第84話 礼と秩序


「第四聖剣? それに七聖剣セブンスグラディウスだと……?」


「えぇ。おおよそ、名前だけで検討はつくでしょう?」



 アウリールは相変わらず丁寧な言葉遣いと仕草で司に話しかける。だが、ニコニコと笑いながらもその目は笑っていない。まるで値踏みするかのような視線。アウリールは敢えて名乗ることで相手のことを測っていた。



 高度なクリエイターでの戦闘は身体能力以外にも、分析力などを含めた戦闘知能がかなり重要になる。だからこそ、相手の反応を見るためにアウリールはそう言ったのだった。



「単純に言えば、7人の幹部の序列第4位ってとこか……序列は戦闘力の高さと見るのが道理か……?」



 独り言を出して整理しようにも、考えがまとまらない。そう思った司はARレンズを使用して紫苑にコンタクトを取ろうと試みる。だが、ARレンズは正常に反応しない。何度モニターを開こうとしても全て拒絶されるのだ。それを見ていたアウリールは率直に今の状況を述べ始める。



「回線はこちらで収束させてもらいました。うちにはARユニットに特化した優秀な人材がいるのでね。しばらく通信はできないと思いますよ? と言っても、私も外部との連絡はしばらくできないんですけどね。ふふ……」



「うちの回線はそう簡単には割り込めないんだがな……よほど優秀なやつらしいな」


「私は戦闘部隊ですからそういうことは分かりませんが、やはりそういう面も大切ですよね? 山本紫苑さんは厄介ですから」


「……よく知ってるな」


「えぇ。あなた達の組織はよく知っていますよ。なんせ、有名人が多いですから」



 ニヤリとほくそ笑むその顔に対して、司はフラストレーションが溜まっていた。だが、戦闘において怒りという感情は不要なもの。それをよく理解しているからこそ、何とか怒りを抑え込む。戦闘に必要なのはフローに至ること。この場合のフローはVAとしての能力ではない。フローというのは、没頭状態にあること。そこには感情も自我も存在しない。あるのは戦闘するただのマシーンのような状態。


 その状態こそが最もパフォーマンスを発揮できることを嫌という程理解している。司は過去に感情を制御できずに辛酸を舐めた経験がある。だからこそ、一度深呼吸をして冷静になることに努めるのだった。




「ふぅ……あぶねぇな、感情を制御できないと満足な戦闘はできないからな。朱音はいけるか?」


「大丈夫っす。自分は日常的にイライラすることは少ないんで」


「そうか。なら、俺のバックアップをしてほしいが……いけるな?」


「了解っす」



 そして、司と朱音はCVAを構え直して集中する。もはや、この相手に捕獲などという言葉は存在しない。殺すつもりでいかなければこちらが殺されてしまうという確信が二人にはあったのだ。



 一方のアウリールは、二人をニヤニヤと見つめているかと思ったらいきなり上空を見始める。だが、ここは閉ざされた地下空間。上を見ても何も視界には入らない。だが、彼は感じていた。屋上でフォーサイス姉妹がを使用し始めたことを。そして、それを悟ったアウリールは独り言のように呟き始める。



「どうやら屋上はかなりの死闘になっているようですね。それにフォーサイス姉妹がアレを使っているようです。使用は控えるように言ったのですが……まぁ、いいでしょう。せっかくですから、私も使うことにしましょう」



 そう言うとCVAから大量の粒子が生じる。その眩しさに司と朱音は思わず目を細めてしまうが、二人の目はしっかりと相手を捉えていた。そして、理解してしまった。



 あの現象は自分たちの理解の外側にあるものだと。そして、同時に司は考えていた。世界大会での一ノ瀬詩織のことを。彼女の強さの根幹はなんだったのか。司は分からなかった。だからこそ、世界大会では4位という成績となってしまった。だが、目の前に映るのはあの日をリフレインさせるような事象であり現象。



 アウリールローゼンベルクは至っているのか。自分がたどり着いていない、クリエイターの強さの根幹へと。あらゆる疑問が頭をよぎり、そしてアウリールの姿が徐々に露わになる。



「礼に始まり、礼に終わる。世界は規則正しく、美しく統制しなければなりません。しかし、それを邪魔しているのはオーディナリーという旧人類。さぁ、世界を先に進めましょう」



 そう言って以前と同様に恭しくお辞儀をする。だが、今までと異なる点が一つあった。それは彼の右腕。右腕は赤黒く染められており、所々には黒い結晶と黒い羽が生じていた。また、禍々しく光り輝くその結晶は、美しさと邪悪さを兼ね備えていた。





「班長、あの腕は何なの……がッ!!!!」



 瞬間、司の隣にいた朱音の姿が消えた。それに伴い周囲には尋常ではない風圧が生じる。


 そして、司が恐る恐る振り向くとそこには……全身血まみれで壁にめり込んでいる朱音の姿があった。



「班長……気をつけてくだ……」



 朱音の意識はそこで途絶えた。彼の右肩と右脚にはレイピアでえぐられた形跡があった。司はすぐさま応急処置に向かいたいと思ったが、目の前の相手がそれを邪魔する。視線だけで身動きが出来なくなる。この相手から目をそらせば一瞬で殺られる。司は先ほどの攻撃はかろうじて視認できた。だからこそ、こうしてここに立っている。


 一方の朱音はVAによって粒子の知覚は得意だが、圧倒的な物理的スピードに対応できるほど練度は高くなかったのだ。そのため、相手の攻撃をまともに受けてしまったのである。



「さぁ、彼に礼をしましょう。私の剣を受けてくれた礼を。―――礼に始まり、礼に終わる。それが私のルール。美しき世界への手向け。秩序ある場所にこそ、世界は振り向いてくれる。石川司さん、今度はあなたに礼を。そして、始めましょう。正真正銘の殺し合いを」



 何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返されるお辞儀に飽き飽きするも、その所作は恐怖の対象となっていた。相手は間違いなく強者。そして独自の世界観を持っている。


 何かを盲目的に信じている、かつ遵守している相手は厄介だと司はよく理解している。その手の輩は死を恐れない。動きに迷いが生じない。一挙手一投足が相手を殺すための動き。防御するのは死にたくないからではない。ダメージを受ければ満足な戦闘ができないからという極めて合理的な理由。感情よりも理性が優先されるのだ。



 司はその手の狂信者と戦ったことは何度もある。だが、アウリールはその中でも異質であることを本能で悟っていた。何より、あの右腕。あの腕は今まで見てきたどの能力よりも凶々しく、強力であると理解した。



「いいだろう。俺も久しぶりに正真正銘の本気ってやつを出してやるよ。来いよ、アウリールローゼンベルク。お前の全てを凌駕してやる」




 アウリールはその言葉を聞くとニヤリと笑いながら、司に向けてその凶々しい剣を振るうのだった。




 § § §




「ちょっと!! 通信が途絶してるわ!! どいうことなの!!!?」



 紫苑は焦っていた。というのも、相手の幹部らしき相手が出てきたと思ったら途端に通信が途絶したからだ。C3の使用している回線は軍も使用しているもので滅多なことがない限りジャミングなどはされない。だが、何事にも例外は存在する。今回は相手に通信を得意としたクリエイターがいたのだろうと紫苑は焦りながらも、冷静に思案していたのだった。



(このレベルの回線に割り込めるなんて、おそらく通信機能に特化したクリエイターが相手側にいたのね……こちらも電子系統に特化したクリエイターを採用しようと思っていたけど、私の甘えがここで裏目にでるなんて!!!)



 そう考えていると、紗季が極めて落ち着いた声で紫苑に話しかける。



「紫苑さん。落ち着いてください。僕の専門は電子系統ではないですが、後五分もあれば回復できます。紫苑さんはその後の班長と歩たちのバックアップに専念してください」



「さすが紗季ちゃんね!! 了解よ! 翔子ちゃんは私のバックアップをお願い!!」



 翔子は自分のことで手一杯で慌てていたが、紫苑の声を聞いて我に帰り、そのまま返事をしながら作業に没頭する。



「分かりました!!!」




 その一方で紫苑は未だに自分を責めていた。



(早急に電子系統専門のチームを作る必要があるみたいね………あぁもうぅ!!! 私のバカバカバカバカ!!! 班長たちに迷惑かけてどうするのよ!!!)


 こうして紫苑たちも目の前の作業に追われるのだった。

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