第75話 入隊テスト

 

「紗季! ちょっと試合の設定をしてくれ。俺と歩はアップするからよ」



「わかりました。試合時間はどうしますか?」


「10分でいい。よろしくな」



 紗季はトレーニングルームの外に行き、試合の設定を始める。そして、彼女は一通りの設定を終わらせると室内にアナウンスを流す。




「設定終わりました、班長」



「よし。じゃあ、5分後に開始するようにしてくれ」


「了解です」



「じゃあ、歩。CVAとVAを展開してくれ。全力できていいぞ? お前も校内戦があるから加減はするが気を付けろよ? 俺は加減が苦手だからな」



「わかりました。全力でいきます」





 以前は現日本ランキング3位の有栖川要と試合をした。その実力はかなりのものだった。しかし、この人はそれを優に上回っている。日本ランキング2位に世界大会ベスト4は伊達じゃない。選手からは引退したようだけど、身体は全然衰えていない。ARレンズで見てもコンディションは抜群なようだ。これは久しぶりに本気でいくか。


 楽しみだな。あの石川選手と非公式とはいえ試合できるとは考えもしなかったし。




 そう考えながら、歩はCVAとVAを展開する。



「――――創造クリエイト



 ワイヤーのCVAを展開し、そこからさらに俯瞰領域エアリアルフィールド支配眼マルチコントロールを発動。



 歩の両眼が蒼色に染まっていく。また、その色は通常よりも濃く彼が全開で展開しているのは明らかだった。




「お、やる気だな。じゃあ俺も出すか。―――創造クリエイト




 司の右手には細長い長剣が形作られていく。



 彼のCVAはフランベルジュ。17世紀以降にフランスで使われるようになった長剣で、刃渡りは1.5メートルほどの長さがある。フランベルジュの特徴は、揺らめく炎のような波型の刃である。これは切りつけた相手の傷口を広げるためにこのような形状になっている。



 司は身体が大きいが、それに反して非常に細かな技術が得意である。見た目だけならパワーファイターに見えるかもしれないが、実際はかなりの技巧派。テクニックを追求することで、世界大会をベスト4まで駆け上がったクリエイターである。





 歩は司のCVAを見ると戦闘スタイルをどうするか考え始める。



 彼の試合は何度か見たことあるけど、かなりのテクニックを持っている。創造秘技クリエイトアーツの数もかなり豊富。そして何より、神速インビジブルが使える世界有数のクリエイター。これがあるだけ戦闘の幅はかなり広がる。常に先手が取れるしな。さて、ここは本気でいかないとすぐにやられそうだ……




「―――試合開始」




 電子音声によって試合が開始される。



 それと同時に司の姿は消える。圧倒的な物理的スピード。以前戦った、竹内直継が使用していたものとは練度が段違い。本当に同じVAなのかと思うほど、洗練されていた。




 しかし、歩の支配眼マルチコントロールは相手の姿を見失っていなかった。目にかすかに映る姿を脳がなんとか認識する。足りない部分は創造力で補う。



「ハァッ!!!!!」




 そして、的確に相手のいる場所にワイヤーを放つ。両手から放たれたワイヤーは確実に相手の身体に迫っているが、全て切り裂かれてしまう。




「おっと、初見でここまで対応できたやつは珍しいな。じゃあ、ちょっと上げてくぜ?」



「―――――再構築リフォーミュレイト




 司が話しているのも無視して、歩は創造秘技クリエイトアーツを発動。



 切り裂かれたワイヤーの残骸から、さらにワイヤーが生成され相手の四肢を貫こうとする。



 だが、司は全てフランベルジュで捌く。多少の油断はあったが、それでも彼のCVAはそれに対処する。リカバリー能力も卓越しているのは誰の目に明らかだった。





「おっと、あぶねぇな。さすがにこっちも本気出すか……」



 何が来る? 創造秘技クリエイトアーツか? それともVA? ここは慎重にいかないと一瞬でやられる。



 ここまで優位に試合を運んでいるように見えるが歩は焦っていた。というのも、相手に隙が見えないのだ。学生レベルならば必ずどこかに隙があった。心理戦でも実戦でも何かしらの穴はあった。しかし、司にはそれが微塵もない。飛び込めばこちらがやられるイメージしか湧いてこない。



 歩は詩織以来だった。ここまで洗練されているクリエイターと戦うのは。一挙手一投足がすでに違う。これが世界レベル。世界最高峰のクリエイターの実力。



 恐怖はある。しかし、今は興奮が脳内を占めていた。ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンが大量に分泌される。その全ては歩の身体機能と創造力を高めるために分泌されるのだ。



 心が躍る。有栖川諒との試合もかなり良かったが、これはすでに異次元だった。そう思うと、歩は思わず頬が緩むのを止めることができなかった。




「――――闇歌あんか



 司がそう呟くと、彼のCVAが超高速で振動し始める。それに伴い大音量の不快な音が生じる。




 彼が使用した闇歌には2つの効果がある。



 一つは不快な音で相手のCVAとVAのパフォーマンスを低下させる。これは自分には影響がなく、対象とした相手のみに周波数を変えて不快な音を与えることができるのだ。



 もう一つは、刀身を超高速で振動させることで通常の刃物を遥かに越える威力を発揮することができる。触れるだけで皮膚は容易に抉られる。フランベルジュの形状もあって、その威力はとてつもないものとなる。




 歩はすぐにその2つの効果を把握すると、俯瞰領域エアリアルフィールドを解除してVAを支配眼マルチコントロールのみにする。



 マルチ展開だと闇歌の影響を受けるが、一つだけならば問題はない。そう考え、そのような行動に出たのだ。




 問題はあの切れ味。当たれば致命傷になるのは間違いない。それに相手が縫合する時間を与えてくれるとは限らない。これは全て回避するしか選択肢はない。




 そう考えると、歩はARレンズの補助機能も合わせて支配眼マルチコントロールの出力を最大まで引き上げる。







「さぁ、ちょっと本気出すぞ? 避けろよ??」





 再び司の姿が消える。だが、視界には捉えている上に今回は音が頼りになる。


 背後に突然現れ、攻撃を繰り出すが歩はそれを余裕を持って躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。



 圧倒的なまでの回避。これには司も驚いていた。一撃一撃が必中なのに、歩は全てを当たる直前で回避するのだ。



 これには司も熱くなってしまうのも無理はなかった。



「はははははははは!!!! こいつは驚いたな!!! これなら全力を出してもよさそうだ!!!!!」




 瞬間。相手の姿が消える。VAでは微かにしか捉えられないが、音がある。歩は背後から生じる音を認識するが、そこには司はいなかった。




「こっちだぜ?」



 その声を聞いた時、歩はとっさに四聖を展開。ほぼ無意識の行動。しかし、こうしなければ確実負けるという予感が彼にあった。




「四聖、声聞界しょうもんかい



 そう呟くと、今までの蓄積してきたデータから相手の攻撃を避ける行動を脳が創造する。



 そして、なんとか紙一重でその攻撃を躱す。普通ならばこのようなことは出来ない。だが、声聞界はそれを可能にする。




 四聖の中でも声聞界は体術に特化した技ではない。声聞界とは本来、仏法を学んでいる状態を言う。仏法に限らず、哲学・文学・物理学、さらには大衆娯楽や子供の戯言に至るまで「学ぶ」状態を指すのだ。


 歩はそれを一つの創造秘技クリエイトアーツとして体系化している。



 要するに、相手の行動を学ぶ、その上で最適の行動を見いだすのだ。全て相手の攻撃を学ぶ為に全てのリソースを割く技。



 だが、代償はその身体に現れる。脳の異常なまでの酷使。一瞬とはいえ、声聞界を使用するとかなりの高負荷になる。さらに現在は支配眼マルチコントロールも最高出力で展開している。



 そのため、彼の両眼と鼻からは大量に血が流れ出ていた。



 だが、そのようなことは慣れている。歩は一旦距離をとった司から視線を外さない。



 次はどのような行動に出るのか。どうやって対処するか。そして、自分の勝ち筋はどうすれば見えるのか。彼の頭にはそれしかなかった。





 しかし、司は思いがけないことを口にする。



「合格だ、歩。これからよろしく頼む」


「……え?」



 予想しないことを言われて思わず間抜けな声が出てしまう。



「お前は一級品だ。すでにプロでもやっていける。ただまぁ、ちょっと燃費は悪そうだがな。それにしても驚いたぞ。詩織とそっくりだな、戦闘スタイルが。少しビビったぜ。お前の眼からはとてつもない意志を感じた。それに常に思考して、創造して戦っている。戦闘知能の低いクリエイターは伸び悩むからな。だが、お前はそこをすでに通り過ぎている。是非とも、うちでその力を発揮してくれ」



「はい、宜しくお願いします」




 いまいち釈然としないが、相手が握手を求めてくるのでそれに応じる。こうして、歩は正式にC3に加入することになった。




「歩! 君はまた無茶をしたね! と言うよりも、班長もあそこまで本気でやることないでしょうに!!!」



「はははは。つい、な。スマンスマン」




 試合が終了すると、室内に紗季が慌てて駆けてくる。彼女は持っているハンカチで歩の血を拭き取るのだった。




「全く。いつもいつも、心配するのは僕なんだよ? 気をつけてくれよ?」



「ごめん、紗季。ちょっと熱くなっちゃてね」


「ハァ……もう慣れてるからいいけどさ」



「お前たち仲良いな。付き合っているのか?」




 二人のやりとりを見ていた司は思ったことを口にすると、紗季はかなり動揺してしまうのだった。



「ば! バカなことを言わないでくれよ!! 僕と歩は仲のいい友人なんだ! 恋愛的な関係ではないよ! だよね、歩!!!??」


「まぁ恋人ではないけど、紗季のことは好きだよ?」


「だから今はそんな余計なことは言わないでいいんだよ!!!! 全く、もう!!! 誤解されるじゃないか!!」



「おお、なんかすまんな。紗季がそこまで動揺するとは」






「そうですね。珍しいですねぇ〜、紗季ちゃんが焦っているのは」



「紫苑か。お前も今日は来ていたのか」


「班長と歩くんの試合もちょっと見ていました。正式に採用するのですか?」



「あぁ。歩には両方のチームに入ってもらう。ほら、挨拶しとけ」




 そう言うと、紫苑は歩のそばに歩いていく。


「歩くん、これからよろしくね。私は研究チームのリーダーだから、わからないことがあったらなんでも言ってね?」



「え!! 紫苑さんがリーダーなんですか?」


「それは年長ということを考慮してそうなったんだよ。それに紫苑さんは世話するの好きだしね」



 紗季がボソッとつぶやくと、紫苑はそれに対して過剰に反応してしまう。

 


「ちょっと! いいとこなのにそんなこと言わないでよ!! もう!」


「落ち着けって、紫苑。お前はよくやっているさ」


「班長……」


「ただ、あまり献身的なのはどうかと思うぞ。ぶっちゃけ重い」



「うああああああああああんん!!! 紗季ちゃんの研究バカー!! 班長のマッチョゴリラー!!!!」



「あーあ、言っちゃいましたね」


「まぁほっとけ。そのうち戻ってくる。じゃあ改めてこれからよろしくな」


「はい。それにしても人が少なくないですか??」


「今はいるのは紫苑含めてここにいる4人だけだ」


「え!!? 以前からあった組織なんですよね?」


理想アイディール対策に特化すると決めた時に、実力が足りないやつには降りてもらった。それだけ過酷な戦いになるだろうからな。有能でやる気のあるやつしか残っていない。だからこそ今は勧誘しているんだ。そうだ、歩の妹は七条椿だよな?」


「? そうですけど……?」


「じゃあ妹も誘っといてくれ。できれば明日連れてきてほしい。その時に実力を見せてもらう」



「あー、妹は興味あるかわかりませんが聞いてみます。また連絡しますね」



「おう! 俺の連絡先は紗季から聞いといてくれ! じゃあまたな!」



 そして、司はそのままその場を去っていく。




「歩。きっとうちの組織は君のためになるよ。改めてよろしくね」


「あぁ。こちらこそ」



 しっかりと握手した二人の間にはいつもと同じように、仲の良い友人の雰囲気があったのだった。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「ただいま〜」


「おかえりー。今日は遅かったね!」



「と言うよりも最近来すぎじゃない? 叔母さんにはちゃんと言ってるのか?」



「うん! 来年の予行練習だって言ってるよ!!」


「なるほど。まぁ椿ならいつでもいても良いが、来る時は連絡ぐらいよこせよ?」


「……何? なんかやらしいことでもしたいから、そんなこと言うの?」




 じとーっとした目で尋ねてくるが、歩はそれを意に介さずにそのままリビングに向かう。



「そんなことする暇ないのは知ってるだろ? お前のことが心配なんだよ」


「でも、葵さんはよく来るでしょ? そういうことにならないとも限らないじゃん!」


「落ち着けよ、椿。大丈夫だって。俺はどこにもいかないから」




 椿が少し感情的になるので、歩は彼女を抱きしめる。椿はいつもこうされると落ち着くので、歩は何のためらいもなく抱きしめてそのまま頭を撫でる。



「うん……ゴメンなさい。最近、なんかお兄ちゃんがどこか行っちゃう気がして……」


「そんなことはない。ずっと一緒さ……」


「うん……」



 二人はしばらくの間そうしているのだった。




 今日は珍しく、歩が自分で料理をするのだった。今日のメニューはオムライス。椿の大好物である。



「いたただきまーす!!」


「はい、召し上がれ」


「うーん! 美味しい! オムライスだけはうまいよね! お兄ちゃんは他の料理は本当に淡々とした味しかしないけど、これだけは人の温かさを感じるよ!」



「褒めてるのか、それは……?」



 疑問に思いながらも二人で食事を進める。そして、歩は今日あった出来事を話すのだった。



「椿、C3って知ってるか?」


「え? なにそれ? 爆弾か何か?」


「警察組織だよ。といっても今は独立してて別物らしいけど。正式名称はCounter Criminal Creators Division。理想アイディールに対抗するための組織だ。実は今日からそこに所属することになった。メンバーは俺と紗季と、元プロの石川司さんと、研究チームのリーダーの山本紫苑さんの4人。今は新体制でメンバーを募集しているらしい。そこで、椿にも誘いが来ているんだが……どうする? 危険になるのは間違いないが」


「んー? お兄ちゃんがいるなら入るよ。なんかテストとかあるの?」



「いいのか? 俺と違って何か目的があるわけでもないだろ?」


「いいよ。お兄ちゃんの近くにいられるなら、それだけで。それに今はちょっと力を持て余してるしね。理想アイディールがお兄ちゃんを狙うなら、ちょうどいい機会だよ」


「……相変わらずだな。それで明日、実力を見たいらしいが時間はあるか?」


「うん。明日は大丈夫だよ。一緒に行ける」


「そうか。じゃあ、連絡しとくな」


「うん、よろしくね」




 歩はこうして転機を迎える。今まではずっと一人だった。しかし、今は友人もできて尊敬できる大人とも知り合えた。孤独に努力をすることも大切だが、人はコミュニケーションをすることでも喜びを感じる生き物である。歩はそれを無駄な時間だとは思わない。精神が安定しているからこそ、クリエイターとして生きることができる。それに、他の人とも多くの情報をやり取りできる。




 C3への加入は良くも悪くも歩を変えることになる。しかし、彼は後悔することなく自分で選んだ道をまっすぐ歩んでいくのだった。

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