第83話 憑依

「第七聖剣、七聖剣セブンスグラディウス……なるほど、把握しました。要するにあなた方は創聖騎士団サンクティアナイツの七人の幹部の一人なんですね。それにしても、姉妹で一つの聖剣扱いですか。クリエイターはよく武器扱いされますが、クリエイターを聖剣として見立てるとは……」



 歩がそういうと、シャーロットはなぜか嬉しそうに答えるのだった。



「理解が早くて助かるわ!! 私たち姉妹は二人で一本の聖剣なの!! どう? すごいでしょ!?」



 目をキラキラさせながらそう言うも、椿はそれに対して冷ややかな目で応じる。



「ふん。そんなのどうでもいいよ。おばさん二人で聖剣扱いってことは、一人は半人前ってことでしょ」



「「あ?」」




 流石にその言葉は無視できないようで、シャーロットとクレアはCVAを強く握りしめ、歯ぎしりをしながら怒りを爆発させるのだった。



「クレア!!!! あれで行くわよ!!!」


「そうね。このペチャロリにきついのを差し上げましょう。ふふふ」



 二人はクレイモアを天に掲げると、小さな声でこう呟く――



「「――憑依ベゼッセンハイト」」




 瞬間、二人の周囲に大量の粒子が舞い始める。キラキラと輝く粒子はその数をさらに増していく。深夜だというのにこの空間は異常な光量で満たされつつあった。



 そして、その莫大な量の粒子はシャーロットの右腕とクレアの左腕に収束していく。二人は少し苦痛に顔を歪めせながらも、腕に粒子を定着させる。




 歩と椿はその光景を見て動揺していた。今まであんな現象は見たこともない。椿はともかく、歩でさえも知らない。この世にあるクリエイターのデータはほぼ全て網羅している歩だが、目の前に映るのは初めてみる現象。CVAから生じる粒子は未だに謎が多い。いくら研究してもその真髄までは理解できないのが現状。VA学が先行している今は、CVA学は軽んじられる傾向にある。そのため、未だにCVA粒子は詳しく解明されていないのだ。



 歩は以前からCVA粒子については疑問を感じていた。CVAがフェーズシフトする時には粒子の数が増える現象も確認されている。それは知っている。知識としても、そしてとしても。



 だが、あのフォーサイス姉妹はその粒子を身体に定着させようとしている。理解不能な現象だが、歩は徐々に理解しつつあった。



 どのような理論で成り立っている現象かは知らないが、あれは確実に増幅ブースト作用があるものだと。それにあの熱量が腕に収束しているのは、はっきり言って人が耐えられるものとは思えない。いくらクリエイターとはいえ限界があるだろう。だが、そう考えている間にフォーサイス姉妹は粒子の定着に成功していた。





「ふふふ。さぁ、私たちを止められるかしらね?」


「こうなった私と姉さんは強いわよ? といっても、まだ3割程度の力だからちゃんと?」




 そして、二人は片手に持っているクレイモアを横に薙ぐ。歩はそのスピードを支配眼マルチコントロール捉えた。一方の、椿は眼で追うことはできなかった。あの二人が何をしたのかと気がついたのは数秒遅れてからだった。



 そして数秒が経過すると、クレイモアを振ったことにより生じた風圧が歩と椿を襲う。だが、襲うと言ってもただの風。二人の髪がただ靡くだけである。しかし、歩と椿は恐怖していた。なぜならば、目の前に映るフォーサイス姉妹の腕はしていたからだ。



 シャーロットの右腕とクレアの左腕には、大量の羽と結晶のようなものが生えていた。羽は純白で、神々しさを放っているようである。また、結晶はどこまで透き通っている。並の宝石よりも高い透明度。その二つの要素が合わさる二人は、神々しい。二人の容姿とも相まってその魅力はとどまるところを知らない。だが、明らかにあの腕は異質なものだと歩と椿は認識した。



 何か、何か得体の知らない何かがあるのは間違いないと本能で感じる。一方で、あの美しさは滅多に見れるものではない。椿は思わず口から言葉が漏れてしまう。



「綺麗……」


「椿、見とれてる場合じゃないぞ。全属性蝶舞バタフライエフェクトを防御体制にして、完全予測線テリオスラインを全開で展開しろ……」



 歩のただならぬ声を聞いた椿は雷電シンティラを解除し、蝶たちを防御体制へと移行させる。



「お兄ちゃんはどうするの……? 私は絶対防御があるけど……」


「ここは四聖の仏界を出す……」


「お兄ちゃんでもそれは、身体が……」


「そうだな。身体への負担は尋常じゃない。でも、あの二人の腕はヤバイ。きっと反射速度を最高まで上げないとダメだろう」


「分かった。私もできるだけカバーするか――」





「相談は終わったかしら?」



 椿が言葉を言い切る前に、すでに攻撃は始まっていた。異常なスピードで振るわれるクレイモアを全属性蝶舞バタフライエフェクトで防ぐも、難なく蝶たちは霧散する。そしてそのままクレイモアは椿の首を刈り取りに行く。



完全予測線テリオスラインッ!!!!!」



 椿はVAを最高出力で展開。全属性蝶舞バタフライエフェクトのおかげで微かにスピードが落ちたクレイモアの攻撃を線として知覚。そして、そのまま槍でクレイモアを受け流すことでなんとか防御に成功する。




「ふふふふ。やるわね、ペチャロリ。今の攻撃を捌けるやつはそうはいないわよ? さぁ、このクレアフォーサイスが相手をしてあげるわ。かかってきなさい」


「く……」



 椿は兄にも自分の防御を回すつもりだったが、そうも言っていられない。それを理解した歩は椿に自分は大丈夫だと声をかけるのだった。



「椿! 俺は大丈夫だ! 自分のことだけ考えろッ!!!」


「了解だよッ!!」




 そして、椿の前にはクレアが、歩の前にはシャーロットが陣取る。奇怪な腕をしている二人はクレイモアを握りながら声を上げながら笑い始めるのだった。




「「アハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!! 楽しくなってきたわねぇ!!!」」




 もちろん、歩はその隙を逃さない。すぐさまワイヤーを体内に取り込み、傀儡パペットを発動。さらに重ねて四聖を仏界まで引き上げる。ここまでは1秒にも満たない。



 準備が完了すると、そのまま地面を思い切り蹴り、駆けていく。そして、神速インビジブルと同等がそれ以上のスピードで目の前にいるシャーロットの顔面めがけて、殺意を込めた蹴りを叩き込もうとする。




「あらあら。せっかちね、歩くんは。それに乙女の顔に蹴りなんて感心しないわねぇ」


「な……!?」



 歩は確実に顔面を蹴りで粉砕したと思っていた。また、インパクトの瞬間まで相手は自分の攻撃を知覚していないはずだと思い込んでいた。



 だが、歩の脚には頭蓋骨を粉砕する感触も、大量に飛び散る血液も感じられなかった。



 彼の放った超高速の蹴りは、クレイモアで受け止められていたのだ。しかも、クレイモアはその衝撃を真正面から打ち消していた。



 驚愕するもののその事実を迅速に受け止め、このままではまずいと感じた歩はその場から距離を取る。




「その顔はなんで攻撃が当たらないのかと疑問に思っているようね」



 シャーロットは歩の心を理解したようにそう言ってくるも、歩は思考することをやめない。問題はあの腕にある。フォーサイス姉妹は確かに、「ベゼッセンハイト」と発音した。歩はそこから二人の異常な能力を推測する。



「確かに疑問です。でも、お二人はベゼッセンハイトと発音した。人は名前に意味を持たせたがるものです。ベゼッセンハイトはドイツ語。指し示す意味は……憑依。その腕、何かの能力を後天的にさせてますね? 見たことありませんが、クリエイターの能力は未だに詳しく解明されていません。創造次第では何であろうと具現化できるかもしれない。その腕は一つの到達点と言ったところでしょうか」




「アハハハハハハハハハハハ!!!!! あなた、最高ねぇ!!!!!!!! アハハハハハハハハハハハ!!!!!!」




 歩が自分の考えを早口で述べると、シャーロットは大声で笑い始める。彼女はここまですぐに自分たちの能力の正体が見破られるとは思っていなかった。だからこそ、笑いが止まらない。フォーサイス姉妹は戦闘を生きがいとしている。互いの命を削り合う時にこそ、生を感じる。生きるとは魂を削り、身を削り、精神をどこまで高みへと昇華させるものだと二人は思っている。



 そして、この目の前にいる男はそれを可能にしてくれる。圧倒的な戦闘力に加えて、高度な分析力。心が躍る。このレベルの好敵手に出会えたことが嬉しくて笑いが止まらない。



 シャーロットはひとしきり笑うと、腹を押さえながら再び話し始めるのだった。



「あなたの推測は概ね正しいわ。あと、正解ついでに教えてあげる。これに対抗するには同じく憑依ベゼッセンハイトが必要よ。それか……クオリアね。あなた、至っているのでしょう? クオリアに。よく知っているわ。七条歩のことも、一ノ瀬詩織のことも。よく似ている、とてもよく似ているわ。CVAがワイヤーという部分だけではない。その魂の高潔さが、不屈の精神が、戦闘知能の高さが、そしてクリエイターの究極の到達点の一つであるクオリアに至っているところがね。さぁ、出しなさいクオリアを。そして、全力できなさい。私はそれ真正面から叩き潰してあげるわ」



「く……」




 歩は相手が予想以上に自分のことを知っている事実に動揺してしまう。顔は苦痛に歪んだようになり、発汗も異常な量になる。



(どうする? ここで出すか、を。しかし、出すには状況が悪すぎる……どうすれば)




 彼は窮地に立たされる。そしてそれを見ているシャーロットは舌舐めずりをしながら、再びクレイモアを構えるのだった。



 その姿は獲物を狩る肉食動物そのもの。相手を狩ることこそが人生。そのためにここにいる。そして、シャーロットはそのままじっと歩のことを見つめ続けるのだった。

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