第70話 有栖川家の意志
「うーん、やっぱりやめとこ。ここで歩と戦っても意味ないし。それに無理やり結婚してもお互い辛いだけだしね」
「そう……だね」
互いに発動しかけていたVAを収める。一触即発の状況。正直、ここで西園寺家と揉めるのはかなり面倒だが、奏の提案を受け入れるわけにはいかない。歩はなんとかうまく場を収めようと試みる。
「奏の考えはよくわかったよ。でも、俺はそれには賛成できない。そこは理解してもらえた?」
「えぇ。そうね。というよりも、私の考えの方がちょっと性急だったのは間違い無いしね。でも話してみてわかったけど、改めてあなたはいい男よねぇ。普通のクリエイターなら西園寺奏と結婚できるなんて、お金を払ってでも実現したいのに。これでも結構モテるのよ? まぁお金持ちのおじさんばっかだけどねぇ〜」
「あはは、それはちょっと笑えないね」
「まぁ歩のことは今後もアプローチかけるから、よろしくね! 奏ちゃん頑張るよ!! 避けたりしないでよぉ?」
「あ、まぁそうだね。前向き検討する方向で調整しとくよ。あはは」
「それお断りみたいなもんじゃん! まぁ、いいよ。どうせ歩も分かる時が来るよ。力を持つものにはそれ相応の制約があるってことを、ね。じゃあ、今日はここでいいよ。また会おうね」
そう言って奏は歩の頰にキスをすると、そのまま一人で路地裏を去るのだった。
西園寺奏。西園寺家長女にして、ジュニアの世界大会準優勝。メディアにも取り上げられ、その愛らしいルックスでネット上ではかなりの人気が有る。だが、実際はやはり御三家の人間だった。家のために生きて、家のために死ぬ覚悟が彼女にはある。女性がしたいような自由な恋愛もできない。同級生と遊ぶこともなければ、おしゃれなどもしないのだろう。
彼女の手には確かに積み重ねてきた努力の証があった。いつからCVAを使ってきたのだろうか。手をつないでわかったが、あれは女性特有の柔らかさが消失していた。あるのはCVAを振るうために特化した身体。彼女は、奏は尊敬できるクリエイターだ。だが、認めることはできない。最期に彼女は言った。
力を持つものにはそれ相応の制約があると。
そうだ。それは間違いない。それを理解しているのに、彼女は止まらない。西園寺という家が枷を外している。
そう考えながら歩もその場を去っていくのだった。
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「あ! お兄ちゃん! 街中でVA使うなんてズルいよ!」
「あれ、奏は? 一緒じゃないの?」
「奏はもう行ったよ」
奏と別れた後は、椿と彩花に合流することにしたのだ。このまま逃げることもできたが、二人には伝えるべきと思った。奏の考えを、そして西園寺家の意志を。
「ちょっと話があるから、うちにいかない? 彩花も是非来て欲しい」
「え!? 本当に!!」
「え〜、この人も〜?」
「ちょっとこの人とは何よ! いいじゃない、椿はいつも行ってるんだから!」
「まぁ彩花さんならいいです(……バカだから)」
「え、何か今小声で……?」
「なんでもないです! では行きましょう!」
歩は椿の小声が聞こえていたので、苦笑いをしながらそのまま彼女の後についていくのだった。
「お邪魔しまーす!」
「お茶出すからリビングで待ってて」
「こっちですよ、彩花さん」
そう言って椿は彩花をリビングへと連れて行く。
「なんていうか、物の少ない家ね」
「お兄ちゃんはそういう人なんです。まぁ来年私が来たらもうちょっと、人間らしい家にしますよ」
「今はそうしないの?」
「今はお兄ちゃんの家ですから。そこは弁えてます」
「椿……あんた意外と理解ある妹なのね」
「なんですか! 私はただ強いだけのアホじゃないですよ!」
「そうね。ちょっと尊敬する。椿のこともっと好きになったわ」
「ふ、ふん! ほらこっちですよ!」
椿は照れながらも、彩花を案内していく。彼女は友達が少ない。ジュニアとはいえ世界大会の覇者なのだ。皆が椿を敬遠してしまうのも無理はないだろう。しかし、彩花は年上とはいえ椿に対しては良い意味で遠慮がない。椿は初めてだった。こんなにも仲良くなった女の子の友達は。だからこそ、少し照れつつも本当に嬉しそうに微笑んでいるのだった。
「はい、お茶」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「ありがとう、歩。それで奏と何かあったの?」
リビングのソファーにそれぞれが座ると歩は先ほど起きたことを話し始める。
「実は……奏に婚約を申し込まれたよ」
「「え!!!??」」
「でもそれは恋愛的な意味じゃないよ。俺の才能が欲しいと言っていた。それでそれなりに仲がいいから俺でいいと言っていたよ」
「そ、それは西園寺家の意志なの?」
椿が恐る恐る尋ねるも、歩はそれに対して普通に応対する。
「いや、奏は西園寺家と一体になってる。家のために生きて、家のために死ぬことが自分の人生と思っているんだろう」
「そんな! 奏はちょっと頭がおかしいけど、友達には優しいし、とっても努力家の女の子なのよ!!」
「そうだね。彩花の言う通りだ。でもそれは奏の一つの面に過ぎない。彼女の根幹は、やっぱり御三家の西園寺だよ。それは覆らない」
「それでお兄ちゃんはどうするの?」
「さっきは断ったよ。でも今後どんなアプローチをかけてくるかわからない。それに奏だけならいいけど、西園寺家当主の伊織さんが何もしないとは思えない。これはしっかりとした対策を考えないと」
「でも、もう本戦が始まるのよ? 歩は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。本戦のデータはもう全部まとめてあるし、頭にも入ってる。少しぐらいなら他のことに割くリソースはある」
「お兄ちゃん……あんまり無理しないでよね。私は心配だよ」
「私も歩には無理をしないでほしいわ。それに……奏には私から言っておこうか?」
「いや、彩花は御三家に深入りしないほうがいいよ。彼らは危険だ。何をしてくるかわからない。
「そう……なら、何も言わないでおくわ」
彩花は揺らいでいた。奏は仲のいい友人だ。だが、御三家の一員。それに選手としても世界レベルで強い。やはりいつもは気丈に振舞っていても、西園寺家としての使命があるのだろう。
でも、歩にそこまで負担がかかるのは良くない。私にもできることはあるはず。そう思うと彩花は早速、自分なりに行動を始めるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「華澄。そろそろ本戦が始まるな」
「はい。全力を尽くします」
「それと七条くんの件はどうなっている?」
「そ、それは……」
「西園寺家の奏さんは早速アプローチをかけたらしい」
「ぐ、具体的には……?」
「婚約を申し込んだらしい」
「こ、婚約ですか?」
「そうだ。そこまでやれとは言わないが、お前も何かできることがあるのではないか? 幸いにもお前は彼と同じ学校で同じクラスの人間だ。チャンスは多いだろう。無理にやれとは言わないが、有栖川家のために行動しろ。いいな?」
「……はい。わかりました」
華澄はそのまま書斎を出て行く。その表情は複雑なものだった。華澄と奏は仲がいいというほどのものではないが、それなりに交流がある。そんな彼女が婚約を申し込むなんて信じられなかった。きっと歩に惚れたというよりは、家のため。西園寺家のためにそうしたのだろう。自分は、私は何をすべきなのだろう。
華澄は色々と悩むが、奏ほど家には執着していない。兄の諒にも言われていた。家の前に自分個人としてのことを考えろと。しかし、父には家のために行動しろと言われている。彼女は迷っていた。自分はどうするべきなのか。何をすれば最善なのか。
そして華澄も自分なりに考えた結果、行動をとることにしたのだった。
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「おーっす」
「おはよう雪時。翔もおはよう」
「おはようございます、歩さん。とうとう明日から本戦ですね」
「そうだね。リーグ戦の順番はもう出たけど、やっぱり緊張するよ」
「歩さんは会長とは最後みたいですね」
「それは良かったよ。でも誰といつやっても苦労するのは間違いないね」
3連休明けの教室はいつも以上にざわついていた。明日から代表を決める最後の戦いである、本戦が始める。校内では誰が代表になるのか様々な予想がなされていた。会長は間違いないが、今年の一年も侮れない。有栖川華澄はあの御三家の名に恥じない実力を有している。
だが、七条歩はわからない。彼だけは未だに図ることはできない。ワイヤーなのに本戦に出場したことよりも、あの戦闘技術は未だに疑問が多い。彼は一体何なのだというのが、全校生徒の認識である。
「席つけ〜。本戦が近いからといっても、授業はやるからなぁ〜」
担任の高橋茜が教室に入ってくると、生徒たちは急いで着席する。こうして、今日もいつも通りの日常が始まるのだった。
放課後になると、華澄が少しオドオドしながら話しかけてくる。歩はそれを指摘せずにそのまま応じる。
「あ、歩……その……」
「どうかしたの?」
「その、放課後は時間ある……?」
「まぁ少しなら大丈夫だよ」
「本当に!? じゃ、じゃあいつものカフェに行かない?」
「いいよ。じゃあ行こうか」
そのまま歩と華澄は教室を去っていく。雪時はそれを見て彩花が暴走するのではないかとヒヤヒヤしていたが、彼の予想は外れたのだった。
「おい、いいのか?」
「何がよ」
「歩達のことだよ」
「まぁ歩もいろいろあるみたいだしね。それに私もやることあるし。それじゃ、また明日」
「どうしたんだ、一体……?」
彩花はそのまま教室を去っていく。彼女の目には何かを覚悟したような意志が宿っていたようにも見えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「それで華澄は何か話したいことがあったの?」
「え、そ、それは……」
カフェの目立たない端のところに席を取った二人は、会話を始めるも華澄はやはりどこか落ち着かないようだった。
「そ、その……奏が婚約を申し込んだのは本当なの?」
「情報が早いね。そうだよ、奏に婚約してくれと言われたよ」
「それは、その……好きだからそう言ってきたの? それとも……」
「いや、そうじゃない。彼女は西園寺家として俺の才能が欲しいらしい。でも、華澄も同じことを言われているんじゃないの?」
「え!! そ、それは……」
いきなり核心を突かれたので思わずどもってしまう。
華澄は未だに迷っていた。自分がすべき最善とは何か。やはり歩は自分のことをよくわかっている。御三家のことにも理解があるのだろう。だからこそ、今日は誘ったのだ。歩は何か確固たる意志がある。迷いのなる自分とは違う。決して揺らがない意志がある。
そして華澄はやっと口を開く。
「その、これは内密にして欲しいのだけど……」
「いいよ。他言はしないと誓うよ」
「その、兄には家よりも自分の意志を持てと言われているの。でも、父は有栖川家のことを考えて行動しろって。確かに家は大事だわ。御三家はそれだけ力を持っている。でも、家のために自分を犠牲にするのは本当に意味のあることなの? 私にはそうは思えない。だから迷っているの」
「俺が今から言うことも他言しない欲しいけど……奏は自分を犠牲にする覚悟と意志を持っていたよ。自分と家は一つだと。西園寺家のために生きるのだと。でも、それは西園寺奏の生き方だ。有栖川華澄は有栖川華澄の生き方を選ぶといいよ」
「じゃ、じゃあ私が結婚して欲しいと言えばしてくれるの……?」
「きちんと交際して、それで俺と君の気持ちが一致するならそういう未来もあるかもね。でも、家のための結婚は俺は反対だ。七条歩も、有栖川華澄も一人の人間だ。家を繁栄させるための道具じゃない。恋愛的な結婚ならいいけど、政略結婚はしないよ」
「そう、そうよね……」
華澄は再び視線を落とす。歩は御三家のあり方には疑問を持っているようだ。それも一つの考えだろう。なら私は? 私はどうしたらいいの? 答えが見つからない華澄はさらに質問をする。
「歩は……どんな風に育ったの?」
「俺は両親が忙しいのもあって、比較的自由に育てられたよ。褒められることもなければ、叱られることもない。無関心なわけではなかったけど、干渉はほとんどされなかったよ」
「やっぱりそうなのね。私はずっと、厳しく育てられたわ。CVAを扱い始めたのは幼少期の時から。勉強はそれなりだったけど、選手としての訓練は過酷だったわ。休みたい、嫌だ、と言っても許されなかった。無理やり訓練を続けた。家の方針でジュニアの大会には出なかったけど、それなりの実力があるのは自覚していたわ。そして、高校に来ても私は強かった。そりゃそうよね、あんなに努力して強くならない方がおかしい。でも私には自分がなかった。奏のように家のために生きる覚悟もなければ、歩のように独立して生きる覚悟もない。だからこうして、流されているのかしら……」
「そうだね。華澄のことは否定しないけど、もう少し自分と向き合った方がいいかもね。お兄さんの諒さんは、自分を持っていたよ。同じ環境で育ったんだ、華澄も何か掴めるよ」
歩は自分の言ったことに何の根拠もないことに気がついている。同じ環境で育ったからと言って、同じように何かを手にできるとは限らない。だが、それでも歩は理想を語る。友人が困っている。ならば、少しでも助けになることを言うべきだろう。御三家ということは関係ない。女性ということも関係ない。一人の人間として、有栖川華澄に助言するのだという想いが彼にはあった。
「そうかもしれないわね。兄は昔から特別と思っていたの。私と違って訓練も自主的に行うし、勉強も同じように自らやっていたわ。特別だから、兄は私と違って特別だからあそこまで努力できるのだと思っていた。でも、歩と会って気がついたの。兄は自分の意志で道を選んだからこそ、特別だったのだと。有栖川とか、男とかは関係なかったのよね。私は言い訳をしていた。特別ではないし、女だから周りに流されるしかないって。でもこれからはもう少し自分について考えてみるわ。ありがとう、わざわざ話を聞いてくれて。本当に助かったわ」
「どういたしまして。華澄とはこれから戦うことになるからね。万全の状態で挑んでもらいたいし、こっちも助けになったなら嬉しいよ」
「あははははは! 相変わらず、歩は歩ね!!!! あはははははは!」
二人はそれから他愛のないことをたくさん話した。御三家や特別な力を持っていることなど関係ない。ただの友人として二人はそこで会話をしていたのだ。
だが、本戦の期間内にこうして仲睦まじく話すのはこれが最後であった。こうして華澄も自分の道を歩み始める。
御三家の意志と
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