第76話 C3始動

 


「お〜! なんかここすごく広いね!!」


「言われてみると確かに。地下施設にしてはかなりのものだね」



 翌日。歩と椿は早速、C3にやってきた。今日の目的は椿の実力を見るというもの。だが、椿自身は全く緊張していなかった。ジュニアの世界大会で優勝した自信なのかどうかはわからないが、最近の彼女は非常に余裕を持っていた。




「おぉ。きたな」


「こんにちは! 七条椿です! よろしくお願いします!」


「こりゃご丁寧にどうも。俺はC3の班長の石川司だ。よろしくな、椿」


「よろしくです! 班長!!」


「ははは! 無傷の戦姫インタクトヴァルキリアは元気だな!!」


「あははは! そうですよ! 私は元気なんです! ガハハ!」



 ビシッと敬礼を決める椿に対して、司も敬礼をする。なかなかシュールな絵面だったが、歩は何も言わずに紗季と会話をしていた。



「いやぁ、椿ちゃんもC3に来るとはね。しかも結構気合い入ってるみたいだし」


「うん……なんか妙にやる気なんだよなぁ」


「思春期だからね。好奇心旺盛な時期なんだろう」


「いや、それなら俺たちも思春期だけど……」


「ほら、僕たちはなんか違うだろ?」


「まぁそうかもね」




 そして、司が二人に試合の準備をするように言ってくるのだった。



「おい、二人とも! 昨日と同じでいいから試合の設定頼むな!」


「「わかりました」」



「紗季さん! お兄ちゃんと二人きりだからって変なことしないでくださいよ!」


「ははは。多分大丈夫だよ! 多分ね! ガハハ!!」




 そして紗季と歩は室外へ行き、試合の準備を開始する。




 歩は少し心配していた。戦ったからこそわかる。石川司の実力は全盛期から衰えていない。むしろその力は増しているように思えた。椿は決して弱いわけではない。だが、相手は世界大会ベスト4。今の椿に相手ができるのだろうか。



 そう考えていると、紗季が手を握ってくる。



「大丈夫だよ。椿ちゃんは君の妹だろ? それなら問題ないさ」


「紗季……そうだね、ありがとう」



 歩もその手を握り返すと、試合が開始するのだった。




「――――試合開始」



 司のCVAはフランベルジュ、椿のCVAは槍。互いに長いリーチの武器となる。だが、司は経験の量が段違い。様々なCVAの対処法は頭に入っている。もちろん槍も例外ではない。一方の椿は、フランベルジュの対処法は知らない。名前は知っているし、見たこともあるが戦ったことはないのだ。



 だが、彼女には確固たる自信があった。たとえプロでも、世界大会の優勝者であろうと、怖じ気付かない自信があったのだ。




 そして、試合開始と同時に属性具現化エレメントリアライズを展開する。



「――――全属性蝶舞バタフライエフェクト



 槍を円を描くようになぞると、その切っ先から大量の色彩鮮やかな蝶が顕現する。青、赤、碧、黄の蝶が彼女の周囲に舞い始める。その姿は艶やかで美しかった。誰もが魅了される属性具現化エレメントリアライズ。彼女の人気はこの技も要因となっているのだ。未だに使用者は彼女しかいない技。そのため、椿はかなりの希少価値のあるクリエイターなのだ。



「生で見るとスゲェな。鮮やかだ。でも、戦闘に華やかさはいらねぇぜ?」




 司は神速インビジブルを使用。たった一歩で、二人の間にあった長い間合いを詰める。もちろん椿はそれを認識できていない。



「隙だらけだな」


「それはどうですかね……?」



 右の背後からフランベルジュの一撃を繰り出す。椿は未だにそれを認識できていないため、振り向くことすらしていない。


 だが、次の瞬間――――



 フランベルジュを包むように蝶たちが急に現れる。そして、その全てが急に破裂し始める。一匹、一匹の蝶が爆発する。それを感じた司はすぐさま距離をとる。



「ふぅ……なるほど……これが無傷の戦姫インタクトヴァルキュリアたる所以か」



「さすがに今のじゃ効きませんか。班長もやりますね」



 無傷の戦姫インタクトヴァルキュリア。彼女がそう呼ばれるのは戦闘で傷を負わないためだ。全属性蝶舞バタフライエフェクトはあらゆる攻撃を無効化する。椿の認識とは別に、蝶に独立した意識のようなものがあるのだ。その意識は彼女を外敵から守ること。そのため、並の攻撃ではそのガードを突破することはできない。



 それを理解した司は早速、別の手に出る。



「なるほど。このタイプのクリエイターとはやったことはないが……」



 そう言うと、フランベルジュに炎が宿る。純粋な属性攻撃。これだけで何ができるのか。椿はそう思ったが、すでに彼の姿は視覚になかった。



「――――新月しんげつ



 司は蝶のガードを炎で焼き払うと、そのわずかな隙間を狙って超高速の突きを叩き込む。創造秘技クリエイトアーツ新月しんげつ。ただの突きを極限まで極めた技。その圧倒的なスピードとパワーはよほど高度なVAがない限り回避不可能。




 だが、椿が無傷で戦える本当の能力は全属性蝶舞バタフライエフェクトではない。彼女は意を決して、新たなVAを展開する。



「――――完全予測線テリオスライン



 発動と同時に、彼女の脳内には相手の攻撃が線として知覚される。



 感知系VA、完全予測線テリオスライン未来予知プレディクションには劣るが、このVAは何と言ってもコストパフォーマンスがいい。最低限の力で最高のパフォーマンスを発揮出来る。彼女ほどの実力者になれば、相手の攻撃は線で認識する方が効率がいいのだ。



 椿が無傷で世界大会を制したのは全属性蝶舞バタフライエフェクト完全予測線テリオスラインの二つがあったからである。この二つがあれば余程のことがない限り、傷つかないのだ。



 そして、椿は超高速の突きを難なく躱した。さらにそこからカウンターを仕掛ける。



「甘いッ!!!!」



 だが、司はその槍を左手で強引に掴むとそのまま椿ごと宙に放り投げる。



「あははは! 班長すごいねぇ! 完全予測線テリオスラインを使ったのにノーダメージなんて! あははは!!」




 椿はそのまま勢いを殺さずにふわりと着地する。互いに一歩も譲らない攻防。どちらもまだ本気は出していないが、やはり世界レベルの戦いなのは間違いなかった。




 そして、司は一息つくと、椿に告げる。



「合格だ。椿、これからよろしく頼むな」


「え!! もう終わりなの!? もうちょっとやろうよ!!」


「これ以上やると俺も本気でやらざるをえない。死闘になるのは間違いないからな。ここで打ち切らせてもらう。それにお前の実力はよくわかった。お前ら兄妹は別格だ。C3でも最高の戦力になる」



「えへへ! お兄ちゃんと私はベストパートナーだからね。班長もよくわかってるね!」



「お前たちは基本的な動きがよく似ている。どこまでも効率を突き詰めた基礎技術。いい兄を持ったな、椿」



「うん!!」



 椿は自分が褒められたことよりも、兄が褒められたことが何よりも嬉しかった。今まで兄は蔑まられることが多かった。でもわかる人には分かるのだ。兄がどれだけすごい人なのかを。



 そして、紗季と歩が室内に入ってくる。



「椿! 心配したぞ!」


「お兄ちゃん!」



 走ってきた歩はそのまま椿を抱きしめる。紗季は慣れていることだったので驚かないが、司は少し違和感を感じた。



「おい、紗季。あいつらは普通の兄妹だよな?」


「なんですか藪から棒に。班長の基準は知りませんが、あの二人は昔からあんなもんですよ」


「そうか! あれぐらい普通だよな!!」





完全予測線テリオスラインを使ったみたいだが、大丈夫か? どこか痛くないか?」


「ふふーん。私も成長しているのですよ! 今日は全然大丈夫だよ!」


「それは良かった。よく頑張ったな、椿」


「えへへー」



 頭を撫でられて嬉しそうにする椿だが、すぐに紗季がそれを邪魔するように話しかけてくるのだった。



「はい、二人ともそこまでね。これから説明あるから」



「了解でーす!」




 そして椿は歩から離れると、司の近くに歩いていくのだった。



「じゃあ、椿も加入して今日からC3は本格的に始動だ! ここにいるメンバーで頑張っていこうぜ!」


「え? ここにいるメンバーだけなの?」


「いや、紫苑さんがいると思うけど……」


「おっと、歩の言う通りだな! 紫苑のことを忘れていた!! それじゃあ、あいつのラボに行ってから発足式をやるか!! みんな、ついてこい!!」




 そう言うと意気揚々と進んでいく司。彼は嬉しかったのだ。以前の組織は止む無く解散してしまった。しかし、今はいい人材が加入してくれた。しかも学生だ。これからこの組織は立派にやっていけるのだろうかという不安はない。実力に年齢は関係ない。最高のメンバーが揃った。自分が誘っている奴らも今後加入するだろうが、現状でもかなりいいのは間違いない。



 そして、4人は紫苑のいるラボへと移動するのだった。




「おい、紫苑起きろ」



 ラボに着くと、紫苑が机に突っ伏して寝ていたので声をかけるが起きる気配はない。



「ん〜、今結婚式の最中なんで……後にしてくださいよ〜」


「紗季、頼む」


「はいはい――――死の欲動タナトス



「キャアアアアアアッ!!! 怖っ!!! 火あぶり怖ッ!! 魔女裁判にかけられた人はあんな感じだったのね!! 怖いわ〜!」


「おう、起きたな紫苑」


「え……? まーた紗季ちゃんがやったのね!! もう! 普通に起こしてよ!!」



「いえ、普通に起こしても起きないからVAを使ったんですよ。それに僕も最近精度が上がってきましたよ」


「それはいいことだけど! 私を被験者にしないで! それでみんなで何の用なの?」



「こんにちは! 戦闘チーム配属になった七条椿です!」



 ぺこりと元気よく頭を下げる椿を見て、紫苑は呆然としていた。彼女は研究者だが、プロの試合を見るのが大好きなのである。そのためジュニアの世界大会も毎年観戦している。そして、今年優勝した人が目の前にいるのだ。そんな彼女の思考が停止しても無理はないのだった。



「え? 七条椿? 今年のジュニアの世界大会覇者の?」


「まぁ、一応そうですね」


「七条って、歩くんの妹なの??」


「はい。血の繋がった妹です」


「えええええええええええええええ!!!!!!!」




 その紫苑の様子を見た司は、やれやれといった様子で会話に入ってくる。



「おい、二人の資料は以前送っただろうが。スカウトリストでも上位の方に書いてあったはずだが?」


「あははは〜、最近は研究と乙女ゲーが忙しくて……」


「またか……そんなだから婚期が遅れるんだぞ?」


「うわあああああああんん!! 班長がいじめるううううううう!! 責任とって結婚しろぉおおおお!!!!」



「大丈夫ですよ、紫苑さん。まだ20代前半ですよね? チャンスありますって!!!!」


「椿ちゃん……さすが歩くんの妹だわ……同じこと言うなんて。でも、もうアラサーなの…今年で29なの……」



「「えぇ!!??」」



 それを聞いた椿と歩は驚愕してしまう。そしてそれと同時に理解した。なぜ彼女がこんなにも結婚を欲しているのかを。



「あれ、椿ちゃんと歩には言ってなかったっけ?」



「初耳だよ、紗季。だからこんなに取り乱してるんだね……」


「す、すいません紫苑さん……私、無神経なこと言って……」



「いいのよ二人とも……事実なんだから……」



「そろそろ本題に入っていいか?」




 司はそのまま無理やり本題に入る。というのも彼はこの後も予定があり、それほど時間が残っていないからだ。新しい組織だからこそ、電子書類の提出がかなり多く、司はなれない事務作業をなんとかしているのだった。




「とりあえず戦闘チームは、石川司、七条歩、七条椿。研究チームは綾小路紗季と山本紫苑。現状はこのメンバーでC3を始動させる。メンバーはもう少し増やすが、今はこれだけだ。頼りにしてるぞ?」



「「「「はい」」」」



「それで詳細についてだが、戦闘チームは理想アイディール対策がメインだ。最近はあいつらの工作員が様々な研究所に侵入している事件が多発している。これの取り締まりが今の所の仕事だ。研究チームはCVAとVAの研究はもちろんだが、理想アイディールがどうやってクリエイターから能力を無理やり引き出しているか調査してほしい。被験者はこちらで確保する。ただし、あまり倫理の外れた行為はするなよ? 今の時代はそこらへんが厳しいからな。あとは、作戦の立案もやってもらう。紫苑はアホだが、そこらへん頼りにしてるぞ?」



「任せて! これでもプロだからね!!」



「あの、プロというのはどういうことなんでしょうか?」



 疑問に思った歩は司に質問を投げかける。



「そうか、歩達の世代は知らないか。こいつは昔は団体戦の作戦指揮官だったんだ。しかも日本代表のな」


「え!!? ほんとですか!?」


「うーん、まぁね〜」



 軽く答えるも、紫苑が少し浮かれているのは明らかだった。それを見た紗季と椿は何やらヒソヒソと会話を始める。



「この人の婚期が遅れるのは確実にパーソナリティの問題だよね。肩書きだけ見たら最高の物件なのに」


「紗季さんはそう言いますけど、女性でそこまですごかったら逆に敬遠するんじゃないですかぁ?」


「おお。椿ちゃんはなかなか的確なことを言うね。無駄に肩書きがあるのと、異常なパーソナリティのせいで結婚できないという結論が出たね」



「ううううううう。紗季ちゃんと椿ちゃんのあたりが激しいいい」



 それを無視して司は話を続ける。




「まぁ、とりあえずはそんな感じで行くからよろしくな。歩は校内戦もあるからあまり無理はするなよ?」


「わかりました。基本はバックアップに回ります」


「そうだな。お前は最前線でもやっていけるが、俺と椿で十分だろう。それにワイヤーだし、後方支援もいいな。それで頼む」


「わかりました」


「じゃあ、解散な。任務があるときはまた連絡する」




 そう言って司は足早にその場を去っていくのだった。





「班長は今日何かあるんですか? 急いでいたようですけど」




 歩のその質問には、紫苑が答える。



「今日は発足の資料提出と、あとはメンバーの補充に行くみたい。さすがにこの人数じゃ進まないからねぇ〜」



「じゃ、僕は自分のラボに行くよ」


「あ、私もやることあるんだった。じゃあね、椿ちゃん、歩くん。これからよろしくね」



「「よろしくお願いします」」



 そして、歩と椿はそのまま帰路に向かうのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「お兄ちゃんは良かったの?」


「何が?」


「あの組織に入って。自分の時間が減るんじゃないの??」


「ん〜、そうかもしれないけど……状況が状況だからなぁ。理想アイディールの件を個人で対処するのは限界があるし」


「ふーん。まぁそうだよねぇ〜」



 自宅に戻った二人は、食事をとりながら今日のことを振り返っていた。



 歩も椿もC3に加入することになったのだ。そのため、二人は組織について思っていることをそれぞれ話している。





「そうえばさ、お兄ちゃんも班長と戦ったんだよね?」


「うん。強かったよ」


「だよねぇ〜。私の絶対防御からのカウンターが効かないんだもん。見た? あの人素手で槍を掴んで私を宙に放り投げたんだよ?」



「あれは絶句したな。椿の完全予測線テリオスラインからのカウンターが入らないなんて」


「ジュニアの世界大会で優勝したけど、私もまだまだだね〜。最近は属性具現化エレメントリアライズとVAに頼りきりだからなぁ〜。班長みたいに基本的なところも強化しなきゃ」



「あの人はまだ本気を出してなかったからな。俺も学ぶことが多いよ」



「てか、あの巨体でフランベルジュをあそこまで使いこなすとかすごいよね。一撃一撃が異常なくらい鋭かったよ。それに先のこともよく考えてるしね〜」



「世界大会ベスト4は伊達じゃないな」



「あとは紫苑さんも意外だよね。ただの婚活お姉さんと思ってたら、日本を代表する作戦指揮官だなんてさ」



「婚活お姉さんて……それ絶対本人に言うなよ?」


「はーい! 気をつけまーす!」


「まぁでも、意外だったのは同意。あの人の論文を見せてもらったけど、研究一筋だと思ってたからさ」



「本当に個性的な人が多いよね〜。まぁ私達も人のこと言えないけど!」


「ははは。違いない」



 二人はその後もC3についての話に花を咲かせるのだった。

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