第71話 本戦開始

 ICH東京本校の校内戦もすでに終盤に突入。これからは学年上位者同士のリーグ戦となる。9人中5人のみが代表となる戦い。しかし、これは単純にその5人に入ればいいというものではない。



 というのも、校内戦の順位によって三校祭ティルナノーグでのドローが変わるからだ。そのため本戦に出る選手たちは死力を尽くして戦いに挑む。彼らの中で本戦に出られるだけで、満足するものは一人もいない。すでに先を見据えているのだ。



 そして、本日よりその最後の戦いが始まる。一体誰が、この厳しい戦いを勝ち抜くのだろうか。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「歩ー、今日からだな」


「そうだね。しかも今回からはフィールドがランダムに選ばれるからなぁ」


「歩さんならどこでも大丈夫ですよ!」


「いやぁ、できれば森林か平原がいいなぁ。予選の時のように大理石のフィールドで一対一もいいけど、ワイヤーの真価を発揮したいなら森林がいいとこだね」


「そうえば試合前に急に決まるもんな。準備する暇ねぇよな」


「だからこそ、どのフィールドでも戦える柔軟さがいるね。これはクリエイターを実戦に導入するために作られた制度だけど、実際に考えることが多くなっていいよ。その方が戦術も広がるし」



「……そう考えるのはお前だけだよ」


「そうですよ、歩さん……俺は対策にすごい苦労しましたよ……」



 いつも通り3人で話していると、そこに紗季もやってくる。彼女は一日中研究をする予定だったが、歩の試合が今日の第二試合なので休むことにしたのだ。



「やぁ、おはよう。3人とも」


「おはよう、紗季」


「おっす、綾小路」


「綾小路か、研究はいいのか?」


「今日は歩の試合があるからね。そっちを優先することにしたよ。そうえば、歩は今日はどこで戦うんだい?」


「あ、そろそろ通知が来る頃か。確認してみるよ」



 デバイスを開いて、本戦の情報を確認する。するとそこには、森林フィールドでの試合と記述されていた。



 また、対戦相手は3年の中澤なかざわいつきと表示されていた。



「対戦相手は3年の中澤樹。フィールドは森林だね」


「なるほど。それで大丈夫そうなのかい?」


「まぁ相手のデータはすでに揃っているしね。あとは実践あるのみだ」


「さすが歩さんです。俺も見習わないと」


「はぁー。いつも思うがよく準備してるなぁ」




 そしてその後も4人はしばらく話を続けるのであった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「ぐふふふふふふ。とうとう今日からですね」


「そうですね。でも相変わらずキモいですよ」



 会長の倉内楓と副会長の緒方薫は生徒会室で事務作業をしていた。二人とも本戦に出場するからといって、仕事がなくなるわけではない。そのため、こうして朝から本戦のための電子書類などを処理しているのだった。



「そうえば、誠から連絡が来たのよ」


「え? 本当ですか?」


「なんか七条くんと会ったと言ってたわ」


「そうえば会長も誘われていたのに、何で行かなかったんですか?」


「え? だって私が行くと戦いたくなっちゃうでしょ? 御三家のクリエイターもたくさんいるしねぇ〜」


「なるほど。それは賢明な判断です」


「あぁ、それにしても……また今年もこの時期が来たのねぇ……時間が経つのは本当に早いわね」


「そうですね。去年の三校祭ティルナノーグの決勝から、もう一年ですから」


「去年は最高だったけど、それと同時に失望もしていたの。高校レベルだと、誠ぐらいしか本気で戦えないから。でも今年はかなりいい選手が揃ってるわぁ。御三家の有栖川華澄と西園寺奏。西園寺奏はジュニアの世界大会で準優勝もしているからかなり期待できるわぁ。そして、やはり本命は七条歩。彼と校内戦で戦えるなんて私は本当にラッキーと思わない?」


「いえ、普通は戦いたくないと思うのですが……」


「えー!! あんなに強いのに!!」


「強い相手と戦えて嬉しいのは、完全に少数派ですよ……」


「もう〜、薫は現実的ねぇ〜」


「まぁ私は選手でやっていくつもりはないので。ICUではCVA学を専攻するつもりですし」


「薫は何で選手やってるのか、不思議よね〜。まぁそれでも結構強いからすごいけど」


「でも七条くんは私とよく似ていますね。少し親近感を覚えますよ」


「確かに! 二人とも頭良さそうだよね! 私はお勉強はダメダメだから尊敬するわぁ〜」


「会長は戦闘に関することなら頭の回転すごいですけどね……」



「やっぱり、好みの問題なのよねぇ。特に私は本能だけで戦えちゃうから、準備とかいらないし」


「羨ましい限りですね。こっちはものすごい苦労しますよ」



 そう言うと、薫は立ち上がってコーヒーを作り始める。彼女たちはこうして二人でいることが多いので、よく校内戦の話をしている。だが、最近の話題は歩に関することが多かった。二人も思っているのだ。彼こそが、一ノ瀬詩織の再来だと。実力者だからこそ分かる。あの男は似ている。彼女と酷似している。クリエイターとしてのあり方がそっくりなのだ。



「はぁ〜。今日も七条くんの試合あるし楽しみだわぁ」


「彼は本当に一ノ瀬詩織の再来なのでしょうか?」


「もう、そんなこと言って。薫も見れば分かるでしょ。間違いなく七条くんはあの人と繋がりがあるわ。それに二人ともクオリアに至っているのは間違いないし」


「そのクオリアというのは本当に存在するのですか? 未だにそのような論文は見ないのですが」


「あるわ。だって、私もクオリアに辿り着いているのだから。まぁまだ薫にしか言ってないけどねぇ」


「そんな簡単に言ってもいいのですか? 本来はもっと隠すべきでは?」


「どうせ数年後には世界に知れ渡る概念だし、いいのよ。それに、世界は変わりつつあるわ。おそらく、これからクオリアに至るクリエイターがたくさん出てくる。だからこそ今のうちに完全にマスターしないとね」


「クオリアはよくわかりませんが、会長のあの力をみたらそう言うのも納得ですね」


「今年は誰にも負けない自信があるわ。去年は決勝で誠に負けたけど、今年は違う。うふふふふふふ」



 楓は不敵に微笑む。彼女はクオリアに至ってしまった。そのことを知るのは本人と薫のみ。御三家も理想アイディールもそのことは知らない。だからこそ、今年の三校祭ティルナノーグは例年以上に過酷なものになるのは間違いなかった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「おいおい、観客の入り具合すごいな」


「本戦からは一般の人用の席もあるしね。学生とは別だけど。それに、三校祭ティルナノーグと違って、世界中継はされないからこそわざわざ足を運ぶようだよ」


「相変わらず紗季はよく知ってるわねぇ〜」



 今日は、紗季と雪時と葵の3人で観戦に来ていた。他のメンバーはそれぞれ用事があると言って席を外している。



 今回の試合は森林フィールドのため、屋外に設置された席での観戦となる。だが、選手との距離が遠すぎるため全員がARレンズや、ARグラスをつけて試合を観戦する。



 ドローンに搭載された超小型カメラに映し出された映像がそのままARユニットに投影される。そうすることで試合をより臨場感をもって見ることができる。また、各選手の位置などもマップに表示される。このように観戦する人はかなりいい環境で試合を見ることができるのだ。



「二人ともARユニットは持ってきてる?」


「僕はARレンズをすでにつけてきてるよ」


「俺はグラスだな。もうかけとくか」



 そう言って、各自で試合の映像が映るようにデバイスで操作をする。



「お、歩のやつもういるな。それにしても互いのスタート位置がわからないのは、大変だな」


「そうだね。歩の場合は俯瞰領域エアリアルフィールドがあるからいいけど、他の選手は大変だろうね」


「あぁ……なんか私が緊張してきたぁ……」


「ははは。葵は相変わらずだね。まぁ大丈夫さ。歩が負けることはないよ」





 こうして、歩の本戦が始まるのだった。すでに彼の存在はネット上で噂されている。今回は初めての一般公開の試合。そのため観客全員が神妙な面持ちで試合を見つめていたのだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「まもなく試合開始となります。選手はCVAとVAを展開してお待ち下さい」



 歩は真っ先に俯瞰領域エアリアルフィールドを展開する。この試合はいかにファーストコンタクト時に先制攻撃を取れるかどうかが重要となってくる。だからこそ、俯瞰領域エアリアルフィールドを最大出力で使用するのだった。



 相手は3年の中澤なかざわいつき。CVAはバトルアックス。長さは30センチから1.5メートルのものが多いが、相手は2メートルを優に超える大型。使うVAは特殊なものはなく、典型的なパワーファイター。でも、その練度はやはり本戦に出るということもあって全国レベル。以前、有栖川諒と戦ったときにも思ったけど基礎技術は突き詰めると莫大な力になる。



 レア度の高いVAはかなり強いが消耗が激しい。そのため、持久戦には向かない。でも基本的なVAは消耗はかなり少ない上に、練度が高ければ高いほど強くなる。正直、この手の相手は苦手だけどいい機会だ。これからの戦闘のためにもしっかりと分析しておこう。




 そう考えているうちに、試合開始が告げられる。




「――――――試合開始」





「さぁ、やってまいりました!! とうとう本戦開始です! といっても2試合目ですけどね! 今回の実況は私、山下ひとみと解説は高橋茜先生です!」


「くそっ……くじで負けたばかりにまた解説か……」


「くじで解説の先生を決めているんですね……まぁそこはいいでしょう!! 今回の対戦カードは1年の七条しちじょうあゆむ選手と3年の中澤なかざわいつき選手です! さぁ! 先生はどうみますか!?」


「あぁ……そうだな。まぁ中澤は典型的なパワーファイターだが、基本的な戦闘技術はかなりのものだ。ワイヤーのトリッキーさに惑わされなければ真価を発揮できるだろう。しかし、七条のやつはどれだけの技を持っているか謎だ。以前のように体術メインでくるかもしれないからな」



「なるほど! そして、現在は互いに相手を探している状況です。こちらからは二人がどこにいるかモニターに表示されていますが、選手は様々なことを思考して探しているでしょうね。ファーストコンタクトがどうなるか見ものです!!」




 試合が開始して2分が経過した。互いに相手の位置はわからない。森林フィールドの半径は10キロ。かなり広大なフィールド。もともとは軍事演習に使われている場所をそのまま使用しているので、正直広すぎるという声もある。だが、クリエイターはその程度の広さは問題ではない。問題なのは相手の場所がわからないということだけだ。




 俯瞰領域エアリアルフィールドの索敵にはまだかからない。相手はこちらと違って、強化系VAしかもっていない。もしかしたら、あまり動いていなのかもしれないな。これはもう少し奥へ行ってみるか。




 歩はそのままワイヤーを木にくくりつけ、そのワイヤーを短くする反動で高速で移動していく。彼の進む先には相手がいるのだろうか。彼はそのこと知らないが、観客たちは知っていた。歩の進む先に何があるのかを。




「どうやら、相手は感知系VAも視覚系VAも持っていないからあまり動かないようだね。歩は俯瞰領域エアリアルフィールドがあるから構わず進んでいるようだけど」


「やっぱり、歩は凄いわね。相手の方向に一直線に進んでいるわ」



「あいつには何が見えているんだよ……」



「歩はまだ予想の範囲でしか行動してないけど、やはりあの思考力は素晴らしいね。相手のデータ分析と森林フィールドの分析、それにあの地形のこともよく理解している。これは面白い試合になるだろうね」




 3人のARユニットに映るモニターには歩の位置と相手の位置がはっきりと示されている。


 


 また、選手の姿を映しているドローンから相手の位置を探ろうとしてもそれは無理である。ドローンはVAの影響を受けないように特殊な加工がされているため、ドローンを通じて探るには自分の純粋な視力を使うしかない。



 だからこそ、選手たちは自力で進むしかない。常に緊張感を纏いながらの移動。それはかなりのストレスになる。CVAとVAのパフォーマンスが落ちてもおかしくはない。



 だが、歩に迷いはない。自信があるのだ。彼を支えているのは確かな自信。今までの努力の結晶が彼の迷いを掻き消す。



 そして、歩はとうとう俯瞰領域エアリアルフィールドで相手の姿を捉える。





「あーっと! 七条選手! いきなり止まりました!! しかも半径50メートル手前です! これはVAによって、索敵に成功したようです!」


「ふむ。やはり、あいつのVAはこのような試合ではかなり有効に使えるな。視覚系と感覚系は有利になるのは仕方ない。だが、相手もそれを考えた上であまり移動しなかったのだろう。今も目をつぶって相手の気配を探っているようだ」





 相手は強化系VAしか持っていない。だが、この緊張感はなんだ? 研ぎ澄まされた雰囲気。相手の間合いに入れば一瞬でやられそうだ。これが本戦。さすがに緊張するな。でもファーストコンタクトはこちらから仕掛けることができる。ここは少し無理をするか。




 そして、次の瞬間――――――



 中澤樹を囲んでいた木々が一気に倒れる。まるで、彼を狙うように木が倒れていく。だが、樹はそれにすぐさま対応する。



「来たかッ!!! 七条歩ッ!!!!」




 そういうと、バトルアックスですべての木々を切り裂いていく。190センチに迫る巨体だが、機敏な動きですべてを処理していく。木が砕ける音が響き渡る。そして、ワイヤーで綺麗に切断された木々がさらに細切れになっていく。




 一方、歩はその間からワイヤーを相手に伸ばす。独立した意志を持ったかのような動きをするワイヤーは、一直線に樹の身体を絡め取りに行く。



「甘いッ!!!!!!!!」



 だが、そのような攻撃は相手も予想していた。木々と一緒にワイヤーも全て切り裂かれてしまう。



 しかし、歩の狙いはここから先である。相手はわずかだが安心してしまった。相手の奇襲を乗り切った。あの七条歩の狙いを打ち砕いた。今までの緊張感から解放された故の油断。本来ならばそれは油断にもならない。だが、歩は人の心理をよく理解している。だからこそ、仕掛けるのはここだ。そう思い、彼は本命の攻撃を仕掛ける。



「――――――再構築リフォーミュレイト



 有栖川諒との試合で使用した技。再構築リフォーミュレイト。ワイヤーだからこそ使用できる創造秘技クリエイトアーツ



 この技はワイヤーから新たなワイヤーを生成することができるのだ。それは切断されたものも例外ではない。歩が生成したワイヤーならばどのような状態であっても再構築が可能なのだ。




 そして、切り裂かれたワイヤーから新たなワイヤーが生成され、相手の四肢を貫く。一瞬。本当に一瞬の油断がこの結果を導いた。



 本来ならばここまで綺麗に攻撃を受けることはなかった。だが、安心感が彼の思考をわずかに鈍らせたのだ。



 しかも、この攻撃は今まで披露したことがない。というよりもワイヤーのCVAはここまで出来ないのが普通。しかし、歩は平然と使用する。彼の実力はすでに学生レベルに留まっていなかった。




 相手が悪かったとしか言いようがない。心理戦においても、実戦においても七条歩は相手を圧倒的に凌駕していた。



 また、四肢を貫いたワイヤーはピンポイントで神経を削る。尋常ではない痛みに相手の顔は苦痛に歪む。



 だが本戦に進む選手にもなれば、ここでは諦めない。中澤樹は雄叫びをあげて、歩に攻撃を仕掛ける。




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」



 四肢にはまだワイヤーが残っているにもかかわらず、そのまま突進してくる。だが歩は冷静にその姿を見ると、こう呟いた。



色彩秘技ファルベリオンアーツ――――――リヒト



 勝敗は決した。




 相手はそのまま電源が切れたかのように地面に倒れこむ。



 歩はその様子を淡々と見ていた。彼の肩までかかる長い髪が風でなびく。そして、その髪をかきあげると同時に、試合終了のアナウンスが流れる。



「勝者、七条歩」



 こうして、七条歩は日本全国に認知されるクリエイターとなるのだった。

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