第54話 七条歩 VS 長谷川葵 3
「あはははははッッはははははああははははっはははははっはははっは!!!! いくら縫合しても無駄だよ!! 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度でも破裂してあげるね。ぐちゃぐちゃにしてあげるよぉ。アハハッハハッハハッハアアアアアアハハハハはっはは」
「
歩はそう呟くと、両手から大量のワイヤーを生成する。そしてあろうことかそれを全て体内に取り込んでいく。全てのワイヤーが体内に入り込んだ瞬間、彼は高速で移動し始める。
何が何だかわからない葵は動揺してしまう。ワイヤーを体内に取り込むなど、意味がわからない。どういう意図でそうしたのか理解不能。そう考えている間に確実に歩は距離を詰めていた。
もちろん、その姿は葵には見えていない。圧倒的な物理的スピード。
そして、その姿は遠目から見ている観客ですら視認できなかった。
歩は、葵の背後に回ると渾身の蹴りを食らわせる。ガラ空きの脇腹に食い込む脚は確実に彼女の骨を折るのではなく、砕いていく。バキバキバキと音を立てながら脚が食い込み、その勢いのまま彼女は吹っ飛んでいく。
「あああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!」
あまりの痛みの悶絶しながら、氷の上を受け身を取ることもできずに転がっていく。
「ほら、まだまだ行くよ」
転がっていく先には、すでに歩が待ち構えていた。
ありえない。あの状態から自分の先に回り込むなど不可能。可能とできるのはあのVAしかない。
彼女はそう思いながら、氷の障壁を3重に展開し、防御態勢に入る。
「
「ハッ!!!!!!」
そう声に出すと、その防御壁を拳ひとつで全て砕いていく。
ありえない。並のCVAでは傷をつけることもできない氷の障壁を素手で砕くなど。
砕け散る氷が彼女の後ろに通り過ぎていく。あまりにも幻想的な光景。しかし、それに見惚れる余裕などなく、目の前にはすでに歩が迫っていた。
「負けらないのよッ!!!!!!!!!!! 私はッ!!!!!!!!!」
そこから手掌で氷を操り、大量の氷の触手を歩に向ける。その数はざっと見ても100は優に超えている。
氷が潰れる音とともに、衝撃で霧が発生し歩の姿が見えなくなる。
「これなら少しは効いたでしょ・・・・・・ はぁ・・・はぁ・・・」
座り込みながらそう言う彼女は、すでに息切れしていた。
これで終わったのだ。やっと、やっと終わった。
だが、これは終わりではなく始まりだった。七条歩がこの試合を完全に支配する始まり。もう彼は止まらない。どこまでも彼女を追い詰めていく。
しかし、今の葵はそんなことを知らずに勝利の余韻に浸っていた。
「歩は、歩は私のもの!!!!!!! あははははっははははははあっはははアハハハハハハハ!!!!!!!!!!!」
「これはどういうことでしょうか!!!!? 七条選手はやられてしまったのか!??????」
「よく見ろ、そろそろ霧が晴れるぞ」
「な、なななななななんと!!!!?!?!? 彼は無傷のようです!!!! 氷が彼の周囲に飛び散っていますが、それだけです!! あれだけの攻撃を一体どうやって防いだんだぁ!!!!??!?!?」
実況がそういうと、彼の姿が徐々に明らかになる。その姿は先ほどと変わらない。唯一変化があるとすれば、両手両足に氷を砕いた際の跡が残っているだけだ。
ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。どうすれば、こんなことが可能なのか理解できない。
葵は試合中にもかかわらず、思わず尋ねてしまう。彼がどうやってあの攻撃を防いだのかを。
「どうやって、どうやって防いだの・・・? あなたのCVAじゃ防げるはずはないわ・・・」
歩は肩の氷を払いながら、律儀にもその質問に答える。
「砕いたよ。全部、砕いたんだ。体術だけで全てを粉砕したんだよ。それだけのことだよ、葵」
まっすぐ自分を見つめる歩に、恐怖する。これはなんだ。体術だけで砕いた? ありない。ありえない。なんがどうなっているんだ。脳が理解できない現象が目の前で起きている。意味がわからない。
しかし、状況は進んでいく。歩はゆっくりと葵に向かって歩いてくる。
その姿に彼女は恐怖するも、まだ心は負けていなかった。
「
葵は両手を交差させると、フィールド上に何千もの氷の剣を生成する。以前、歩が戦った相手よりも数倍、数が多い。彼女のパフォーマンスはここに来てさらに上昇していた。
そして、すべての剣が空中に舞い、ピンポイントで歩を狙う。今回はほぼ全てを手掌で操作しているため威力も精度も段違い。
しかし、もはやそんな技は通じなかった。
「
彼はギアをさらに上げる。そして、飛んでくる氷の剣を真正面から叩き割る。もちろん己の拳のみで。
次々と飛んでくるものを、体術だけで砕いていく。何百、何千、何万と来ようが彼の前には全て無駄である。
目に映るのは、全ての氷の剣がどこにどのような角度でくるのかという情報。そして、どこを叩けば容易に砕けるのかという事を視界の情報を通じて、脳が弾き出す。そこから身体がほぼ自動でイメージした通りの動きを実現する。
砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。どこまでも、砕く。
ワイヤー使いということを忘れてしまうほど、圧倒的な体術。それはまるで演舞のようだった。何か一定の法則があるような、礼節を重んじているような綺麗な舞。すでに観客たちは呑まれていた。彼の織り成す技の全てに。
そして、粉砕され氷が後方に雪のように溜まっていく。
「これなら効くでしょッ!!!!!!!!!」
それを利用して、
だが、歩の姿はすでにそこにはなかった。
いくらピンポイントで爆破できるとはいえ、目に見えなければ何の意味もない。歩は圧倒的な物理スピードで
そして、彼は葵の後ろに姿を現わすと、そのまま話しかける。
「葵、もう終わりだよ。こうなった俺を止める
「まだよ。まだ私は負けていない。ただ攻撃を防いでるだけじゃない・・・ そんなのでいい気になるなんて、歩もまだまだね」
「そうか。じゃあ、ちょっと本気で行くよ」
「え・・・?」
まだここからさらに上の段階があるのか。そう思い、間抜けな声が出てしまう。
「フッ!!!!!!!!!!!!!!」
瞬間、彼はたった一歩で彼女との距離を詰める。もちろん、葵はそれを追いきれないが、そこは
現在は、
なぜなら自分が意識せずとも勝手に相手の攻撃をガードしてくれるからだ。
「四聖――――――
歩はとうとう最終段階までギアを上げた。
彼が使用している技の名は、
この技は普通ならば脳の情報伝達が早すぎて身体がついていかないのだが、彼はさらに
現在は、
そして、
VAを使用せずとも、脳が認識する前に勝手に全ての情報を処理し、最善かつ最適な体術を教えてくる。あとはそれに合わせて身体を動かせばいいだけ。単純でどこまでもシンプル。だが、その強さは圧倒的。
もはや、
今までは七条歩はとてつもない技巧派なクリエイターだと思われてた。だが、今の彼は完全に物理的なパワーとスピードのみで相手を圧倒している。どこまでも力押し。
葵は歩の繰り出す体術をなんとか防ぐも、徐々に、そして確実に詰められていた。
「何なのよ、これはッ!!!!!!!!!!!!!!」
彼女は気がついていた。あの圧倒的なスピードも、この圧倒的なパワーもVAではないと。これは何か別のものだと。しかし、気がついたところでどうしようもない。
そして、彼の拳が彼女の左手にある氷の鎌を打ち砕く。
「ほら、もう後がないよ」
ボソッとそういうと、さらに葵に詰め寄っていく。全ての四肢から繰り出される攻撃はもうすぐそこまで来ていた。
「私は負けられないのよおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
叫びながら今まで最大の量の、氷の触手と剣を生成する。その数はすでに万を超えていた。そして、葵はそれを彼に向けて射出する。
歩はひとまず葵への攻撃をやめ、全ての氷の迎撃体制に入る。
「四聖――――――
彼の髪の一部が微かに白くなり始める。どこまでも純白に。色素という、色素が髪から抜け落ちていく。
そして、彼の姿が消える。
それと同時にフィールド上の氷が次々と粉々に砕かれていく。依然、姿は見えない。だが氷だけが砕かれていく。
空中の氷の剣が破壊されたと思ったら、次はフィールドにある氷の触手が砕け散る。普通ならばありえない。だが、七条歩はそれを己が身一つで実行している。
観客も、そして葵もすでに理解を放棄していた。目の前に映るのは、空想的なもはや科学が届かない領域。そう、これはファンタジーの世界なんだと思うほど現実から乖離した光景がそこに写っていた。
そして、歩は最後の大技を繰り出す。
「――――――
四聖、仏界の時のみ繰り出せる
それを氷のフィールドに叩き込む。
彼の拳が氷に触れると、異常なまでの轟音が室内に響き渡るとともに、氷が全て砕け散る。それに伴い風圧がさらに氷を吹き飛ばしていく。
もう氷はどこにも存在しない。あるのは雪のように細かい粒子のみ。
勝敗は決した。
もちろん、ここから葵は
こんな化け物に勝てるわけがない。彼の努力はここまでなのか。一体、何をどうすればここまで強くなれるのだろう。
ペタンと座りこむ彼女は憑き物が落ちたように、呆然としていた。
今まで自分は何をしていたのだろうか。何のために戦っていたのだろうか。あぁ、そうだ自分は欲しかっただけなのだ。誰かに優しく褒められたい、誰かに認められたい。その想いを歩にぶつけていただけなのだと。
心がバラバラと砕けていく音がする。しかし、それは精神が崩壊してのではない。彼女は解放されたのだ。本当の自分の想い、そして七条歩の真価を知った。
それと同時にCVAも砕け散る。CVAは砕けることは稀にあるのだが、彼女の場合は精神的なつながりが切れたのだ。今まで誰かに駆り立てられるように行動していた。しかし、もう今は違う。今は、もう全てを知った。
歩は全身から血を流しながら、ゆっくりと歩いて近づいてくる。彼の身体も
しかし、血まみれになろうとも、彼のその目は以前のように、そう友人として二人で仲良く話していた時そのもの。
それを見た彼女の目からは涙がこぼれ落ちる。
「歩ぅ・・・・・・・ 私、どこで間違えちゃったんだろうね・・・ 私はあなたが欲しかったわけじゃないの・・・」
「うん」
「私は、私は友達が、仲良く些細なことを話せる、そんな関係を求めていたの。認められなくてもいい。褒められなくてもいい。本当は、ただ純粋に心から笑っていたかったの・・・」
「うん」
「ごめんね・・・ 今まで迷惑かけて・・・・・・ 本当にごめんなさい。私どうかしてたわ。まるで誰かに迫られているようにあなたを求めて・・・ もう、私は・・・ これからどうしたらいいのかしら・・・・・・」
表情は何か貼り付けたかのように、無表情。だが、彼女の目からは涙が止まらない。どこまでも流れてくる涙は、久しぶりに彼女が心から流したものだった。
我慢してきた、そして苦しんできた時を洗い流すかのようにとめどなく溢れる涙。
彼女はやっと、長年の呪縛から解放された。だが、未来はないかもしれない。自分の本心に気がついてもどうしようもない。その感情も相まって、彼女はさらに涙を流す。
「葵、俺と今度こそ友達になろう。また二人でカフェに行ったり、料理を作ったりして色々と話そう。VAについて話してる君はやっぱり、どこか楽しそうだったよ。研究も続けなよ。俺は葵とこれからもっと話したいんだ。俺は、友達を見捨てたりしない。今の君はもう誰かに依存したがっている君じゃない。これからは、一人の人間として、長谷川葵として生きることができるよ。それと、以前葵言ったよね。助けてくれるの? って」
「うん、言ったけど・・・ あの時は・・・」
「葵。俺は君を助けるよ。ただのお節介かもしれない。迷惑かもしれない。でも、友達が困っているいるのに助けないわけないだろ? だからもう、今は休みなよ。また会おう。その時は二人でまた色々と雑談でもしようよ」
「そう・・・ ね。ありがとう、歩。じゃあ、私はもう疲れたから先に休ませてもらうわね」
「うん、じゃあまたね」
「うん、また会いましょう?」
にっこりと微笑む彼女は、人生の中で初めて心から笑うのだった。どこまでも魅力的な、そして人間味が溢れた感情的な表情。以前のような仮面ではない。心からさらけ出した想い。
そして、葵はそのまま地面に倒れこむ。顔から地面に叩きつけられそうになるが、歩は血だらけの身体でなんとか彼女を支える。
「あとは任せてくれ、葵。全ての元凶は俺が打ち砕くよ。君の友達の七条歩がね」
彼は右手で彼女を支えながら。左手では砕け散った彼女のCVAを触っていた。まるで何か探っているかのように。
「長谷川葵選手、戦闘不能。勝者は七条歩選手となります」
そのアナウンスが流れると、会場は爆音に包まれる。今までの中で最も苛烈を極めた試合。しかし、それは観客にとって最高に心躍るものだった。
そして全員が言葉を投げかける。
「七条〜! すごかったぞー!!! このまま代表になれよ!!!」
「長谷川さんもすごかったわ!!!!」
「二人とも最高だー!!!!」
そして、スタンディングオベーションまでも起きる。全員が立ち上がり拍手をし始める。
「なななななななななな、なんと!!!!!!!!!!!!! これはここ数年でも屈指の、いや最高の試合でしたね!!!! どうですか先生は!!? 私は実況することも忘れて見入っちゃいましたよ!!!」
「これは確かにすごいことになったな。七条があそこまでの力技を持っているとは。これは本戦が楽しみだな」
「はいそれでは、今回の試合はここまでです!! みなさん、お気をつけてお帰りください!!!」
こうして、七条歩と長谷川葵の熾烈を極めた戦いは終わった。
しかし、歩の戦いはまだ残っている。彼女を本当の意味で救うにはやることがある。そう心に誓うと、彼は進んでいく。
世界の変化に、騒乱の日々に巻き込まれるとも知らずに、彼は進む。
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