第61話 不知火彩花の軌跡 2

「皆さんに報告があります。うちの養成所からは、不知火彩花さんがジュニアの大会に出ることになりました」


「「「おおおお!」」」



 講師の男性がそういうと、皆がざわめき始める。


 他の生徒に嫉妬などの感情はない。純粋に嬉しいのだ。気高く、そしてあそこまで強い彩花が出場するのだ。これはとても楽しみだ。それぞれがそう思っていた。



 彩花は中学生になってから話をするときなどは普通なのだが、いざCVAを展開すると研ぎ澄まされた雰囲気が彼女を覆う。そのため、そのギャップにも皆は魅せられていたのだ。


 だからこそ、彼女は少しモテるのだが今は恋愛に興味がないようで全員フっているのが現状である。




 そして、今日の練習が終了し、休憩を取っていると鈴音が話しかけてくる。


「彩花! やっぱり出ることにしたのね」


「えぇ。ちょうどいい機会だしね」


 スポーツドリンクを飲みながらそう答える彼女は特に何も気にしてないようだが、鈴音は彩花の大会出場がとても嬉しかったようでずっとニコニコとしている。



「え、どうしたの? そんなにニヤニヤして・・・」


「ニヤニヤじゃない! ニコニコしてたの! いやぁ、彩花がここまで来るとはねぇ・・・」


「まぁ私も正直予想してなかった。幼い頃からずっと練習してきたけど、まさか大会にまで出ることになるなんて」


「彩花は昔から強かったの?」


「私は・・・始めた当初はものすごく泣き虫だったわ。CVAもうまく使えないし、VAもまだ発現しない。みんなの見よう見まねで頑張ってたわ」


「へー、意外。最初から超天才みたいな感じと思ってた」


「私には才能なんてないと思う。だって、本当に才能のある人ならこんなに努力しなくてもいいと思うし。実際、才能なんてあるのかどうかも怪しいけどね」


「でも、御三家はみんな強いよ? あれは才能が受け継がれてる証拠じゃないの?」


「うーん。それを言われるとそうとしか言えないのよね。でも、だからと言って努力をやめるわけにはいかない。私にはそれしかないからね」


「そこまでいくと尊敬するよ。いつも遅くまで練習してるし、休みの日もきてるんでしょ?」


「まぁ、休みの日はそんなにきついものはしないけど。それなりにはやってるかも」


「うへぇ、そりゃあ強いわけだよ! 今回の大会は西園寺家の長女が出るらしいから頑張ってね!」


「西園寺家か・・・強いのかしら?」


「そりゃあ強いでしょ。才能もある上に、英才教育を受けてるだろうし。今回の大会で優勝候補になってるね。それに去年も代表になってるから、今年は本戦から出場だし」


「なるほどねぇ」




 ジュニアの大会はトーナメント方式で、ベスト4まで行くと自動的に代表になれる。あとはその4人の中で順位を決め、それを元に世界大会のドローが決められる。


 しかし、本戦に出場するには予選を勝ち抜かなければならない。一般参加の選手は膨大な数の試合をこなし、各ブロックの勝者が本戦へと勝ち抜けできる。予選もトーナメント方式だが、試合数は割と多く体力も試される大会となっている。





「そうえばさ、彩花はなんでそこまで頑張れるの? 何か目標とかあるの?」


「うーん。なんでだろ。今はもう習慣になってるから、そこまで頑張っているっていう意識はないのよね。でも、今でも思い出すのは一ノ瀬いちのせ詩織しおりの試合ね。あれを見て選手になろうと思ったの」


「あ! 私と一緒じゃん! あの人すごかったもんねぇ」


「世界大会の決勝は今でも時々見返さない?」


「みるみる! あれはもう、クリエイター史上最高の試合だったね!」


「でも今は、表舞台から姿を消してるし。どうしたんだろ?」


「色々あるんじゃないの? なんてったて、初の日本人覇者! それも初の女性! そりゃあ、あの後大変だったんじゃないの?」


「そういうものなのかしら」



 彩花はそういうと、過去を振り返る。自分がなぜ、両親にプロの選手になりたいと懇願したのか。なぜ、ここまで努力をすることができるのか。


 それは幼少期に生中継で見た、一ノ瀬詩織の試合が原点となっている。



 幼い彩花でも知っていた。ワイヤー使いは弱いと。ワイヤーなんてCVAを発現したらまず間違いなく選手にはなれない。ワイヤーで続けようとすると、必ず周りから白い目で見られる。



 無駄な努力をするな。見苦しい。いい加減諦めろ。ほとんどの人間はそう思う。


 だが、その考えは一ノ瀬詩織によって覆される。



「わぁ・・・・・・・なにあれ! すごいすごい!」



 決勝戦を見ている幼い彩花は興奮していた。一ノ瀬詩織は、ワイヤーと右手に握る剣を駆使して戦っている。



 2120年でも、ワイヤー使いは未だに蔑視される傾向にあるが、それはある種の嫉妬なのかもしれない。



 なぜなら、ワイヤー使いにはある可能性があるからだ。



 その可能性とは、世界で唯一無二の能力―――武器創造クレアツィオーネ


 ワイヤーから新たなCVAを生み出す前人未到の異能。未だにこの能力は彼女しか発現していない。


 彼女の戦闘スタイルはワイヤーともう一つ別のCVAを使う。ワイヤーはどの試合でも必ず使用するが、創造するCVAは相手に合わせて毎回変える。


 双剣、ハンマー、槍、レイピア、その他諸々。彼女は全てをトッププレイヤーと同等かそれ以上に扱う。さらにそこにワイヤーまで加わる。まさに無敵の能力。相性など関係ない。相手に合わせてCVAを創造できるのだから。



 彼女はそうやってのし上がってきた。蔑まされてきた底辺から、世界大会の決勝まで。



「パパ! あの人すごいね!」


「あぁ。あの人はすごいんだ」


「そうね」



 彩花の両親も試合に見入っていた。彼らだけではない、全世界の人々が一ノ瀬詩織に魅せられていた。


 それほどまでに鮮やかな動きと、洗練された攻撃。多種多様な攻撃パターン。



 また彼女の真骨頂は、武器創造クレアツィオーネではない。彼女はワイヤー捌きが異常なまでに巧みなのだ。相手の行動を何十手先まで読んで、ワイヤーで捉えて、最後は創造したCVAで倒す。



 見てる方はシンプルだと思うが、そこには完璧に計算された緻密な道筋がある。彼女にはそれが見えているのだ。



 彼女の強さは武器創造クレアツィオーネだというものは多い。ワイヤーなどではなく、あの能力こそが彼女の強さを支えている。


 しかし、それだけならば彼女は世界大会まで行ってはいない。



 実力者たちは気がついている。彼女の真の強さはあの創造力だと。



 創造に想像を重ねた彼女の思考は世界でもトップクラスだと。認めざるを得ない。彼女の強さは本物だと。



 そして、彼女は世界大会決勝で勝利した。優勝したのだ。


 圧巻。圧倒的勝利。


 新しい時代がやってきた。彼女こそが、真の武器創造者アームズクリエイターだと。



 皆はこの時はそう思っていた。




「すごいすごいすごい!!! あの人勝ったよ! 優勝だよ!」


「おおお。日本人でとうとう世界大会覇者が出たか」


「すごいわね。あそこまで行くともう、言葉にならないわ」



 彩花はこの時のことを今でもよく覚えている。ワイヤーと一本の剣で戦う彼女の姿はとても美しかった。容姿はもちろんのことだが、彼女の戦う姿、そして無意識に心のあり方が美しいと思った。



 私もなれるかな。私もクリエイターだ。いつかあそこに立って、あんな風に試合ができるのかな。


 彩花はそう思うと数日後に両親に選手になりたいことを告げ、今に至る。






武器創造クレアツィオーネはやっぱり、あの人だから使えたのよね。ワイヤーは相変わらず弱いCVA扱いだけど、あれが使えるかもって思うとみんなちょっと嫉妬するよね〜」


 鈴音は少しけだるそうにそう発言する。彩花はそれに対し、真面目に返答するのだった。


「彼女のおかげで少しはマシになったんじゃない? まぁ、それでもみんなはワイヤーは雑魚だって言うけどね」


「でもあれ以降、彼女はいなくなったし。彼女以外にワイヤーであそこまで強い人はいないし、仕方ないかもね」



「そうね。でもきっといつか、また出てくるんじゃない? 私はそんな気がする」


「えぇ〜。彩花は意外と夢みがちだよね〜」


「そうかもしれないわね」



 彼女はそういうと、どこか遠くに焦点を合わせる。


 あの日観た試合は今でも心に刻まれている。彼女のようになりたいと願ってここまで来た。だが、私は今も彼女のようになりたいのだろうか。よく分からない。でも、もうすぐ大会が始まる。そこで何か答えを見つけよう。



 そう考えると、彼女は荷物をまとめて家に帰るのだった。




「ただいま〜」


「あ、彩花。ちょっとこっちに来て」


「? 何、お母さん」



 母が真剣な表情で自分を呼ぶのは珍しいなと思いながら、彩花はリビングへと向かう。


「彩花、そこに座って」


「う、うん」


「彩花、もうすぐ大会だな」


「うん。もうすぐだね」


「これは父さんと母さんからのプレゼントだ。受け取ってほしい」


「え? 開けてもいい?」


「あぁ。もちろん」



 彩花は両親から渡された小さな箱を受け取ると、恐る恐る開けてみた。


 すると、そこにはシンプルだが一目で高級品とわかるネックレスが入っていた。


「こ、これは?」


「母さんと話し合って、何か身につけるものがいいって話になってね。どうか受け取ってほしい。これは彩花の新たな門出を祝ってのものだ」


「彩花。頑張るのよ。ネックレスはちょっと邪魔かもしれないけど、長さは調節できるから試合の時はしっかりと確認するのよ?」


「・・・・・・ありがとう。お父さん、お母さん」



 彩花はにっこりと微笑みながら、そのネックレスを着ける。


「おぉ。やっぱり似合ってるな」


「試合で辛い時はそれを見て私たちを思い出してね」



「うん! 私、頑張るよ!!」



 いつも以上に元気な声でそういう彼女はとても幸せそうな表情かおをしていた。





 そして、数日が経過しとうとう大会の日がやってきた。



 大会は御三家が設立した、クリエイター専用の競技場で行われる。三校祭ティルナノーグとは異なり、全試合は大理石の円状のフィールドで行われる。



 また、見に来ている観客の姿は少ないがそれなりに数は入っている。予選にもかかわらず、そこまで人がいるのは皆、新しい世代に期待しているからであった。




「さぁ、頑張りましょうか」



 そう呟くと、彩花はフィールドへと向かう。そこに向かうと、両親と養成所の仲間の姿が見えた。



「彩花ー! がんばれー!!」

「お前なら出来るぞー!!!!」



 両親が大きな声でそういうので、思わず笑みがこぼれてしまう。



「ふふ。二人とも声が大きいよ」



「試合は1分後に開始されます。選手はCVAとVAを展開してお待ち下さい」





「「―――創造クリエイト」」



 彩花と対戦相手の男が同時にそういうと、互いの手にCVAが展開される。



 彼女は両親からもらったネックレスを服の上から軽く触る。



 お父さん、お母さん。私、頑張るね。頑張って日本代表になるよ。



 そう考える彼女に迷いはない。未だに答えは出ない。だが、集中すべきは目の前の試合だ。負けれらない。絶対に本戦に出る。そして、代表になる。



 強い想いを心に刻み、彼女は予選の一回戦に臨む。



「―――試合開始」





「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」




 開始と同時に男がブロードソードを構えながら突っ込んでくる。


 ブロードソードは片手用のやや長めの剣で、刃渡は70から80センチ程度。


 軽めで刺突にも使える上、切りつけるのも容易にできる。スタンダードなCVAだからこそ使い手を選ばない万能な武器である。



 一方、彩花はレイピア。戦うには少し不利である。剣撃を交えれば、パワーで押されるのは自明。



 そのため彼女は自分の得意な、スピードで勝負をする。



「―――加速アクセラレイション



 突撃してきた男は彼女に向けて剣を振るうが、すでにそこにはいない。



 まずいと思って振り返ると、男の目の前にはレイピアが迫っていた。



「ハッ!!!!」


「っく、速いッ!!!!!」



 男はなんとか攻撃を弾くも、軽くかすってしまいダメージを負う。


 そしてそこから無理やりブロードソードを振るうも、彼女の姿はそこにはない。



「くそ! どこに行った!!!」



 彩花の戦闘スタイルはスピード重視である。女性特有の軽さと、レイピアというCVAの相性から考えてもかなり理にかなっている。




 彼女はこの戦い方を幼い時から習得している。そのためそれを止める術を持たなければ彼女に勝つことは不可能。




 感覚系か視覚系のVAを持っていれば話は別だが、相手の男は強化系VAしか持っておらず彼女に翻弄されてしまう。





 圧倒的なスピードこそが、私の持ち味。なら、それを活かさない手はない。このスピードで私は辿り着いてみせる。代表への頂へと。



 そう思いながら、彼女はCVAに氷を纏わせる。


「マジで見えねぇ! いったいどこなんだ!!!」



 相手は依然、彩花の姿が見えずに焦っていたが、彼女の方は冷静。


 そのまま圧倒的なスピードで攻撃圏内に入ると、相手の利き手である左肩に氷を纏ったレイピアの一撃を喰らわせる。



「ハァッ!!!!!」


「!! そっちか!!」


 彼女の存在を感じ取るもすでに遅い。彩花のレイピアは彼の左肩を完全に凍らせる。徐々に氷の範囲が広がっていき、左腕のほぼ全てを氷で覆い尽くす。



「私の勝ちよ」


「俺の・・・・・・負けだ」




「試合終了。勝者は不知火彩花選手です」



「彩花〜! すごいぞー!!」

「キャー!! 彩花! かっこよかったわー!!」


「ははは。まーた、大声あげてるし」


 両親のはしゃぎぶりを見て少し照れくさかったが、内心は喜んでいた。



 彼女は、難なく一回戦を突破できた。予選とは言ってもそれなりの実力者が集まる大会。それをこの早さで終わらせるのは、彼女の実力が抜きんでている証拠。




 彩花にはその自覚はないが、見ているものにはわかった。あの女性クリエイターはかなりの実力があると。


 その試合を偶然見ていた、同じ中学生くらいの女の子は興奮していた。彼女の実力を一目で見抜いた彼女の名は、西園寺さいおんじかなで


 去年の日本代表にして、御三家の一つである西園寺家の長女。


 その実力は折り紙付きである。



「まさか、予選であんなクリエイターがいるなんて・・・これはちょっと楽しみかもねー! あの子はきっと本戦にくるだろうし、私と当たらないかな〜?」



 そう言いながら、奏はその場を去っていく。




 こうして彩花の第一試合は勝利という形で幕を閉じた。






「彩花〜、すごいじゃん! 私見てたよ! いつも以上にすごかったよ!!」


 試合が終わり会場の外に出ると、鈴音が大きな声を上げて話しかけてきた。


 少し遠くには両親がおり、その様子をニコニコと見つめている。



「はいはい。どうも、ありがとう」


「もう! 相変わらず冷めてるなぁ〜。彩花のご両親はあんなに熱い人なのに」


「まぁ、それは否定しないけど」


「それにしてもすごい気合い入ってたね! 遠目から見ても、移動速度が速すぎて認識できなかったよ! さらに磨きがかかってるんじゃない?」


「あれ? そんなに速かった? いつも通りのつもりなんだけど」



「いやいやいやいや。あれがいつも通りのわけないじゃん! いつも彩花にボコボコにされてる私が言うんだから間違いないよ!」


「説得力はあるけど、なかなか悲しい認識ね」



「まぁとにかくおめでとう! それじゃあご飯食べに行こうよ! ご両親も一緒にね!」



「え、あんたいつの間に仲良くなってるのよ・・・・・・」


「ちゃんと親友ですって言っといたから!」



「そう・・・・・・鈴音は相変わらず鈴音よね」


「え? なんて?」


「なんでもないわ。さぁ、行きましょう」



 そして二人は、彩花の両親のもとに歩いていく。仲睦まじく話す二人はまるで姉妹のようである。



 こうして、彩花は日本代表に向けて幸先のいいスタートを切るのだった。



 そしてこの戦いの先には何があるのか、彼女はこれから知ることになる。クリエイターの真髄というものを。

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