第28話 Another View 2 彼女の困惑


 現在の時刻は深夜0時30分。彼女は今日は早めに路地裏にやってきていた。しかし、誰もいないようで少し落ち込んでおり、頬を可愛らしく膨らませる。それはまるで欲しいおもちゃが手に入らない子供みたいな様子だった。


「えぇ〜、今日は誰もいないじゃ〜ん。つまんないのぉ〜」


 大鎌のCVAを引きずりながら、そう言う彼女。大鎌を引きずる音が周りに響く。そして、狭い路地裏なのでその音が反響してさらに大きな音を作り出す。ガリガリガリガリガリガリと不協和音が響き渡る。しかしその音は彼女に取って心地いいようで鼻歌まじりに大鎌を引きずる。


「はぁ、場所変えよっかな〜」


 そうこうしていると、彼女は誰かが歩いているのを見つけた。


 身長と姿形から男とすぐに断定し、いつものようにある行動をとる。


「あ! 誰かいた!!」


 すぐにCVAを解除し、スカートをさらに短くし胸元をはだけさせる。相手は男だったのですぐに誘惑する準備をする。いつも通りの服装にし、相手に媚びるように話しかける。


「あのぉ〜、すいませぇ〜ん」

「?」


 相手の男は首を傾げた。周囲には明かりがないせいで、相手の顔まではよく見えなかった。


「迷子なんですけどぉ〜、渋谷駅まで案内してくれませんかぁ〜?」

「……」

「え? なんて?」


 よく聞き取れなかったので、思わず素になって聞き返す。


 そして次の瞬間、彼女の首にワイヤーが巻き付いていた。


「え……?」


 男は思いっきり、腕を振り下ろし彼女を地面に叩き付ける。顔面から叩き付けられ轟音と苦痛の声が漏れる。


「な、何ッ!!!?!?!?!?!?!」


 すぐに大鎌のCVAを展開し、ワイヤーを切断する。顔からは血が流れており、それを舌でなめとる。彼女の愛らしい見た目と合わさって、その姿はかなり扇情的であった。


「……」

「だから、何言ってるのよッ!!!!!!」


 大鎌を相手の首めがけて振るう。その速度は熟練したクリエイターでさえ、回避するのは困難なほどの速さだった。彼女は何も一般人だけを相手にしていたわけではない。今まで殺してきた相手はクリエイターも含まれていたのだ。多くのクリエイターを相手にしてきたからこそ、その実力は現在かなりのモノとなっていた。死と隣り合わせの戦い。そんな中だからこそ、彼女は圧倒的なまでに成長してきたのだった。


「はああああああああああああああッ!!!!!!!」


 相手を威圧するかのように大声を上げて大鎌を振るう。声を上げる意味は特にないのだが、不意打ちを受けて腹が立っていたのかその声には怒気が混じっていた。


 しかし、目の前のワイヤー使いの男はその攻撃を難なく躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。圧倒的な連続攻撃だったが、男の回避は完璧であった。かすり傷さえついていない。そして、男の目は暗闇のせいか蒼色に光っているのがよく分かった。


「ど、どうなってるの……? しかも、その目はなんなの……???」


 彼女の表情は恐怖に染まっていた。


 ここまで攻撃をして、一つも傷をつけられなかったことなど過去に一度も無い。それなりに自分の実力を自負していた彼女は自分よりも圧倒的な存在に出会ったのは初めてで、理解できない強さに圧倒されていた。


 男は彼女を蒼い目で見つめており、かなり不気味だった。そして再び口を開く。


「……」

「だ、だから何言ってるのよ!!!!!」


 再び大鎌を振るう。しかし余裕を持って避けられてしまう。恐怖のせいで彼女の行動はかなり鈍っており、今まで以上に簡単に避けられてしまう。闇雲に大鎌振るうが、当たるはずもなく彼女は内心かなり焦っていた。そして……。


「――――――――――――」

「え? あ、あ、あ……きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 彼女の右腕が空中に舞う。


 ワイヤーの硬度はかなり強化されており、それはクリエイターの腕を切断するほどであった。動揺しているせいもあり、いとも簡単に腕が切断され彼女は痛みとともにさらなる恐怖が襲う。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)


 腕が切断され、思わず死を感じる。そして生への執着のせいか、心の中で叫び狂う彼女。今まで自分が相手にしてきた事が自分に返ってくる恐怖。やはり人間と言う生き物は残酷で、やる側はされる側の気持ちがわからないのだ。だからこそ、無慈悲に残酷な事が出来る。


「うあああああああああああああああああああああッ!!!!!」


 残った左腕で懸命に大鎌を振るう。いつものツインテールも、スカートも、過剰に開いている胸元もすでにめちゃくちゃになっており全身は大量の血が降り注いでいた。


 大鎌を懸命に振るうも彼女の利き腕は右だったので、思うようにCVAを扱う事が出来ず端から見ればその姿はかなり滑稽こっけいであった。


「……」


 男はさらにワイヤーを射出し、すでに戦闘力の無い彼女を空中に縛り上げる。切断された右腕からは大量の血が流れ、そしてその血が大きな水たまりのように溜まっていく。それはいつもなら自分が見いている光景。それが今自分に起きている。その恐怖から彼女はがたがたと歯を振るわせ、何とか声を絞り出す。


「お、お願い……こ……殺さないで。なんでも... なんでもなんでもするから。お願いします。お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで」


 なりふり構わず命乞いをする。今まで自分にそうしてきた相手には、さらなる苦痛を与え殺してきた。そんな自分がこんな事をいうのは虫のいい話しだと内心では気がついている。だが、彼女はそうするしか無かった。そうするしか、自分が生き残る手段がないと分かっていた。


「……」


 男は何かを呟き、今度は左足を股の付け根からワイヤーで切断する。吊るし上げられているので、ぼとっと音をたてて地面に左足が落ちる。それに伴いさらなる出血で彼女の意識はかなり朦朧としてきていたが、激痛によってさらに悲痛な叫び声を上げる。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 かなり大きな悲鳴が響き渡る。右腕と、左足の切断面をワイヤーでさらに圧迫され大量の血が流れ出る。びちゃびちゃびちゃと音をたてながら血が地面に溜まっていく。もはや水たまりなどと表現できるほどの出血量ではなかった。そこには文字通り血の海が広がっていた。


「あああああああああああああああああああ!!!!!!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!!!! 嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 まるで拷問、いや拷問と言うべき行為をされ既に彼女の精神は摩耗しきっていた。命乞いももう無駄と悟り、彼女はそのまま自分の死を待った。


「もう殺して。殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してよッ!!!!!!!!!」


 自暴自棄になったのか先ほどとは真逆の主張をする。顔は涙と血でぐしゃぐしゃになっており、以前の様な綺麗で可愛らしい表情からは考えられないものとなっていた。


「早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早くッ!!!!!!!!!!!!!」


 こんな痛みを受け続けるなら死んだ方がましと思い、相手に自分を殺すように懇願する彼女。本当は死にたくなんか無い。しかしこの痛みは堪え難い。なら死ぬしか無いと安直に、いや本能的にそう思い声を荒げる。しかし次の瞬間相手の声らしきものが微かに聞こえた。


「……の?」

「え……? な、何……?」


 今まで何を言っているのか分からない声がやっと聞き取れ、困惑するとともに思わず尋ねる。なぜ自分がこんな目にあっているのか、なぜすぐに殺さず拷問の様なことをするのか、言いたい事が山ほどあったが純粋に彼女は声が聞こえた事になぜか安堵し返事を待つ。


「……るの?」

「え……?」


 結局、何を言っているのか分からないまま、彼女の首はワイヤーにより切断された。首が切断された瞬間彼女はある事が本能的に頭によぎった。


(私は私は結局何の為に生まれたんだろう? どうして? どうしてなんだろう? 分からない分からない分からない。ど、うしてな……の……??)


 最後にそう思い彼女の意識はそこで途絶えた。


 そして、切断された首が宙に舞い、長い髪の毛が頭を包み込むように絡まりそのまま地面に落ちる……。


 と思ったが男は切断した頭部、そして残った肉体をワイヤーで細切れにしていく。さらにワイヤーは残った彼女の胴体を八角形に囲み、一瞬で圧縮する。


 砕け散る骨、つぶれる肉塊。ワイヤーはそれを追尾しているようで、さらに細かくすり潰し、砕いていく。不快な音が響き渡るが、男は顔色一つ変えずにその行動をやり尽くした。


 最後に残ったのは大量の血液だけであった。


「……さよなら、葵」


 そう呟く、男の目には涙が浮かんでいた。

 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る