第38話 ARユニット


「うわっ! 二人ともいきなりどうした...? 結構びっくりしたんだけど...」


 今まで二人の世界に入り込んでいた彩花と華澄が唐突に過剰な反応を示すので、かなり面食らってしまい歩は軽く不満を漏らす。


「同棲するってホント!??」


「歩、あなたね。男女七歳にして同衾どうきんせずって言葉知らないの?」


「いやいやいや、兄妹なんだから問題ないでしょ!」


「いやー、でもねぇ...」

「確かに、人様の家についてあれこれ言うのはどうかと思うけれど...」


 そうは言うも、納得できない彩花と華澄。というのも、歩の妹、七条椿は本当に血のつながりがあるのかと疑問に思うほど美人なのだ。


 彼女がマスメディアに大きく取り上げられるのはクリエイターとしての強さだけではない。容姿もまた、ずば抜けて優れているからである。そのためメディアはこぞって七条椿の特集を組み、それを発信する。そして、さらにそれがインターネット上で拡散され、知名度は現在も上がる一方である。



 そして、妹とはいえそんな美少女と一緒に暮らすのは少し問題があるのではと思ってしまうのは無理もないことなのであった。



「歩... お前、これから大変だと思うけど... そのまぁ... 頑張れよ...」


 雪時はどこか遠くを見ながら、歩の肩に手を置く。彼は現在の状況がよくわかっていたが、歩はいまいち理解していないようなのでとりあえず同情の言葉をかけるのだった。


「え? そんなに問題なのか? うーん、これは一度椿と話し合う必要があるかもな...」


「そうだね! 一回じっくりと話し合ったほうがいいよ! なんなら私も同席するし!」


「そうね、もしよければ私も同席するわ。色々と言いたいこともあるし」


「うーん... まぁそこは追々考えていくよ」


 普通に考えれば、家庭の事情に人が口出しするのはおかしなことなのだが、歩はそのようなことは全く思わずに検討してしまうのだった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 それからしばらくて4人は解散し、歩は自宅に帰っていた。家に帰ると、すぐに制服から普段着に着替える。そして、妹の椿に連絡を取るのだった。


「この時間なら大丈夫かな」


 そう思いつつ、デバイスを使い通話を試みる。


 しかし、しばらくコールするも椿がでる様子はない。一旦切って、もう一度かけ直そうと考えていると、デバイスのモニターに少女の姿が映りこむ。


「うーん、でないなぁ。忙しいのか?」


「あ! お兄ちゃん、ごめん! ちょっとバタバタしてて、でるの遅れちゃった!」


「お、椿! 大丈夫か? 今は忙しくないのか?」


「うん、今は平気だよー。閉会式は一時間後にするみたいだから、しばらくはお話できるよ!」


 椿はセミロングの髪をポニーテールにまとめており、そして服装はラフなジャージ姿であった。


 決勝が終わったのは数時間前だが、3位決定戦がその後に控えていたので彼女は少し時間を持て余した。だからこそ、そんな時に兄から電話がかかってきて椿はかなり嬉しかったのだがそれを見せる様子はない。


 というもの、椿は兄の歩が若干シスコン気味で、自分が嬉しそうにすると過剰に反応してくる事が恥ずかしいからである。


 いくらジュニアの世界大会覇者とはいえ、そこは年相応なのであった。


「疲れとかは、大丈夫か? 特にVAと属性具現化エレメントリアライズはどう?」


「んー、VAの疲労はちょっとあるかな。連戦だったしねー。属性具現化エレメントリアライズは、決勝でちょっとだけ使ったけど、前みたいに体調は悪くないよ!」


「そうか、それならよかった... そこが一番の心配だったからな」


「もう〜、お兄ちゃん心配しすぎ〜。この通り、元気だから大丈夫だよ!」


 椿は元気そうにそういうが、歩は実際のところかなり心配していた。


 椿は属性具現化エレメントリアライズを発現してからまだ日が浅い。


 本来は数年単位で完全に馴染むものというのもあって、彼女は発現したての頃はかなり負担があったのだ。


 兄妹なので、歩と椿はよく模擬戦をしていた。その時に目の前で椿が苦しんでいるのを見ているからこそ歩は心配していたが、それは杞憂だったようでホッとするのであった。


「で、どうだった? 決勝の相手は? 強かったか?」


「それが聞いてよ!! もう強いのなんのって!! てか同世代であの強さは反則でしょ! 属性具現化エレメントリアライズがなかったら確実に負けてたよ!」


「相手はイギリス代表だったよな?」


「そうそう。イギリスは日本と同じでクリエイターの超先進国の一つだからやっぱ選手層も厚いし、個人の能力がすごいね。明らかに、ものすごい努力してるってわかる技量だったよ」


 クリエイターは世界中に存在するが、その中でも特に力を入れている国は現在超先進国と呼ばれている。日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、ロシアの6カ国は特にクリエイター教育に力を注いでおり、選手層もかなり厚い。


 世代別世界大会でも、ほぼこの6カ国から優勝者が輩出されている。


「と言うか、椿は属性具現化エレメントリアライズ出すの渋ってたのに、結局出したんだな」


「いやぁ〜、さすがにねぇ。でもまたマスコミに色々と書かれるんだろうなぁ〜」


無傷の戦姫インタクトヴァルキリアはちょっと、大袈裟だよな。椿はこんなに可愛いのに、戦姫だなんてなぁ」


「まぁ、仕方ないね。そこはある程度妥協するよ。ただ、ちょっと抗議の連絡は入れるけどね」


「というか全属性蝶舞バタフライエフェクト出されたら、俺でもちょっと対処は出来ないかもな」


「お兄ちゃんは本気出せば、私に勝てるでしょ。まぁ本気で戦ったことないからわかんないけど。でも全属性蝶舞バタフライエフェクトは消耗激しいから、本当ギリギリの戦いだったよ〜。最後は気合で押し切った感じかなあ」


 椿が使用する属性具現化エレメントリアライズの名は、全属性蝶舞バタフライエフェクト


 全属性蝶舞バタフライエフェクトは全ての属性を兼ね備えた蝶を大量に創り出し、防御と攻撃どちらもこなすことができる万能な能力である。


 蝶の動きは防御は自動オートに設定してあり、攻撃の際は自分の意志で操作して攻撃をする。


 彼女が無傷の戦姫インタクトヴァルキリアと呼ばれる要因は、これだけではないがこれも大きな要因となっている。


 蝶による完全自動防御は完璧で、どれだけ速くても、強くても、あらゆる攻撃を無効化してしまう。そして、攻撃のバリエーションも多彩な上に、椿自身もCVAを使って攻撃を仕掛けてくる。


 こうなると、相手は完全にお手上げで、なす術もなく敗北してしまうのは必然であるのだった。


「あ、あともう一つ言いたい事あったんだった。来年の一緒に暮らす話だけどさ...」


「何かあったの? 私はそっちの学校に入学するつもりだけど?」


「いや、華澄と彩花が何か話したい事? と言うか、何か言いたい事があるらしい。いくら兄弟とはいえ、未成年同士で暮らすのがまずい? みたいな事を言ってた気がする...」


「は? 誰そいつら? てか、人様の家の事情に口出しするのは常識なさすぎなんじゃないの?」


 先程とは打って変わり、かなり不機嫌になる椿。彼女は兄に過剰に褒められるのは恥ずかしいが、歩の事が嫌いなわけでない。むしろ、かなり好きで自分もブラコン気味なのは自覚しているが、それも恥ずかしいため隠している。


 しかし、来年からの一番の楽しみを最近パッと出てきた女のせいで阻止されてたまるかという想いが今の彼女にはあった。


(ちっ!! 共学だから、お兄ちゃんの周りに変な女が増えるのは仕方ないけど...

 邪魔されるのだけは絶対阻止しなきゃ。あの御三家の中でも、一番力を持つ有栖川家の長女がいるようだけど、御三家がなんぼのもんじゃい!! 絶対、お兄ちゃんとの同棲生活は死守してみせる! ただでさえ、今別々に暮らしてるのが辛いのに、これ以上苦しい思いをしてたまるかっつーの! これは直接会ってガツンと言うべきかなぁ?)


 ちなみに、椿はこのような黒い面は歩にできる限り見せないようにしているが、時々嫌なことがあるとつい口が悪くなってしまうのは歩も知っているのである。


「まぁ、でもちょっとぐらい話してみたら? こないだも話してみたいって言ってたじゃん。ちょうどいい機会だからさ」


「あー、そうえばそんなことも言ってたね。いいよ、今度時間あるときにそっち行くから、セッティングしといてね」


「了解。二人に言っとくな」


 そして、歩は現在椿が映っている通信用のモニターとは別に、スケジュール管理用のモニターを出してそこに今言ったことを書き込んでいく。


 そうしていると、椿が再び不機嫌そうに文句を言ってくるのだった。


「てかさ、お兄ちゃん。あんまり周りに変な女置かないでよね」


「置かないでって... そんなフィギュアじゃないんだから...」


「とにかく!! 今後も何かあったら私にも言ってよ! 今はもう... 二人きりの家族なんだから、さ」


 椿は今までは気丈に振る舞ってきたが、やはり両親がいないというのはとても辛く、苦しく、悲しいようだった。


 たとえどれだけ進化しようとも、どれだけ時代が経とうとも、人の心のあり方そのものは普遍的なものである。それは、クリエイターの世界大会で優勝する者も、そうでない者も変わらないのであった。


「そうだな。今度からはちゃんと言うようにするよ。ごめんな、変に気を使わせて」


「じゃあ、今度会うときはお兄ちゃんの奢りね!!!」


「俺の奢りって... 椿がお金出したことって、今までほとんどないだろ?」


「あ! それもそうだね! あはは、ごめんごめん」


「ま、いいけどな。兄だからそれぐらいはしてやらないとな」


 そう言うと、歩は少し不満げながらもどこか嬉しそうな表情をするのだった。




 それからしばらく話し込んだ後、そろそろ椿の表彰式の時間が近づいてきたので名残惜しそうにしながらも二人は通話を終わらせる。



「へぇ〜、なるほどなぁ。でも、とりあえずお疲れ様。それと優勝おめでとう。こっちに帰ってきたら、何かプレゼントあげるよ。何がいい?」


「そこはお兄ちゃんに私が、好きそうなやつ選んでほしいな〜。あとは一回どっかにデート行こうよ! ずーっと試合だったからたまには遊びに行きたい!!」


「あぁ、わかったよ。じゃあまたな、椿」


「うん、ばいば〜い」


「ふぅ。椿、元気そうでよかった。これは俺も頑張りますかね」


 そういうと歩はデバイスのモニターを消し、これから始まる校内戦のリーグ戦のデータをまとめるのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「うーん、大体出場選手のデータまとめたけど。なかなかなぁ... 一筋縄ではいかなさそうだな...」


 椿と通話を終了してから、歩は一時間ほど校内戦のデータをまとめていた。しかし、データを見れば見るほど、辛い現実が待ち受けているのがわかってしまうので思わずぼやくのだった。


「そろそろ、これを実戦に投入するか... いつまでも渋ってても仕方ないしな」


 歩は現在、デスクの上にデバイスを置いてモニターを操作していたが、そのデバイスの隣にはコンタクトレンズの入れ物が置いてあったのだ。


「――――ARレンズ。これがあれば、実戦での消耗は減るけど... 処理速度の問題がなぁ... 使いこなせれば今後の試合でかなり役立つんだけど...」


 2120年では、視力治療は完全に確立されており視力の矯正は容易に行うことができる。そのため、通常ならばコンタクトレンズやメガネは必要ない。


 つまり、歩が持っているものは視力矯正のためのコンタクトレンズではない。


 ARユニット。それは、現代の情報社会の中心を担っている多機能情報電子端末の名称である。ARとは、Augmented Reality(現実拡張)の略称で、文字通り、人間の現実を拡張するのだ。人間が知覚している現実を、コンピューター技術を用いて拡張する技術。この技術の体系化によって、世界はさらなる超情報化社会への道を歩んでいる。


 ARユニットは3種類ある。


 一つ目はARデバイス。これは多機能電子端末で、細い棒状の形をしており、そこからモニターが投影されそれを実際に触ることで操作をする。世間では、デバイスと呼ばれておりARユニットの中でも最も使用率が高い端末である。


 二つ目はARレンズ。これはコンタクトレンズを眼球に装着することで、視界に様々なデータが表示されるようになり、デバイスとは異なり装着している本人のみがモニターを認識できる。主に激しい動きをする人やデバイスを持ち歩きたくない人などが使用している。


 3つ目はARグラス。こちらはレンズではなく、メガネタイプのARユニット。こちらはARレンズよりも手軽に使用できるので使用率はそれなりに高い。



 現在ではARレンズやグラスを装着しながら、スポーツをすることが許可されている。しかし、運動をしながら視界に映る情報を処理するのはかなり難しいため、実際に使っている者はほとんどいない。クリエイターの処理能力といえども、それは例外ではない。そのためスポーツ選手の間では普及率はかなり低いのである。


 また、ARユニットは相互にデータのやり取りが可能である。そのため、ARレンズやグラスで得た情報は全てARデバイスに自動で保存されていく。また、ARデバイスにある情報をARグラス、レンズに表示することも可能となっている。



「とりあえず、調整だけはしとくか。レンズ調整用のモニターをオープンしてっと」


 ARユニットの相互機能を使用し、デバイスを通じてARレンズの調整をしていく。まずはVA補助機能を設定をしようと、モニターに表示されているデータを調整する。


 ちなみに、大会などでのARユニットの使用は事前に許可申請を出す必要がある。歩は明日には申請を出そうと思っていたので、今日中に調整を済まそうと思っていたのだった。


「とりあえず、VA補助は複眼マルチスコープ支配眼マルチコントロールにして... 残りは相手と自分のバイタルデータ表示にしておくか。複眼マルチスコープのリソースを30パーセントほど、ARデバイスで処理。そして、バイタルデータは自分と相手を表示。処理速度、情報知覚速度は最高に設定。VA使用時は、知覚速度は一段階下げとこう」


 そう考えながら、ARレンズを自分用にチューニングしていく。


 一見すれば、ARレンズはVA補助や自分や相手のバイタルデータを視界に表示できたりなど、便利そうに見えるが戦闘となれば話は違ってくる。私生活で使う分にはただの便利なツールだが、戦闘中に視界に映る情報を処理しつつ相手の動きにも気を配りながら、VAを展開し、CVAを使用するのは並大抵のことではない。


 歩は使用しているVAの性質上、マルチタスクに脳がかなり適応しているのである程度はARユニットを使用しながらの戦闘は可能だが、まだそれに慣れていないために今まで実戦への投入は渋っていた。


 しかし、学年でのリーグ戦と本戦、そして今後のクリエイターとしてのキャリアを考えるといつかはARユニットを使用した方がパフォーマンスが上がることは自明だったので、思い切って次の試合から使用しようと固く心に決めていたのだ。


「よし、こんなもんかな。でもARレンズを使用しながらの戦闘に慣れれば、代表への道ははっきりと見えてくる。これは気合入れないとな。椿も頑張ってるし次は俺の番だな!」


 そして、調整をした後はしっかりと睡眠時間を確保するためにすぐにベッドに入り、試合のシミュレーションを脳内で軽くしながら眠りに落ちるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る