第77話 初任務

 


「では、今日から初任務だ。その前に新メンバー二人を紹介する」




 今日は初任務と新しいメンバーの紹介ということで、一度C3の本部に全員が集合していた。



 そして、司がそう言うと前に二人の男女が出てくる。


 男性の方は目が糸のように細く、髪はロングでそれを後ろでひとつにくくっている。


 女性の方はセミロングの髪で歩と同じぐらいの長さだった。しかし、目つきは少し鋭く、きつい印象が見られる。



 歩がその二人をじっと見つめていると、各々が自己紹介を始める。



東城とうじょう朱音あかねっす。女っぽい名前だけど、一応男なんで〜。それと、ぜひ朱音と呼んでくださいっす。戦闘チーム配属なんで、これからよろしく〜」


「どうも初めまして。鹿園寺ろくおんじ翔子しょうこと言います。研究チーム配属です。よろしくお願い致します」



 東城朱音はだらしない印象を受けるが、鹿園寺翔子は見た目と話し方だけでしっかりとした人間だということが容易に分かった。




 そして、残りのメンバーも自己紹介を始める。




「研究チームリーダー、山本やまもと紫苑しおんです。よろしくね、二人とも」


「研究チーム所属の綾小路あやのこうじ紗季さきです。これからよろしくお願いします」



七条しちじょうあゆむと言います。戦闘チーム所属です。よろしくお願いします」


七条しちじょう椿つばきです! お兄ちゃんの妹です! よろしくお願いします!!」



 

 そんな椿の元気な姿を見て、朱音は思わず話しかけてしまうのだった。



「椿ちゃんは元気だね〜。それにブラコン気味っすね〜」


「んな!! ブラコンじゃないもん! お兄ちゃんがシスコンなんだもん!!」



 二人が言い争いを始めそうなので、司はさっそく本題に入る。




「はいはい。そこまでな。それで、今日の任務だが……とある研究施設に理想アイディールの工作員が襲撃する予定だ。これを叩きに行く。一応、殺すなよ? 正当防衛とはいえ、確保が目的だからな。俺と椿が前衛で、歩と朱音は後方支援な。研究チームのやつはブリーフィングルームで、モニタリングしながら状況報告。紫苑は作戦の立案。質問があるやつはいるか?」



 そう言うと歩が真っ先に手を挙げる。



「襲撃予定というのは、犯行予告があったのでしょうか?」


「いや、そう言うわけではない。奴らは決まって特定のパターンで行動している。まるで捕まえてみろと言わんばかりにな。それに以前捉えたやつからの情報も合わせると今回の襲撃は間違いない」



「なるほど……分かりました」



「他に質問があるやつはいないな。じゃあ、一時間後に行動を開始する。それと戦闘チームのやつは、ARレンズの使用は義務だからな。よろしく頼む」



 それを聞いた椿は驚愕の声を上げてしまう。



「えぇ! 聞いてないよ!! 班長もそういうことは早く言ってくださいよ!」



「すまん。急なことでな。それに、お前ならすでにARレンズありでも戦闘はできるはずだ。歩、30分で使い方を教えてやれ。最後にブリーフィングルームで確認をしてから行動を開始する。では、各自準備に入れ」





 そして、各自バラバラに散っていく。研究者チームはブリーフィングルームへ、戦闘チームはトレーニングルームへと向かう。



「椿、お前ならやれるさ。今から30分で基本的な使い方を教えるから、着いてきて」


「うへぇ〜。まぁ、お兄ちゃんに教えてもらえるならいっか〜」




 そう言いながら椿はとぼとぼと歩の後を追っていく。




 それを見た朱音は心配なのか、椿のことを尋ねるのだった。




「班長〜、大丈夫なんすか? 椿ちゃんはぶっつけでしょ?」


「お前は椿の試合を見たことあるか?」


「いや、ないっすね。歩くんの方は見ましたけど、彼女のはまだです」


「椿は天才だ。俺が今まで見た中でも一番のセンスを持っている」


「え……それって世界レベルの話っすか?」


「今まで何人ものクリエイターと戦ってきた。皆、それぞれ血の滲むような努力をしてきたのがわかるが、椿は別格だ。以前、あいつと試合をしたんだがあいつは試合の中で自分の戦闘スタイルを修正できる。絶対防御が目立つが、本当の真価は適応力。天才の中の天才だな。だからこそ、椿なら30分もあればARレンズに適応できる」



「うへぇ〜。あの七条兄妹は本当に学生なんすか? 司さんよくあの二人を勧誘できましたね〜」



「そこは運もあるな。じゃあ、俺たちも準備するぞ」


「うい〜っす」



 そして、司と朱音もトレーニングルームへ向かうのだった。






 一方の研究者チームの女性3人は、ブリーフィングルームに向かいながら会話をしていた。鹿園寺翔子はあることが気になるようで、それについて二人に尋ねるのだった。



「このチームでは山本さんがリーダーなのですか?」


「そうよ。私がリーダーね」


「実績は綾小路さんの方が上なのに……?」


「うっ……それは、性格的な問題ね! 紗季ちゃんはまとめるのとか苦手だし」



「え? 僕は頼まれるのならリーダーやりますけど? 昔から年上が多いのは慣れてますし」


「えっ。そ、それはちょっと困るかなぁ〜。ほら、私の威厳がね?」


「まぁいいですよ。アラサーに免じて許してあげます。これからも頑張ってくださいね、紫苑さん」



「う……紗季ちゃんにそう言われるとなかなかプレッシャーになるけど。お姉さん、頑張るわね!!」



「なるほど。山本さんは確かにリーダーに向いてますね」


「おぉ〜。翔子ちゃんもわかってるね〜」



 いきなり下の名前で呼ばれた翔子は、少し照れた様子で苦言を呈する。



「いきなり下の名前はやめてください……恥ずかしいです……」



「紗季ちゃん……この子天然よ……」


「そう見たいですね。これはレアですよ。まぁ、翔子さんもすぐに馴染めますよ!」



「う……綾小路さんもそう言うなんて……」



 顔が真っ赤になっている翔子は同性から見ても可愛いのは間違いなかった。そのため二人はとても微笑ましい気持ちになる。きつそうな印象だが、実際はただの照れ屋。このギャップには同性でも響くものがあったようである。



「私たちのことも下の名前で呼んでいいのよ? これはリーダーからの命令よ!」


「今は3人なんで仲良くやっていきましょう」



「その、私は昔から仏頂面で愛想がないって言われてましたが……お二人ともフレンドリーでとても嬉しいです。これから宜しくお願いします。その、紫苑さん。紗季ちゃん……」




 3人はそれから仲良く話しながら、ブリーフィングルームへと向かうのだった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「いいか、椿。おそらく連携をとりながらの戦闘がメインになるだろうから、まずはARレンズに表示されるモニターと目の前の敵を同時に認識することが大事だ。要はマルチタスクさ」



「え〜、そんなの無理だよ〜」



「椿は全属性蝶舞バタフライエフェクト完全予測線テリオスラインを同時に使えるだろ?」


「え、まぁ使えるけど……あ! そういうことね!」


「お、わかったか?」


「お兄ちゃん! ちょっと相手してよ!!」


「お、やる気だな。いいぞ」




 そう言うと二人は同時にCVAを展開する。



「じゃあ行くよ!!」


「おう。いつでもいいぞ」



「ハッ!!!!」



 歩との間合いをたった一歩で詰めた椿は槍を振るう。



 その速度はすでに学生レベルではない。視覚系か感覚系VAがなければ回避はできない。しかし、歩はその攻撃を余裕を持って回避する。



「どうだ? モニターの情報を処理しながら戦闘できるか?」


「ちょっと黙って! 今いいとこなの!!」


「おっと。それはすまん」




 (ワイヤーの攻撃速度とお兄ちゃんのバイタルデータ表示。それに連絡用のモニターが3つ同時展開されている上で、相手との戦闘をこなす。でもVAを同時に使っている感覚でいいなら大丈夫。マルチタスクは慣れてるしね)



 そして、椿の脳は適応する。ARレンズに映るモニターの情報を処理しながら、歩のワイヤーによる攻撃をいつもと変わらずに躱す。



 そして、槍でも完璧にワイヤーを切り裂く。彼女はARレンズを使用していてもいつもと同様のパフォーマンスを発揮できていた。



 椿は応用したのだ。いつもは属性具現化エレメントリアライズ完全予測線テリオスライン、そしてその他の強化系VAをマルチ展開している。ならばそのリソースを、モニターの情報処理に使用すればいいだけなのだ。



 椿が司に天才と言われる所以はここにある。彼女は他のクリエイターに比べて情報の処理速度が圧倒的に速いのだ。ワーキングメモリーでの処理速度が常人の何十倍もあるからこそ可能となる技術。



 ワーキングメモリーとは、一時的に記憶を保つ脳の機能である。例えば、会話では相手の言葉を一時的に記憶してそれに答える。また料理ではレシピを逐次記憶しながら食材を調理をする。この時に記憶する領域がワーキングメモリーと呼ばれている。



 戦闘では相手の過去の行動を一時的に記憶し、次の行動を読む。そこから自分が何をすべきか考えていく。ワーキングメモリーの容量が大きければ大きいほど、戦闘にも幅が広がる。



 椿はそれが尋常ではないのだ。歩さえも上回る処理能力。彼女の強さの根幹は、VAや属性具現化エレメントリアライズだけでなく、それを支えている脳にあるのだ。



 しかし、これは先天的なものではない。彼女は今の戦闘スタイルにたどり着くにはそうせざるを得なかったのだ。



 脳の可塑性かそせい。どこまでも適応していく、心と身体。天才と言わざるを得ないその実力。椿は歩を模範にしてきたからこそ、この境地にいるのだった。




「あははははは!!! いい感じになってきたよ!!!」


「さすが椿だ。処理能力はずば抜けているな」



 椿の攻撃が先ほどよりも鋭くなる。ARレンズを使用していなかった時と同等か、それ以上のパフォーマンスが発揮されていた。むしろ彼女の調子はさらに上がっていく。



 ARレンズに映る相手の情報を読み取りながら、自分の取るべき行動を最適なものに適用する。



 歩はこれなら大丈夫だろうと考え、椿にやめるように呼びかけるのだった。



「椿、もういいだろ? 10分程度でものにするとは我が妹ながら恐ろしいね。俺はかなり時間かかったのに」



「えー! もう終わり!? まぁ……仕方ないか。任務も控えてるしね〜」


「じゃあ、ブリーフィングルームに行こうか」


「うん!」



 そうして、全員がブリーフィングルームに集まる。広い部屋は薄暗く、中央に巨大なモニターが映し出されていた。


 全員がモニターを見つめる中、紫苑が作戦の概要を説明し始める。



「今回の作戦は研究施設への襲撃を防ぐことです。今までの傾向からいって来るのは第四研究所なのは間違い無いでしょう。相手もどうやら、わざとそれを教えているみたいですしね。現在、施設に人間はいませんが、重要なデータが保管されています。おそらくこれが狙いかと。また、相手方も何かしらの組織が来るのは予想しているでしょう。そこは油断せずに行ってください。とりあえず、前衛は椿ちゃんと班長で。歩くんは遊撃で、朱音さんは後方でお願いします。能力のバランスを考えるとこれがベストの配置でしょう。今回は何かと後手に回ると思いますが、何とか防衛しましょう。情報は逐一こちらで処理して、そちらに伝達しますので、ARレンズは常に展開していてください」



 紫苑が早口に任務内容を伝えると、全員が固唾を呑む。


 そして、歩はさっそく紫苑に質問をするのだった。



「紫苑さん。研究施設の見取り図などはあるんでしょうか?」


「それは今から説明するわね」



 そう言うと、モニターに施設全体の構造を映し出す。



「施設は10階まであるビルで、地下は5階まであるわ。最重要データは地下5階に保存されているから、とりあえずはここを目指してもらいます。あとはケースバイケースね。正直、相手のデータがまだ少ないから臨機応変に対応してもらうしかないわ。戦闘チームの視界の情報はこちらで処理するから、すぐに反応できるようにしていてね」



「なるほど。了解しました」



 歩は紫苑の説明に納得すると、その場から一歩下がる。そして、司が紫苑と入れ替わり最後の言葉を発する。



「よし、以上でブリーフィングは終了だ。これからは戦闘チームは現地に向かい行動に入る。その他の3人はこちらで作戦の指示と情報の処理を頼む。以上だ、行動に入るぞ」



「「「了解!」」」



 全員が返事をすると、彼らはそのまま作戦行動に入るのだった。



 こうして、C3の初任務が始まる。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 戦闘チームの4人が加速アクセラレイションで移動している中、歩は朱音と話をしていた。会話の内容は二人の能力について。全員の能力はすでにデータでシェアしているが、こうして直接話すことも重要と考え、歩は会話に応じているのだった。



「なるほど。朱音さんの能力は確かに隠密向きですね」


「そうなんすよ〜。正直、個人戦は向いていないけど、今回のような実戦ではかなり使える能力すね。この能力を買われて司さんに引き抜かれましたから〜」


「へぇ〜、ただの変な人じゃないんですね!!」


 


 二人が話していると、椿も会話に入ってくる。加速アクセラレイションで移動している最中だというのに、全員は会話をする余裕が充分にあった。



「椿、お前は正直なところは美徳だが……ちょっとは気を使えよな……」


「いえ、全然いいっすよ〜。正直、変に気を使われるのは面倒くさいんで〜」


「あははは! ゴメンなさ〜い!」



「おい、お前らもう着くぞ。これからは私語は慎めよ」



 司が真剣な顔つきでそう言うと、3人ともスイッチが入ったように雰囲気が切り替わる。


「了解です」


「了解っす」


「は〜い!」



 そして、それから2分ほど移動して目的の施設にたどり着く。



 巨大なビルには、電子文字で国立第四研究所と記されている。国立の研究機関は至る所にあるが、第四研究所はVA研究をメインにしている場所である。


 今まで理想アイディールに狙われてきた施設はVAに関するところばかり。今回標的となったのはVAの研究施設で唯一狙われていない、第四研究所。今までの傾向からして、今回ここに現れるのは間違いない。



 研究施設にはそれなりの防犯対策が存在するが、戦闘に特化したクリエイターが襲撃すればそれも全くの無意味。だからこそ、上層部は今回はC3を実戦に投入したのだった。



 これはテストという側面もある。石川司が率いる組織がどこまでやれるのか。国の防衛機関として有益なのか。国の上の連中は彼らを試すのも含めて、今回の任務を依頼したのだった。



 司はそのことを承知しているからこそ、この任務は失敗できないと考えている。これほどのメンバーを揃えることができるのは、奇跡に近い。だからこそ、それを解散させないためにも、そしてテロリストにこの世界を好きにさせないためにも、彼は戦うのだった。



「着いたな。よし、全員ARレンズを展開して、ブリーフィングルームのデバイスにコネクトしろ。今回はその状態で戦闘を行う」


「「「了解」」」



 各々がARレンズを展開。そして、ブリーフィングルームのデバイスにコネクトする。そうすることで、視界の情報は自動的にあちらに送られるようになる。そして、向こうからの情報も遅延ラグなしに送られてくる。


 組織単位で動く戦闘には、連携が欠かせない。個人が勝手に動いては戦況は大きく変わってしまう。必要なのは絶対的な規律。だからこそ、ARレンズの存在が必要不可欠なのだ。




 こうして、理想アイディールとC3は激突することになる。

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