第7話 模擬戦 2


「じゃあ、次の試合な〜。七条しちじょう不知火しらぬい準備しろよ〜」


 茜がそう言うと、二人はフィールドに入っていく。

 

 そして、試合開始のカウントダウンが始まる。


 ――5(よし状況整理だ。彼女のCVAはレイピア。VAは昨日見た限りだと、強化系の脚に特化したやつだろう)


 ――4(俺のVAとは相性がいい。速い動きを追うのに複眼マルチスコープは適しているからな)


 ――3(ん? まてよ? レイピア? そうえば昨夜襲ってきたやつとCVAが同じだ! どういうことだ?)


 ――2(まさか、様子見で今朝ぶつかってきたのか!? いやでも、あれは男だったはず。体格が違う別人だ) 


 ――1(でも、あのときは動転しててよく分からなかったし、声も変成器を使っていた。別人とは言い切れない。くそ、こんなときに嫌なこと考えてしまった、集中しよう。とりあえず目の前の相手を倒す。それだけだ) 


 ――0 



 二人は同時に飛び出していった。歩は近距離に近づかれないためにもすぐにワイヤーで牽制けんせいする。しかし、彼女はそれをものともせずかわしながら近づいてくる。

 

(クソッ! やっぱり、移動速度が速い! これは手加減してられないな)

 

 歩は両手のワイヤーの攻撃の密度をさらに高めていく。


 相手に避ける隙をあたえないにようにワイヤーは一本一本が独立した動きをしており、まるでワイヤーが生きて意志を持って動いているかのように彼女を攻める。


 彩花はそれに対応するため、空中に舞い回転しながらレイピアを使い防ぐが、ダメージは確実に入っていた。しかし、彼女はそんなことも気にせず接近戦に持ち込もうと、果敢かかんに突進してくる。

 

 だが、歩も彼女の動きに応じてワイヤーを使い一定の距離で足止めすることに成功していた。





 「うーん、やっぱり強いね七条君。こんなに強いワイヤー使いみたことないよ。だからね、ちょっと本気出すね」



 そう言うと、彼女の姿は目の前から消えていた。



 華澄の未来予知プレディクションとはまた違った、物理的なスピード。それは残像をかすかに目で追えるほどのスピードであった。

 

 VAの名は、加速アクセラレイション。脚を一時的に強化し通常の倍以上のスピードで移動が可能となるVAである。

 


「きのうのスピードとまるで違うじゃないかッ!」



(くそ、VAのことを忘れていたッ! 考えろ、俺ならこの状況どこから攻撃する? セオリー通りなら後ろをとるはず。待てよ、彼女は右利きだ。だから背後と言っても位置的に俺の右側を通過し左側面を攻撃してくるはずッ!)

 

 そう考えると、歩は左側に振り向く。その予想は的中し、レイピアで突きを繰り出してきた彼女の攻撃を紙一重で避ける。




 そして、圧倒的な連続の突き攻撃を硬化したワイヤーでさばく。



「おぉ、よく反応できたね。じゃあ、最高速度で行くよ!」

 

 再び目の前から消えた。歩は複眼マルチスコープを発動し、周りを見渡すが彼女の姿はみえない。


「こっちだよ」

 

 声がした方向に振り向くと彼女はすでに攻撃してきていた。しかも、氷をレイピアにまとわせて。




「はあああああッ!!!」


 彼女は叫びながらレイピアによる突きを繰り出す。


「っく! 氷系かッ!?」

 

 とっさに防御に入るが、間に合わない。



 右肩に致命的な一撃が入りってしまう。





 そして、彼女はバックステップをとりいったん距離を置いた。




 歩の攻撃を受けた右肩は凍り付いており、肩の動く可動範囲が限りなく制限されてしまった。HPは歩が80、彩花が85。


 しかし、歩は氷のスリップダメージが入り徐々に体力は減って行く。


「どう? もう降参した方がいいよ。肩動かないでしょ。しかも七条君右利きでしょ? 見た限り右手のワイヤーの方が攻撃スピードがはやいみたいだしね」




 くそ、それで右肩を狙ってきたのか。普段から差がでないように訓練してきたが仕方ない。見た感じ、この氷はこの試合の間溶けることはないな。

 

 歩は凍った右肩を左手で触れながらそう考えた。


「いや、最後まで諦めないよ。まだ手はあるさ」


「左手だけであたしのスピードをどうにかできると思う?」


「まぁ、なんとかなるかな」


「強がってられるのも今のうちだよッ!」

 

 彼女は最後の攻撃とばかりトップスピードで迫ってきた。


(仕方ない、使うしかないか。ここまで追いつめられた自分も悪いし)

 

 歩の目が緋色ひいろから蒼色あおいろに変化する。



 そして、彼女の攻撃をすべてかわしていく、紙一重ではなく余裕を持ってかわす。かわす。かわす。かわす。かわす。かわす。かわす。


 驚いた彼女は再び背後からの攻撃を仕掛けた。それもかわす。相手がわざと外しているんではないかと錯覚するほど、圧倒的にかわしていた。


 彼女はその行動に驚愕し、思わず尋ねてしまう。


「そ、その眼はなに……?」


(ここは返答しなくてもいいけど、有栖川さんに牽制の意味もこめて話すか)


「これは、複眼マルチスコープの上位互換のVAで、支配眼マルチコントロールって言うんだ。相手の身体すべてにロックをかけ相手の行動を支配するかのごとく視認できるVA。っていっても要は、相手の動きがすべて細かく視れるってだけだよ。しかも、一人にしか使えないしね。あと予知とはちがって先読みじゃなく、相手の行動を視たあとに反応するから眼精疲労がすごくて、あまり使いたくなかったんだよ。身体への負担も半端じゃないしね」


「な、そんなVAがあったの!? 聞いたことないわ!」


「まぁ、使える人はそんなにいないし。VAのデータバンクにも載ってるけどマイナーだから見つけにくいしね。よほどのVAマニアじゃないと知らないかも」

 

 ――瞬間、彼女は不意打ちのつもりか、歩が話している最中に攻撃を仕掛けてきた。だが、やはり躱される。もう彼女に攻撃を与える手段は残っていなかった。




「で、でも! 私の方がまだ体力はあるし残り時間逃げ切れば私の勝ちよ!」

 


 そう言い彼女は逃げに徹しようとしたが、すでに首にワイヤーが巻かれていた。


「え……? いつの間に……?」


 彼女は再び驚愕する。そして、その顔には少し恐怖も混ざっているようだった。


「君がまばたきした瞬間だよ。それほどまでにこの支配眼マルチコントロールはなんでも視えるんだ」

 

 そう言い残すと、歩は思い切り左手のワイヤーを手前に引き彼女を地面に倒す。彩花は動転しており、逆らうこともなくものすごい衝撃とともに顔面から地面に叩き付けられた。


「カハッ!」


 彼女の口から血が飛び散る。


 彩花の残りHPは80から20へとなった。そして、彼女がうつぶせになった上に移動し、手刀を加えた。彼女は気絶し、HPは0となる。

 

 試合終了のブザーが響く。同時にアユムの右肩の氷はくだけ散り、彼はその場に座り込み息を意識的に吐いた。


 そうする彼の右目と鼻からは血が流れていた。




 あー、疲れた。出血してるし、眼精疲労がやばすぎる。こりゃ、目薬もらい眼科に行かないとな。帰ったらまず目薬もらいにいって、そのあと家で反省会と今日の戦闘データまとめるか。

 


 そう考え、気絶した彼女を左肩に抱えた。そして、一言呟いた。


「お疲れさま。すごく疲れたけど楽しかったよ」


 彼女を担ぎながら歩はフィールドの外へと歩いていく。


「ワイヤー使いが勝った?!」「偶然でしょ、どうせ」「八百長でもしてたんじゃないの? ワイヤーが勝つとかあり得ないし」



 

 試合内容に、反して周りの声は冷ややかだった。ワイヤーなんてマイナーで弱いCVAが勝ったとは、クラスメイトのほとんどは到底信じられないようであった。



 そして、彼女を担任の茜に受け渡すと華澄が話しかけてきた。


「見せてもらったわ試合。見事な勝利だったね、おめでとう」


「あぁ、ありがと。結構ギリギリだったけどね」


「ふーん、でもまだ本気じゃないよね?」

 

 途端に笑顔が冷たくなる。


「え、ま、まぁ。てか、よくわかるね。ハハハ……」

 

 乾いた笑いだが、そう答えるしかなかった。


「私を誰だと思っているの? 主席の有栖川華澄ですよ? それくらいの観察眼はありますぅー」


 と、ほお膨らませ顔をアユムに近づける。――その瞬間、アユムに電撃が走る。


(これは天然なのか!? しかし、計算の線が濃厚だ……なぜなら俺たちは今後戦う可能性が非常に高い。そのためハニートラップを仕掛け相手の精神状態をかき乱し、戦闘を優位に運ぼうという彼女の精神攻撃マインドトラップだ! 間違いない、これまでに様々な文献を読みあさってきたが、それでハニートラップで痛い目を見た人間をたくさんみてきた。考えろ、俺はクリエイターだ。創造し、想像し、妄想することでさえ自分の力となるんだ! 待てよ!? 逆にこの可愛さは、俺をこの思考へと導き、疑心暗鬼に追い込む線が濃厚である可能性も無きにしも非ず!! っく、なかなかやるな。おれは未だに天然か計算か分からない。今まで数々の試合をしてきたがここまで動揺させられたあげく、決めかねるなんてあまりなかったぞ! これは俺が思春期真っ盛りということも考慮して精神攻撃マインドトラップを仕掛けてきたのか!? 慌てるな、冷静クールになれ七条歩。仮に天然をA、計算をBと考える。そして、双方のメリット、デメリットを考えた上で考察に入らねば。いやでもしかし――)



「どうしたの急にだまって顔も赤いし」


(これは……! 天然だな……! 確信した! この可愛さは狙ってできるものではない。むしろ計算ならばいい経験になるだろう。問題解決だ。しかし帰ってから一応今日の反省に加え、考察ぐらいはしておくか……)


「いや、ちょっと疲れててね。まぁ試合するときはよろしく」


「うん、こちらこそ! 本気ださないとか考える暇がないくらい、全身全霊で行くわね!」


 無邪気に笑いながらそう答える華澄。


(まずい……無駄にき付けてしまった……)



 華澄と別れベンチで次の試合を観戦していると隣に雪時がやってくる。その手にはスポーツドリンクとお茶があった。


「どっちがいい?」

「お茶かな」

「だろうな」


 そういいペットボトルのお茶を受け取る。


「お前の試合見たけど、本当にすごいな。俺と違って考えて戦ってるって感じがして、すごい参考になったわ。サンキュな」


「おぉ、そうか? どういたいしまして。てっきり、VAの方言われるかと思ってた」


「あぁ、あれは確かにすごかったな。でも、お前の強さはその考えってか、創造力? みたいなモノと感じて、本当のクリエイターってのはお前みたいなやつを言うのかなと思って感動したんだ」


「そこまであの試合で感じ取ってたのか。でも、お前の脳筋も大事だぜ? 適材適所、十人十色、人には人の乳酸菌だ」


「人には人の乳酸菌ってなんだよ! 最後ので台無しじゃねえか! でも、まぁ……言いたいことはわかるよ。俺ももう少し自分のことを考えてみるかな」

 


「考えろ、考えろ! 何たって俺たちは、創造者クリエイターだからな! 少年よ思考を抱け! って言う有名な言葉もあるだろ?」


「だな。てかお前は最後にどうしてそうありもしない造語ぞうごをいうんだよ!」

 

 そう言うと、二人は一緒に笑いあったのだった。

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