番外編 Ayaka's Story
第60話 不知火彩花の軌跡 1
これは、
§ § §
不知火彩花の家は一般的なクリエイターの家系である。
クリエイターの家系と言っても、有名な選手や研究者がいるわけでもなくごく普通の家庭で彼女は育った。
両親はクリエイターだが、一般企業に勤めており収入もそれなり。しかし、彼女の両親は彩花の教育には力を入れた。
彼女には自由に、そして健やかに育って欲しいという想いから彩花の意志を尊重するように育てた。
もちろん、無駄に甘やかしたり無駄に叱ったりはしない。過剰に褒めもしないし、過剰に干渉もしない。彩花の両親は二人とも優秀なクリエイターになるように、親に無理強いをさせられてきた。だからこそ、自分の子どもはそんな思いをしてほしくないと考え、そのような教育を行ってきた。
不知火彩花は少し、感情的な面はあるがとても良い子に育った。自分の頭で考え、自分の意志をしっかりと持つ女の子となった。
そして、彩花は幼い頃に両親にある提案をした。
「ねぇ、パパ、ママ。話したいことがあるの」
「どうしたの彩花? 大事なお話?」
「珍しいな彩花が何かお願い事だなんて」
「私ね、クリエイターの選手になりたいの。プロの世界に行ってみたい。だから、これからクリエイターの養成所に行きたいんだけど・・・ダメかな?」
「「彩花・・・・・・」」
両親は自由に彼女を育てたが、無意識のうちに選手や研究者にならないことを祈っていた。なぜならば、その世界は非常に厳しいからだ。毎年のように、挫折するものが出る。しかも、彩花は可愛い一人娘。
両親は一瞬だけ悩んだが、彼女の意志を尊重する。
母親も、父親もその時は同じことを考えていた。
彩花が、彼女がそうしたいと自らの意志で思うのならば邪魔する権利などない。確かに、彼女はその先にある辛く険しい道に耐えられないかもしれない。でも、自分たちは彼女の親なのだ。子どもがやりたいことを応援しないで何が親だ。先のことは誰にもわからない。ならば、自由にさせよう。彩花が続けるのも、辞めるのも自由だ。
その思いから両親は彼女の養成所入りを許可した。
こうして彩花は本格的にクリエイターの選手としての道を歩み始める。
「はあああああああああッ!!!」
彩花のレイピアが相手のCVAを弾き飛ばす。その瞬間に一気に詰め寄り、喉元に切っ先を突きつける。鮮やかな手際。どこまで洗練された動き。
そして、相手は負けを認めるのだった。
「・・・・・・参りました」
「はい! そこまで! 彩花ちゃんの勝ちね。二人とも、終わりの挨拶をして」
「「ありがとうございました!!!」」
クリエイターの専門的な教育は選手だろうが、研究者だろうが高校から本格的に開始する。しかし、それ以前にクリエイターは養成所に通い、そこでクリエイターとしての様々な知識と技術を学ぶことができる。
もちろん、学校でそのような教育がされないわけではないが、現在は小学生と中学生の時は学校と養成所で学ぶのが一般的となっている。
これは教師の負担を分散させるために体系化されたもので、とてもうまく機能している。
彩花は両親の勧めで、評判のいいクリエイターの選手専門の養成所に通うことになった。
そこで、彼女は辛いことも悲しいこともあったが努力に努力を重ねて今やその養成所の中では一番強くなっていた。
彩花は両親や、その他の教師など人に恵まれた。そのため、彼女はとてつもないスピードで成長していったのだ。
「彩花ちゃんは凄いわね。もう、VAも完璧に使えるみたいだし。先生の紹介で、もう少しレベルの高いところに行くつもりはない? 彩花ちゃんならきっと大丈夫よ」
優しく微笑むながら講師の女性がそう言うと、彩花は少しだけ考え始める。
「う〜ん。どうしようかな〜」
「彩花ちゃん! 行きなよ! 彩花ちゃんならもっと強くなれるよ!」
「そうよ! きっと彩花ちゃんならもっともっと、強いクリエイターになれるわ!」
「彩花ちゃん。俺もそう思うよ。君はもっと強くなれる人だよ。だから頑張ってね」
皆にそう言われると、彼女は決心した。
ここにいるみんなと別れるのは辛い。ずっと一緒にトレーニングを積んできた仲間だ。別れるのは確かに辛いけど、私は自分の可能性を試したい。一体、私はどこまでいけるのだろうか。それを知りたい。だから、私は行くわ。
そう思い、すぐに返事をする。
「じゃあ、先生。ご紹介よろしくお願いします」
小学校高学年にしては小さな体で、ぺこりと頭を下げると、講師の女性は再びにこりと微笑む。それは、その人の性格の良さが溢れたような、そんな表情だった。
「わかったわ。月並みだけど、頑張ってね彩花ちゃん。ちょっと寂しいけど、応援してるわ」
こうして彩花はさらにハイレベルな養成所に通い始める。
「フッ!!!!」
「甘いッ!!!!!!」
自分の脳天に振り下ろされる剣を、体捌きのみで躱すとそのまま相手の右肩に属性攻撃を放つ。
「っく!!!!」
相手は右肩を凍らせながらも、なんとか後退する。
しかし、そこにはすでに彩花が回り込んでいた。
「私の勝ちよ」
「あぁ。俺の負けのようだ」
「勝者、不知火彩花」
講師の男性がそう告げると、他に見ていた生徒たちがざわつき始める。
「おぉ。やっぱり不知火が勝ったか」「やっぱり彩花はすごいわね」「今回の試合も凄かったなー」
彩花はそこの養成所でも一番となった。彼女はずっと努力を続けてきたのだ。毎日毎日、CVAを使い続けた。その結果、もう彼女に敵うものはいなくなっていた。
「不知火さん、どうだろう。大会に出てみないかい?」
「大会、ですか?」
中学生となった彼女は年相応に成長した。いささか胸のボリュームは足りないようだが、この方が動きやすいと思いあまり彼女はその事を気にしていない。
もちろん、男性にその事をからかわれると烈火のごとく怒るのだが。
「大会といっても出場資格は15歳以下のクリエイターということだけ。日本代表を決める戦いだ。優勝すれば日本代表として、世界大会に出れるよ。うちの養成所からは任意での参加にしてるけど、不知火さんは是非とも出場してほしい。君ならかなりいいとこまで行けると思うよ」
「少し考えさせてください」
「うん、わかったよ」
そういうと、彼女はその場を去っていく。
ジュニアの大会では、誰にでも出場の機会が与えられている。高校では
そこには御三家のクリエイターも出場するが、有栖川家は技術を秘匿したいのか、それとも幼いうちは訓練に集中したいのか、ジュニアの大会には出場しない。といっても他の、西園寺家と清涼院家は出場してくるのでかなりハイレベルな戦いが行われるのは間違いない。日本では割と認知度が低いマイナーな大会だが、ジュニアでは唯一の公式大会。
そのため、出場するものは自ずと実力者が集まる。過去には何と、小学生が日本代表になったこともある。
彩花は迷っていた。自分はどこまで行けばいいのだろう。このままいけばプロになれるのだろうか。
中学生という多感な時期もあって、彼女は自問自答することが多くなっていた。
正直、ずっと戦ってばかりで自分はあまり勉強というものをしていない。それは教養の面でもそうだが、クリエイターの知識としても乏しいものがある。
私はもう少し知識を増やすべきではないのだろうか。
そう考えつつ、彼女は友人と話しながら自宅へと向かう。
「彩花〜、どうするの? 大会出るの?」
「鈴音はどう思う?」
「私は見てみたいな〜。彩花がどこまで通じるのか気になるし!」
彩花と一緒に帰っているのは、
彩花は友人が少ない。練習に没頭するあまり、人と関わることが少ないのだ。だからこそ、彼女は鈴音のことをとても大切に思っているが、恥ずかしいので相手にはいつもクールに振舞っている。
彩花は外面がよく、基本的に明るい女の子なのだが、仲の良い友人にはこのように冷静に対応する傾向にあるのだ。
「うーん。私も試してみたい気持ちはあるけど・・・・・・御三家も出てくるだろうしね。そこはちょっと怖いかも」
「有栖川家は出ないけど、西園寺と清涼院はほぼ毎年日本代表になってるからね。やっぱり、遺伝子が違うのかしら」
「鈴音はすぐ才能を言い訳にするでしょ。努力すれば追いつけるかもしれないじゃない」
「彩花は戦闘狂だからそんなことが言えるんだよ〜。私はか弱い乙女だから!」
そう言って腰をしならせて、ウインクをする鈴音。彩花はそれを見て、バッサリと批評するのだった。
「かわいくない。腰の角度がおかしいし、ウインクもぎこちない。鈴音も同じクリエイターなんだから乙女なんて可愛いものじゃないでしょ?」
「ぶぅー。そろそろ私も彼氏ほしいんだもーん! 彩花はどうなの? 最近、結構モテてるじゃん。養成所の男の子にも告られてるでしょ?」
「私はどうなのかしら。恋愛ってよくわかんないの。興味もイマイチ湧かないしね〜。今は試合してるだけで十分かも。練習は辛いけど、その分楽しさもあるしね」
「ハァ〜。なんて残念なの・・・・・・というか、そんなんじゃ、ずーっと処女だよ!! わかってるの!?」
「別に男性経験があることが偉いわけでもないでしょ? なんか恋人の存在がステータス見たいな風潮あるけど、あれはマスコミの印象操作よね。それと社会的な空気? 私は疑問だわ」
「だーかーらー! そういう、冷静なとこがダメなんだよ! いつもはもっと明るいのになんでこう無駄に現実的かなー」
「鈴音だからここまで言うのよ。私友達少ないし」
「あー! 赤くなってる! というか、彩花がそんなこと言うなんて珍しいね。何か心境の変化でも?」
そう言って取材をしているニュースキャスターのように、自分の手をマイクに見立てて彩花に尋ねる。
「そうね。特にないわね・・・・・・気分ってやつ?」
「あーあーあー。まーた、そういう事言うでしょー。本当に恋人できないよー。そんなんじゃー」
「鈴音も彼氏できた事ないじゃない。人の事を心配する余裕があるの?」
「私は前進してるからいいんですー。でも、彩花みたいに告られた事ないし・・・・・・・まさか、私のほうがやばい??」
「いいんじゃない。それともLGBTにでもなる? 今は昔と違って、過ごしやすい社会みたいだし」
「そんな簡単になれるわけないでしょ! 私は男の子と付き合ってみたいの! ま、まぁ時々女の子もいいかな〜? とか思ってるけど!」
「思ってるのね・・・・・・ちょっと意外だわ」
「あー、もう! 絶対彩花よりも先に恋人作ってやる!!」
「はいはい。頑張ってねー」
そうして二人は、それぞれの帰路へ向かい自宅へとたどり着くのだった。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさーい」
母親がそういうと、彼女はそれが意外だったようでそのままリビングへ行く。
「お母さん、今日は早いのね」
「今日は早く終わってねー。お父さんも書斎にいるわよ」
「そうなんだ。とりあえず、荷物置いてくるね」
「はいはい。ご飯もうすぐだからね」
「はーい」
そういうと彩花は二階の自分の部屋に向かうのだった。彼女の家は一軒家で割と広い。3人で暮らすには少し持て余しているくらいだ。最近はペットでも飼おうかという話が出ているが、彩花は正直あまり興味がない。
最近はずっと考えているのだ。自分という存在について。そのため、哲学の本などを読んでみるのだがどうにも答えが出ないようで、少しナイーブになっていた。
だが、そんな時に大会の話が出た。これはチャンスかもしれない。自分はどこに向かうのか、ジュニアの大会で通用するなら本当にプロの選手になれるのかもしれない。
そう思うと、彩花は両親にその話をするのだった。
「ごちそうさま。今日も美味しかったよ、母さん」
「ごちそうさま。お母さんの料理はやっぱり、最高だね」
「あらあら。二人してそんな褒めるなんて。まったく私もまだまだ捨てたもんじゃないわね」
軽く微笑む彩花の母は、昔に比べるとかなり年齢を重ねた。しかし、その表情は未だに若さを象徴するような生き生きとしたものであった。
「ちょっと二人に話があるんだけど。今、大丈夫?」
「父さんは大丈夫だぞ」
「私も構わないわ。それで何の話?」
彩花は一呼吸置くと、今日言われたことを伝え始める。
「実はジュニアの大会に出ないかって言われて・・・・・・」
「彩花はどうしたいんだ?」
「私は出てみたいと思う。どこまで自分の実力が通用するか試してみたいの」
「彩花、あなたも大きくなったのね・・・・・・」
「母さん、やっぱりあの時の決断は正しかったよ。だって、彩花がこんなにも立派に成長したんだからな」
そういうと両親は感動したのか、目に涙が溜まっていく。彩花はそれを見て感謝を述べるのだった。
「二人ともここまで育ててくれてありがとう。本当は知ってたの。二人がクリエイターの選手になることを快く思ってないってこと。でも、それでもお金を出して、自由にさせてくれた。だから、本当に感謝しかない。ありがとう。それで、もうちょっと頑張ってみたいんだけど・・・いい?」
「もちろんじゃないか!! 確かに父さんも母さんも昔は無理やり選手になるように強いられたことで、彩花がそうなるのを少し懸念していた。でも、お前が自分の意志で決めたなら応援するのが親の務めだ。精一杯やってきなさい。ちゃんとその雄姿を見届けるからな!」
「うぅぅぅぅぅぅぅ。こんなに立派な子に育って、私は本当に嬉しいわ彩花! お金のことは任せなさい! それとお父さんと二人で応援に行くからね! あなた、休みは取れるでしょ?」
「ふ、愚問だな。我が子のために会社を休んで応援に行くなど、上司も喜んで許可してくれるさ!」
「私もそこは大丈夫ね。彩花、無茶はしないでね。でも、一生懸命頑張るのよ? 私たちは諦めちゃったけど、あなたが続けるのならそれでいいと思うわ」
「今日ほど彩花を産んでよかったと思った日はない! 今日は飲むぞー!」
「はいはい。飲みすぎないようにね」
「本当にありがとう。お父さん、お母さん、私頑張ってみるね」
中学生になり、彩花は今まで以上にクールになった。しかし、今はこの家に生まれてきてよかったと心から思い、最高の笑顔を両親に向けるのだった。
彩花はこうして、勇気を持って一歩踏み出した。
この決断が今後どのような未来に繋がるか。彼女はまだ知らない。
しかし、その一歩は彼女の人生を大きく変えるものとなる。
彼女は迷っている。昔は純粋に戦うのが好きだった。CVAとVAを使って、試合をするのは何よりも楽しかった。だが、成長するにつれて徐々に疑問を抱くようになった。
私はずっと勝ってきた。このままいけばプロになれるかもしれない。でも本当にそうなのだろか。この想いはどこに繋がっているのだろうか。幼い時に見た試合に心を動かされ、私は両親に頼んで早い段階から養成所に通い始めた。だが、何かが、決定的な何かが足りない気がする。それが分かれば、私はさらに進むことができるかもしれない。
確信はないが、彼女はそう思いながら眠りにつく。
そして、その疑問の答えを得るのは数年後の話であった。
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