第29話 Another View 3 彼女の本領

「――――え?」


 彼女は自分の身に起きている事が理解できなかった。


 先ほど彼女は脚と腕を切断され、最後は首をねられた。もちろんその時の痛みや恐怖、そして首がねられた瞬間に意識が暗闇に投げ出されるように消えていった感覚も覚えている。


 しかし、またあの路地裏に立っている。死んだはずの自分がまだ生きている事実に理解が追いつかず、彼女はしばらく放心していた。


「な、何なの、どうなってるの? あ、傷は... あの時の傷は...?」


 自分の首、腕、脚その他傷つけられた箇所を隈無く確認するが、何の跡も残っていない。上着の中、スカートの中も確認するが何も無い。またあの時ボロボロになった制服もそのままであった。


 彼女は何が起きているのか全く理解できなかったが、とりあえずデバイスで今の時間と日付を確認する。


「え〜と、今は... ま、まさか戻ってるの? 時間がここについた時と同じなんて...」


 彼女が確認した日付と時刻は先ほどここについた時と同じであった。つまり、自分はきたのだと瞬時に理解した。


「ど、どいうこと? VAで時間を操作できるモノがあるの? いやそんなはずはないわ、基本VAは外的事象に干渉できるものはほとんど存在しないし。まだタイムトラベルやタイムリープなんて代物は現代でも無理なはず... でもそうなら、この状況はどういう事なの? 確かに死んだはずなのに...」


 彼女は同年代の人間に比べて聡明な方である。昔から知的好奇心が旺盛で、様々な事を調べるのが趣味みたいなものだった。

 

 自分の知らない世界、それを知る事によって自分の世界が広がっていくような感覚がたまらなく好きだった。そんな時に彼女は自分がクリエイターの適応者ということが分かった。


 それからはクリエイター、CVA、VAのことについては出来る限り研究してきた。将来は一流のクリエイターの研究者になると周りが認めるほど、彼女は研究にのめり込んでいった。


 また外見や今までの言動からは想像もつかないが、ペーパーテストではいつも上位に位置していた。


 そんな博識な彼女だからこそ、理解が追いつかない。まさか今まで必死で手に入れてきた知識がこんなにも邪魔になるとは思ってもみなかったようで、彼女はかなり困惑していた。


「おかしい... 私は夢でも見てたの? 幻覚? でもあの痛みと恐怖は本物だった... でもタイムリープと考えるにはあまりに安直過ぎる。クリエイターの能力はそこまで進んでいないはず。あ! そうだ、戻ってきたと仮定するならあの男がいるはず...」


 その男を探そうと思い、CVAを展開する。胸のアクセサリーを右手で握りしめると、アクセサリーは光り輝き大鎌のCVAを創りだした。


 すぐさまCVAを右手で掴み、恐る恐る男を捜し始める。


 あの時の恐怖が未だに脳裏に焼き付いているが、彼女の心は恐怖よりも好奇心が勝っていた。今起きているあり得ない現象の原因を知る事が、今の彼女にとっては重要な事なのだ。


 (どうしよ、VA使おうかな... 戦闘になったら多分また負ける... あのワイヤー使いの強さはかなりのモノだったし。とりあえずVAは展開しとこう)


 そう思い、右手に力を込める。すると彼女の両腕が真っ赤に燃えるように染まっていく。それはまるで紅いタトゥーを両腕に掘っているようだった。


(よし、展開はいつも通り上手く出来た。あとは確認だけ)


 そして大鎌を軽く振る。彼女は大鎌の質量を全く感じさせないほど、素早くそして正確に目の前にあるゴミ箱を切り裂いた。


 身体強化系VA――――怪力ヘラクレス

 両腕の力を部分的に強化するVA。その力はとてつもなく強く、素手でクリエイターに致命的なダメージを負わせる事も出来るほどだ。このVAを持っているクリエイターのほとんどが大型のCVA所持者で、そのCVAをより効率よく使用する為に怪力ヘラクレスを使用する。使用時は腕が紅くなる。


(さっきの戦闘では動転してて、VAを展開できなかったけど今回は万全に準備しとこう)


 感知系のVAは持っていないため、彼女は周りを入念に調べる。曲がり角では特に慎重に。CVAもすぐに使えるように、常に戦闘態勢を保っておく。


 しかしいくら探しても人の気配が全くしない。いつも以上に、静かな路地裏。それが逆に不気味だったが彼女はまだ周りを探しまわる。


「いない。誰もいない。どういうこと...? やっぱり戻ってきたんじゃなくて、何かの錯覚? う〜ん、分かんない。とりあえず今日は帰ろうかなぁ――――」


 そう思った瞬間、彼女の首にはワイヤーが巻き付いていた。


「っく!!!!」


 すぐさま首に巻き付いているワイヤーを大鎌で切断する。


 怪力ヘラクレスを展開中な上、戦闘態勢に入っていた彼女は前回とは違いすぐさま相手の攻撃に反応する事が出来た。しかし、戦闘は始まったばかりで彼女の表情はかなり強張っていた。


「あなた一体誰なの!!! なんの目的であたしを攻撃するの!?」


 大声で相手に質問を投げかける。


「――――――――――――――――――――」


 しかし相変わらず彼女は相手の言う事が全く理解できない。


 声を発しているのは分かる。だが、その声がなんの意味も成していないのだ。発する単語も文構造も意味不明。どこか外国の言語だろうかと思うが、相手の発する音は意図的にノイズがあるように聞こえる。


 加えて、その声からは何か不気味さの様なものを感じ彼女はかなりおびえていた。


(ここでひるんじゃダメ。動転すると、CVAもVAも上手く機能しなくて前回みたいに何も出来ないまま終わっちゃう。とりあえず、あのワイヤーとVAの特性を分析しなくちゃ...)


 CVAとVAの性能は精神的な部分と関係があると言われている。その研究はあまり進んではいないが、クリエイターの間では周知の事実だった。恐怖や悲しみなどマイナスの感情が生じると、CVAとVAは上手く機能しなくなってしまうのだ。その為、クリエイターには身体的な強さ、創造力、そして精神力が求められるのだ。


 そして彼女は恐怖を理性で押さえつけ、大声を上げて自分を奮い立たせる。


 姿勢はかなり低くし、大鎌を地面に対し平行に構えて相手にもの凄いスピードで迫っていく。


「はああああああああああああッ!!!!!!!!」


 相手の懐に入り込み、大鎌を胴体めがけて振る。怪力ヘラクレスのおかげもあって、そのスピードは並のクリエイターでは躱すのは至難の技。


(もらった!!!!!!!)


 相手の胴体を真っ二つにする感触が手に伝わってくると、彼女は無意識的に予想していた――――


 しかし、手応えは全くなかった。大きく空振りしてしまい、彼女は大鎌を必要以上に大振りしてしまう。そのことにより、かなり大きな隙ができてしまった。


(しまった!! 焦りすぎたッ!!!!!)


 彼女はかなり焦り、すぐに大鎌を次の攻撃に対処できるよう定位置の右肩に戻す。怪力ヘラクレスのおかげもあってその行動は、かなりスムーズに行われた。


「――――――――」


 しかし、相手の男はその隙を見逃さなかった。すぐさま彼女の右腕にワイヤーを巻き付け、切断するためにワイヤーをかなりの力で圧縮する。


 彼女の腕にワイヤーが食い込んでいき、大量の血が吹き出す。そして、ワイヤーが骨まで到達したのか堅いものを砕くような音が生じる。


「いやああああああああああああああああああああッ!!!!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!!!! 離してええええええええええええええええッ!!!!」


 その痛さに悲鳴を上げる彼女。腕の神経が切断され、あげくに骨まで砕かれていく痛さに耐えれる者はそうはいない。彼女は悲痛な表情をしている――――――――と思ったが、なぜかニヤリと笑っていた。


「―――なぁ〜んちゃって、ね」


 いつものように男に媚びるような声でそう言う彼女の表情と声は、腕を切断されかけているものとは到底思えなかった。いつもの日常で友人に冗談をいうよな、つまりはなんの緊張感も感じさせない雰囲気を彼女は纏っていた。


「――――――――」


 しかし男は彼女の言動には全く興味がないようで、さらにワイヤーの力を強める。


「もぉ〜、腕がちぎれちゃうでしょぉ〜」


 そう言うと彼女は右手に持っていた大鎌を左手に持ち替え、ワイヤーをいとも簡単に切断する。その行動は腕を切断されかけている人間がとれる行動ではない。――――そこから導きだされる答え、それは彼女は痛みをという事である。



「あぁ〜あ。もう半分ぐらい腕が裂けてるじゃ〜ん。あははははは〜」


 調子が戻ったのか、口調も以前のように軽くなる。そして傷口を止血しないどころか、腕の裂け目に左手の指を入れかき混ぜる。血と肉が混ざり合っているようでぴちゃぴちゃと音が生じる。


 明らかに、いや圧倒的なまでの異常さ。相手の男は動揺していなかったが、彼女は説明がしたいのか口を開いた。


「凄いでしょぉ〜、。普通の人間にはできないよね、自分の肉をえぐる事なんて」


 彼女は指に絡み付いた自分の血を舌で舐めとる。それは猟奇的に見えるが、美しくまたは艶かしくも見え、彼女はかなり興奮しているようだった。


 また、彼女は本調子を取り戻したようで以前のように左太ももには透明な液体が滴っていた。


「はぁ〜、最っ高にいい気分〜。どうしよもう止まらないかもぉ〜。いいよね? やっちゃってもいいよね? ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?――――――――ねぇ?」


 傷口に指を入れるだけでなく、今度はCVAの大鎌を軽く傷口にいれ弄り始まる。スイッチが入りもう以前に感じていた恐怖は全て吹っ飛び、相手をどのように追いつめ、なぶり、殺す事しか彼女は考えていなかった。


(もう、自分がなんで戻ってきたかなんて事はどうでもいいわ。とりあえず殺さなきゃ。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。)


 指についた血をまるで口紅を塗るかのように唇に塗り付け、にんまりと笑う。唇からは塗り付けた血の量が多すぎたのか、すこし血が滴っていた。


 そして、その微笑みは口が裂けているのではないかと思うほど口角が上がっていた。


「さぁ、楽しみましょ?」


 こうして戦いはさらなる局面を迎える。

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