第78話 激突
「よし。では作戦開始だ」
「「「了解」」」
「まずは、朱音にこの施設の中を見てもらう。いけるな?」
司がそういうと、朱音は口角を少し吊り上げながら自信ありげに答える。
「もちろん。いつでも良いっすよ」
「じゃあ、頼む」
「――――
そして、朱音を中心に円状の領域が展開される。もちろんこれは本人にしか知覚できない特殊な領域だ。その範囲は尋常ではないスピードで広がり、ビル全体を容易に覆ってしまう。
そこからさらに、建物の内部にスキャンをかける。一階から地下と上の階にその領域を広げる。
そして、彼は建物内にいる人間を知覚するとすぐさまARレンズでそれを共有する。
「捕捉完了っす。敵は8人。3階に3人、8階に2人、そして地下に3人っぽいっすよ」
「敵には気付かれていないだろうな?」
「もちろんす。俺の能力は感知されないのが売りですから」
「よし、それじゃあ作戦に入る。紫苑、すでにデータは送られてるな?」
4人のARレンズのモニターに、紫苑の姿が映りこむ。そして彼女は高速でタイピングしながら、その言葉に答える。
「ええ。相手のCVAも全て分かっているわ。特殊なやつはいないわね。10人全てがオーソドックスなソードタイプよ。では、地下には班長と朱音さんで。上の階には歩くんと椿ちゃんでお願い」
「了解した。聞いた通りだ。ここは少し編成を変えていく。俺と朱音は地下の敵を叩く。歩と椿は上の階だ。いけるな?」
司が歩と椿に向かってそういうと、二人とも真剣な表情で返事をする。
「了解です」
「了解! 敵は無力化すればいいんだよね?」
「あぁ。それで頼む」
「はいは〜い。お兄ちゃんと私のコンビは無敵だから安心してていいよ!」
「それは頼もしい。やばいときはすぐに連絡しろ。それと紫苑たちの指示も逐一聞いとけよ? よし、じゃあ行くぞ」
そして、4人はそのまま施設内に入り込んでいくのだった。
中に入り、二手に分かれると椿は何やら難しい顔をしていた。歩はそれを見て緊張しているのかと思っていたが、どうやら違うようである。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ椿? 不安なのか? 実戦は初めてじゃないだろ?」
「そうじゃなくて、朱音さんのVAって何なの? 今もモニター上に相手の位置が表示されてるけど……」
「あれは感知系VA、
「うん、発動するときに出るよね」
「CVAは展開している時もその粒子がわずかに漏れているんだ。朱音さんはそれをリアルタイムで探知できる。それでその情報をモニター上にアップして、こうしてシュアしているってわけさ」
「へぇ〜、便利だねぇ〜。特にこう言う戦闘のときにはうってつけだね」
「うん。それにしてもあの精度はすごいよ。この建物すべてを一瞬で把握して、それにこうしてリアルタイムで敵の位置が更新されている。燃費の悪いVAだからこそ、なかなかできることじゃないよ」
「やっぱうちの組織の人はみんなすごいみたいだね」
「でもそれぐらいの力がないと、
そう呟きながら、階段を上っていると敵のいる3階にたどり着いた。
「椿、いけるな? すぐに戦闘に入るぞ。攻撃フォーメーションはいつもの調子で頼む」
「はいは〜い。任せて!」
「――――
接敵に備えて、
その状況を見た紫苑は、ブリーフィングルームで二人の行動の観察を紗季に頼むのだった。
「紗季ちゃん!! 七条兄妹が戦闘に入るみたいよ! 二人の敵の情報処理とその他諸々、任せるわね!!」
「了解です」
紗季は自分のデバイスに展開しているモニターの数を一気に50まで増やす。そして、高速でタイピングしながら送られてくる情報を高速で処理していく。
「敵の数は3。CVAはソード系。VAは不明。性別は男2人に、女一人。他のデータもまとめてっと。よし。紫苑さん! 二人にデータ送りますね!!」
「はい、了解!」
そして、紗季はまとめたデータを歩と椿のモニターに送り込む。
それを受け取った二人は改めてどのように行動をするのか話し合うのだった。
「おっと、ナイスタイミング。流石だね」
「ん〜、この相手なら大丈夫かな?」
「問題はVAだな。しかし、こちらに主力を回しているとも思えないしな。とりあえずは、速攻で片付けよう」
「了解であります!」
モニターの情報を読み取った二人は、そのまま室内へと侵入する。その様子を見たブリーフィングルームのメンバーは、さっそくその情報を司たちに伝えるのだった。
「紫苑さん、二人とも戦闘に入ります」
「了解よ。すでにそのことは班長に伝えてあるわ」
「流石ですね。仕事が早い」
「ほらほら! じゃんじゃん送られてくるんだから、さっさと処理してね二人とも!」
それを聞いた、紗季と翔子はさらに集中して作業に没頭するのだった。
§ § §
「朱音、どうやらあっちは戦闘に入るみたいだぞ」
「そう見たいっすね。本当に学生だけで大丈夫なんですか?」
「それは俺が保証する。あの二人に匹敵するやつがいたら逆に見てみたいもんだ」
「へぇ〜、そこまで言うなんてすごいっすね〜」
「あの二人はおそらく長年の付き合いから、連携はほぼ完璧に近いだろう。それに、本命は地下にいるだろうし、大丈夫だろう」
「なるほど。じゃあ、こっちも行きますか〜」
そう言って二人はさらに奥へと進んでいくのだった。
§ § §
「行くぞ、椿」
「了解」
そう言うと、二人は室内を一気に駆けていく。
現在、歩と椿がいる室内はデスクワークがメインの場所のため至る所に机や、紙の書類が散らかっている。
二人のその間を姿勢を低くして、一目散に敵に向かって駆けていく。
そして、流石の敵も二人を認識したようでCVAを二人に向ける。
「敵かッ!!!!」
「椿! いつものやつで行くぞ!!」
「はいは〜い!」
まずは目の前に
(敵のCVAは、ブロードソード。それにこの距離で認識したということは、感覚系のVAは持っていないはず。ということは、そこまでの手練れではない可能性が高い。ここは一気に処理させてもらう)
そう考えると、歩は
「――――
そして、歩の放ったワイヤーが三角形の形になり相手に迫る。一瞬。瞬きする間もないほどのスピード。
歩は少しの油断が自分と椿を殺してしまう可能性があると考えている。そのため、全身全霊を持って戦闘を行っているのだった。
「くそッ!!! ワイヤーかッ!!!」
相手はそういうも、すでに歩の
「椿!!」
「わかってるよ、お兄ちゃん!」
そして、椿は相手の鳩尾に槍の刃ではなく柄の部分を叩き込む。
「カハッ!!!!!」
急所を的確にCVAで抉られたため、相手は思わず吐血してしまう。
一方の椿は、くるりと回るように相手の背後に回り込み、手刀を相手の首に当て意識を刈り取った。
鮮やかな手際。相手はそれなりの実力者であったが、七条兄妹はそれを優に上回っていた。完璧なコンビネーションに、個人の力も抜きん出ている。それに、実戦だというのに物怖じしない精神力。
しかし、それを見た残りの二人の敵は恐れることなく歩と椿に話しかける。
「おっと、流石にいい手際だな」
「そう見たいね。でも私たちはこいつみたいにあっさりやられないわよ?」
自分たちの実力に自信があるからこそそう言うが、歩は毅然とした態度でそれに応じる。
「―――――無駄口はいい、全力でこいよ。じゃないと死ぬぞ?」
(やっぱり、お兄ちゃんはすごいや。この人の妹で本当に良かった……)
椿は歩の強い口調に何か懐かしいものを感じて、そのまま相手に突撃していく。
こうして、再び戦闘が開始されるのだった。
§ § §
七条椿は幼い頃から兄のことを見ていた。来る日も来る日も傷だらけになる兄の心情が理解できなかった。兄のCVAはワイヤーだ。選手として生きることはできない。幼いながらもそう理解していた椿は、一度兄にそのことについて尋ねたことがある。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん? 何か用事か、椿」
歩の部屋に行くと、今日試合したデータを分析しているようだった。デバイスから表示されているモニターの情報が処理されていく。タイピングスピードもかなり速い。やはり、兄は選手よりも研究者の方が向いているのは間違いない。そう確信して、椿は思い切って歩に話しかけるのだった。
「もうさ、そんなボロボロになりながら頑張らなくてもいいんじゃない……? お兄ちゃんならきっと一流の研究者になれるよ。だから……!!」
彼女がそう言うのは、兄が見苦しい努力をしていて目障りと思っているからではない。危ういのだ。のめり込むように、取り憑かれるように努力に努力を重ねる兄が怖かったのだ。このままではきっと、どこか遠くに、どこか知らない場所に行ってしまうのではないか。本能でそう感じていたからこそ、余計なお世話と知りながらも幼い彼女は兄に研究者になるように勧めるのだった。
もう、傷つく姿は見たくない。同じクリエイターの養成所にいるから分かるのだ。歩がどれだけ惨めな思いをしているのか、どれだけ周りに蔑まれているのかを。
一方の、椿のCVAは槍。試合をしても負けることはない。天才と持て囃されるが、そんなものは知らない。彼女は自分という存在を兄と比較してみていた。
(天才とは何なのだろうか。生まれつきの才能? そんなものは本当にあるのだろうか。兄を見ているとそれが分からなくなる。兄は、控えめに見ても才能はない。CVAはワイヤーだし、VAも特筆すべきものは何もない。唯一あるとすれば、それは努力できる意志があることだ。でも、そこまで必死になって何があるの? クリエイターになったばかりの私にも簡単に負けてしまう。でも私は怖かった。戦っている時の兄は私を見ているようで何か別のものを見ていた気がする。だからこそ、心配になる。その強くなるための姿勢は素晴らしいが、何か大きな代償がある気がする。兄はいつか壊れてしまうのではないだろうか。誰にでも優しくて、不満を一つも漏らさずに頑張り続ける兄のことは大好きだ。だからこそ、私がしっかりと言わないと。両親も兄に何かを言うつもりはないようだし、私が言わないと)
そして、彼女は意を決して再び口を開く。
「私は……ちょっと怖いんだ……お兄ちゃんがどこか遠くに行っちゃう気がしてさ。養成所のみんなもこんなに努力してるお兄ちゃんをバカにするんだよ!! 確かに、結果が伴わないとダメかもだけど……それでもお兄ちゃんはここまで頑張ってる!! だからさ、もういいんじゃない? お兄ちゃんはもう十分やったよ……だからね? 研究者の方に絞ってもいいんじゃないの?? 私はお兄ちゃんにはずっと元気でいてほしいよぅ。ううううぅぅう………」
椿はそう言うと泣き始めてしまった。歩は少し驚きながらも、いつも通り黙って最後まで聞いてくれた。しかし、彼の身体や顔の傷が目に入るたびに心が締め付けられるような痛みを感じ、涙腺が崩壊してしまう。
歩はそれを見て、こんなにも妹を追い詰めていたのかとやっと理解した。今まではなりふり構わずに努力をしてきた。足りないものは何か、それを埋めるためにはどうすればいいのか。ワイヤーというCVAでどうすれば満足に戦うことができるのか。そればかり考えて生活をしてきた。
正直、歩は椿に嫉妬していた時期もある。やはり、妹が自分よりも優れているという事実は幼い歩には、なかなか受け入れがたい現実だった。
だからこそ、妹に迷惑をかけないためにも彼は自分と向き合い続けた。
だが、椿はそんな歩を心配していたのだ。ずっと遠くから見守ってくれていたのだ。
そう理解すると、歩は立ち上がって椿を包み込むように抱きしめる。
「椿、いつも心配してくれたんだな。ありがとう」
「うん……お兄ちゃんはいつも危なっかしいよ……そりゃ、心配もするよ」
「そうだな。ちょっと周りが見えてなかったかもしれない。でも、まだ諦めないよ。俺は誰に何を言われてもこの道を歩み続ける。それが椿であってもだ」
「ううううううぅぅぅぅぅ………でも、私は心配だよぅ……」
椿は歩に思い切り抱きつきながら再び涙を流す。それを見た歩も、泣きたいくらいに心が締め付けられていたが、それを堪える。
自分は兄なのだ。この小さな妹の兄なのだ。だからこそ、かっこ悪い姿は見せられない。そう思うと、歩は再び椿を諭すように話し始める。
「人間は、最終的には自分の決めたことにしか従えないものさ。でも、椿の気持ちは痛いくらい分かったよ。だから、これからは一緒に練習しないか? そうすれば椿も少しは安心だろ?」
「え……まぁそれはそうだけど……お兄ちゃんはそれでいいの?」
「椿は天才だからな、相手には不足ないさ。これからよろしく頼む」
「うん!!!」
それから二人は、今まで開いていた距離を埋めるかのように、日に日に仲良くなっていった。今までは養成所で一緒にいることは滅多になかった。しかし、今は毎日一緒だ。
だが、それは二人がただ仲良くしているという意味だけではない。二人はお互いを相手に過酷な練習を己に課してきた。
「お兄ちゃんもなかなかやるねっ!!!」
「そっちもな!!!」
歩はすでに
椿が繰り出す連続の突きを紙一重でかわしていく。槍が顔を通り過ぎるたびに、髪が散り、頰がかすかに裂かれて血が滴る。
だが、それでも怯まない。今重要なのは、自分の負傷を気にすることではない。いかにこの攻撃を躱して、致命的な攻撃を叩き込むかという事こそが、最も重要である。
歩は好機を待つ。椿の本気の攻撃を紙一重で躱し続ける。
その攻防が10分ほど続いた頃、状況は動く。
歩の基礎体力は椿を優に上回る。それが功を奏した。椿の動きがわずかに鈍ったのを見逃すことなく、彼女の右手首にワイヤーを巻き付けるとそのまま槍を蹴りで弾き飛ばす。
「椿、俺の勝ちだ」
「参りました……」
椿ががっくりと肩を下げると、二人の周りに人が続々とやってくる。
「おい! 二人ともすごいな!!!」
「まさか歩が椿に勝つ日が来るなんて!!!!」
各々が今の試合の感想を言う中、椿はニコニコとその様子を見ていた。
兄はやはり天才だった。いや、天才というものを後天的に獲得したのだ。椿はそう思っている。CVAはワイヤーだが、自分を上回るほどの戦闘能力を身につけた。諦めない不屈の意志が兄を天才という領域に連れて行ったのだ。そんな兄がとても誇らしい。
椿がそう思うのは、ずっとそばで歩の成長を見続けてきたからだ。兄が部屋でひっそりと涙を流していた時を知っている。試合でボロボロにされながらも、罵声を浴びながらも、家に帰ると試合のデータを食い入るように見ていた時を知っている。日に日に成長していく兄を誰よりも知っている。
そして今日、兄は自分に初めて勝った。もちろん、椿は手を抜いたりしていない。全力で挑んで、敗北した。
だが、全力で戦った末に負けて、こんなに嬉しいと思ったことはない。
そして、椿は涙を流しながら歩に向かって人生の中でも最高の笑顔を向けてこういうのだった。
「――――――――お兄ちゃん、おめでとう……」
「椿……」
歩はなぜ妹がこんなにも涙を流しているのにもかかわらず、嬉しそうに笑っているのかを理解している。
自分のこと以上に喜んでくれる妹を見て歩も目に涙を滲ませながら、答えるのだった。
「椿、ありがとう。お前がいたからここまでこれたよ……本当にありがとう」
「うん!!!」
このような過去を経ているからこそ、椿は自分と兄が組めば誰にも負けることはないと信じている。誰よりも誇らしい兄と、その妹が負けるはずはない。
命の取り合いなど怖くはない。
だって、私たち七条兄妹は無敵なのだから――――
その想いを胸に椿はどこまでも進んでいくのだった。
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