第27話 予選
スタート位置に着く歩。目の前には何も無い広い空間が広がっている。というのも、スタートと同時に
歩は両手のグローブの感触をしっかりと確かめ両手から軽くワイヤーを生成する。
そして、生成したワイヤーを綺麗に三つ編みにしていく。歩はワイヤーの精度を確かめる時はこのような事をする癖がある。彼にとってこれはルーティーンの一つで、これをすることでいつものように心を落ち着かせる。
人間とは不思議なもので、いつもしている行動をとると何故か落ち着いてくるものである。
歩はそのルーティーンを行いながらVAについて考える。
(ここは
それから数分が経ち、アナウンスが流れる。歩、そして全校生徒にさらに緊張が走る。
今年もやってきた校内戦。誰が代表5人に選出されるのか、そしてその先にある
「ただいまより、ICH 東京本校 代表選抜戦 予選を開始致します。まずは各学年によるタイムアタックです。このタイムアタックの上位10名が、学年代表戦に出場できます。この放送が終わり、5分後にタイムアタックを開始致します。出場する方は準備をして下さい」
先ほどと同様、綺麗な電子音声が流れる。歩は一つ一つの言葉をしっかりと確かめながら聞いた。表情はかなり堅く緊張している様子だったが、彼の目には確固たる意志があった。
(さぁ、いこうか。
そのまま目を閉じて精神を落ち着かせる歩。
一方、各教室ではその様子が教室の前のモニターに映し出されていた。タイムアタックの様子は各教室で見ることが出来る。もちろん、生徒が持っているデバイスでも視聴可能だ。
校内戦に興味が無い生徒や出場する気の無い生徒は帰宅してもよいのだが、この学校にそのような生徒はいなかった。
モニターには各学年の1番最初にタイムアタックをする生徒が映し出されており、全員真剣な表情をしていた。
皆が緊張した面持ちでいる中、華澄は歩のことがまだ心配なのか思わず口を開く。
「歩、大丈夫かしら?」
「華澄がイイコト言ったから大丈夫なんじゃないの〜?」
「む。その言い方はなによ、彩花。何か他意が感じられるのだけれど」
「べっつに〜。何でも無いよ〜」
華澄と彩花と雪時は3人でモニターに映っている歩を見ていた。しかし先ほどのやり取りのせいで彩花はかなり不機嫌になっており、わざと華澄を煽るようなことを言う。華澄もそれに気づかないほど鈍感ではなく、それに対抗するような発言をする。
「おい、二人ともそんなことよりタイムアタック始まるぞ。ちゃんと見ようぜ!!」
雪時は今出来る最高の笑顔をしながらそう言う。キラッとした笑顔に、サムズアップした右手。雪時はこれなら場の雰囲気を壊さずに二人を落ち着かせることが出来ると思った。
彼は姉と妹とのやりとりで大体は女性の扱い方は心得ているつもりだった。
「「は?」」
「「そんなこと?」」
彩花と華澄の声は見事に揃っていた。明らかに不機嫌な声色だったが。
「あ、そうだよな。た、確かに大事な話しだよな! あはははははははは!!!!」
これ以上怒らせないように、当たり障りの無いことを言っておく。いや、そう言うしか無かった。
雪時はいつも姉や妹とのやりとりは最終的に暴力に発展する。そんな彼が女子高生を上手く落ち着かせることなど、残念ながら出来るはずも無かった。
そして雪時の顔には動揺しているのか、かなり汗が流れていた。
(歩〜。早く帰ってきてくれ〜。このままじゃ俺の心が
歩の帰りを切に願う雪時であった。
「後一分で開始します。選手の方はスタート位置に待機し、CVAとVAを展開しておいて下さい」
再び音声が流れ、全校に再び緊張が走る。例年、一番初めと言うのはかなり盛り上がる。というのもこのタイムアタックで一番始めに選出される生徒は、いい結果が見込める生徒を意図的に選んでいるからだ。やはり、悪い結果よりもいい結果の方が一番始めは盛り上がるのである。
この事は2年生以上には周知の事実なのだが、一年生は歩も含めてそれを知るものはほとんどいなかった。
(よし、まずは
歩の視界は目の前に映っているモノとともに、それが俯瞰で見えるようになる。普通ならば二つの視点を同時にみると戸惑ってしまうが、クリエイターしかも視覚系のVAを主として戦う歩にとってそれはなんの障害にもならない。
いつも通りに俯瞰領域を展開できて、ホッとする。そしてそのまま
しかし、本調子ならばもっと速く展開できるのだが、今回は調子が悪いのもありいつもより1秒ほど遅れていた。
(やっぱり、今回は厳しいかもしれないな...
そうこうしている内に残り10秒を切っていた。
「10、9、8、7、6、5」
電子音声によるカウントダウンが始まる。全校生徒が固唾をのんで見守る。
(よし、いこう)
歩はそう思い、スタートダッシュをする構えをとる。姿勢は出来る限り低く、だがスタートの勢いを殺さない程度には高さを保つ。
「4、3、2、1―――― 0」
カウントダウンが終わると同時に大きなブザー音が鳴る。それに合わせて30体の
校内選抜戦のタイムアタックに使用される
一方、歩はスタート同時に空中を舞っていた。
モニターで見ている側は、ブザー音と同時に室内に床を蹴る轟音が響き何事かと思ったら、すでに歩が空中を舞っていたのだ。ほとんどの者がその行動に驚いていた。というのも、普通のタイムアタックでは空中に舞う事などなく正面から
(
頭の中で精密かつ冷静に分析する。その様子は端から見れば何をしているか分からなかったが、見る者が見れば彼が目の前の
歩は
過去のタイムアタックのデータを何度も見直し、自分で一定の法則を見つけそれを理論的に考え、そして実戦に応用する。歩の強さの根幹にあるのは思考力と創造力。彼の場合何かとレアなVAに注目が集まりがちだが、VAとCVAを最大限使いこなすにはクリエイターの思考力、そして創造力が問われるのだ。
最善に最善を尽くし、創造に想像を重ねる。それが歩の真の戦闘スタイルである。あらゆる自体を想像し、そしてそれに対処する方法を創造する。彼はワイヤーというCVAの欠点を戦闘知能で補っているのだ。
「はあああああああああああッ!!!!!!!!」
声を荒げると同時に生成したワイヤーを一斉に射出する。放たれた大量のワイヤーは
そして、一体、二体、三体と次々に
ワイヤーが自分の想い通りに動いている事を確認し、そのまま着地する。そして歩はある決断をする。
(予想以上に
残りの
「
そう言うと、歩は両手を大きく広げる。次の瞬間――大量のワイヤーが両手から生成され、逃げ回る
射出されたワイヤーが
「うおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!」
さらに叫ぶ歩。ワイヤーで創られた八角形の空間に残りの
「――――
歩は広げていた両手を素早く閉じ、両腕を交差させる。
すると、ワイヤーが
八角形のワイヤーの空間が縦に分裂し、計20の八角形を創り上げる。そしてその20の八角形の空間が一瞬で縮み、残りの
あまりにも一瞬の出来事で、何が起きたのかよく分からない者がほとんどだった。クリエイターでさえ認識できないほど速さ。中には感心する者もいたが、歩の
そして、砕け散った
「はぁ……なんとかベストは尽くせた……はぁ……かな。でも
歩は全力を出し切ったようで片膝を着いていた。
ワイヤーで八角形の空間を創り、8つの頂点からさらにワイヤーをランダムに射出する。しかしこれはあくまで
しかしこれは元々対人用に創ったモノではない。
クリエイターの中には物体を操る者もいる。そのクリエイターに対して創ったのが
そして、終了と同時に大きなブザーが再び鳴った。
「
始まりの時と同様に、電子音声によるアナウンスが流れる。一方で、教室はかなり盛り上がっていた。全員が驚愕しており、中には声を上げる者もいた。
「やったやったやった!!! 歩凄いよ!! これはかなりいい点が期待できそうだね!!!」
「だな!! あいつの
「ね、華澄!! 凄かったね!!」
「え、えぇ。そうね、凄かったわね……」
「なにぃ〜、圧倒されてるのぉ〜? まぁそれぐらい凄かったしね!!」
彩花はかなり興奮しているようで華澄の様子がおかしい事に気がつかなかった。
(歩... あなたは一体なんなの? どうして、どうしてそんなことができるの? それに比べて私は……私は……どうしたらいいの……?)
華澄は何か思うところがあるようで、しばらく表情が暗いままだった。
そして、歩のタイムアタックの結果が放送される。
「ただいまより、七条歩選手のタイムアタックの結果を発表致します。七条歩選手は―――― 91ポイントです。繰り返します、91ポイントです」
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「やっぱり、歩は凄いよ!!!!」
「えぇ、そうね。歩はやっぱり凄いわね……」
結果が発表されクラス中が、そして全校がどよめく。2年生と3年生とはタイムアタックでは競い合わないが、それでも上の学年の生徒の記録を抜いたスコアは誰もが認めるものだった。
一方、歩はCVAとVAを解除して第一アリーナの休憩所にいた。かなり疲れている様子で未だに肩で呼吸をしていた。加えて右目と右肩から出血しているようで、自分で応急処置をしている。
「とりあえずいい結果は残せたか。割と本気出したからな、結果に反映されて良かった……まじで……はぁ……」
しばらくすると、担任の茜が休憩所に入ってきた。
「うい〜っす。元気か〜、七条〜。って、やっぱり負傷してるな。どれ、私がやってやろう」
「あ、先生。ありがとうございます。お願いします」
右肩に包帯を巻くのは一人ではやりづらかったので、歩は茜に応急処置を任せた。
「お前のVAは視覚系だからかなり負担大きいしその上、
「え、まぁそうですね。無茶してもすぐに回復するのはありがたいです。そういえば先生、今年の
「確かに今年はかなり性能向上したみたいだなぁ〜。でも文句は運営してる上に言ってくれ。私は
「まぁ、先生に文句言っても仕方ないですね。すいません」
「いいって別に、あの性能の高さには文句も言いたくなる。でもよくやったな」
そう言うと茜は歩の頭を撫でる。歩は少し照れてるようで、顔が赤かった。
それから歩が教室に帰ると、皆が一斉に話しかけてきた。
「七条お前すごいな!!」
「七条君、凄かったよ!! ワイヤーでそこまで出来るなんて驚いたよ!」
「歩!! 緊張してた割にはよくやったな!!」
歩はかなり驚いたようで、目を見開いていた。
「あ、ありがとう。こんなに盛り上がってるなんて驚いたよ」
頬をかきながらそう答える歩。今まで褒められたことがあまり無い歩は少し戸惑っていたが、素直に感謝を述べた。
「歩〜! 91ポイントなんて凄いね!!」
「歩、やっぱりあなたは凄いわね。おめでとう」
「ありがとう。なんとかいい結果を出せたよ」
彩花と華澄がやってきて、他のクラスメイトと同様に歩を賞賛する。しかし、やはり華澄の表情は暗いままだった。
「華澄? どうかしたの?」
「え、いや、何でも無いわ……何でもないの……そう……なんでも……」
「そう? それならいいけど」
(華澄、大丈夫かな? でもあまり追求するのも悪いな。それにタイムアタックも控えてるし、無粋か)
歩はそのまま何も言わずにその場を去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます