第31話 Another View 4 彼女の変化

「ほらほらぁ!!! どうしたのぉ!!! 避けてばっかじゃつまんないよぉ!!!!!!!」


 彼女はかなり興奮しているようで大声を出しながら、大鎌を力強く、かつ超高速で振るう。右腕からは大鎌を振るう度に大量の血が飛び散るが、そんなことはお構いなしに相手に攻撃を仕掛ける。



(あぁ、あたしの血が飛び散ってる.... やっぱり血は誰が流しても.... ホント... 綺麗...)


 彼女は意識を相手に向けてはいるものの、自分の血が飛び散るのを視認するのは脳が勝手にしてしまうらしく、興奮を抑える事が出来なかった。


 また、表情は戦闘しているクリエイターのものとは思えないほど、うっとりしており、そこだけみれば彼女が異常である事など微塵も分からなかった。


 右腕から流れ出るおびただしい量の血が彼女の制服、そして周囲に飛び散る。その様子は見ている方はかなり痛々しく思ってしまうが、彼女はその鮮血が飛び散るのが何より好きでさらに荒々しく大鎌を振るう。


「――――――――――」


 一方、相手の男は何かを言っているようだが、相変わらず聞き取る事は出来ない。しかし、彼女の頭はそんなことより相手をどのように殺すかという事しか考えていなかった。


「アハハハハハハッハハハハハハハッッハハハハ!!!!!!! 最高にキてる、キてるよぉ!!!!!! アハハハハハッッハハハッハハハ!!!!」


 相手の男は両目が蒼色になっており、今まで以上に彼女の攻撃を簡単に避ける。そして、彼女にワイヤーで攻撃を試みるが全て身体に届く前に大鎌で切り裂かれてしまう。


「ほらぁ、そんな攻撃じゃあたしに当たんないよぉ????」


 大鎌を大きく回転させ、プロペラのようにして相手のワイヤーを全て切り裂く。死角からの攻撃もすべて撃ち落とす。相変わらず、血は大量に飛び散っていたが彼女のパフォーマンスは衰えるどころかさらに上昇しているようにみえた。


「――――――――か」


 男は何か言うと、彼女から一旦距離を取った。男のワイヤーの精度は以前より低下しており、それを改善する為にも男は仕切り直そうと試みたのだった。


「ふぅ、いい感じにノれてきたよぉ。あ、でもちょっと血は流しすぎたかもぉ。クラクラしてきたぁ。仕方ない、止血しよーっと!!」


 そう言うと彼女は右腕に思い切り力を込める。


 すると、彼女の右腕がさらに紅く染まっていき筋力のみで出血を止めた。怪力ヘラクレスは両腕の強化が主な効果だが、使い方次第ではこのような事も出来るのだ。


「ひさしぶりに、VA2つも使ってるから疲れちゃったぁ。でもこれホント便利なVAなんだよね。――――――――――痛覚消失アノルジィージア


 小さな声でそう言うと、彼女の傷はたちまち塞がっていった。クリエイターは一般の人よりも、回復力はかなり上である。しかし、彼女のように一瞬で傷を治す事は通常は不可能。


 だが、彼女のVA――――痛覚消失アノルジィージアならばそれが可能である。


「ほら見てぇ〜、もう治ちゃった! アハハハ、ホント便利ぃ〜。VAって凄い不思議だよね〜? そう思わない?」


 彼女の持つVAは2つある。一つは怪力ヘラクレス。そしてもう一つは感覚系VA 痛覚消失アノルジィージアである。


 痛覚消失アノルジィージアは主に痛覚を任意で遮断する事が出来るVAである。また、ある程度回復力を高める事も可能。そのため、彼女は右腕を裂かれても今まで通りに戦闘ができ、またすぐに回復させる事が出来たのだ。


「ふぅ、じゃあそろそろ終わりにしようかぁ? ねぇ?」


 再び大鎌を構える彼女。口調は相変わらず甘ったるく、相手に媚びるような声だが彼女の眼光は今までの中でも一番鋭く、視線だけで相手を殺す勢いであった。


(私の攻撃はまだ何一つ当たっていない... だからこそ、当たった一撃のみで殺しきってみせる。このワイヤー使いまだまだ技を持っているようだけど、それを出される前に必ず殺すッ!!!!)


 地面に靴がめり込むほど、脚に力を入れその反動で思い切りその場を駆ける。大鎌空気抵抗を減らすのと、攻撃をより素早く出す為に低い位置に構えて疾走する。


 彼女は自分が超高速で移動する事で生じる風を切る音などは、もはや耳に入っていない。彼女の感覚のリソースはすべて相手をいかに殺すかという事にしか使われていない。


「――――な」


 男は何かを言うと、空中に跳び上がりワイヤーを壁に引っ掛けながらビルを駆け上っていく。狭い路地裏で戦闘をしていたため、両隣のビルの間隔はあまりなく簡単に上へ昇っていく男。


「逃がさないッ!!!!!」


 そう言うと、彼女はさらに両脚に力を込める。すると、みるみるうちに両脚が紅く灼けるように染まっていく。その姿は紅いタイツをはいているようにみえたが、あまりに生々しく、また深夜特有の暗さと相俟あいまって血が滴っているようにも見えた。


「はあああああああああああッ!!!!!!!!!!」


 彼女は大鎌を構えたまま、ビルの駆け上がっていく。普通ならば、人間が重力を無視して建物を駆け上がるなど出来るはずも無い。それはクリエイターも例外ではない。


 しかし、特殊なVAならばそれが可能となる。例えば、加速アクセラレイションなどは最もポピュラーな脚に特化したVAである。だが、彼女は脚に特化したVAは持っていない。


 彼女が持っているVAは怪力ヘラクレス痛覚消失アノルジィージアである。普通ならばその二つのVAでは外壁走行などできないが、彼女は研究の末に怪力ヘラクレスが脚にも使用できる事に気がついた。


 血の滲むような努力をするだけで両脚にも怪力ヘラクレス使えるようになると知った彼女は、文字通り血反吐を吐きながら鍛錬を積み怪力ヘラクレスを脚に応用する事を可能としたのだった。


(よし、脚はいい感じに怪力ヘラクレスに馴染んでる。あとはビルの屋上まで駆け上がるだけ)


 そう考えながら、屋上を目指す。足下からはビルの側面のコンクリートが砕かれる音が響き渡る。そう――――彼女は両脚を壁に突き刺しながら、超高速で駆けているのであった。


 重力に負けないほどのパワー速さスピードを兼ね備えた怪力ヘラクレスは、クリエイターが極める事が出来る限界値に限りなく迫っていた。VAだけでいえば、彼女は日本でも有数の使い手と言っても過言ではなかった。


(結果的にこれが出来るようになったけど、結局私は何の為にここまで来たのだろう... でも今は考えてても仕方ない。とりあえず、あいつを殺さないと。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――――――惨殺してやる、必ず)


 殺意に支配されている彼女だが、そのときこそがもっともCVAとVAのパフォーマンスがよくなる事を良く知っている彼女は、さらに殺意を高めていく。


「よっと。あいつはどこに.... あ、あそこにいる」


 そのままビルを屋上まで駆け抜けた彼女は、相手がどこにいるか探そうとしたが男はすぐ近くに立っていた。



「待ってたよ――――――――あおい


 屋上にでたことによって、男の顔が月明かりによってはっきりと見える。身長は170センチ台で、制服は彼女と同じICH東京本校のものを身につけていた。


 両手にはワイヤーを生成するための薄手のグローブがはめられており、彼の両目は綺麗な蒼色をしていた。夜だからこそ映えるその両目はだれもが純粋に綺麗だなと思うほど、透き通っていた。

 

 そして、今回彼が発した声は何のノイズも無い。あまりにもあっさりと、そして呆気あっけなく声が聞こえた事に彼女は動揺を隠す事が出来なかった。


「あ、あなた今までなんで声を意図的に隠してたの?」

「声を隠してた? 俺は普通に話しかけてたけど? 葵こそ、なんで声が聞こえないふりしてたの?」

「いや、ふりじゃなくて本当に聞こえなかったんだけど...」

「え、そうなの? それはなんというか... どういうことなんだろうね?」


 彼女はいつものように媚びるような口調ではなく、思わず素で答えてしまう。動揺していたせいもあったが、純粋なありのままの自分で話しをしたかったのでそのようにして相手の会話に応じた。


「というか、なんで初対面なのに私の名前を知ってるの....?」

「初対面? 確かに葵とは最近知り合ったばかりだけど、初対面ってほど面識が無い訳じゃないけど...」

「え?? あなたどこかで私と会った事あるの?」

「会ってると言うか、連絡先も交換してるし一緒にご飯も食べた事もあるんだけど...」

「ホントに??」

「うん、間違いないけど... 俺の記憶が正しければ、ね」


 男は彼女が自分の事を全く知らないと分かり、少し動揺しているようだった。


 一方、彼女――――あおいは今の会話から得た情報を慎重に吟味していく。


(おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。この男は何を言っているの? でも、嘘をついている様子でもない... 謎すぎる... この状況、そして彼が私とこんなにも会話に応じる事もおかしい... どうなってるの??)


 葵は大鎌を右肩に担ぎながら、思索にふける。一見すれば、かなり隙だらけだが男はその様子を黙ってじっと見ていた。


「あッ! そうだあなたの名前、それとどうして私を攻撃するのか教えてもらえない............?」


 彼女は目を鋭くし、怒気を込めてそう言う。これまで相手には散々いたぶられてきた。先ほどまでは会話が成立したことで、少し安心してしまい普通に話していたが冷静に考えるとこれまで腕を切断されたり、首を刎ねられたりしたのだ。


 そのことを思い出し彼女はさらに怒りと殺意が湧いてくる。


(そうだ、こいつは殺さなきゃ。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。目を抉り、爪を剝ぎ、舌を切り取り、男性器を切断し、内蔵をぐちゃぐちゃにしてから殺してやる... そうじゃないと、私の気がすまない...)


 殺意に支配されるにつれ、彼女の両腕と両脚はさらに灼けるように紅く染まっていく。そして、その紅さに焦げていくように漆黒の触手のような跡が混じっていき、彼女の四肢は異常なまでの禍々しさを放つ。


 また、その浸食とみられるモノは彼女の顔面の右半分も覆い尽くし眼も赤黒く染まっていく。眼球から発する赤色の光は彼女の殺意そのものを体現しているように見えた。


 クリエイターは殺意などの負の感情でさえも、戦闘のパフォーマンスを上げる要素となる。これは個人によって様々な要素があるが、負の感情に支配されるクリエイターは大抵周りが見えなくなり自爆してしまう傾向にある。


 だが、葵は違う。彼女は研究の末、自分は殺意、嫉妬、憤怒などによって自分のクリエイターとしての性能が向上することを良く知っている。だからこそ、彼女は自分を本能のままにしている。理性で押さえつける事も出来るが、CVAとVAの性能を最高まで引き出す為にあえてそうしないのだ。



「アハハハッハハハッハハハハハ!!!!!!!! やっぱ答えなくていいよ... もうどっちかが殺すか殺されるかの戦いなんだし。さぁ、始めよう?」


 にっこりと上品に微笑む葵。その風貌とはあまりにもかけ離れた振る舞いに相手の男は思わず固唾をのむ。


「..........葵がそう言うなら、俺は何も言わないよ。色々と疑問はあるけど、俺は葵を殺すよ。ごめんね」

「そう簡単にいくかしらねッ!!!!!!!!」


 葵は大鎌をあろうことか、相手にした。


 大鎌は回転しながら、相手にもの凄いスピードで迫っていく。空気を切り裂く音が生じ、彼女はその音ともに何かを言っていたが男にはその声は届かなかった。


 一方、男はそれを防御しようとワイヤーを大鎌に伸ばすが、


 ――――――――――――次の瞬間、大鎌が消えた。


 比喩的な意味ではなく、物理的に目の前から消えたのだ。彼は何が起きたのか、理解できず呆然としてしまう。そう、それは大きな隙が生じた事を示していた。


「――――こっちだよ」


 葵はすでに男の背後に回っており、声を発したときには大鎌は彼の首元に迫っていた。


ったッ!!!!!)


 彼女は心の中で、そう確信したが...


「ッく!!!!!!!」


 男は蒼眼の目を大きく見開き、ワイヤーのCVAをし去る。両手からは薄手のグローブのようなものがえ去り、CVAを解除したときに出る特殊な粒子が舞い散る。


 それと、同時に蒼眼の両目からは大量の血が溢れ、その血が彼の頬を伝っていく。


 なぜ彼がこのような状況でCVA解除したのか。それはVAのパフォーマンスを最大限まで引き上げる為だ。


 クリエイターは無意識のうちにCVAとVAに自分の能力のリソースを振り分けている。CVA特化にする者もいれば、VA特化にする者もいる。しかし、それは通常は無意識的なモノだがこの男はそれを自分の意志で意識的に操作できるのだ。


(こいつッ!! まさか、CVAとVAの情報量の操作をするつもりなの!?!?)


 それを知っているからこそ葵は驚愕を隠せなかったが、それを意識的に抑えつけ容赦なく首を刈り取りにいく。


 その刹那のやり取りの中で、葵は感じた――――この男の潜在能力ポテンシャルはクリエイターの中でもかなり上位に位置していると。普通のクリエイターならば、VAの力を最大限に発揮する為にCVAを解除したりはしない。というよりも、この一瞬でその考えに至る者ははっきりいって異常である。


 異常なまでの状況判断能力、決断力に彼女は一抹の恐怖を感じた。今まで感じた者とは別の、深淵を覗き込んだときのような気味の悪さが彼にあるのだと悟った。そして、自分と同じようにこの男も狂人であると瞬時に理解したのだった。


 その異常さを感じ取った彼女はこの必中であるはずの一撃は完璧に回避されると予測した。


(こいつ... 私と同じ若さでこの領域に踏み込んでるなんて... 恐ろしい... 本調子でないと速攻でやられる... これは奥の手も出すしかない...)


 そう考えながら大鎌を振り切った彼女の両手には、肉を抉る感触はなく、ただ虚しくも空気を切り裂いた感覚だけが残った。


「ふぅ... やっぱ強いね、葵。もう少しで胴体が真っ二つだったよ... はぁ... はぁ...」


 片膝を着き、両目から流れ出るおびただしい量の血を拭き取りながら男はそう言う。


 今のやり取りで男は完全に油断していた。にもかかわらず、彼女の一撃を完全に避けた事実は未だに彼女に大きなショックを与えていた。


「はぁ、いいよぉ。これなら、本気出してもいいよね? ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?」


 しかし、葵は彼の異常性に親近感を覚え、さらに興奮していく。怪力ヘラクレスに浸食されている部分がさらに伸びていき、ほぼ全身が赤黒く染まっていく。その姿は例えるなら――――のようだった。


 彼女はこの状態のことを鬼化オーガと呼んでおり、非公式だが怪力ヘラクレスの上位VAとしてデータに残している。


鬼化オーガもいい具合に馴染んでいてる... これならあいつとなんとか互角に戦えるはず...)


 そう考え、再び大鎌を構えなおす。鬼のような見た目に、大鎌を持っている彼女の姿はかなり気味の悪い者だったが男は顔色一つ変えずに、あいたいする。


「あなた、私とは別の意味で狂ってるねぇ。あぁ、いいよぉ。アガってきちゃったぁ。さぁ、どんどんいくよッ!!!!!!!!」


 満月に照らされる二人の姿は、まるで舞台にたっている役者のように輝かしくみえた。


 ――――――――――――戦闘は続く。


 

 

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