第67話 思惑
「歩、どうだったんだ? やっぱり聞かれたのかい?」
「あぁ。クオリアについて聞かれたよ」
歩と紗季は話を聞かれないように、パーティー会場の隅に移動する。
「何も言わなかったのかい?」
「あぁ。言ってないよ。あれは伝えてはいけないだろう? まだ完全な理解には至ってはいないし、不完全な理解のままの応用は危険だ。きっと、御三家はあれを知ったら利用せずにはいられないだろうしね。あとは誰かに視られたよ。何とか
「やれやれ。全く見境のない奴がいたものだね。と言っても、誰がやったかは予想はつくけど・・・・・・・」
「やぁ、こんにちは。話に加わっても良いかな?」
そこには、長い黒髪を一つに纏めた
「ええ、構いませんよ。清涼院誠さん」
「やっぱり知っているんだね。一応、自己紹介するよ。僕は清涼院家長男の清涼院誠。楓の事は知っているのかい?」
「えぇ、もちろんですよ。会長は有名ですからね」
「ははは。それはそうだね。あ、綾小路紗季さんも初めましてだよね?」
「そうですね。僕は綾小路紗季と言います。専攻はVA学です」
そう言って紗季と誠は握手をする。
「後天的能力理論は僕も読んだよ。とても興味深いし、あの理論は僕も支持するところだ」
「そうですか。それは嬉しいですね」
「じゃあ、二人の邪魔をしたら悪いし、これで。
「えぇ、また会いましょう」
誠はそれからその場を去る。そして二人は一度全員と合流する。
「やっぱり凄いわね。料理もすごい美味しいし」
「彩花さんは食べ過ぎですよー」
「椿も同じくらい食べてたじゃない!!」
「葵は楽しめたか?」
「うん。翔はどうだった?」
「色々な人と話をできて参考になったな。今日は来てよかった」
「そう。それはよかったわね」
「雪時はどうだった?」
「あぁ。それなりには楽しめたな。歩と違って御三家の当主と話はしていないがな」
「あはははは。それは触れないでくれ・・・・・・マジで大変だったよ」
「僕も遠目から見ていたけど、あれは本当に大変そうだったね」
そうしていると突然スーツ姿の男に声をかけられる。
そして、歩はそのまま会場の目立たないところに連れて行かれる。
「君が七条歩くんかな?」
「? そうですけど」
「俺の名前は
「お名前は知っています。現在は日本のランキングは3位ですよね?」
「おぉ。さすが七条くんだ、話が早い。そう、そこで提案があるんだ。これから模擬戦をしてみないかい?」
「・・・・・・これからですか?」
「あぁ。もうすぐパーティーは終わる。俺もこれからはちょうど時間があるんだ。どうだろう?」
「そうですね・・・・・・」
明らかにこの提案は自分の実力を試そうというもの。だが、プロと試合をすることは滅多にできない。現在公開している技がどれだけ通用するか。歩は試したい気持ちがあった。今回はその欲に負けてしまい、相手の提案を受け入れるのだった。
それにこの男は自分を探ろうというよりは純粋に戦いたいという想いが感じられた。同種の人間だから分かるのかは不明だが、あっさりと了承してしまったのは歩も不思議に思っていた。
「ではせっかく、お誘いただいたのですからお受けします。よろしくお願いします」
「それはよかった! ではまた後で。このビルには模擬戦をできるアリーナがあるんだ。もちろん余計な人は連れて来ないよ。試合もレコードはしない。七条くんが友人を連れて来たいなら構わないよ」
「そうですね。妹を連れて行こうと思います」
「おや、意外だね。妹さんだけとは」
「えぇ。妹は一緒に自宅に戻るので、ついでに見てもらおうと」
「分かったよ。それじゃあ、場所はデバイスで送るよ。これ俺のパーソナリティデータね。ではまた後で」
「はい。また後で会いましょう」
そして、諒はその場を去っていく。歩はそのまますぐ、椿に先ほどの話をする。
「椿。ちょっと」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「このパーティーの後に有栖川諒さんと模擬戦をする事になったから、椿にもついて来てほしい」
「え!? どうしてそんなことになったの!?」
「まぁ、誘われてね。せっかく日本ランキング3位の人と試合ができるんだ。試してみたいと思ってね」
「もう! お兄ちゃんは相変わらず戦闘狂だね! まぁいいけど。それでどうするの?」
「あぁ。
「ふーん。まぁ、頑張ってね」
「うん。できる限りやってみる」
そしてしばらくしパーティーが終了する。歩は少し用事があると言って、椿と一緒にビルの地下にある試合用のアリーナに移動する。
「やぁ、待ってたよ」
「有栖川さん、よろしくお願いします」
「こちらこそ。それと俺の事は諒でいいよ。それでだけど、歩って呼んでいいかい?」
「構いませんよ」
「じゃあよろしくね、歩。試合時間は30分で、属性攻撃はありでいいかい?」
「はい。分かりました」
「それじゃ、1分後に開始しよう」
諒はデバイスを操作して試合の設定を行う。
歩は楽しみにしていた。こんな機会は滅多に無い。相手の目的がどうだろうと、必要以上の情報を与えなければいいだけだ。それにこの人は純粋に自分の力を試したいのだと直感でそう思った。同じタイプのクリエイターだからこそ分かるのだ。有栖川諒は自分と同じ人間だと。御三家などにある使命感や欲望ではなく、ただ純粋に力を欲しているのだと。
「
歩の手にはワイヤー展開され、諒の手にはクレイモアが展開される。
クレイモアは両手で振るう大剣。刃渡りは1〜2メートルにも及び、刃も幅がそれなりにある。剣の形状は、刀身の方に傾斜した鍔とその両端にある飾りが特徴的である。
そして、しばらく経過し試合開始が告げられる。
「――――――試合開始」
「フッ」
諒はたった一歩で歩との距離を詰める。
「――――――
歩は
だが、歩はその攻撃をしっかりと見ている。脳が認識することで、相手の攻撃のイメージを瞬時に描き出し、次の攻撃に出る。
「
歩は
「
本来は日本刀に特化した
一方の歩は、諒の四肢を捉えようとしたワイヤーが切り裂かれたのを踏み台にして、そこからさらにワイヤーを展開する。
「なっ!?!?」
ワイヤー技術の応用。歩は切り裂かれた独立したワイヤーからもさらに、ワイヤーを生成できる。通常のワイヤー使いはこのような事はできない。だが、彼は現実にそれを行っている。
これには諒も驚愕せざるを得ない。そして彼の右肩が拘束されてしまう。
「
クレイモアによる超高速の16連撃。拘束された右腕を無理やり
彼には見えている。相手の行動の先を。
しかし、高負荷には変わりはない。それにより鼻からは血が垂れてくるも構わず戦闘を続ける。
「くっ!!!」
だが、諒は力技で押してくる。歩の小細工は通じない。どこまでも洗練された基本技術は何よりも強い。大きな負荷もない上に、最大限の力を発揮できる。彼は理解しているのだ。プロの世界で生きているからこそ分かる。基本技術の大切さを。だからこそ、それを限界まで突き詰めた彼の技術は歩の技を上回る。
そして互いに距離をとり、会話を始める。
「やるね、歩。だけどそろそろ他の技を出さないと負けるよ?」
「そうですね。じゃあ、ちょっと本気を出します」
「お、それは楽しみだね」
「――――――
ワイヤーを体に取り込み
諒はその様子を楽しみに見ていた。
やはり彼は最高だ。父や妹が気にかけるのはよくわかる。だが、彼の力は御三家で無いからこそ、ここまでのモノを持っているのだ。それをよく理解している諒も一段階ギアを上げる。
「ハッ」
瞬間、歩の姿が消える。
「はあああああああッ!!!!」
歩の繰り出す体術を全てクレイモアで捌く。その速さはもはや目では視認できない。二人の認知速度はすでに意識の外側にある。数秒先の未来をイメージして、それを現実に適応させているのだ。すでにこの領域は普通のクリエイターを超えている。
それを理解しているからこそ、二人とも笑いが止まらない。
互いに思った。
この相手は本物だ。本当の高みに至っている。たどり着けない領域に足を踏み込むどころか、さらに先に進んでいる。
楽しい。とても楽しい。未来と現実のギャップを限りなく埋め合う二人は最高に興奮していた。ドーパミンが止まらない。脳内から大量に多くの物質が分泌される。加速する。思考と身体が現実を超越する。どこまでも高みへ。どこまでも先へ至る。
これはクオリアなどという、特殊なものではない。これは純粋なる努力の結果だ。クリエイターは誰でもこの領域に至れる。だが、そこに至るには己が身を灼き尽くすほどの想いが必要なのだ。
そして、歩が一方的に攻めるも諒はそれを全ては捌いてしまった。直撃するものはクレイモアで防ぎ、フェイントなど当たらないものは体捌きのみで躱す。彼は特殊なVAをまだ使用していない。純粋な剣技と一般的なVAだけを使用している。
歩は理解した。これが日本のトップレベル。そして、世界にも通じるクリエイターの実力。それを上回るために彼もさらにギアを上げる。
「――――――四聖、
菩薩界に至る。今の状態はかなり危険である。脳のキャパシティがさらに上昇するために、身体がそれに耐えられないのだ。だが、それを
楽しすぎて止まらない。もはや模擬戦のことなど忘れている。あるのは目の前の相手を圧倒するという想いのみ。
軋む。骨が、肉が軋む。葵との戦いではほんの数秒しか使用しなかったために、それほどの負荷はなかった。だが、この試合はあの時ほど圧倒できるものではない。ここまで来てもおそらく彼は自分についてくるだろう。そう思いながらも歩は進む。己の真価を試すために。
「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!」
「はあああああああああああああああッ!!!!!!!!」
互いの声が室内に響き渡る。それに伴い金属音も生じる。もはや、互いに譲れないところに来ていた。負けられない。この男だけには負けられない。なぜか二人ともそう思った。別にこの試合に特別なものは無い。だが、クリエイターとして負けるわけにはいかないと本能でそう感じた。
「
諒はさらに
だが、歩はギアを最終段階に上げることで、それに対応しようと試みる。
「――――――四聖、
髪の一部が色素が抜け落ちていく。それに伴い肌も白く変化し、目は赤くなっていく。四聖の使用し過ぎにより、メラニン色素が極端に欠乏したのだ。この状態は非常にまずい。肌は通常よりも弱くなり、かすり傷さえも致命傷になりかねない。
だが、歩は避ける。月花の超高速の二連撃を何とか躱す。感覚系VAではない。視覚からの情報伝達のみで避けたのだ。脳が軋むように痛いが、さらに歩の動きに適応しようと脳内のニューロン同士の結合がさらに変化する。
そして、この一連の攻防で二人は互いに高め合っているのだった。
「「あははははははははははは!!!!!」」
あぁ、心が踊る。こんな試合は久しぶりだ。止まらない。どこまでも高みへと行く。二人の交わる拳と剣撃が室内にさらに響き渡る。
だが、その終わりはあっけなく訪れる。
「ちょっと! 兄さんと歩は何をやっているの!!?」
華澄が突如乱入してきたことで、二人ともその場に佇んでしまう。歩は割と平然といていたが、諒の顔には冷や汗が浮かんでいた。
「兄さん! どうせ、また許可とってないんでしょ! 歩が気になるのはわかるけど、いまは本戦も控えているんだからこう言うことはやめてよね!!」
「は、はい。すいませんでした・・・・・・」
「歩も! あなたも、簡単に引き受けちゃダメよ! 本戦もあるんだから!!」
「はい・・・・・・面目ないです」
「全くもう! お父様には内緒にするけど、これっきりにしてよね! 次からはきちんと所定の手続きをすること!」
「「・・・・・・はい」」
それから二人は止む無く解散したのだった。
自宅に戻ると、歩はARレンズでレコードした試合を振り返っていたのだった。
「え、お兄ちゃん。あの試合はレコードしないんじゃななかったの?」
「ん? あっちはしないといったけど、俺がするにはいいだろ?」
「あ、そう言う理屈なんだ。それで身体は大丈夫なの? だいぶ無理してたみたいだけど」
「あぁ。それは大丈夫だよ。最近は適応力が上がってね。あとは回復力も。四聖を使用してもそれほど影響は出なくなったよ」
「相変わらず変態だよね・・・・・・」
「それにあの試合でさらに脳が適応したみたいだ。これはかなりの収穫だ。あのレベルの人と試合をするとかなりの骨が折れるけど、得るものも大きい。いいことを知ったよ」
「でも! あの白くなるのは控えてよね! 今日は軽くだったけど、前みたいに全身がそうなるとダメージがひどくなるんだから!」
「はい、そこは気をつけます・・・・・・」
相変わらず椿に叱られる歩だが、彼は別のことを考えていた。
あの試合では、相手の攻撃の創造がかなりいい精度だった。心的イメージがさらに磨かれた。間違いなく何かを掴んだ。しかし、相手はまだ本気ではなかった。俺も奥の手は出していないが、有栖川諒にはまだ何かある。彼には基本的な剣技とVA以外にも特殊なものがあるはずだ。
予期せぬ試合だが歩は多くのもを得た。だが、それは一部の御三家との敵対への始まりでもあった。
「諒、どうだった例の彼は」
「そうですね。強かったです」
「それ以外は?」
「それだけです」
「分かった。下がっていいぞ」
「それでは」
諒はそのまま要の書斎を出ていく。
「ふむ。諒のやつは多くを語る気はないようだな。だが、それでいい。あいつが強いと言うのだ。もはや七条歩の価値は本物だろう。どんな手段をもってしても彼を手に入れなければ」
「それで、今日の御三家のパーティーはどうだった?」
「は。七条歩は現御三家当主のプライベートナンバーとパーソナルデータを入手したようです」
「やはり御三家も彼の価値に気がついているか。これは競争だな。いったい誰が彼を手に入れるのかのね」
「大丈夫でしょうか。七条歩は有栖川華澄と仲が良いようですし。それに今日は西園寺家と清涼院家ともコントタクトを取ったようですが」
「御三家には彼を
「そうですね」
男と女はそこで話を打ち切る。
こうして七条歩は世界の深淵へと迫っていく。
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