターが使用するこのVAはその一定時間を一瞬にしてしまう。つまりは学習したことをすぐに実戦レベルで応用できてしまうのだ。模倣イミテーションというほぼ同様のVAがあるが、レミニセンスは一瞬で学習から応用までできてしまう。まるで昔ながらの習慣の如く、そして何万回と反復練習をしたことで脳と体に刻み込まれたかのように。すべての努力を踏みにじるような強力なVA。


 そして、発現者は少ないものの、確かにそこまで希少価値の高いVAではない。なぜならこのVAは非常に高負荷だからだ。そのため発現しても使用するものはほとんどいない。


 しかしそれを踏まえても、この男はそれをどう使えば先ほどのような行動が取れるのか。


 シャーロットはいまだに答えが出ずにいた。そして、それに間髪入れずに歩は話し始める。



「無駄話はここまでにします。これ以上情報は与えたくないですしね。さっきの情報提供はほんのお礼、久しぶりにクオリアを使わせてくれたことへの感謝の気持ちです。さぁ、それではいきますよ?」



 そして、歩はとうとうワイヤーを展開し始めた。シャーロットはその様子を見て考えることをやめた。ここではどう考えても答えにはたどり着けない。ならば、この腕と共にどこまでも食らいついていくだけだ。


 彼女は覚悟を決めると再び歩に向けてその剣を振るうのだった。

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