第79話 懸念


「七条兄妹、敵を一人無力化しました。残りは二人です」


 紗季が淡々とそう告げると、紫苑は忙しなくモニターを操作し始める。


「了解よ。その情報は班長たちに伝えておくわ」


 現在、紫苑は全体の戦局の予想と対策を考えているため、戦闘チームの行動の補足は紗季と翔子の二人に任せている。



 届けられる膨大なデータを高速で処理しながら、今後の行動方針をどうするのか、どうすれば最も効率よく目標を達成できるのか、と様々なことを思考しながら紫苑は戦局を見守る。




(現状はこちらに有利に思えるけど、少しおかしいわね。七条兄妹が手際がいいのは予想通りだけど、些かあっさりいき過ぎている気がする。今回、私たちのような組織が介入するのは向こうも認識していたはず。まだ、班長たちの方は戦闘を開始していないから確信は得られないけど……これはどうも怪しいわね……)



 彼女はそう考えると、自分の懸念も含めた上で新しく作戦を練るのだった。





 § § §




「クソッ!!!! こいつら本当に学生かよッ!!?? しかも、データよりも明らかに強いしよッ!!!」



「アハハハハハ!! 私たちのコンビは無敵だからね!!」



 椿は全属性蝶舞バタフライエフェクトを展開しながら、槍で果敢に攻めていた。一突き一突きが必中。相手の急所を適確に狙う槍術そうじゅつ


 これは創造秘技クリエイトアーツには至っていない基本的な技術である。だが、基礎技術は突き詰めれば最強の矛にもなりうる。司との戦いでそれを再認識した椿は、こうして最低限の技のみで戦闘をしている。



 もちろん、全属性蝶舞バタフライエフェクトのアシストは使っているが基本は槍術によって戦闘を組み立てている。



 全く隙のない所作。隙があると思い、攻撃を仕掛けると逆にカウンターを叩き込まれる。



 椿はすでに圧倒していた。もはや、目の前の理想アイディールの構成員は敵ではない。そして、彼女は相手にとどめを刺そうと考え、一旦攻撃の手を止めるのだった。



「ふぅ……お兄さん、結構強いけどまだまだだね。もうちょっと基礎訓練したほうがいいよ??」


「うるせえ……はぁ……はぁ……」




 相手の男はブロードソードを床に突き立て、それに体重を預けるようにして体力を回復しようとする。



 一方の椿はその様子を淡々と見つめていた。何の感情も宿っていないような眼。冷静沈着すぎるその姿に相手は初めて恐怖を覚えるのだった。



 手が震え始め、動悸が激しくなり、異常な発汗が生じる。目の前にいるのは中学3年の子どもだ。たった15歳の女の子なのだ。だが、それはあくまで客観的な数字としてのデータ。身に纏う雰囲気は洗練されたプロに匹敵する。



 底が見えない。男は全力で戦っていた。命のやり取りをしていた。だが、この女は自分を相手にをしていたのだと理解してしまった。




「お、お前は何者なんだ……?」


「ん? ただの中学生だよ? それじゃあ、ちょっと寝ててね〜」



 そう言うと、椿は槍で相手のCVAを弾き飛ばすとそのまま鳩尾に拳をたたき込み、意識を刈り取った。



「さてと、お兄ちゃんはどうかな」



 そして、椿は加勢しようと思ったが、そのまま歩の戦闘を見守るのだった。






「データでは知っていたけど、本当に体術だけでここまでできるなんてッ!!!」


「無駄口叩いてると、死にますよ?」



 歩はすでに、四聖を発動していた。現在は縁覚界に至っている。だが、それでもう十分だった。相手の女もかなりの実力を有しているが、あくまでそれは一般的に見ればという話。



 おそらく、四聖に至った歩を止められるクリエイターは世界レベルでも限られてくる。それだけ、彼の体術は圧倒的だった。


 だが、歩は戦闘をしながら一抹の不安を覚える。



(おかしい。理想アイディールがこの程度のレベルの人材しか送り込んでこないなんて。正直言って、拍子抜けもいいところだ。それにここにいた3人は強化された様子はない。いたって普通のクリエイターだ。これはこちらの様子見が目的か?)



 そう推論すると、これからは大技や見せていない技は極力出さないようにしようと結論付けた。



 この戦闘は何より不確定要素が多すぎる。



 自分たちの侵入を予想しておきながらもこの程度のクリエイターしか置いていないのは、明らかにおかしい。


 何か、別の目的があるのではと歩は考え始めていた。もちろん、歩たちの戦闘をモニタリングしている紫苑はすでにその意図に気がついており、不確定要素も含めた作戦を考えているのだった。




「ふぅ……そろそろ終わりにしますよ」



 ボソッとそう呟くと、縁覚界から菩薩界へと切り替える。



「え……?」



 そして、歩の姿がその場から消える。


 相手の女は歩の移動スピードを認知できなかった。間抜けな声を出したと思った瞬間には、すでに彼女は気絶していた。



「よし、これで全員だな」



 そう言うと、四聖と傀儡パペットを解除し気絶した3人をワイヤーで拘束する。



「ねぇ、お兄ちゃん」



 歩が一人一人にワイヤーを巻きつけていると、椿がとぼとぼと歩いて近づいてくる。



「なんだ? 拘束は俺が全部やるけど?」


「いや、なんかすごい散らかってるけど……このままでいいのかなぁ〜っと思って」


「あ………」


「紫苑さんに聞いてみる??」


「そ、そうだな」



 そして、ARレンズを通じて紫苑に連絡を取るのだった。



 モニターを操作していると、すぐに彼女に繋がったと思ったが映っているのは紗季だった。



「やぁ、歩。無事に終わったようだね」


「あれ? 紫苑さんは?」


「彼女は今ちょっと取り込んでてね。それで、君たちの懸念していることだけど……出来るだけ元どおりにしてくれ。まぁ、壊れた機器は国からの金で取り替えられるけど……最低限のことはしてくれと紫苑さんは言ってるよ」



「まぁ、そうだよね。了解。それで、何か大きな動きとかあった?」



「どうも相手の送ってきたクリエイターが弱いね。これは何か別の目的があるんじゃないかと推測中さ。それと、班長たちはまだ交戦してないみたいだよ」


「なるほど。このまま上の階の敵も処理するけど、いい?」


「あぁ。構わないよ。それが終わったら班長たちに合流してくれ。また何かあったらこちらから連絡するよ」


「了解。それじゃ」



 そう言うと、紗季との接続を断つ。そして、歩は今得た情報と今後の方針を椿に伝えるのだった。



「どうだったの?」


「とりあえずは、上の階の敵を同じように処理する。それが終わったら、班長と合流。で、今からはこの部屋の片付けを手短に済まそう」


「了解であります!!」



 ビシッと敬礼を決めた椿は、そのまま作業に取り掛かるのだった。



 それを見た歩は少し考え事をしていた。



(椿の実力は申し分ない。実戦でも問題なくやれている。それに俺の調子もかなり良い。でも、今後の相手の動きは予想できない。油断せずに行こう)




 そして、歩も椿の後に続くのだった。

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