第56話 真相
「歩、どうだい? 身体は大丈夫かい?」
「歩さん!!!! 俺は信じてましたよ!!! 絶対に勝てるって!」
「さすが俺のライバルだな!! 最高の試合だったぜ!」
「歩!! あんたかなり無茶したでしょ! 見てる身にもなってよね!!」
「お兄ちゃんは本当に懲りないよね。私はもう慣れたけど・・・」
「あはは、ごめんね」
歩は試合での負傷が酷かった為、ICUで2日ほど入院をしている。今日は退院の日に合わせて、いつものメンバーがお見舞いに来てくれたのだ。
そんな中、雪時はあることを疑問に思い質問を投げかける。
「そうえば、長谷川のやつはどうしてるんだ?」
「あぁ。葵は集中治療室だよ。命に別条はないみたいだけど、記憶の欠落が激しいらしくてね」
「そうなのか。でもあれだけの力を使うと、そうなるものなのかもな」
「そうだね。あれは本当にすごかったよ」
「それより! 歩のあの体術は何なの!?? なんかすごかったけど!」
彩花が会話に割り込んでくると、少し思案してからそれに答える。
「あれは、俺のオリジナルの
「と言いますと? 歩さんのあの技は長谷川とどう相性が良かったんですか?」
「氷属性は氷が固体として存在しているからね。これが他の属性だったら体術ではいかなかったよ。氷だからこそ、あそこまで対処できたんだ。そこは相性の良さで勝てたも同然だね」
「何を言いますか! あれは相性なんてレベルじゃないですよ! 圧倒的でしたよ! 本当にいいものを見せてもらいました!」
「アハハハハ。ありがとう・・・」
そう言うと、翔はしばらく歩を褒めちぎるのだった。
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それから、歩は退院しすぐに紗季のラボに向かう。
今は歩と紗季と椿の3人で、ラボにいる。というのも、これからの事を話し合うためである。
「それで、どうだったんだい? 何かわかったのかい?」
「紗季。これは思ったよりも大変なことになってるよ。葵はやっぱり精神干渉を受けてたみたいだ」
「お兄ちゃんはあれで読み取ったの?」
「あぁ。
「全部わかったの?」
「葵はCVAを限界まで使用してたからね。砕け散った破片からでもなんとか読み取れたよ」
「ちなみに、僕の方で調べたけど長谷川葵には殺人をした形跡はないね。今の時代だ。クリエイターだろうが、オーディナリーだろうが、殺人なんてすれば容易に分かる。でも彼女はそう、錯覚していた。というよりは、させられていた、だね」
歩が試合終了後に葵のCVAに触れていたのは彼女の情報を読み取るためである。
ちなみに、このVAを持っているからこそ公開されていない多くの
CVAの中にある情報はかなり膨大である。使用者すら知りえない、根幹的な部分まで存在する。それを全て読み取るとなると莫大な時間がかかる上、疲労感が尋常ではない。また相手の情報を読み取るため、彼はその情報を追体験することになる。それは痛みなどももちろん含まれる。だが、歩は今回それを使用した。
彼女がCVAを壊れるまで使用してくれたおかげで通常よりは容易に全ての情報を集めることができたが、それにより得たものは予想以上のものだった。
「
「やっぱりそれは、
「間違いない。幸か不幸か、長谷川小夜が葵に干渉していたおかげか、彼女の情報もかなりわかったよ」
「その人は何を使っていたの?」
「精神干渉系VA―――
「なるほど、
「お兄ちゃん。それはどんなVAなの?」
「簡単に言うと、相手に幻覚を見せるVAだよ。相手への干渉時間が長ければ長いほど、より現実的な幻覚を見せる事が出来るのが特徴。幻覚だけで、相手を殺す事も可能だろうね。これは結構、発動条件が厳しいVAなんだけど、今回は昔から仲が良かった親戚というのが仇になったね。かなり葵の深層心理まで操作してたみたいだ」
「狙いはやっぱり・・・?」
「うん、紗季が思っている通り俺だね。間違いなく彼女の脳には七条歩を求めるように刷り込まれていたよ。それが恋愛に転じたのは誤算だったみたいだけど」
「っち。そこは操作されてないのか・・・ これは今後が大変そうかも」
椿がブツブツとつぶやき始める中、歩と紗季は会話を続ける。
「長谷川小夜は
「そうだね。葵はもともと数年後には氷系の
「そこは君の責任じゃないさ。あれはどうしようもなかった。というよりも、あれに勝てるのは君しかいなかったよ」
「・・・・・・そうだね。まぁ最悪の事態は回避できて良かったよ。それでこれからどうする? 警察に届ける?」
「歩はもう決めてるんだろ? 僕も力を貸すよ」
「私も!! 今回は今日のためにバッチリ調整してきたから
「ははは。やっぱり二人とも頼りになるなぁ」
それから3人はしばらく話し込み、これからどうするのか綿密に計画を立てるのだった。
辿り着いた真相。それ自体は良かったのかもしれない。だが、
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「くそッ!! くそッ!! くそッ!! くそッ!! くそッ!! くそッ!!くそッ!! くそッ!! くそッ!! どうして!!? どうしてなのよ!!! 葵は完璧に制御できていたのに!!!! あの七条歩がここまでやるなんて!!!」
小夜は自分のラボで試合を少し特殊な手段を用いて違法に視聴していたのだが、葵の敗北をリアルタイムで見てしまった。
錯乱することで部屋の中は大荒れ。様々な器具が地面に転がっており、彼女がどれだけ動揺しているのかが容易に分かる。
ありえない。あの男の強さはなんだ? しかし、なぜ上が彼を必要に求めるのか少し理解できた。あのクリエイターは何かが違う。何かが決定的に違う。でもそれが分かったところでどうしようもない。小夜はそう思うと何やら準備をし始める。
「もう、あれしかないわ」
ブツブツと死んだ目をしながら話す彼女は、あるものを取り出すとそのまま外に出ていくのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(夢。夢を見ていた気がする。歩と出会ったのも、夢だったのかしら? でも私はまだ生きてるの? あの時確かに、意識が、存在が消えていく感覚があった。でもまだこうして思考しているってことは、まだ私は生きてるの・・・? もしかしたらここは死後の世界・・・? あぁ、でももう一度歩と話したいなぁ・・・ また二人で、カフェで雑談がしたい。初めてできた友達。きっと、次は心から笑い合える。そんな、そんな気がする・・・)
「長谷川さん! 意識戻りました! バイタルも安定してきています!!」
「え・・・?」
葵が目を覚ますと、目の前には何人かの人と医療器具が並んでいた。それを見て理解した。
私は戻ってきてしまったのだと。本当は死にたくなどない。でも、これからどうやって生きればいいのだろう。その複雑な想いから、彼女は涙がこぼれ落ちる。
「私は・・・ 私は生きてるんで・・・ すか? た、助かるん・・・ で、です・・・ か?」
途切れ途切れになりながらもそういうと、そばにいた女性がそれに答える。
「大丈夫よ。長谷川葵さん。あなたは助かるわ。ちゃんと元どおりに生活を送れるようになるわよ」
「そう・・・ で、すか・・・」
それから葵は再び意識が途切れる。そして、夢の世界に入り込む。
(あぁ。どうやら私は生きながらえてしまったみたいだ。どうしよう。どうしよう。でもどうしようもない。居場所なんてないのかもしれない。歩は、あれからどうなったのだろう。あれほどの大技を繰り出した後は、血だらけだった。身体の骨という骨が砕けていてもおかしくはない。だって、それほどにあの技は異常だったから。彼は元気だろうか。でも私が生きているんだ。歩はもう、退院してるかもしれない。・・・・・・・。私は、結局何をしていたんだろう。何か、何かに介入されていた気もするけどもう思い出せない。あぁ・・・。元の生活に戻れるのなら、また研究しようかなぁ。正直、まだやりたいことたくさんあるんだよね。でも今はちょっと疲れたから休もうかな・・・)
彼女はこれからどうするのか。それは彼女自身が、誰にも邪魔されず自らの意志で決めることである。
それを知った彼女はこれから、どのような道を歩むかは誰も知る由はなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「歩、すでにここはもぬけの殻のようだよ」
「そうみたいだね。それよりも、この部屋は・・・ かなりひどいな」
「うへぇ・・・・・・ なんか、薬品が溢れてるよぉ・・・・ 気持ち悪〜い」
3人はあれからすぐに、小夜のラボに来たのだがすでに誰もいなかった。そこにあったのは荒れに荒れた部屋だけ。
「どうする? 少し見ていくかい?」
「いや、ここは相手を追うよ。きっと、向かう場所は見当がついてる」
「よし。ならそうしようか」
「はーい!!!!」
椿は元気な声でそういうと、部屋から出ていく二人の後を追っていく。
「っく、
「俺がなんだって?」
「!!!!?!???」
小夜は昼間にも関わらず、狭い路地裏を歩いていた。彼女は後ろめたいあることがあるからこそ、人目のつかない道を無意識に選んでしまったようである。
だが、そのおかげで歩たちは彼女を容易に発見できた。
そして、彼の後ろから紗季と椿も出てくる。もちろん、全員CVAを展開している。
「
「おー、怖い怖い。そんな殺意を込めた目で見つめないでくれよ? 思わずこっちも手が出ちゃいそうになるだろ?」
「いやーん! お兄ちゃんこわーい!」
そう言って歩に抱きつく椿だが、彼は構わず話しを続ける。
「
「アハハハハハハハハハハハ!!!! よくそこまで分かったねぇ!!!!!! さては、あなた葵からその情報を読み取ったでしょ!!!???!? 本当に規格外だわ!!! 七条歩!!!! あなたの脳がどうなっているのか見てみたいものねぇ!!!!!!! アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」
明らかに自暴自棄になっている。3人はその様子を淡々と見つめる。
「アハハハハハハハ!!!! そんな冷たい目をしてさぁ!!! あんた達3人もどうやら普通じゃないみたいねぇ!!!! でも私はまだやることがあるの。ここで捕まるわけにはいかないわ!!!!!!
精神干渉系VA―――
だが、それが発動されることはなかった。
紗季は右手に持っている短刀を、彼女に向けるとこうつぶやいた。
「――――
暗闇が、どこまでも漆黒の闇がこの場を支配する。しかし、それは現実的なものではない。精神干渉系VAは創造したイメージを、相手に送り込むのだ。
紗季の創造したイメージは
そして次の瞬間、小夜は絶叫する。
「あああああああああああぁぁぁぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああぁぁぁぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああぁぁぁぁアア!!!!!!!!!!!!!!!」
精神干渉系VAでも最も、凶悪で
そして、この能力はもちろん危険もある。それはそのイメージが自分に跳ね返ってくることもあるのだ。そのため紗季は普段使用を控えているが、今回は事情もありそれを使用する。
今回、創造したイメージはただの死ではない。あらゆる拷問により生じる死。串刺し、磔、火あぶり、アイアンメイデン、ギロチン、引き伸ばし、審問椅子、そのすべてのイメージが彼女を襲う。どこまで痛みが伴う死。精神が狂ってもおかしくはない程の死のイメージ。
紗季は憤っていた。というもの、彼女は葵のことを評価していたからである。同年代であれほど研究できるものは中々いない。しかし、突然彼女は研究の世界から姿を消してしまった。それが彼女の意志ならば仕方がない。
だが、それが人に無理やりそうさせられたのだとしたら、それは納得がいかない。その上、彼女をあそこまで精神汚染するなどもってのほか。
そう考えながら放ったイメージは確実に小夜の精神を磨耗させていく。
そして、3人は相変わらず淡々とその様子を見つめる。
数分後、小夜にやっと意識が戻ってくる。
「はぁ・・・・・・ はぁ・・・・・・・ はぁ・・・・・・・」
びっしょりと汗をかいた彼女は、震えていた。一体、何を見て感じてきたのだろうか。それは彼女しか知らない。
「おや、思ったより正常だね。というよりもこれは・・・?」
紗季がそう呟くと、目の前で何か別の現象が生じる。
こうして、長谷川小夜との本格的な戦闘が始まるのだった。
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