第45話 妹と遊ぼう

「七条さん! いや歩さん!!」


 学年代表選のリーグ戦が順調に進行している中、歩は3年生の試合を観戦していた。


 そして、今回はいつものメンバーではなく一人で見に来ており、ちょうど試合が終わったので教室に帰る途中に誰かに話しかけられる。


「えーっと、水野くん? 何か俺にようでも?」


 歩に話しかけてきたのは、数日前に戦った水野みずのしょう。彼は今まで歩のことをかなり敵視していたようだが、今回はどうにも今までと様子が違う。


「歩さん・・・ 今まで失礼な態度とってすいませんでした!! その、それを謝りにきたくて・・・」


「あぁ・・・ いや別にいいよ。そんなに気してなかったし。それじゃあ、またね」



 謝罪をさらっと流し、そのまま教室に向かおうとするが再び翔に呼び止められる。


「待ってください、歩さん! 俺を、俺を弟子にしてください!!」


 そう言って頭を下げ懇願する翔を見て、歩は何が何だか分からずに困惑する。それも無理はない。今まで自分をけなしてきた相手が試合で打ち負かした数日後に、弟子入りを申し込んでくるのだ。誰であっても奇妙に思うのは当然だろう。


「えーーっと、その、理由を聞いても?」


「はい! その・・・ 俺って今までずっと虚勢を張ってきて・・・ ずっと俺は強いんだって自分に言い聞かせてきたんです。だから態度も大きくして、それで強さを誇示してて・・・ でも、歩さんと試合をして気がついたんです!! あのどこまでも考え尽くされた戦略タクティクス! 試合をした自分だからこそ、わかりました! 歩さんがどれだけ考えて戦っているのかを!! そして自分に必要なのはこれだと! それで・・・ 不躾ながらも弟子入りしたくて今日はお伺いさせもらいました。どうか、俺にご教授お願いします! 師匠!」


「えええぇぇ...」


(いやいやいや。マジで? なんなのこの流れ? というかそんなに彼に響いたのか・・・? うーん・・・ でもここは断っとくほうがいいかなぁ。なんか面倒くさそうだし)


 そう考え、その申し入れを断ろうとするが翔はさらに言葉を続ける。


「お願いします! 歩さんについていけば、何かわかりそうな気がするんです! 自分は強くなりたいんです! どうか!」


(強く、なりたいか・・・ そうえば俺もこんな時期があったな。を思い出すよ。うーん。ここは条件付きで許可するか。彼もいずれは飽きてくれるだろう)


「わかったよ。君が俺に教えて欲しいっていうなら、できる限りは色々と提供しよう。その代わり俺もそんなに暇じゃないから、ずっとマンツーマンで教えるわけにもいかないけど・・・ そこは大丈夫?」


「はい!! 大丈夫です!! ありがとうございます、師匠!!」


「あとはその敬語やめない・・・? 一応、同じ学年なんだからさ」


「いや、これは止められないっす! マジで歩さんのことリスペクトしてるんで! ではこれから宜しくお願いします! 雑用なんかも任せてください!」


「あ、そう・・・ まぁ敬語の件はそれならいいや。こちらこそよろしくね」


 こうして歩は弟子を受け持つことになる。正直、代表選もある上に試合のデータ整理もしなければならないこの時期に、このような申し入れは普通は受け入れない。だが、今の彼を見ているとがむしゃらだった昔の自分を思い出し、そこに共感を覚え受け入れてしまうのだった。



 しかし、彼の存在が予想以上に歩の助けになることは今は考えもしなかったのである。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「おーい! 椿! こっちこっち!」


「あ! お兄ちゃん! 久しぶり!!」


 本日は土曜日で休日となっている。


 歩は以前話した時に椿と遊ぶ約束をしていたので、こうして駅で待ち合わせていたのだった。


「相変わらず今日も可愛いな、椿は!」


「はいはい、ありがとう」


 椿の服装は、夏らしい白いワンピースを着て麦わら帽子をかぶっており一見すればどこかのお嬢様に見える。


 実は以前からこの日のために服装は入念に選んでおり、兄に褒められた椿の内心はそれはもうかなりの充実感で満たされているのであった。


 また、周囲の男性も彼女の魅力に惹かれ椿に視線が集まる。


 椿はいつものことだと思い、そのまま歩と並んで歩き出す。


「で、結局今日はどういう予定なの?」


「午前は二人で遊んで、午後からは俺の友達を紹介するよ。確か、4人くるかな?」


「4人て... 全員女じゃないよね?」


「女子二人、男子二人だよ。さすがに女の子の友達を4人も妹に紹介なんてことはしないよ」


「女子二人って、あの有栖川家の人は来るの?」


「今日は華澄はこないよ。なんか家の用事があるらしくて。御三家も色々とあるみたい」


「え、じゃあなんで女子が二人なの? 不知火さんと有栖川さんじゃないの?」


「もう一人は紗季だよ。綾小路あやのこうじ紗季さき。椿も面識あるだろ?」


「うへぇ。あの人苦手なんだよね・・・」


「まぁまぁ、そう言わずに。紗季も久しぶりに椿に会いたいんだってさ」


「はぁ・・・ まあお兄ちゃんがそう言うなら仕方ないね・・・」


 そのまま二人は街へ行くのであった。





「そうえばさ、お兄ちゃん髪伸びたね」


 現在2人はショッピングモールのカフェに入り、近況などを報告しあっていた。もちろんすべて歩のおごりである。


「あぁ、そうえばそうだね。もう、だいぶ切ってないからなぁ」


「なに、のばしてるの? もう肩にかかってるよね? それとも、LGBTにでもなったの?」


「いや、おれは異性愛者だけど。髪はなんとなく願掛けかな。三校祭ティルナノーグ優勝までは切らないつもりだよ」


「ふーん、そうなんだ。別に私はお兄ちゃんがお姉ちゃんになってもいいけどね」


「おいおい・・・ まぁそんなことはないと思うけど」


 椿が言った、LGBTとは、Lesbian(レズビアン)、Gay(ゲイ)、Bisexual(バイセクシャル)、Transgender(トランスジェンダー)の人々を表す頭文字語で、日本では1990年頃から使われ始めた。


 現在では、LGBTへの差別はほぼなくなっている。その為、日本でも同性婚は可能な上、性別を変更することも容易にできる。もちろん、性別変更は医療的にも、法律的にも本人の意志さえあれば簡単にできる。



 そのような時代背景から考えると、椿が言った発言は何も性的少数者を揶揄やゆしたのではなく本気でそう思ったのである。


 それだけ現在の世界ではLGBTは一般的な存在となっているのだ。





「この後はどうする? どこかみてまわるか?」


「正直、お兄ちゃんと一緒ならどこでもいいけど・・・ あ! 私は新しい服がほしいかな?」


「えっ、服? 椿・・・ 本当に言ってるのか?」


「うん。お兄ちゃんいつも買ってくれるでしょ? 優勝祝いもそれでいいよ!」


「う、優勝祝いならしかたないな」


 なぜ歩が若干渋ったのかというと、椿の洋服好きは異常だからである。



 毎回というわけではないが、歩は一緒に出かけると椿に洋服を買ってあげることが多々ある。


 だが、その金額は普通の高校生では支払えないレベル。


 歩はとある事情から金に困っていることはないので、普通にそれを買うことができるのがまた問題となっているのだ。


 そして、今回もかなり金を消費するのだと思うとため息をつかずにはいられないのであった。




「お兄ちゃん! どうこれ? 可愛くない?」


 椿はフリルがふんだんにあしらわれたスカートを歩に見せる。そうすると、歩はすぐにそれに答えるのだった。


「ふ、最高だな。それも買おうか」


「うーん、いい服が多くて困るねー。お金は大丈夫なの?」


「妹に心配されるほど、困ってはいないよ。ここは優勝祝いもかねて、じゃんじゃん買うといいよ」


「わーい! やったぁ!!」


「あ、でも一応限度ってもんを考えてくれると・・・」


 歩の声が届くことはなく、椿はそのまま試着室へと向かっていくのだった。


 そして、椿は次々と服を持ってきては感想を求める。



「これはどう?」


「それもいいな!」


「こっちは?」


「うーん、それもなかなか・・・」


 このようなやり取りを何度も繰り返し、結局いつも通りの金額ほどの服を買ってしまうのだった。





「ふう。買ったねー! いつもお兄ちゃんのおかげで服に困ることはないから本当に助かるよ!」


「はは・・・ そ、そうだな」


 予想通り、服代はかなりの高くついてしまい、見えを張ったことを心底後悔するのであった。


「お兄ちゃん、残りの時間はどうする? まだもうちょっと時間あるけど」


 現在の時刻は12時ちょうど。他のメンバーとの待ち合わせは13時となっているので、少しだけ時間が余っていた。そこで歩はちょっと散歩でもしようかと提案する。


「少し、外でも歩かないか? そんな気分なんだ」


「外出るの? まぁ別にいいけど。それじゃあレッツゴー!」


 そういうと2人は仲良く話しながら、外に出て行くのだった。





「そうえば、調子はどうだ? CVAもVAも大丈夫か?」


「うん! 全然大丈夫だよ! なんかいい感じに適応してきたみたい!」


「おいおい、まだ強くなるのか? 兄としての威厳なんか無くなりそうだな」


「そうだよー。お兄ちゃんももっと頑張らないと私に抜かれちゃうよ?」


「そうだなぁ。とりあえずは本戦に出ないとな」


「でもさ、あんまり無理はしないでよね?」


 椿の表情は先ほどと違い、かなり深刻なものになっていた。


 彼女は歩が異常なまでの努力家ということをよく知っている。


 だからこそ、心配せずにはいられないのだ。クリエイターは未だに不明な点が多い。彼の努力が一体どこに辿り着くのか一抹の不安が椿にはあったのだ。



「そんな無理はしてない思うけどなぁ」


「でも、前の試合でARレンズ使ってたでしょ?」


「椿もあの試合見たのか」


「私はレコードされたものを見たけど、お兄ちゃんいつもと動きが違うし。何かなぁって、思ったらやっぱりARレンズ使ってるし。どうせまた無茶したんでしょ? 何年も前からARレンズを使っての戦闘は練習してたけど、あそこで使うなんてそりゃ心配にもなるよ」


「大丈夫だよ、椿。俺はいなくならないし、ずっとお前のそばにいるよ」


「お兄ちゃん・・・」


 少し頬を赤く染めながら、上目遣いで見つめる。その様子は端から見ればカップルそのものであった。



「そうだ。これを渡しておくよ」


 そういうと歩は自分の持っているカバンから小さな箱を取り出した。


「はいこれ。優勝おめでとう」


「あけてもいい?」


「あぁ、もちろん」


「わぁ・・・ って、指輪!??」


「うん、可愛いだろ? 椿に似合うと思って」


(こ、これはこ、こ、こ、婚約指輪!!!?? 落ち着くのよ椿。あのクリエイターの事しか頭にないお兄ちゃんがそんなもの私に渡してくるはずない。で、でも妹に指輪? 近親相姦は確かに禁忌とされているけど、お兄ちゃんは、ま、まさか? インセスト? インセストなの!!?)


「年頃の女の子に何をあげたらいいか迷っててさ。ちょうどそれを買うときに店員の人に勧められてね。あまり高価な物じゃないけど、何か形になるものがいいと思って」


「ですよねー」


「え、気に入らなかったか?」


「そんな事ないよ! お兄ちゃん大好き!!」


 椿はまるで誰かに見せつけるように歩に抱きつく。普通なら、椿は公衆の面前でこのようなことしないのは、昔ながらの付き合いなのでよく知っている。


 彼女がこのように甘えてくるのは、ある人物が近くにいる時である。




「おっと、僕も間が悪いね。兄妹の感動のシーンに出くわすとは」


「紗季さんお久しぶりでーす!」


 歩の肩に顎を乗せながら、そう発言する椿の態度は明らかに紗季を挑発してのものだった。



「うん、久しぶり。椿ちゃん。そうえば、君と会うときはいつも歩に抱きついているね。何か明確な意志が感じられるようだけど...?」


「そんなことないですよー。たまたまですよ。たまたま」


「確かに会うたびに歩に抱きついている事は、必然とは限らないからね。ただまぁ、統計としてはかなり多いみたいだけど、ね・・・」


「あはははははは、そうみたいですね。いやぁ〜、偶然って凄いなぁー」


「そうだね。世の中にはまだまだ未知の事があふれているみたいだ」


「「あはははははは」」


 二人揃って、面白くもないのに笑い始める。


 紗季と椿は仲が悪いというよりは、相性が悪いといったほうが適切かもしれない。もっとも、それは歩が絡んだ時の話のみ。歩が絡む余地がなければ、2人は普通に仲が良いのだが、昔からこのやりとりはどうも避けられないようである。




「紗季はかなり早くきたね。まだ集合まで時間あるだろ?」


「僕は時間前行動を心がけているからね。君たちの情事を見たのはたまたまさ」


「情事って、そんな直接的な・・・」


「おや、そうえば椿ちゃんの左手の薬指にあるには指輪かい? もう婚約者が?」


「え!?」


 椿は若干キメ顔をしながら、指輪を見せつける。もちろん、彼女が嵌めているのは左手の薬指。彼女はそうする事で、紗季をさらに挑発するのだった。


「お兄ちゃんにもらったの! いいでしょ、紗季さん? 羨ましいでしょ?」


「そうだね。おそらく優勝祝いでもらったんだろ? よかったね、椿ちゃん」


 しかし紗季はその挑発にのることなく、難なくかわす。


「おい、椿・・・ その指はちょっと・・・ せめて右手の人差し指とかに・・・」


「それもそうだね。じゃあ右手にしとくね」


 椿は何の抵抗もなく、指輪の位置を変える。彼女は少し紗季をからかいたかっただけで、どうも本気ではなかったようである。


 その様子を見て歩は心底ほっとするのであった。



「どうする? もう待ち合わせ場所に行っとく?」


「そうだね。もう時間も近いし、そうしようか」


 そう言って、紗季と歩はごく自然に並んで歩き始める。それを見た椿は思わず、苦言を呈すのであった。


「二人とも仲いいよねー。ほんと・・・ 付き合ってないの?」


「おお、かなり突っ込んだこと聞いてくるなぁ」


「僕たちはまだそんな関係じゃないよ? まだね」


「ちょっと紗季も椿のこと煽らないでくれよ。デリケートな時期なんだからさ」


「お兄ちゃん? 私、一歳しか年が違わないんだけど?」


「ははは、君たちも相変わらず仲がいいようだね」


「そりゃあ兄妹だからね! なぁ椿!」


「え、うん。まぁそうだね。お兄ちゃんは何でも買ってくれるしね!」


「それは本当かい? 僕も何か貰おうかな?」


「紗季は俺以上に金持ってるから、欲しいものなんて簡単に手に入るんじゃないの?」


 歩がそういうと、紗季はやれやれといった感じに首を振り、歩の発言に訂正を求める。


「はぁ・・・ 相変わらず乙女心を理解してないね、君は。ほんのすこしのお金でも、君がくれるから価値があるんだよ。そうだよね? 椿ちゃん?」


「そうだよ、お兄ちゃん! 紗季さんに失礼だよ!!」


「えぇ・・・ 二人とも仲が悪いのか良いのかどっちなの・・・?」


「それはもちろん、良いに決まってるじゃないか。だよね?」


「そうだよ! 私と紗季さんは仲いいよ! (まぁお兄ちゃんがあまり絡まなければね)」


「え? 今小声で何か言って...」


「何でもないよ〜!!!」


 椿はそう言いながら、一人で先に走っていく。歩と紗季はその様子をいつものことかと思いつつ、そのあとを追っていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る