第53話 七条歩 VS 長谷川葵 2

「ああああああああああアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 絶叫が響き渡る。明らかに異常な様子。


 これには実況も思わず、心配になってしまう。


「こ、これは大丈夫なのでしょうか・・・? 明らかに長谷川選手の様子がおかしいようですが」


「この現象は・・・」


 しかし、試合が止まることはない。戦闘不能か、どちらかが負けを認めるかまで続く。そのルールが今回は枷となってしまう。



「あああ・・・・? ・・・・・・」



 とうとう、彼女の全身が氷に覆われ声も聞こえなくなってしまう。


 CVAに飲み込まれた彼女がどうなるのか。観客たちは固唾を飲んで見守る。



 そんな中、歩は今まで出血した箇所を全てワイヤーで縫合していた。彼は葵と違って、痛覚遮断アノルジィージアは持っていない。


 だが、ワイヤーで出血を止めることでそれなりに回復を早めることはできるのだ。



(なるほど・・・ この現象は正直初めて見るけど・・・ 見た限り、CVAの暴走と見て間違いない。彼女の脳が、CVAがどうなってるのかは見当がつくが。これはここからが本番かな?)


負けられない。この試合は負けられないと言うプレッシャーがこれまで歩の思考をわずかだが鈍らせていた。しかし今は違う。


 彼はこんなにも強い相手と戦うのは久しぶりで、かなり興奮していた。


 自分の力を出し切れる相手はそうそういない。それは客観的な事実である。


 だからこそ、このような異常な状況でもニコニコと笑っているのだった。



「さてと、頑張りますかね」


 縫合も全て完了し、戦闘の準備は万全。それと時を同じくして、葵を包んでいた氷が砕け散る。


 砕け散った氷が上空に舞い、まるで雪でも降っているかのような幻想的な風景を背景にして、葵はたたずんでいた。


 右手にはいつも通りの大鎌のCVA。そして、左手には氷で創られた少し小さめの鎌が握られていた。さらに、その手は氷と一体化しているようで手首まで氷に侵食されていた。



「こ、これは・・・? ど、どういうことなの・・・?」


 意識が戻り、自分の姿に戸惑いを見せる。しかし、徐々にその意識は今までのように歩を倒すのだという強い意志に変化してく。



「そうだ・・・ 倒さなくちゃ、歩を。私は手に入れるんだ、彼を・・・」



 下を向きながらブツブツというその姿は、相手に恐怖感を与えるには十分だった。だが、彼はそれを見ても慄かない。相変わらず、彼女のことを純粋な目で見つめる。



 彼の目には葵が映っているが、実際には無意識的にどこか遠くを見ていた。そう、それは三校祭ティルナノーグの頂。彼女は、歩にとってそこにたどり着くための、通過点に過ぎない。


「渡さない。歩は・・・ 私のものよ・・・」



 葵はそれを理解していた。今までの戦闘で理解してしまった。彼は自分なんかを見ていないと。自分はただの試合の相手なんだと痛感してしまった。


 そのことで彼女の想いはさらに大きくなる。欲しいものは絶対手に入れるという気持ちが彼女の心をさらに駆り立てる。




「あーっと!!!! 長谷川選手、奇声を発して氷の中に包まれたと思いきや、なんと新しい鎌を左手に有しています!!! 一連の行動は何かの技だったのかぁ!!!!?!???」


「これは・・・ おそらく違うと思うが。まぁ、なんとかなるだろ」



 解説の茜は実際に何が起きているのか理解していた。しかし、それをここでいうことはできない。今の状況は異常なのだが、彼女は歩が何とかしてくれると信頼しているのだ。




「さぁ、いくよ。今度こそ刈り取ってやるッ!!!!!」



 先ほどのまでの恐怖心はもうない。今あるのは歩を倒すことのみ。精神が安定することで、CVAの性能も先ほどよりもかなり向上しているのは自明。


 そして、彼女は駆ける。自分で作り出した、壮大な氷のフィールドを一心不乱に進んで行く。



 それに伴い、徐々に彼女の体が赤黒い何かに巻きつかれるように侵食されていく。


 強化系VA、その中でも特殊派生型、鬼化オーガ


 今までならば、そのVAは使用できなかった。なぜならばキャパが足りないからだ。クリエイターにはそれぞれ能力を使える限界値であるキャパシティが存在する。もちろん、キャパを増やすことは可能だがそれは長年の訓練でしか獲得できない。



 だが、彼女は突然キャパが増えたのだ。そのことに全く疑問を覚えず、彼女は歩に向けて進んで行く。彼を求めて、進んで行く。




「はああああああああああああああああッッ!!!!!!!」



 まずは左手の鎌で、氷刃を連続で放つ。その数は10。普通ならば、それを避けるのは至難の技。



 だが、歩はそれを緋色の目でとらえると、最小限の体捌きだけで全てを躱す。必中であるはずの攻撃が避けられたことに驚きはあるが、彼女は本命の大鎌で歩を狙う。



 しかし、それも空振り。今までの中で最高のパフォーマンスを発揮しているはずなのに避けられてしまう。


 もちろん、歩がその隙を逃すことはない。


「隙だらけだよ」


 彼は左手のワイヤーの出力を最大限にまで上げて、彼女の四肢をワイヤーで貫く。さらにそこから彼女を手前に寄せて、鳩尾に渾身の一撃を加える。



 一時的に怪力ヘラクレスを使用することで、通常の倍以上の重みと速さのある拳を放つと、彼女の内臓を的確に抉りながらその拳を振り抜く。


「カハッ!!!!!!!!」


 口から血を撒き散らしながら、彼女は場外まで吹き飛んでいく。ものすごい音とともに、氷が砕け散り彼女の姿が見えなくなる。



「今まで劣勢だった七条選手がここに来て反撃です!!! しかも、以前は受けていた攻撃を難なくかわしてカウンターを決めました!!!」



「ほう、こいつはすごいな。あいつの学習能力はやはり一級品だな」


「と、言いますと?」


「あいつはすでに長谷川のあらゆる攻撃パターンを学習したのだろう。いくら速く強くなろうが、その攻撃は今までの延長線上にある。だからこそ、予測はしやすい。長谷川は明らかに最高のパフォーマンスをしているが、これはどうなるかわからんぞ」


「なんと!!!! 確実に敗北すると思われていた七条選手がここに来て真価を発揮します!!! 彼の精神力はどうなっているんだぁ!!!????」



 実況と解説によって、会場はさらに盛り上がっていく。



 これはもしかしたら、あのワイヤー使いが勝つんじゃないか。あの属性具現化エレメントリアライズを、あの一年が攻略してしまうのではないか。


 皆はそう思い始めていた。そう、彼に魅せられているのだ。


 あれだけボロボロになっても諦めない心。それに加えてあの技術。皆はあれが才能の塊、つまりはただの天才だとは決して思わない。


 彼の行動の一つ一つが修練の賜物だと理解しているのだ。何万、何十万、何百万、何千万という反復練習。彼の動きにはそれだけの鍛錬を積んできただけの実力がある。


 努力の天才と言えばそれまでだが、彼の場合は天才という領域ではない。もはや人の心のあり方を超えた領域に達している。


 その時、皆は思っていた。この男はあの、全国でも屈指のクリエイターである狂姫きょうき―――――倉内くらうちかえですら凌駕しているのではないかと。



 もちろん、そのことには彼女も気がついている。そしてそれを理解しているからこそ、笑いが止まらない。



「あはははははは!!!!! 見て、薫!!! やっぱり彼は本物よ!!! 私の目に狂いはなかったわ!!! アハハハハ!!」



 歓喜。そして悦び。彼女は欲していたのだ、自分の好敵手となりうる存在を。去年の三校祭ティルナノーグでは決勝戦しか楽しめなかった。それはつまり、楓に匹敵する相手は高校ではもはや、ほぼいないということだ。



 だからこそ、笑わずにはいられない。彼は自分と同じ領域にいる。同じ人種の人間だ。どこまでも力を求め、普通の人にはたどり着けない領域に足を踏み込んでいる。分かってしまう。同種だからこそ理解できてしまう。


 彼の行動のすべてから、尋常ではない鍛錬を感じることができる。普通の人間ならばそこまですれば心が壊れてしまう。だが、人は適応する生き物。脳も身体も負荷をかければ、かけるほど成長し、そして最後には適応する。


 彼女は才能なんてものは信じていない。あるのは努力により後天的に獲得するものだけ。それを知っているのだ、経験として、そして知識として。


 楓は今から彼との試合が楽しみなようで、さらに声が大きくなっていく。



「ググフウッッフッフフふっっふ。これは最高だわ!!! あぁ、試合が待ち遠しい・・・」


「ちょっと会長静かにしてください。うるさいですよ。あと、キモいです」


「薫はあれを見てどうも思わないの!? 最高でしょ!!?」


「まぁ、彼はすごいというかやばいですね。あれは会長と同種のタイプ。全国にも、世界にもごく少数しかいないタイプのクリエイターなのは間違いないみたいですね」


「そうでしょ!!? あぁ、本当食べちゃいたい・・・ うふふふ」



 上品にそう微笑む楓だが、目は完全に獲物を狩る獣そのものだった。





「ちょっと紗季!!!! あれはどういう事なのよ!!? なんか訳わからないわよ!!!!!」


「あれはどうなってるんだ? この試合どうも異常な気がするぜ」


「ふん。だから言っただろ。歩さんなら大丈夫だと」


「うーん。そうだね。ここまで来たなら話してもいいかな」



 顎に手を当てながら、そういうと紗季は返答を返す。


「まずは歩の話だけど。彼は最初はわざと攻撃を受けていたんだ。まぁ致命傷は避けてたけどね」


「「「え!!!??」」」



 歩の事を信じていた翔ですら困惑してしまう。それも無理はない。相手の攻撃を致命傷だけ避けながら受け続けるなど頭がおかしいとしか思えないからだ。



「これは相手の精神を揺さぶるためだね。歩は攻撃を受けながらも相手にプレッシャーを与えていたのさ。まぁ今回は事情が事情だからそうしてるだけだよ。僕も反対したんだけど、彼女を精神的に追い詰めるにはこれしかないと言ってね。それに相手のデータも取れるし一石二鳥とかほざいてたよ。あははは」



「あははは、じゃないわよ!! 何よそれ!!? じゃあ、あの腕が切断しかけたのもわざとだったの!!?」


「あ、歩さんまじはんぱないっす・・・」


「こいつはすごい試合だな・・・」


 雪時と翔は冷静だったが、彩花は未だに落ち着かないようで強い口調で再び紗季に尋ねる。



「あれは予想外だったね。僕もさすがにキモを冷やしたよ。といっても、彼の場合、切断されてもすぐに神経レベルで元通りに縫合できるから問題はないんだけどね」


「はぁ・・・ もう呆れたわ・・・ そんな神経レベルで縫合もすごいけど、もうなんていうか言葉が出ないわね」



「でも、歩のことは問題じゃないんだよ。あいつは昔から無茶するからね。僕も止めるんだが、どうにも言うこと聞かないのは知ってるし。それより、あの長谷川はせがわあおいはやはり精神干渉を受けてるみたいだね」


「「「精神干渉?」」」


「君たちも気がついてるだろうけど、今の彼女は異常だ。歩の強さが目立ってて隠れてるけど、あれは間違いない。精神干渉系VAで何かされているね」


「どうして分かるのよ?」


 彩花が真面目な顔つきでそういうが、紗季はさらっとその質問に答える。


「それは僕も持っているからさ。精神干渉系VAをね」


「え!!? あれって未だにほとんどのクリエイターが持ってないんでしょ? レア度も全部EXだし・・・」


「まぁ、何の偶然かは知らないけど発現しちゃってね。おっとこれは他言無用で頼むよ? 君たちだから信頼して話したんだ」


「その、長谷川が受けているのはお前が持っているのと同じVAなのか?」


「水野君の指摘はもっともだけど、僕のとは違うね。僕のああいうタイプじゃないんだ。でも、彼女の行動、それにあのCVAの暴走を見て間違いない。これは予想以上に大変なことだ。歩があれを成功してくれればいいけど」



 後半は自分に聞こえる程度の声でそういうが、3人ともしっかりとその声は聞こえていた。



 これから試合はどうなるのか。皆、神妙な面持ちで再び試合を見つめるのだった。






「長谷川選手立ち上がります!!! かなりのダメージを負っているようですが、まだ戦闘は続けるようです!!!!」



 実況が言う通り、彼女はかなりのダメージを負っていた。口からは大量の血液が流れ、身体も氷の破片でかなり傷ついていた。



 先程とは全く逆の状況。しかし、葵も折れない。歩を手に入れるという執念のみが彼女を支えていた。



「あははははははは!!!!!!!! 痛い、痛いよ!!!!! 歩ぅ!!!!!!!!! 痛いよおおおおおおお!!!!!! あははははははあっッッはああアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアアアア・・・!!!!!!!!!!!!」



「ふぅ。やっぱり精神干渉系VAの影響が大きいみたいだ。おそらくはあのVAだろうけど・・・ これはまだまだ続きそうだ」



 そうぼやくと、再び戦闘態勢に入る。


 そして、次の瞬間。


 背後から氷が手のような形態になりながら迫ってきていた。



 その攻撃を俯瞰領域エアリアルフィールド越しに、複眼マルチスコープでロックし難なく躱すが、氷の手と触手のようなものが次々とフィールド上に現れる。



 もはや属性付与エンチャント系ではない。彼女の属性具現化エレメントリアライズは、氷結グラツィーオ世界スフィアに変化していた。




「おっと、これは何やらすごいことになってきました!! と言うよりこれはもはや属性付与エンチャント系ではない気がしますが・・・?」


「これは、氷結グラツィーオ世界スフィアだろう。おそらくな」


「ななななな、何と長谷川選手!!! 属性具現化エレメントリアライズを変化させてきました!!! しかも、あの世界スフィア系です!! これは滅多にお目にかかれませんよ!!!!!」



 皆は盛り上がるが、歩は知っていた。彼女の心が、そして身体がもはや限界に近いと。


 両目、鼻、耳からは歩とは比べ物にならないくらいの出血。さらに、痛覚遮断アノルジィージアを有しているにも関わらず再生しない身体の傷。



 しかし、彼女は止まらない。もはや目は死んでいる。戦闘の意志があるとは思えない。だが、身を灼き尽くすような想いが彼女を止めさせてはくれない。



「これはいよいよ、終盤戦かな。葵も限界に近いみたいだし」



 そう言いながら、彼女の生成した氷を躱していく。氷結グラツィーオ世界スフィアは以前経験しているので、今はかなり落ち着いて対処することができていた。



 だが、彼女の本領はまだまだこんなものではない。



 歩が、まるで生き物のように動いている氷の触手を避けていると、突然地面が炸裂する。



「くッ!!!!!!!」



 それを何とか躱すも、炸裂により生じた破片までは避けられず、身体に氷の破片が食い込む。さらに、それが内部で破裂し歩の右肩が粉砕される。




「ぐあああああああああああああッ!!!!!!!!!!」



 痛みには慣れているが、内部からの爆破などは味わったことがないため思わず声を上げてしまう。



「うふふフッッフフフッフフフうふふふウウッフフッフ!!! どう? すごいでしょ!!!?? 私はもはや無敵ななのよ!!!!!! あはははは!!!!!!!!!!!!!!」



 依然、彼女の身体からは血が止まらない。視界も目からの出血であまり見えていない。しかし、もはやそんなことはどうでもいい。


 歩を歩を手に入れるのだ。何度も何度も、そう考える彼女はもはや訳が分からなくなっていた。


 自分を失っても、歩への想いは見失わない。自分がどうなるかなど、どうでもいい。早く、早く試合を終わらせたい。そう、彼女は思っていた。



 彼女は今、氷結グラツィーオ世界スフィアの中でも、今まで通りに固有属性形態オリジナルエレメンツが使用できる。


 それは素晴らしいことだ。だが、それには代償がある。


 彼女はもう、元には戻れないかもしれない。早く、終わらせて治療をしなければ間に合わないかもしれない。


 歩はそう思い、高速で破裂した右肩をワイヤーで縫合する。ぐちゃぐちゃにされた右肩だが、まだ腕は繋がっている。それなら大丈夫だ。


 神経をつなぎ合わせ、足りない肉は無理やりワイヤーで埋めあわせる。医学的な知識をも有している歩はその工程を一瞬で終わらせる。



 右肩は見た目だけは今までと変わらないほどになった。しかし、パフォーマンスが落ちるのは明らかだった。


 そこで彼は最後の手に出る。


「――――――――――――四聖ししょう



 試合は最終局面へと突入する。

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