第43話 有栖川華澄の真価

 前日に祝勝会をしようという話だったが、結局その日は歩も試合で疲れているだろうということから延期しようと言うことになった。


 そして、歩は紗季、彩花、雪時と別れるとすぐに自宅に帰り今日の試合の反省をする。


「やっぱ、ARレンズの実戦導入はしてよかったな。今までと疲労感が全然違う。これなら今後もやっていけそうだ」


 そして、いつもの作業用のデスクに座ると、すぐにデバイスのモニターを開いてARレンズのデータを確認し始める。


(ARレンズの消耗は... うん、かなり少ない。反響定位エコーロケーションの影響がかなり出ているかと思ったけど、そうでもなさそうだ。でも今回は、色彩秘技ファルベリオンアーツを使ったからなぁ... 正直、属性攻撃はあれに完全に頼ってるから対策されるとちょっときついかな。今回は、リヒトアスールフロストの三つだけしか使ってないが... やっぱり火属性の深紅クリムゾンもあるのはバレてるよな。4属性のうち、3つしか使わないなんてことはほぼないし。できれば、本戦までは最小限の情報しか後悔したくないが...)


 いろいろと思考しながらも、デバイスで今日の試合のデータをまとめていく。今日の試合ではまた新しく、創造秘技クリエイトアーツを公開してしまった。もちろん、いつかはそうなるので後悔はない。しかし今後の対策を考えるのに、歩はそれからかなりの時間を費やすのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 翌日はあの御三家筆頭の有栖川家の長女――有栖川華澄の試合があるということで、校内は歩の試合以上に盛り上がっていた。


 そんな中、歩と彩花と雪時の三人が試合が行われる第一アリーナに向かっていると紗季がどこからともなくやって来て合流するのであった。


「やぁ、おはよう。僕も一緒に行っていいかな?」


「うわぁ! あんたどこから出てきたのよ... てか、おはようって... もう昼だけど... まぁ一緒に行くぐらいならいいけど?」


「おや、ツンデレかい? 妙に優しいじゃないか」


「べ、別にそんなんじゃないわよ! ただ仲間はずれにする理由もないでしょ?」


「そうだね。ただでさえ友人の少ない僕に、君たちという人間は貴重な存在だ。今後もよろしく頼むよ」


「何をよろしくするのよ...」


 そう言うと彩花と紗季は仲良く二人で談笑しながら先に進む。


 一方で、そんな様子を見た雪時は意外そうな顔をしていた。


「意外だな。昨日はあんなに喧嘩していたのに、割と仲良くなってるなあの二人」


「ははは、いいコンビなのかもね。紗季も研究で引きこもりがちだし、彩花みたいな明るい子と友達になって内心は嬉しいと思うよ」


「うーん。女の友情はよくわからんな!」


「ひとつ言えるのは、本人たちの前であんまりこの事は言わないほうがいいね。昨日みたいなことになるから...」


「あぁ、そうだな...」


 二人とも昨日の惨劇を思い出しかなりナーバスになるが、これから華澄の試合があるのでそれ以降はその話で盛り上がるのだった。






「おーい! 歩! こっちこっち!」


 会場に到着すると、彩花が大きな声を上げて歩の名前を呼ぶ。


 席は彩花と紗季が並んで座っており、紗季の隣だけが空席だったので歩は迷わずそこに座る。


 彩花はその様子をかなり悔しそうに見ており、紗季がそれをまた煽り始めるのであった。


「君がじゃんけんで決めようといったんだよ? 僕はそれに応じて勝ったのだから文句はないよね?」


「うぐぐ。まぁ仕方ないわ。それなら仕方ないわ... くううう」


「というわけで、君の隣は僕でいいよね? 歩?」


「え。まぁ二人が了承してそう決めたなら、それでいいけど...」


「女って大変だな...」


 そういうと、雪時は何が悲しいのか天井を仰ぎみるのだった。彼は歩に対して多少なりとも羨ましいという気持ちがないわけではない。しかし、それ以上に人間関係は大変だなと痛感する方が彼の心を占めているのであった。




「そうえば僕はまだ有栖川のお嬢さんと話したことはないんだが、どんな人なんだい?」


 これから華澄の試合が始まるということもあり、沙希は華澄について尋ねる。それを聞いて三人は自分の思っていることを話し始める。


「うーん、初めは高飛車なお嬢様かな? って思ったけど意外と普通だったね」


「そうね。確かに浮世離れしてる容姿だから、ちょっと話しにくいかなって思ったけど今は普通ね」


「あの金髪碧眼には今もビビるが、今は普通だな。うん」


「君たちは揃いも揃って彼女の感想がにまとまるなんて... あんな見た目しといて没個性だなんて...」


 沙希は若干呆れた様子だったが、それからは華澄のクリエイターとしての実力を四人で話し合うのであった。


「でもクリエイターとしての実力はかなりのものだね。あのVAは厄介だよ」


「あぁ〜、あれな。あれを一回体験したら勝てる気がしねぇよ...」


「そうよ! 私なんて10分間も攻撃避けられるし! 正直、あのVAはどうにかできるもんじゃないわ!」


未来予知プレディクションか。確かに感知系最高峰のVAと言って間違いないだろうね。攻略するなら...」


「え、攻略法なんてあるの?」


 彩花意外そうな声をあげるが、紗季はそれを無視して話を続ける。


「圧倒的な物量攻撃だね。未来予知しても意味がないくらいの」


「はぁ... なんて現実的がない攻略法なの...」


「歩もそう思うだろ?」


 紗季は歩に同意を求めるが、歩は少し思案してからそれに答える。


「そうだね。未来予知プレディクション自体を攻略したいなら、それしかないね。でも華澄を攻略するのとは別の話だから、そんなに気にしなくてもいいと思うけどね」


「ふふ。やっぱり、どこかの女と違って君は話が早いね」


「誰がどこかの女よ!!」


 抗議の声を上げるが、全員それに反応するのは面倒だと思い会話を続けていく。


「それは未来予知プレディクションの消耗の激しさの事を言っているのか?」


「そう、雪時の言うとおり。あのVAは強力だけど、常時発動型のVAじゃない。そこは俺のVAと似てるね。だから華澄を攻略したいなら、持久戦に持ち込むしかないね」


「でも、あのお嬢様がそこに気がついていないはずはないから... 実質的に特に攻略法なんていうものはないね。実力で叩き伏せるしか彼女に勝つ方法はないだろうね」


「あーやっぱりそうなのね... これから華澄と試合するのがさらに嫌になってきたわ...」


「俺もだぜ...」


 雪時と彩花は華澄のどうしようもない強さにへこむのだが、歩だけはニコニコとした表情をしていたのにその時気付いたのは紗季だけであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 華澄は選手待機室にすでにおり、これから始まる試合の準備をしていたのだった。


「CVAよし、VAも大丈夫。あとは相手の出方次第だけど...」


 そう言いながらこれからの試合をシミュレートする華澄だが、彼女の内心は昨日の試合が思い浮かんでいた。



(あの時の歩はやはりさすがだったわ... 私にも、私も自分なりの戦いというものができるのかしら?)


 彼女は迷っていた。今まで見たこともない戦闘スタイルだが、圧倒的な強さを誇る彼の存在を目の前にして。


 今までクリエイターは近接武器で、本能のままに戦うというのが主流だった。というより、クリエイター同士の戦闘ではそれほど思考している暇はない。一秒の遅れが、勝敗を分けることもあるのだ。思考するなら身体を動かせとよく言われてきたのだ。


 彼女は御三家の長女で、昔からそのように訓練を受けてきた。そして、同世代の中で圧倒的な実績を誇ってきた。


 だが、彼の、七条歩の存在を見てから彼女は揺らいでいた。自分が進んできた道は正しかったのかと。今までの自分の努力は本当に報われるのかと。御三家の、有栖川家の考えは本当に正しいのかと。


 華澄はただ勝つだけでなく、自分自身の価値を証明するためにも試合に臨むのであった。





「さぁ! やってまいりました! これから行われる試合は、なんとあの有栖川家の長女の、有栖川華澄さんが出場します! これは期待ですね! その相手は予選9位通過の天海あまみ由花ゆいかさんです! 高橋先生はどうみます?」


「ん? とりあえず一年の試合の解説担当を全て私にしたやつを殴りたい」


「はい! 知りたくもない裏事情ありがとうございます! それでは間もなく試合開始です!」



 華澄の今回の相手は予選9位通過の女子生徒である。


 名前は天海あまみ由花ゆいか。日本刀をCVAとして使うクリエイターで、特殊なVAはなく全体としてオーソドックスなタイプである。


 しかし、華澄は彼女が9位通過だからといって手を抜く気はない。彼女は全ての試合に全力で臨む。  


 彼女にそうさせるのは、本人の意志かそれとも家柄なのかは華澄にもわからないのであった。


「3、2、1。――試合開始」


「ハッ!!!」


 試合開始のアナウンスが流れると同時に、天海由花は速攻を仕掛ける。


 彼女の得意技は居合。居合系の創造秘技クリエイトアーツを多く持ち、その攻撃パターンは多彩。


 しかし、彼女はVAが加速アクセラレイションしか持っていないため、それを補うためにも多くの創造秘技クリエイトアーツを扱うのである。



「――――火憐かれん


 彼女は小声でそう唱えると、日本刀が燃え始める。真っ赤に燃え上がる炎は彼女の闘志を反映しているように見えた。


「――――未来予知プレディクション


 華澄は相手が繰り出した創造秘技クリエイトアーツに対応するために、いつも通り未来予知プレディクションを展開。


 その時すでに、由花の燃え上がる日本刀は華澄の眼前まで迫っていた。目の前に燃え上がる刃物が迫ればクリエイターでもおののいてしまうが、華澄はいたって冷静。


 彼女の本領は相手を自分の懐の限界まで誘い込み、そこからのカウンターである。だからこそ、眼前にCVAが迫ることは当たり前と思っている。


 人は慣れる生き物。華澄は何万という反復練習の結果、この精神力を手に入れたのである。


「もらった!!!!」


 その声とは裏腹に、彼女の日本刀は空を切る。完全に必中と一撃。いや、本来ならば必中であったのだ。


 しかし華澄の未来予知プレディクションはその事実を捻じ曲げる。


 未来予知プレディクションは概念干渉系VAではないが、それに匹敵しうる能力を持つ。だが、彼女ほどの実力者が未来予知プレディクションを使えば、概念干渉系VAすら上回る実用性を引き出せるのだ。


「こっちですよ」


「え?」


 華澄は由花の右側にポツンと立っており、声をかけるだけで攻撃をする様子はない。


「っく!!」


 由花はそれを疑問に思ったが、今は距離を取ったほうがいいと思いすぐさま後退する。


 華澄は相手を舐めて試合をしているわけではない。彼女がこうするのには理由があるのだが、それは今の所本人しか知るよしはなかった。



「あーっと!!!! 有栖川選手、なぜか攻撃を仕掛けません! これは相手にハンデを与えているつもりなのかー!?!?」


「ふむ。あいつの性格からしてそんなことはしないと思うがな。これは私にも分からんな」


「解説の先生ですら理解不能!! 彼女は何を考えているんだー!!!??」


 実況の山下ひとみも解説の高橋茜も彼女の真意には気がつくことなく、試合は進んで行く。



 だが、誰もが疑問に思う中、歩と紗季はある程度の予想はついていたのだった。


「紗季。どう思うあれ」


「どうも何も、歩は気がついているんだろ?」


「え、どういうことだ?」

「二人とも華澄の行動の意味に気がついたの?」


 雪時と彩香はわからないようで、疑問を呈す。それには歩が答えるのだった。


「華澄はおそらく、試合じゃなくて練習をしているんだよ」

「「練習?」」


 雪時と彩香の声が重なる。


「これはARレンズをして見てるからわかるんだけど、華澄の未来予知プレディクションの精度がかなり上がってるね。反射速度が以前より0.7秒も早くなってる。この短期間でVAのパフォーマンスがここまで上昇するのはありない。ということは... いや、やっぱりこれ以降は専門家の紗季に話してもらおうかな」


「君がそう言うなら引き受けよう。おそらく、彼女が現在使用しているVAはただの感知系VAじゃない。あれは特殊派生系VAだね」


「「と、特殊派生系VA?」」


「そう。VAは初めに発現するものは、ほとんどが皆と同じ能力だ。その能力に多少なりとも差はあるけどね。その差は長年の訓練で埋めることができる。あの、有栖川のお嬢さんの場合は、長年の訓練もなしにいきなりVAのパフォーマンスがさらに向上している。ということはVAを別のものに派生させたんだよ。おそらく何かを犠牲にした上で、予知の時間を伸ばしたか、それとも予知後の反射速度を高めたわからないけど... 特殊派生型なのは間違いないね」


 紗季が言及した特殊派生系VAとは、要するにVAが本人に最もいい形で適応したということである。ちなみに、これは葵が使用する鬼化オーガも、一般的な強化系VAである怪力ヘラクレスの特殊派生VAということになる。


 個々人の創造力に応じてVAはさらに変化していく。その創造力とは本人の意志にかかわらず、脳がそれを求めればVAは変化していく。脳と本人の意志は密接に関わってはいるが、必ずしも一致するものではないのだ。


 華澄が未来予知プレディクションの特殊派生系を獲得できたのは、歩に出会ったおかげである。もちろん歩も、以前の会話で華澄がそのきっかけをつかみ、獲得したのだと予想している。


 だが彼はそれを喜ばしいことだと思っている。彼女が強くならなら、自分はそれをさらに上回る努力をするだけだと。歩は戦闘に関してはどこまでも前向きなのであった。




「は〜、そんなものがあるのか... 初耳だぜ...」


「私も初めて聞いた! と言うよりなんで、特殊派生系VAは一般的に知られてないの?」


 その質問には歩が答える。


「それは使用している本人ですら気がついていないケースが多いんだよね。ただ単に、自分のVAの能力が向上したとしか思ってない人が多いんだ。でも、ここ最近の研究で別種とまではいかないけど、ある程度の変化が特定のVAに発見できたからやっと定義されたってとこだね。あと数年もすれば、教科書とかにも載るんじゃないかな?」


「はえー。歩ってほんと博識ね〜」


「ま、僕が情報をリークしてるのもおかげもあるんだけどね」


 さらっと紗季がそういうが、彩香はそんなことよりも新しいVAの存在に感心しており、彼女の嫌味に気がつかなかったのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「はぁ... はぁ...」


 由花はすでに疲労困憊で肩で息をしており、誰の目にも彼女の敗北は明らかだった。


 一方、華澄はブロンドの髪が少し乱れているだけで至って平静。彼女はすでに進化した未来予知プレディクションを完全にマスターしており、由花の攻撃が当たることはもなかったのである。


 今までならば、由花の攻撃は一撃程度は当たっていたはずである。しかし、新しい未来予知プレディクションはそれを許さない。必中である攻撃でさえも、躱せてしまう華澄のVAは由花の実力では攻略不可能だった。


「これは凄いことになりました! なんと有栖川選手は防御ではなく、すべて体捌きだけで攻撃を回避してしまいました! 彼女は未だにCVAを使っていません!!! VAだけでここまで出来るとは...! 御三家筆頭、有栖川家の真髄を垣間見ました!!!!」


「これはこれは。私もここまでとは予想していなかったな。相手は9位とは言え、あの予選を通過してきてる。しかしここまで差があるとは...」


 解説の茜もまたかなり驚いており、この瞬間全校に、有栖川華澄のが認識されたのだった。




「ふぅ... ここまで付き合ってくれてありがとう」


 華澄は相手に感謝を述べると、CVAに雷をまとわせる。その電撃は一撃でも当たれば致命傷となるのは誰の目にも明らかだった。


 彼女はここで勝負を決めるつもりだ。なら狙うのはここしかない。由花は最後の望みを彼女の攻撃してくる動作に賭ける。避けるのは得意でも、さすがに攻撃するときは多少なりとも隙ができるはず、彼女はそう考えていた。


「はああッ!!!!」


 双剣を低く構え、相手に攻撃を仕掛ける華澄。空を切る双剣の電撃が、彼女の移動に伴い一本の線のように伸びていく。それはまるで地面をかける稲妻のようだった。




「――――火憐かれん


 研ぎ澄ませたカウンターを発動する由花。華澄の攻撃をしっかりと見極めて日本刀を振り抜く。その速度はもはや目では捉えきれない。視覚では知覚できないほどの速度。


 それは、彼女には今までの中で一番手応えがと思った一撃だったが。


「残念。こっちよ」


 由花の記憶が残っているのはそこまでだった。華澄の電撃を纏ったCVAがすでに彼女の意識を刈り取っていたのである。


 圧倒的なまでの無慈悲な勝利。この試合はのちに日本全国に拡散されるほど、異常な試合であった。あの七条椿を彷彿ほうふつとさせる、無傷での勝利。


 ここ数年での若年クリエイターの台頭。すでにプロにまで通用する実力。全世界の中でも、この段階ではほんの数人しか気がついていなかった。この若いクリエイターのとしか形容できない実力に。



 そして、この時からすでに世界は確実に変化しているのであった。

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