第30話 それぞれの想い

 それから歩は所用があると言い、教室に顔を出したあとはどこかに行ってしまった。そして雪時もタイムアタックの番が近いので、すでに第一アリーナへ移動していた。


 華澄と彩花はそんな中、歩が急にどこかに行くと言っていなくなってしまったので少し疑問に思っていた。


「歩、どこに行ったんだろ〜」

「気になるの?」

「まぁ、ちょっとね〜」

「でも私たちもタイムアタック控えてるからそろそろ準備しないと」

「だよね〜。じゃあ頑張りますか」


 華澄と彩花はそれから軽く会話をして、第一アリーナに向かった。


 タイムアタックも中盤に入り、多くの生徒が第一アリーナに集っていた。成績もそれなりのものは出ているが、やはり歩の91ポイントは別格であった。


 現時点での一年生の1位は歩の91ポイント。2位は73ポイントとかなり差が出ていた。それほどまでに歩が叩き出したスコアが異常なのだ。


 ほとんどの上級生をも上回る圧倒的なスコア。いくらワイヤーがタイムアタックに適していようとも、あの反射速度、思考力、創造力は圧倒的であった。また創造秘技クリエイトアーツもかなり高性能だという事は誰の目にも明らかだった。


 このタイムアタックにより、歩は多くの上位層のクリエイターに否応なく認知される事となった。


 そして、ある教室から各学年のタイムアタックの様子を大きな3つのモニターで見てる女子生徒がいた。彼女は、座椅子にゆったりというよりもだらけた感じで腰掛けており、モニターを見ていた。


 彼女はその3つのうち1つのモニターの映像を特に集中的に見ていた。


「あぁ、やっぱり最高ですね彼は。あのCVAとVA、そして創造秘技クリエイトアーツの組み合わせはやはり何度見てもいいです。そうは思わない? かおる?」

「会長。それに答える前に、もう少し姿勢をよくして下さい。目に余ります」


 薫と呼ばれた女子生徒はショートヘアの髪をかきあげながらそう言った。また、彼女はこの事に慣れているのか極めて事務的な声だった。


 生徒会副会長2年 緒方おがたかおる。彼女は副会長だが、会長が事務的な事をしないためいつも一人で様々な雑務をこなしていた。だからこそ、会長に対する愚痴が他の役員よりもつい多くなってしまうのだった。


「もぅ、薫はいつもうるさいです! 私のお母さんか何かなの!?」


 会長――倉内くらうちかえではぶつぶつ文句を言いながら、座椅子から立ち上がり、腰にまで届きそうな長い黒髪を少し揺らしながらモニターの方へと歩いていった。


 そして、なぜかモニターの目の前に仁王立ちし、再び集中的に映像を見始めた。彼女は腰に両手をあて、上体を少しそらして胸を張る様な体勢をしていた。それは端から見ればかなりシュールであった。


 すると、薫が額を抑えながらやれやれといった感じで再び楓に注意をする。


「立ってみろと言ったのではなく、座る体勢をよくしてくださいと言ったのです会長... はぁ、気苦労が絶えませんね...」

「な! それならそうと言って下さい! 私が頭のおかしい人みたいではありませんか!」

「いえ、みたいにではなく頭がおかしいのです」

「むぅ、ツッコミきびしい...」


 楓はそこは反論せずに、おとなしく元いた場所に戻り再び座椅子に腰掛ける。


「それにしても、七条歩君は最高とは思わない? 彼、たぶんあれが本気じゃないでしょう。というよりはもっと戦闘向きの技は隠してるみたいですね。止む無く、創造秘技クリエイトアーツは出したみたいですけど」

 

 先ほどとは異なり、真面目なトーンで会話を始める楓。その眼は真剣そのもの。ICH東京本校の生徒会長として、あるべき姿がそこにあった。


「そうですね、彼の場合はCVAがワイヤーであまり実戦向きでないことからその他の技術が突出しているようにみえますね。特に、思考力と創造力と戦闘知能はかなりのものです。校内でもあそこまでのモノを持っている人はほとんどいないでしょう」


「さすが、薫。私と同意見。CVAが強ければ強いほど、クリエイターはそれに依存してしまい成長をやめてしまう。しかし、彼の場合はかなり極端に偏ってますね。あとVAもあの複眼マルチスコープだけでは無いでしょう。どう思う、薫?」


「彼は私とVAを持っているようですが、ワイヤーの方が実戦向きですね。この複眼マルチスコープを使うなら」


 そういう薫の目は灼けるように、そして燃えるように緋色に変化していた。


 VAが他のクリエイターと同じという事は良くある事だ。しかし、同じと言ってもCVAが違えばVAの扱い方はかなり違ってくる。だからこそ同じVAをもっているからと言って、必ずしも相手のVAの特性を100%理解することは難しいのだ。だが、ある程度は予想する事が出来るので、薫は自分の分析と同じVAを使っている経験からある予想をする。


「おそらく、彼は支配眼マルチコントロールも持っているでしょうね。あの戦闘スタイルからみてそれは間違いないでしょう。CVAが著しく弱い代わりに、彼は多くのVAと創造秘技クリエイトアーツでそれを補っているみたいですね」


「そうね、彼の様なタイプのクリエイターは大体どこかでCVAの弱さ故に諦めてしまう事が多いのだけれど... どうやら、それを完全に克服し並のクリエイターとは一線を画す戦闘技術を身につけたみたいですね。あぁ、今から戦うのが楽しみです... フフフ...」


「彼は本戦に上がってくるでしょうか」

「必ずくるわ。私には分かる。彼の血のにじむ様な努力の末にたどり着いた、普通のクリエイターとは異なる別次元の強さが。あぁ、本当に楽しみ... グフフッフフフフ...」

「会長、気持ち悪いです」

「あら、ごめんなさい。もっと淑女らしくしないとね。ウフフ...」


 右手を口元に持っていき、軽く口を隠す楓。その一連の動作は淑女そのものだった。しかし彼女の目は獲物を狩る狩人のように、鋭いものだった。纏っている雰囲気も先ほどとは違い、かなり圧があった。


(淑女、ね。会長は自分が校内で何と呼ばれているのか知らないのでしょうか)


 薫は心の中でそう思う。というのも、楓の今の言動といつもの戦闘をしている姿があまりにもギャップがあるからだ。


 ICH 東京本校 3年 生徒会長 倉内楓。


 彼女はその麗しい容姿と言動から全校生徒に尊敬されている。だが、彼女の戦う姿を初めて見た者は必ず驚愕する。そう、彼女はいわゆる戦闘狂で、戦っている際の表情は鬼気迫るものがあると同時に、纏っている雰囲気があまりにも凶悪に感じられる為に畏怖の念を込めてこう呼ばれている。――狂姫きょうきと。


 戦闘に対する狂った様な姿勢と、一国の姫のような容姿を合わせて狂姫きょうきと呼ばれている。このことは全国のICHの生徒ならば周知の事実なのだが、楓はそんなことは全く知らずにいる。


 彼女の頭の中にあるのは戦う事のみ。彼女はクリエイター同士の戦闘の中にこそ自分の生きる意味があると思っており、昼夜問わずほとんど戦う事ばかり考えている。現在も、歩の様な今まで見た事無いタイプのクリエイターをみつけ、かなり興奮しているようだった。


(七条君。君が会長に勝てるとは、思っていません。でも、どうか下さいね)


 薫は楓に興味をもたれてしまった歩を不憫に思い、心の中で彼の無事を祈ったのであった。




 タイムアタックも中盤に入り、多くの生徒が第一アリーナの控え室にいた。雪時もその中におり、そろそろウォーミングアップを始めようと思ったときに誰かに声をかけられた。


「おい、お前。相楽さがら雪時ゆきじだよな」

「そうだが? どうかしたのか?」

「俺の名前は水野みずのしょう。お前、あの七条歩とつるんでるそうじゃないか」

「はぁ、まぁな。で、本題は?」


 雪時はこれは気分の悪くなる話しだなと、すぐに理解し相手に早く本題に入るように言った。


「あのワイヤーなんて雑魚CVAで調子に乗ってる七条歩にはもう釘を刺しといたからな。その取り巻き連中にもそうしとこうと思ってな」

「はぁ、うん」

「この一年でナンバーワンはこの俺、水野みずのしょうだ! 覚えておきな... ッフフフフフ....」


 雪時は、相手がいきなり決めポーズらしきものをとったのでかなり面食らってしまった。


(え、こいつこれで素面なのか? しかも歩のタイムアタック見てこの様子をとれるのは、よほどのバカか性格の悪い実力者のどちらかだが... こいつはバカだな、うん)


 しかし雪時は念のために、相手が本当に実力者なのか試すようなことを言う。


「あ! なら有栖川さんには言わなくていいのか? 何なら俺から伝えとくぜ?」


 御三家筆頭の有栖川家の名前を出して、ビビらないならある程度は実力があるのではと考えた雪時だが――


「え!? いや、待て慌てるな... こ、これは俺が直接言うから意味があるんだ... だから言わなくていいからな? と、特に女子には言うなよ? あっ、男子もだが... マジで女子はやめとけ。フリじゃないぞ? 俺は女子がにがt... いや、女子には、や、や、優しい紳士だからな... マジで何にも言うなよ! じゃ!!」



 そう言うと、何かから逃げるように去っていった。雪時はその言動からある一つの答えに至った。


「あいつ、女子が苦手なのか... 憎めない奴だな...」


 女性が苦手という部分に親近感を覚えた雪時は、そのまま少し微笑みながら控え室をあとにした。



 それからしばらく時間が経過し、タイムアタックも終盤に差し掛かっていた。


 そして次にタイムアタックを行うのは、有栖川華澄。クリエイターの名門、有栖川家の令嬢。その実力は名に恥じないものということは誰もが知っていた。


 そして、歩のときとは違い始まる前から彼女にはかなりの注目が集まっていた。普通ならばそれはかなりのプレッシャーとなるが、華澄は今はそんなことは全く感じてもいないし、考えていなかった。



(この終盤にきても、まだ歩の91ポイントが1位なんて... やっぱり凄いわね、歩。そんなあなたが本当に――――――――――――わ)


 華澄はタイムアタック直前と言うのに、とてもリラックスしているように見えた。いつも通りの華麗な容姿に、誰もが感じる上品な雰囲気。しかし、それはあくまで第三者が見た勝手な感想。


 彼女は心の中ではいつも以上に感情が荒ぶるのを抑えるのに必死だった。


(有栖川家の名前を背負っている私は負けられないわ。この予選も必ず1位で通過すると誓ったのだから... そして三校祭ティルナノーグを制覇しないと... 私は、なんのために...)


 そう考えているうちに、すでにタイムアタックのカウントダウンが始まっていた。


「4、3、2、1―――― 0。タイムアタック開始」


 電子音声が開始を告げるとともに、大きなブザー音が鳴り響く。そして30体の人形ドールが現れ、攻撃されないように散っていく。


「――――――――――――未来予知プレディクション


 華澄はすぐさまVAを最大出力で展開し、目の前にいる5体の人形ドールにもの凄い勢いで迫っていく。


 彼女は両手剣を後ろに流すように構えながら、疾走していた。それは空気抵抗を減らすためという極めて論理的な理由もあるが、彼女は本能でそれが最も現状にあったスタイルという事を認識していた。


 感知系最高クラスのVAを扱うには、このように感覚で物事を捉える事が何よりも大事なのだ。


「はあああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!」


 大声を上げ、一気に5体の人形ドールを破壊する。砕け散る残骸が彼女の視界を遮るが、すでに華澄は次の行動に出ていた。



(後方に3体出現―――2秒後。前方に4体―――4秒後。さらにその前方に3体―――7秒後。よし、完全に予測できるわ)


 すぐさま、自分の近いところに出現する人形ドールを次々と処理していく。彼女のVAの事を知らなければ、この光景は異常に見えるだろう。なぜなら、彼女が行く先々に都合のいいように、勝手に人形ドールが現れるように見えるからだ。


 歩もこの予測とほぼ同じ精度で人形ドールを破壊していた。しかし、歩と華澄には決定的な違いがある。


 それは予測する過程プロセスである。歩は驚異的な分析力と創造力で人形ドールの動きを完全に把握していた。一方、華澄にそんな事は必要ない。彼女はただVAに従うのみ。それだけで歩の努力以上の成果をいとも簡単に超える事が出来る。


 しかしそれは理論上の話しである。歩の分析力、思考力、創造力は実戦だけで言えば華澄を大きく上回っていた。そのことを知っている華澄は次なる行動に出る。


(ここまでは完全に未来予知プレディクションに頼っていたけれど、今度は私がこのVAを支配してやるわ... 思考して創造する事で、VAの性能をさらなる次元に高めてみせる...)


 華澄はそう考え、一瞬だけ目を閉じる。視覚からの情報を遮断し、未来予知プレディクションにすべての情報のリソースを割く。


(感じる。感じるわ。次にどこに現れて、それを破壊する為に私がするべき最善の行動が... 分かる、感覚的に分かる... これならいけるッ!!)


 華澄には周りの時が止まったように感じられ、かつその先の展開が手に取るように理解できていた。今まで中でも、最高精度の未来予知。


 これまで彼女の感じる未来は相手の行動だけだった。しかし、今は自分が取るべき最善の行動さえも予知する事が出来ていた。どんなに高性能のVAを持っていても、それは扱うクリエイター次第という事を彼女はこの一連のやりとりで完全に理解したのだった。


(歩、あなたに感謝するわ。今までみたいに本能だけで戦っていたら、ここまでVAの性能を引き出す事は出来なかった。さぁ、終わりにしましょう)


「はあああああああああああああああッ!!!!!!!!!!」


 華澄はいきなり何も無い空間に右手の剣を投擲する。人形ドールは剣とは真逆の方向にいるが―――次の瞬間、どこからともなく現れた2体の人形ドールがその投擲された剣によって貫かれた。


(よし、あと8体。10秒以内に片付けるわ)


 そして、華澄はその剣を回収するためにすぐさま移動しようとする。通常ならば、華澄のいる位置から剣までの距離は目視でも10歩以上必要にみえる。


 だが、彼女はたった一歩でその距離を詰めた。そして、誰もが彼女が剣を再び右手に握り直すとおもったが、なぜか華澄はその剣を右足で渾身の力を込めて蹴り上げた。


 さらに彼女は左手の剣を蹴り飛ばした剣めがけて投げる。そして二本の剣が空中でぶつかり、甲高い金属音が室内に響き渡る。


 肝心の2本の剣は、器用にも左右に綺麗に分かれるように飛んでいった。そして再びその先に人形ドールが片方に2体ずつ現れ、綺麗に串刺しになっていく。


「な、なんだアレは...」「ど、どうなっているの?」「彼女には何が視えているんだ...」


 その様子を観戦していた生徒はみな驚愕していた。彼女のもつ未来予知プレディクションがここまでのものだったと思っていた者はほぼおらず、御三家筆頭の有栖川家の実力を嫌というほどに見せつけられたのだった。


「ハッ!!!!」


 華澄はその様子を確認する前に、地面を軽く蹴り跳躍し、すぐさま両手剣を回収する。


 そしてそのまま反転してを蹴り、両手剣を何も無い地面に向かって叩き付けようとする。


 一見すれば、あり得ない行動。しかし、すでにこれを観戦している者は知っていた。あの剣の先には必ず人形ドールが現れるという事を。


 「これで終わりよッ!!!!!!!!!!」


 そのまま渾身の力で両手剣を振るう華澄。彼女何の懸念もなく、自分の両手に4体の人形ドールが切り裂かれる感触を確かに感じた。


 そしてそのまま地面に人形ドールを叩き付け、再び室内に轟音が響き渡る。その場に異常なまでの土煙が発生し、華澄の姿が見えなくなる。

 


 すると、煙が晴れるのを待つ事なく電子音声がタイムアタックの終了を告げる。


人形ドール全機の破壊を確認しました。得点換算中です。しばらくお待ちください」


 微かに見える華澄の口元はわずかに微笑んでいるようにみえた。しかし、それは純粋な嬉しさというよりは、何か邪悪なものを含んでいるようだった。

 

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