第44話 Another View 8 彼女の心情 2
歩の戦う姿は、タイムアタックでも見ていたけど対人戦では予想以上にすごかった。
彼はどちらかといえば、私たち研究者に考え方が似ている。常に考え、創造し行動している。それがわかった時、彼との共通点をまた見つけることができて本当に嬉しかった。
歩のあの属性攻撃はよく見ると、出力が最小限に抑えられているのに通常以上の効果を発揮していた。あれもおそらく彼の創造力だから成せる技だろう。
彼はワイヤーなんてCVAなのに、近接タイプに引けを取らない。それどころか完全に圧倒している。ここまで辿り着くのにおそらく途方もない努力をしたのが私にはわかった。きっと、いろんな人に批判されたこともあったに違いない。ユニーク系のCVAを持つクリエイターは見下されることが多々ある。でも彼は今ここにいて、試合に勝利した。その事実から、彼の凄さがよく理解できる。これを理解にしてあげられるのは私しかいない。そうよね? 歩?
そして、私は彼が唯一自分を認めてくれる存在でもあり、そして誰よりも努力家ということを自分の目で確かめると、さらに彼に傾倒していくのだった。
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「歩! お疲れ様! 試合すごかったね!!」
歩が出てくるのを校門で待っていた私は、彼の姿が視界に入るとすぐさま声をかける。
「奇遇だね、葵。今帰り?」
「うん! 歩を待ってたの」
「待ってた? なんか約束してたっけ?」
歩はそうやって焦らしにくるけど、私はすぐに本題に入る。
「こないだ、ご飯ご馳走するって言ったよ〜? 今日は試合で疲れてるだろうからちょうどいいかなぁと思って」
「あ! そうえばそうだったね。そんなわざわざ律儀にありがとう。実はもうかなりお腹空いててさ。手作りの料理が食べれるなんて、本当助かるよ」
「いえいえ。これも何かの縁だしね。そうえば歩はいつも一人で帰ってるの?」
ここでさりげなく探りを入れるけど、きっとここまで自然なら大丈夫なはず。私はそう思うと、上目遣いで歩に尋ねる。
「そうだね。いつもは一人が多いかな。でもたまには友達と帰る日もあるね」
「ふ〜ん。なるほどね〜。あ、食材買いたいからちょっとスーパー寄ってもいい?」
「うん。じゃあ行こうか」
私たちはそのまま仲良く並んで、歩いていくのだった。
スーパーに行くまでの道のりは、先ほどの試合の話のことを聞きたかったので私はすぐに歩に試合の感想を求める。
「そうえば、今日の試合すごかったね! あの属性攻撃はなかなか効率が良さそうにできてるみたいだし。正直あれならかなり連発しても問題なんじゃないの?」
「おぉ。さすがだね、葵。その通り。あれは極限まで効率を求めた
「やっぱり私の予想どうりねっ! ふふっ」
自分の予想が当たり、また歩が褒めてくれた。そして思わず笑みがこぼれてしまう。やはり彼だけだ。こうして私を褒めてくれるのは。
きっとこの先何があっても、彼だけが私を救ってくれるのだとこの時は思っていた。
「男の子の部屋って、もう少し汚いと思ってたけど歩のうちはだいぶキレイね。というよりも整理整頓されすぎじゃない?」
食材を買い、歩の家にお邪魔した私が思った感想はそれしかなかった。ここでは言い辛かったけど、彼の部屋はなんというか人間味のしないところだった。
最低限の家具に、最低限の家電用品。そして作業用の机。彼はこんな中で孤独に生活していると考えると、ますます私がなんとかしてあげなくちゃと思ったけど、さすがに今のタイミングで言うのは不自然なのでここは黙っておく。
「うーん、そうかな? 個人的にはこれでも多いぐらいと思うんだけどね。あ、じゃあキッチンはこっちね。あまり使ってないんだけど」
そう言うと私は歩の後についていき、キッチンへと向かう。
「ここがキッチンね。最低限の調理器具は揃ってるから、大丈夫だと思うけど... どう? 料理できそう?」
彼が少し心配そうに尋ねてくるが、私はこれなら問題ないと思い返事をする。
「うん。これなら大丈夫そう。じゃあ早速作るね」
「お願い致します。葵様」
「ちょっと、そんな大層なことなんじゃないからいいわよ。そんな仰々しくしなくても! もう、歩は変なところで律儀ね。ふふっ」
「ははは、ごめんごめん。じゃあ俺は待ってるからよろしくね」
歩はそのままリビングにある机に向かい、私は調理を始めるのだった。
「ふーん。ふーん。ふーん」
鼻歌まじり調理をしていく。今日は私の得意な肉じゃがを作るつもりだ。これならきっと歩も気に入ってくれるはず。
順調に野菜を切って、肉を炒め、鍋に水を入れていく途中、歩が何をしているか気になったため少しリビングの方を見る。
彼の家は、リビングとキッチンが繋がっており、カウンターでそれが遮られている構造となっている。
そのためテーブルにいる歩の姿はこちらから見えるのだが、彼は何やら集中してデバイスを操作しているみたい。
おそらく今日の試合のデータをまとめているのだろう。研究者気質の彼がそれを怠るはずがない。私はその様子を微笑ましく見守りながら、まるで新婚の新妻のように調理を進めるのだった。
「はい。できたよ〜、今日は肉じゃがだよ〜」
「おぉ! 肉じゃがかぁ... 久しぶりの手料理がこんな家庭的なものだなんて嬉しいなぁ」
「いえいえ。じゃあ食べましょうか」
「「いただきます」」
二人で声を揃えていただきますと言ってから、彼は本当に嬉しそうに料理を食べ始める。そんな表情を見て私も嬉しくなり、心がさらに満たされる感じがしていった。
「ん!!! めちゃくちゃ美味しいよ!! 特に砂糖の甘味が絶妙だね!! これは美味いっ!!」
「そう? そう言ってもらえると頑張って作った甲斐があるわ」
今回の料理ではまだ何かを入れる気は無かったが、それで美味しいと言ってもらえるのは素直に嬉しい。
そうえば自分の手料理を食べてもらうのは、姉さん以外では歩が初めてだ。初めてを彼にあげちゃったと言う意識もあり、私はさらにニコニコとしながら食事を続けるのだった。
「そうえばさ、歩は今日の試合でARレンズ使ってなかった?」
「ん? 紗季といい葵といい、みんな鋭いね。そうだよ。今日からARレンズを実戦に導入してみたんだ。いつもはVAの消費でかなり辛いんだけど、今日は割と元気だね」
またあの女か。いつかはどうにかしなきゃいけないだろうけど、今は楽しい雰囲気を遮るのも悪いし、会話を続けようと私は考える。
「でもARレンズをしながら戦闘って、よくそんな事できるね。どれくらい練習したの?」
「うーん、時間はよく覚えてないな... 少なくとも数年前からは一応練習はしてたよ。でも実戦で使ってみたのは、今回が初めてだね」
「へぇー。歩はものすごい努力家なのね。これは歩と戦う時は苦戦しそうかもね」
「ははは。まぁお手柔らかに頼みよ。正直、友達と戦うのはちょっとやりづらけど... 戦うからにはお互いベストを尽くそう」
「ええ。そうね」
こうした何気ない会話をしつつ、私と歩は夕食の時間を共にするのだった。
それからしばらく時間が経ち、現在はもう21時を過ぎていた。普通ならここで帰るべきだけど、どうするか私は迷っていた。
ここで攻めて泊まりに行くか、それとも素直に帰るか。
私はここはやっぱりまだ知り合って日が浅いし、大胆な行動に出るのは早いと思い素直に帰ることを選択する。もちろん、歩には送ってもらいたいけど... 彼はそうしてくれるかしら。
「じゃあ、そろそろ帰るわね。今日は本当に楽しかったわ。ありがとう、歩」
「こちらこそ美味しい食事をありがとう! あ、送っていくよ。いくらクリエイターとは言え、女の子の一人での夜間外出は感心しないからね」
「ふふ。そう? ありがと」
やっぱり彼は送ってくれると、自分から言ってくれたので私は表面上は何も気にしていないふりをするが、内心ではかなりホッとする。
「はー、今日は月が綺麗だね」
「え... そ、そうね。確かに綺麗...」
びっくりした! 完全に告白されたと思ったけど、歩の表情をちらっと確認したら完全に真顔だったし、ただ感想を言っただけみたいね。
かなり焦ったわ...
私が内心焦っていると、彼は私の研究について聞いてくるのだった。
「葵はさ、本当は研究が嫌になったから... 高校から武芸科に来たんでしょ?」
「え...?」
彼が言っていることが理解できなかった。どうしてそれを? どうしてそれを知っているの? まさか、私の過去を知っているの? まさか私が夜な夜な街に行ってしているあの事も?
一瞬であらゆる可能性が脳内をよぎる。歩の発言から推察するに、彼は私の過去を知っているかそれともただ単に、今までの付き合いでそこにたどり着いたのか。
そして私は恐る恐る、彼に逆に聞き返す。
「ど... どうしてそう思ったの...?」
「だって葵って... 心から笑ってないでしょ? いつもどこか遠くを見てるし、仮面でも貼り付けたみたいな笑顔をするし。だから研究が嫌になったことでそうなって、今は武芸科にいるのかなって」
「そ、それは...」
歩の言葉は、私の過去を知ってでの発言ではなかった。しかし、私の内面を的確に示しておりかなり戸惑ってしまう。
でも待って。ここまで私のことに気がついてくれたのは彼だけ。今まで誰も私の苦しみに気がついてくれなかった。それは両親も含まれる。
いつもいつもいつも、私は独りぼっちだった。女子からは容姿と頭の良さから憎まれ、男子から好奇の視線しか受けてこなかった。
だからこそ、私は研究にのめり込んでいった。研究に没頭しているときだけ、自分のことを忘れることができた。没頭している時は、自分はそこにいない。そこにいるのは全ての感情が欠落した、ただ作業をする私だけ。
私にとって研究とは現実逃避だったのだ。それとその時に人を狩ることにも夢中になったけど、何がきっかけでそうなったかは覚えていない。気がついたら、私はCVAで人を切り裂くことに快感を覚えていた。
研究をし始めると初めは誰もが褒めてくれた。でも次第にその人たちは離れていった。私と同世代の、綾小路紗季が世界的に認められた時、私の心はポッキリ折れた。
でもそれは彼女のせいじゃない。私は本気で研究をしていたわけじゃない。私は何のために生きているのかわからなくなったからこそ、研究から身を引いた。もちろん彼女に対して何も思っていないわけではないが。
それからは、どうせICHに行くなら武芸科にしようと思った。それは、そこでなら自分は新しい自分を見つけることができると思ったからだ。
しかし入学しても何も見つからなかった。あるのはただ、淡々とした毎日だけ。相変わらず友達はできない。もちろん恋人も。
私はここでも独りだった。いつもいつも独りだった。
相変わらず女子には容姿が原因で敬遠され、男子からは色欲の混じった視線しか受けない。どこに行こうと、誰といようと私の望むものは手に入らないのだろうか。
人並みの幸せを望むことすら許されないのか。
自分は何のために生きて、何のために死んでいくのだろう。この世界に私がいくる場所はあるのだろうか?
それから校内選抜戦が始まった。正直、あまり興味はなかったがそれなりに自分の実力には自負があったので、手を抜かずに取り組んでみた。
そうしたら予想以上の結果が出て、これなら学年選抜戦に出れるかもと思った時は少しだけ嬉しかった。誰かに認められたわけじゃないが、一生懸命頑張って成果が出るのはやはり何であっても気持ちのいいものだ。
そしてタイムアタックが終わってから、その発表を聞くために散歩をしていた時に歩と出会った。
それからはずっと歩のことだけを考えていた。
彼が私を褒めてくれるたびに何とも言えない心地よさに包まれた。
正直今まで恋なんてしたことなかったけれど、こんなに心地の良いものなんて知らなかった。きっと彼と出会うために今まで苦しい思いをしてきたに違いない。
歩の一挙手一投足が私に幸福を与える。彼のさりげなく髪をかきあげる仕草、ちょっと頬が痒くて、人差し指で掻いてしまう仕草、そして何よりも彼の笑顔が私に多くのものを与えてくれた。
今まで誰にも認められることなく、誰にも認知されていない私が、初めて満たされた。
人を究極に幸せにするのは愛だ。今なら確信を持ってそう言える。
しかし、そんな彼が、今、私に現実を突きつける。一見すれば、私にはつらいことだけど、そこまで言ってくれるのは彼が初めてだった。
彼はきっと私を助けてくれる。そう、彼ならきっと... 私の存在理由になってくれる...
そしてやっとの思いで、初めて自分の心の内をさらけ出す。
「あ、歩は.... 歩は...」
緊張で声がかすれる。心臓はばくばくと鼓動を打ち、喉はそれに合わせて震える。冷や汗も出てきて、私はかなりの緊張に包まれるが、なんとか想いを、今まで誰かに言いたかった想いを伝える。
「歩は、私を助けてくれるの....?」
言った。言ってしまった。誰かに言いたかったけど、ずっと言えなかった言葉。誰かに言いたかったけど、誰にも言えなかった言葉。
私はその時緊張はしていたが、内心ではほっとしたいた。
なぜなら彼なら私に答えてくれると、確信していたからだ。それは今までの行動からも明らかだろう。
「...わかったよ、葵。俺が君を救うよ」
といった趣旨のことを言ってくれると思い込んでいた。
しかし... しかし彼の言葉は私の予想に反するものだった。
「―――――それはできないよ、葵。君は... 君は、自分で自分を救うべきだよ」
それから先、何を話したかよく覚えていない。
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