第37話 七条 椿
予選結果が発表された翌日は、その話題で持ちきりだった。また、歩のクラスでは歩を含む4人も学年代表戦に出場が決定となったので朝から大盛り上がりである。
そして、クラスメイトは4人に応援の言葉をおくる。
「おい、七条! 俺らの分も頑張ってくれよ!! ワイヤーだからこそ、出来るってとこを見せつけてやれよ!!」
「相良! 脳筋の無限の可能性を見せつけてやれ!!!!」
「有栖川さんは一位通過なんてすごいね! この調子で代表まで頑張って!!」
「彩花〜あんたも出来るだけ頑張りなさいよ〜」
「え、ちょっと私だけ扱いがひどくない!?」
「うい〜、お前ら席つけよ〜。ホームルームやるぞ〜」
彩花は抗議の声を上げるが、その瞬間に担任の茜が教室に入ってきたため、虚しくも彼女の声が周りに届くことはなかったのだった。
「昨日の結果は全員知っていると思うが、うちのクラスからはなんと4人も学年代表に選ばれた。今後はみんなで、まぁ適当に応援していけよ〜。うん、私からはそれだけ。じゃ、ホームルーム終わり〜」
そう言うと、茜はそのまま教室を出て行く。
「え? それだけ?」
彩花がクラスを代表して言う形になったが、この時ばかりはクラス全員が同じ気持ちであった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「おい、歩! 軽く運動してから帰らねぇか?」
放課後になると、雪時が歩に唐突に話しかける。現在は本戦に進むための学年代表戦の準備期間で、2日間の休みがある。そのため、雪時はその調整のために歩を誘うのであった。
「時間は一応空いてるけど、場所は取ってあるのか?」
「そこは有栖川さんがやってくれるってさ」
「あぁ、なるほど。だから華澄と彩花はもういないのか」
「そゆこと。じゃあ、行こうぜ」
「りょーかい」
そうして、歩と雪時は教室を出て行くのだった。
「お〜い、二人ともこっちこっち!!」
「あ、やっと来たわね二人とも」
「うす、待たせたな」
「結局いつもの4人で調整か〜。で、どういう形式でやるの?」
現在いるのは第4アリーナで、華澄が事前に使用申請を出していたからこそスムーズに使用することができている。本来ならば、手続きは1日前にしなければならなのだが華澄のおかげで当日でも使用できるのだった。
ちなみに、これは完全に職権乱用なのだが、現在は使用するものも少ないので華澄は特に気にしていない様子。彼女もいつもこのような事をするほど分別のない人間ではないが、歩が若干華澄の傍若無人ぶりに呆れていたのは誰も気づかなかった。
「一試合10分ぐらいでいいんじゃない? あとは属性攻撃はない方がいいわね」
「それがいいね、じゃあ誰からやる?」
「はいはい! 華澄と先にやってみたいです!!!」
「おぉ、不知火のやつやる気だな」
「じゃ、俺と雪時は観戦でもしますか」
「そうすっかー」
そして、彩花と華澄は戦闘準備に入り、雪時と歩は第4アリーナの外の観戦用の席に座って試合が始まるのを待つのだった。
「はぁ、とうとう始まるのか〜。リーグ戦だからかなり疲れるだろうな〜。歩はどうよ? 準備万端か?」
「今は出場者のデータ整理でかなり忙しいかな。大体、データは揃ってるけど対策がね」
「それって、俺の分もあるのか?」
「もちろんあるよ。ま、見せないけどね」
「だよな〜、俺もそういうのしたほうがいいのかなー」
「相手のCVAとVAの特性と属性攻撃は何が得意なのかぐらいは、知っといたほうがいいかもな」
などと話しているうちに、華澄と彩花は準備が終わったようでそれを歩たちに伝える。
「よし、じゃあ始めるねー!! 歩達はしっかりと時間計っといてね! じゃあ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく。彩花と試合するのは初めてだからちょっと楽しみね」
「それはこっちのセリフだよ! どうせリーグ戦で当たるなら今のうちに体感はしときたいからね〜」
「まぁ、どっちも条件は同じってことね」
そうこう話していると、アリーナの室内に歩の声が響き渡った。アリーナの構造は基本的には外部と内部に分かれている。内部では試合が行われ、外部ではそれを観戦するモニターや試合時間の設定などができる。
現在は歩と雪時が観戦ルームにおり、そこから内部に音声を届けているのであった。
「よし、いつでも始めていいよ。試合時間10分、属性攻撃はなしで問題はない?」
「ええ、大丈夫よ」
「それで問題ないよ!」
「30秒後に開始するからCVA展開しといて。それじゃ二人とも頑張って」
歩がそう言った後に、放送を切った時に出る特有のプツッと言う音が生じ、音声が切れる。
そして、それと同時に華澄と彩花はCVAを展開する。
「「―――――――――
華澄は右手首にあるブレスレットが弾け、一方彩花は首から下げているネックレスが弾けた。
弾けた粒子は、互いの手にCVAを構成していき、二人とも展開したCVAをしっかりと握りしめる。華澄の手には双剣が、彩花の手にはレイピアが展開される。
そして、CVAを軽く振りうまく展開できているか確認した後、二人は完全に戦闘態勢に入る。
「――――――――――試合開始」
今度は歩の声ではなく、試合のために使用される電子音声が試合の始まりを告げた。それと同時に室内に轟音が響き渡る。
「ハッ!!!!!!」
その音は、試合開始の音声を認知した瞬間に、彩花が
「もらったぁあああああ!!!!!」
そう言うと、彩花は先手必勝とばかりに華澄の右肩を狙いにいく。調整ということを忘れてはいない彩花だが、華澄は実際の戦闘ではどの程度動けるのかを自分の体で確かめておきたかったので容赦なく攻撃を繰り出す。
彩花の攻撃速度は中々のもので、普通ならば回避するのは至難の技だが華澄は余裕を持って躱しにいく。
「――――
華澄が自分にしかきこえない音量でそう呟くと、彼女には視界の情報とは別の、体の感覚全てを使った未来予知が意識に入り込んでくる。
(なるほど、
冷静に彩花の攻撃を
華澄の移動に伴って、彼女の金髪の
「まだまだぁ!!!!!」
彩花は避けられたことは全く気にせずに、さらに攻撃を繰り出すがすべて避けられてしまう。
(2秒後に右脚、その後回り込んで左ふくらはぎ、その次は左手による裏拳、そこから一旦距離をとるってとこね)
華澄の
今までは何となくVAで知覚していた未来が今ではよりクリアに視える。ここで言う、視えるとは視覚を通じた情報認識ではない。彼女の脳が創造した未来を、その脳で視て知覚しているのだ。
これは普通の人間も同様である。人間は想像を視覚ではなく、脳で視ているのだ。ただ、華澄の場合はそれが未来に関する予想を意識的に創造し、その創造したものを脳で視れるというだけである。
「これならどう!!!!!」
「まだまだね、彩花」
「な!!!??」
彩花はレイピアで攻撃する中に、体術として裏拳を混ぜた攻撃を試みたが、それは既に予知されていたのであっさりと防がれてしまう。
そしてその隙をついて華澄は今度は自分から攻撃を仕掛けていく。
「避けないと、立てなくなるわよ」
その言葉を発した次の瞬間、彩花の目の前には既に両手剣による攻撃が迫っていた。空を切る音とともに迫るその威圧感は、思わず足がすくんでしまうほどのものだったが、彩花の身体は頭で考えるよりも先に本能で回避行動をとる。
「はぁ... はぁ...」
なんとか、バックステップで攻撃を躱したが彩花は今の一連の攻防で相当疲労を蓄積してしまう。
「あら、これは避けるのね。やっぱり彩花はなかなかやるわね」
一方の華澄は全く息も切れていない上に、皮肉にしか聞こえない発言をする。
もちろん、華澄は皮肉を意図的に込めてそう言ったのではなく、素直に賞賛したからこそそのように言ったのだ。
華澄は常に
VAは性質上、パソコンに似ている。一旦オンにしてしまえば、自分でその発動を切らない限りずっとオンの状態が続く。しかし、VAはレア度が高く実用性が上がるほど消耗が激しいので、パソコンのようにスリープ状態を意図的に入れなければあっという間にVAの消耗により戦闘に支障が出てしまう。
華澄は意識してそれを出来るのだが、そのようなことを踏まえた上でも
彩花の心情はそうは落ち着いてはいられないのであった。
「あー、今完全に華澄に煽られたわー。あー、もう!!! これはもうなんとか一撃当てて一矢報いてやる!!!」
「ふふ、まぁ出来るものならやってみるといいわ」
にっこりとそう微笑む華澄の笑顔は、先程とは違い意図的に彩花を煽ってのものだったが、相手が意図的であろうとなかろうと、彩花は舐められたと思ってかなり憤慨していたのだった。
「はあああああああああああああっ!!!!!!!!!!」
「さてと、それじゃあ全ての攻撃を避けてみましょうかね」
そう言うと、二人は残り時間全力でぶつかり合うのであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
それからしばらくし、全員が試合を終えたのでアリーナの中にある休憩室でスポーツ飲料を飲みながら4人は談笑していた。
「いやー、マジ疲れたわー」
「でもいい調整になったよ。CVAもVAも問題ないみたいだし」
「むぅー。歩と華澄はずーっと、避けてただけじゃん!!! 攻撃も牽制する程度だったし!!!」
「私と歩はVAの消耗が激しいから、今のうちにうまく調整しとかないといけないのよ。それよりも、彩花はもうちょっと冷静に戦ったほうがいいかもね。相良くんにも負けてるようだし」
「あ! あれはこの脳筋が考えなしにぶんぶんハンマー振り回すからよ!!」
「おいおい、脳筋て...」
「俺にとっちゃ、最高の褒め言葉だな! ガハハ!!!」
試合結果は、華澄と歩は全勝。と言っても、歩と華澄の試合は互いに攻撃を避け続けるだけでタイムアップとなったが。
一方で、雪時は彩花に勝利し、彩花のみが全敗となった。
「あー、私だけ全敗とかへこむわ〜。つらいいいいいいいい、うわあああああ!!!」
「でもまだ調整で軽く試合しただけだから、大丈夫だよ彩花。ま、それを差し置いても、もうちょっと冷静に立ち回れるといいかもね。あはは」
「あー!! 歩まで馬鹿にするのね!!! くううぅぅぅぅぅ。でも正論だから何も言えないのが、くやしいいいいいい!!!」
「はいはい。残りあげるから元気出しなさい」
そう言うと、華澄は彩花に飲みかけのペットボトルを渡す。中身は半分以上残っており、それは華澄はあまり疲労していないことを示していた。
もちろん、そのことに彩花は気がついているが特に突っかかることなく素直に受け取る。
「....ありがとうございます」
「なんで敬語なのよ...」
そして、彩花は
「お、見ろよこれ。ジュニアの世界大会の決勝が終わったらしいぜ」
雪時は話題を変えようと、デバイスのモニターを全員に見せる。そこにはクリエイターのジュニア(中学生以下)の世界大会の結果が表示されていた。
モニターには大きく、
「どれどれ。うわぁ、やっぱり優勝は
「まぁ、知らないことはないけど... でもこの子、去年ぐらいから有名になったからまだよくわかんないのよね」
「あ、優勝したんだ、椿。あとで連絡入れとこうかな」
「「「え??????」」」
「え、そんな顔でこっち見てどうしたの? 彩花と雪時はともかく、華澄まで」
華澄、彩花、雪時の3人は歩の発言がよく理解できず、呆然としてしまう。
「え、七条ってたまたま同性なんじゃないの???」
恐る恐る、彩花が3人を代表してそう言うが、それに対して歩は何も気にしていないかのように返事をする。
「いや、血の繋がった妹だけど。昨日も、今日の試合が不安だからって夜に通話してたし」
「「「ええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!??????????」」」
「そ、そんな驚くこと???」
3人の反応にかなり驚いてしまった歩は、軽く詰まりながら質問をし返す。
「「「いや、驚くよ!!!」」」
「だって、ジュニアとはいえ世界大会で優勝してんだよ!?」
「そうだぜ! しかも、
「そうよ!! 歩に言われるまで気付きもしなかったわ!!!」
「はぁ、実の妹だからあまり考えたことなかったけど... なるほど第三者から見るとそういう反応になるのか... これは今後の参考にしよう...」
「「「ちゃんと人の話を聞け!!!」」」
「あ、ごめん...」
それから歩は妹の、七条椿について説明を始めるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「とは言っても、何を説明すればいいのか... みんな、何かない?」
そう言って3人の顔を見るが、言われてみれば何を知りたいのかいまいち決まっていなかったようで3人ともしばし考え込むのだった。
そして、再び彩花が一番に質問を歩に投げかける。
「あ! CVAとVAの説明とか...?」
「あ〜、でもそこは色々と問題あるしなぁ... とりあえず公開されている情報だけいうと、CVAは槍でVAは身体強化系のやつは一通り使えるね。
それに続いて雪時が質問をする。
「その... 妹さんは昔からあんなに強かったのか?」
「昔からってほどじゃなかったかなぁ。確か、三年前にレア度の高いVAと
そう言うと、歩は少し気の抜けたようなだらしのない顔をする。そこから3人はある事を同時に思った。
(((歩って、シスコンなんだ...)))
そして、最後に華澄が質問をする。
「こほん。そういえば、
「あれはメディアが勝手に付けたみたいで、本人はかなり恥ずかしがってるよ。その件で弄ったら、めちゃくちゃ怒ってたから本人の前では言わないほうがいいよ。あははは」
軽い調子で言うが、歩の手には微かな震えが生じていた。
というのも、椿が本気で怒ったのをその時初めて歩は
「でも確か、今回の大会でも無傷で全勝だろ? どんな能力があれば無傷でジュニアとはいえ、世界大会を制覇できるんだよ...」
「無傷というからには、よほど高性能なVAを所有しているようね。おそらく、感覚系の感知派生のVAか、視覚系のVAが予想できるけど... トーナメント戦全て無傷となると、視覚系VAはありえないから... おそらく
「近い? 華澄は
そう尋ねる彩花だったが、華澄の考えにはしっかりとした根拠があった。
「
「正解。なんのVAかは言えないけど、感知系なのは間違いないよ」
「やっぱ、歩だけじゃなくて、歩の妹もすごいヤツなんだな!! お前の家系は御三家並みにすごいな!!」
今まで黙って聞いていた雪時だが、思わず興奮して声を上げてしまう。しかし、それも無理はない。ワイヤー使いだが、圧倒的な強さを誇る歩。そして、彼の妹は世界大会の覇者。誰が聞いても、同じような感想を抱いたのは間違いなかった。
「と言うよりも、華澄が意外と冷静に分析して私はちょっと驚いたよ。結構鋭い指摘だったみたいだし」
「まぁ、誰かと違って私は成長してますからね。誰かと違って」
「ん? それは誰のことを言ってるのかな? ん?」
「別に彩花のことは言ってないわよ? 匿名の誰かって言ったのよ?」
「ちょっと、何でケンカしてんの...」
いつの間にかお互いを煽り合っていた二人を見ながら、歩はあることを考えていた。
(そうか、椿のやつ優勝したんだ。本当は見に行きたかったけど、来なくていいて言われたし、リアルタイムの放送でも見ないでって言われてたけど... 両親が亡くなってから二人で色々と頑張ってきたけど、妹が世界大会の覇者か。これは俺もやる気出さないとな!! あとは、次会った時には何かプレゼントでもあげようかな)
そう思っていると、再び雪時は歩に話しかけるのだった。
「あ! 歩って一人暮らしだよな? 妹さんとは一緒に暮らしてないのか?」
「今は親戚の家で暮らしてるけど、来年はうちの学校に入学するつもりみたいだから、多分来年からは二人で一緒に暮らすかな〜」
「「え!!??」」
その発言に反応したのは彩花と華澄の二人。
先ほどまで言い争いをしていたにもかかわらず、この反応は二人とも息がぴったりと合っていたのだった。
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