第68話 清涼院家の真意
清涼院家は比較的自由な家である。御三家といえば、堅いイメージがあるがこの家はそうではない。彼らは能力至上主義だ。他の家のように世襲制にはこだわっていない。欲するのは力のみ。力があれば誰でも歓迎だ。それが清涼院家の方針。だが、現当主はその方針に疑問を抱いていた。
ちなみに、現在は新幹線はもう存在しない。代わりに全てがリニアモーターカーとなった。移動速度は新幹線の数倍。そのためこうして、パーティーの翌日に東京から九州に戻ってもそれほど時間はかからないのだ。
「どうでしたか、母さん。七条くんは」
「そうねぇ。やっぱりカッコよかったわぁ。それに、持っているモノがそこらへんのクリエイターとは違うわね。ワイヤーというCVAでもクリエイターはあそこまで強くなれるのねぇ」
「確かに。僕も彼と少し話しましたが、一挙手一投足が洗練されていますね。それに教養もある。話すだけで相手の知性はだいたい分かりますが、さすがあの綾小路紗季の友人。彼は僕とは段違いだ。知識量が圧倒的に違うのは間違い無いですね」
「彼は研究も個人的にしているようだしねぇ。それにクオリアについても知っている」
「それは確証はあるのですか?」
「無いわ。要さんが言及したけど、知らないと言っていたのよ。でも確実に知っているわ。長年の勘で分かるのよ。クオリアに至っているのかは分からないけど、彼は私たちの知らない何かを知っている」
「母さんの勘は当たりますからね。僕も彼からは何か特殊なものを感じましたよ。一ノ瀬詩織の再来は本当かもしれません」
「そうねぇ。彼女と似ているわぁ。本当に色々と似ているのよねぇ」
「そうえば、面識があるんでしたよね?」
「えぇ。もう昔のことだけど、会ったことはあるわ。彼女が日本ランキングトップになって世界大会の出場が決まった時にね。彼女は美しかったわ。研ぎ澄まされていた。だからこそ分かるの。二人にはとても似ていると。思考、創造力、戦闘技術、そしてCVA。きっと七条くんは一ノ瀬さんと何か繋がりがあるはずよ」
「あ、そうえば
「あ……私にも……よく分からなかった」
二人の隣に座っているのは、
そして、誠がなぜ彼女にそのようなことを聞いたのか。それは彼女が干渉系VAを持っているからだ。
精神干渉系VA、
だが、撫子が誠に言ったのは予想外のことだった。
彼女が分からないことなどない。あのVAを使って分からないことなど存在しない。だが、歩はその干渉を退けた。それは一つの答えに導かれる。
「おそらく彼も精神干渉系VAを持っているのね。だからこそ、撫子の干渉を防げた。でもまずいわねぇ。これは彼に不要な警戒を植え付けることになったかも」
「ごめんなさい……私が上手くやれないから……迷惑かけて……」
「そんなことないのよ、撫子。あなたはよくやってくれたわ。でもそうねぇ。ここは敢えて謝罪して、彼と個人的な付き合いを深めるのもいいかも。どう思う、誠?」
「そうですね。それはいいかもしれませんが、彼には何か謝罪として与えるべきでは? 七条くんは自分の研究室を持っていないはず。個人的に研究用のデバイスを提供するのはいいと思いますね」
「うーん。そうねぇ。覗き見なんて本当は良くないものねぇ。個人的な付き合いも欲しいし、連絡してみようかしら」
外の景色を見ながら周は考えていた。
私たち御三家は力を求めすぎているのではないか。有栖川と西園寺は止まらない。どこまでも力を追求する。でも、それは一歩間違えれば大変なことになる。枷がないのだ。御三家は世界トップレベルのクリエイターの家系。それが故に、警告してくれる存在がいない。このままでは独裁的な力のみを求める危険な集団になるのではないか。
彼女は疑問だった。幼い頃から教えられてきたことに、ずっと疑問を抱いてきた。クリエイターのあるべき姿とは何なのだろうか。そんな時に七条歩を知った。
彼は力だけを求めてはいない。強くなりたいという想いはあるだろう。しかし、あの姿はそれだけではないと確信していた。きっと、彼は力がある故にその恐ろしさを知っているのだろう。強すぎる力は時に自らにも刃を向ける、と。有栖川と西園寺、そして清涼院はそのことを知っていても止まらない。止まれない。加速した欲望はどこまでも行く。
だからこそ、御三家に招き入れなくとも、彼とはしっかりと話し合うべきではないだろうか。
そして、清涼院周はデバイスを開き歩にコールするのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
歩と紗季はいつものようにラボで研究をしていた。今日はクオリアではなく、VAによる実験だったので歩が被験者となって行っていたのだ。
「あー、疲れたー」
「すまないね。今日も手伝ってもらって」
「いいよ。どうせ自宅でも同じことをしていたし」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「あれ、着信だ……相手は……?」
「どうしたんだい? どうせ彩花からだろう?」
「いや、これを見て」
「? 清涼院周……? なんで御三家当主が歩に?」
「連絡先は交換していたけど、アクションが早すぎる。これはどうすべきか……」
「出てみてもいいんじゃないかい? 有栖川や西園寺なら少し警戒すべきだろうけど、清涼院は少なくとも現当主は話せる人だと思うよ。力を欲しているだけの他の御三家とは違う」
「うーん……そうしようか」
意を決してデバイスでの通話に応じる。モニターには、リニアモーターカーに乗っている周の姿が映し出された。
「いきなり、ごめんなさいねぇ。アポなしの通話は良くないと思ったけど、話したいことがあって」
「いえ、それは構いませんが。大丈夫なんですか?」
「あぁ、私の使っているデバイスは特別なの。盗聴の心配はないわぁ」
「そうですか。それならよかったです」
現代は超情報化社会だからこそ、盗聴が昔よりも頻繁に行なわれている。もちろん、それを防ぐ技術も体系化されているがやはり抜け穴は存在する。歩はそれを懸念して尋ねたが、そこは大丈夫と知りひとまず安心するのだった。
「それで本題はなんですか?」
「その……ごめんなさい……」
すると、モニターに撫子が映る。彼女は母に言われたとはいえ自分の能力を使用してしまった。その後悔があるからこそ彼女は自ら謝る。
「あぁ。君だったのか。
「あ……はい……気をつけます……」
ぺこりと頭をさげると、モニターに再び周が映る。
「やっぱり知っていたのね。一応、あのVAは清涼院家でも知るものは限られているのだけど……やっぱりあなたも精神干渉系VAを持っているのね」
「そうですね。詳しくは言えませんが」
「まぁ、そのことはいいのよ。本題は謝罪と私たちと個人的な関係を持って欲しいの」
「……個人的な関係とは?」
気丈に振舞っているが、内心はかなり驚いていた。あの御三家が個人にこうして接触してきているのだ。歩は緊張しつつも何とか平静を装う。
「あなたは御三家のことをどう思っているの?」
「率直に言っても?」
「えぇ。清涼院の名にかけて他言はしないと誓うわ」
「そうですね。有栖川家と西園寺家は少し危うい気がします。何というか、昨日のパーティーでもそうでしたが、力を求める欲望が強すぎるように思えます。人類の繁栄というよりは、ただ力を欲している。だから俺に声をかけたのでしょう?」
「えぇ。その認識で間違い無いわ。あの二人は求めているのよ。さらなる進化を。私はそれが疑問なの。だからこそ、あなたに連絡を取った。別に清涼院家に来いとか、味方しろと言いたいわけでは無いの。一人のクリエイターとして、あなたの意見が聞きたいの。もちろん、こちらもそれ相応の情報と研究に必要なものは送らせてもらうわ。どうかしら?」
「それは定期的にこうして話す機会を設けたいと?」
「そうね。できればそうしてもらうと有り難いわ」
「なぜ自分なんです?」
「あなたは違う。ただ欲望に駆られているクリエイターとは違うと思うの。私の勘は当たるのよ? それにあなたも隠したいことはあるだろうし、多くは求めないわ。個人的に話を聞いてくれるだけでいいの」
「そうですか……」
迷いが生じる。正直、悪い話ではない。今後の
好機なのは間違いない。だが、この条件を受け入れるとこちらの情報もある程度は開示しないといけない時は来るだろう。
清涼院周は信頼できるのか。そこが一番の問題だ。
そう思うと、歩は彼女に質問を投げかける。
「正直、悪い話ではないです。唯一の懸念は……」
「……何かしら?」
「あなたが信頼できる人間かどうかです」
「……なるほど。それは最もね。いいわ。あなたからの情報開示は求めない。私たちは提供はするけど、あなたは言いたくないことは言わなくてもいい。それにこの関係が良くないものだと思ったら、すぐに切ってもらって構わないわ。どう、それで? その間に、私という人間を見定めるのは悪いことではないでしょう?」
「なるほど。そこまでの好条件なら仕方ないですね。わかりました。これから宜しくお願いします」
「えぇ、宜しくね。それではまたこちらから、連絡するわね。それでは」
「はい。ではまた」
そう言ってモニターが消える。歩はこの選択は正しかったのだろうかと少し考える。しかし、御三家と個人的なつながりができるのは間違いなくプラスだ。もう止まれない。後悔しても遅い。そう思い、彼はさっそく先ほどの会話の内容をまとめる。
「よかったのかい? 御三家と個人的なつながりを持って」
「今後のことを考えると、御三家との連携は必須だ。彼らの存在は世界的にも重要だし。それに、
「そうか。歩がそう決めたのなら僕はもう多くは言わないよ」
「ありがとう。やっぱりは紗季は理解ある友人だよ。君と知り合えて本当に良かった」
「これぐらいのことで変に褒めないでくれよ。照れるだろ?」
冷静にそういうも、紗季の頬は赤みを帯びていた。色白だからこそ彼女の肌の変化ははっきりと分かってしまう。
だが、歩は彼女に気を使ってそのことは言及しなかった。
彼はこうしてさらに進んで行く。先の見えない未来に、確かな希望があると信じて。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いいんですか、母さん。あんなに好条件を出して。彼が本当に善人かどうかも分からないんですよ?」
「その時は覚悟するしかないわ。でもきっと彼は私のイメージ通りの人よ。あと、現在の
「う……それは……」
前髪で顔を隠すことで、照れているのを見せないようにする。
彼女は歩の重要な情報は得ることはできなかったが、彼の精神の一端は視た。今までにあのようなクリエイターは見たことない。あそこまで心が澄んでいる人は中々いない。撫子は歩のことが気になっていた。なぜあそこまで彼は綺麗なのかと。
「その……私は……七条さんは信用していいと思う……よ?」
「そうか。母さんも撫子もそういうなら、信じよう」
「ありがとう、誠。それに誠も七条くんのことは選手として気になるでしょ?」
「そうですね。あの戦闘技術は個人的に学ぶべきことが多い。彼と話す機会があるのは非常にいいのは間違い無いです」
「まぁ、要さんと伊織さんには隠さないとね」
周は再びどこか遠くを見ながらそう言って、今後のことを考え始める。
他の御三家のことに加えて、今は
そう確信して、彼女はそのまま眠りにつくのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「それで、長谷川小夜の件だけど……あなたは彼女の最期を見たのよね?」
「そうですね。最期は自殺でした。しかし、それは彼女の意志で行ったものではありませんね」
「……その根拠は?」
「そこは言えません」
「なるほど、特殊なVAでその事実を知ったのね」
「そのような認識をしてもらえると助かります」
早速、二人は情報交換を始める。周は自宅に着くとすぐに歩に再び連絡を取ったのだ。そこで長谷川小夜の件について話し合っている。
歩達が彼女の最期を見たというのはデータとして残っている。そして、それに
「それにしても、やっぱりあなたを狙っているのは間違いないみたいね。心当たりはあるの?」
「ありますけど、そこは言えません」
「そう。やっぱり七条くんは色々と知っているみたいね」
「まぁそうですね。普通のクリエイターよりは知っていることが多いと思います」
「そこはいいわ。問題は
「これは言った方がいいと思うので伝えますが、
「……具体的には?」
「長谷川葵との試合を見てもらえば分かりますが、彼女は本来はまだ
「そう、やっぱりそうなのね。それは大変な問題ね……他の御三家も異変には気がついていると思うけど……伝えるのはまだ早いかもしれないわね」
「そうですね。特に西園寺家は気をつけたほうがいいかもしれません。どうも西園寺伊織さんは怪しい気がします」
「怪しいというと?」
「可能性の一つですが、
「そうね……彼は野心家だし、新しい技術には目がないわ。その可能性は捨てきれない」
「あまり疑心暗鬼になるのは、良くないですが……考慮しておいた方がいいかもしれません」
「そうしておくわ。では今日はコレぐらいにしておきましょう。本当に助かったわ。ありがとう」
「いえ、こちらも長谷川小夜の件は御三家に伝えるべきだと思っていたのでちょうど良かったです。それでは」
「えぇ。ではまた」
二人は同時にモニターを切る。こうして歩は清涼院家との繋がりを手に入れたのだった。
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