皇と青

さわだ

第1話

天気は晴朗、波の穏やかな海原が視界に広がっている。

広い海洋は陽光に照らされて光を帯びていて、遠くまで空と海が水平線の彼方で混じり合いながら蒼く輝いていた。

海の上に人が立てば、視界一面に海は見える限りに何処までも広がって、島影ひとつ見え無い景色にこの星が海水に包まれた水の惑星だということを思い知らされるだろう。

そんな大海原に少女が一人波風に髪を靡(なび)かせながら立っていた。

腰まで掛かる長い髪はまるで羽のように軽く、風に浮かぶ髪は陽光にも照らされて白鳥のように白かった。

着ている服も白い女学生姿、大きな衿が着いたセーラー服。胸元のスカーフまでも白く、腰元の赤いスカート以外は全身の色は白で統一されていた。細長いスレンダーな体型で、少女は心配そうに自分の背丈以上もある先端に布を巻き付けた長さの棒を抱えながら遠く水平線を見ていた。

人間は両足で水上に立つ事は出来ない筈なのだが、少女は軍靴のような長いブーツ姿で海上に平然と立っていた。

ブーツの足下の水面は何も無いように波が立っているのに、水面上で静止していた。

「何も見えませんね先輩・・・・・」

白い少女の右手には、先輩と呼ばれた黒髪の少女が同じようなセーラー服とブーツを履いて海面に立っていた。

違うのは声を掛けた方が白色で上半身を統一しているのに対して濃い青で服装の色彩が統一されていた。

肩口まで伸びた髪は綺麗に切り揃えられていて、白色の少女よりも大人びた印象を見たものに与えていた。

「感じないの?」

声を掛けられたのに振り向かずに青色の少女は呟く。重そうな瞳は遠くの水平線をまるで親の仇でも見るように睨み付けていた。

「だらしないわね、それでも旗戦隊なの?」

「っすすみません先輩」

青色の服を着た少女は態とらしく大きな溜息をつく。

「まったく、まだ学生気分が抜けないの?」

「すみません・・・・・・」

「謝ればいいというものでは無いでしょうに? いいから旗を構えなさい。来るわよ」

「はい先輩」

先輩と呼ばれた少女は手に持っていた鉄棒に括り付けられていた旗を翻す。

旗は海風に翻弄されてはためいている。

旗の形は長方形の布地を青色に染め上げられていて、その他には何も描かれていない単純なものだった。

白髪の少女は横で靡く青色の旗印に魅入ってしまう。

青く、海の色に似た濃い色彩の旗は鮮やかと言うよりは何処か冴えないくすんだ色だった。

よくみると旗には煤が見えて汚れている。

ただ旗を構えた少女はそんな汚れていることなど何一つ気にしてない様子だった。

その水平線を睨み付ける姿は他の事は一切気にしてない。遠くからやって来る者だけに注意が注がれていた。

「「白」早く構えなさい!」

「ハッハイ、「青」先輩」

「白」は一回も自分の方を向いてないのに自分が「青」先輩に見取れていて旗を広げていない事を見抜かれて、慌てて自分の旗を開き始めた。

「白」の旗は真っ白で純白の布地に赤い斜めの線が入っているシンプルな図版だった。

陽光に眩しく白い旗がはためく。

二人の少女は洋上に立ち尽くして二本の旗を掲げた。

何も無い大洋にまるで無意味な自己主張の様に見えるその行動を訝しむ者がいないのは、本当に彼女達の他に人の形跡が全くなかったからだった。

彼女達が海上に立って旗を立てたその先、水平線の向こうからは徐々に黒い黒煙を纏った物体が進んできた。

灰色の塗装をされた船がゆっくりと近づいて来る。

船の数は一隻ではなく、先頭の船から数隻が船の上には多くの突起物が乱立していて、その内の幾つかの箱状の物体がゆっくりと動き始めた。

まだ点ほどの大きさにしか見えないが、水平線手前三万メートルの彼方から彼女たちは遠くに見える船が自分たちに向けているものが大砲だと認識した。

「サウスダコタ級ですかね先輩?」

「白」が「青」に訪ねても返事がない。

遠くに見える箱型の艦上物と三連装砲塔から「白」は遠くに見える戦艦を大昔の今は消え去った国家が設計した戦艦だと認識した。

まだ三万メートル以上も離れているのに、一際大きな船は威圧するかのように砲塔を動かしながら船首で太洋を切り刻みながら波しぶきを上げて突進してくる。

戦艦の大きさの基準となる排水量が三万五千トンを越え、大小の砲を備えた動く要塞。

その後を二回り程小さくしたような、だが同じように無数の砲塔を備えた小型の艦船が続く。

大昔の大洋を支配した力の象徴たる戦艦が、たった二人の少女に対して全速力で向かっていく姿は理不尽な暴力的行為に見える。

「先輩」

「青」が一歩前に出る。

自分の持つ青い旗を前につきだして、進んでくる戦艦へと向けた。

艦影が大きくなる水平線の彼方に見える戦艦へと、たった一人生身の少女は怯まずに眼前に巨大な戦艦を見据える。

「魔砲戦用意」

瞬間「青」の足元が一瞬光り、足元の海からは地鳴りのような音が聞こえた。

発光現象の元は彼女達を水上へと浮かせている力、「魔力」の発露だった。

白のすぐ近くに突然海面下から人を丸ごと飲み込めそうな大きな青い筒が四本突き出してきた。

更に筒は海から続々と乱立する。

空を目指すようの筒が空中へと伸びた後はピタリと止まり、筒の根元は大きな箱状の巨大な物体に接合されていた。

波飛沫をまとい現れたのは戦艦の砲塔だった。

青色をした四角い箱、弾丸を跳ね返す分厚い鋼鉄製の砲塔には四門の大砲が備えられていた。

一つの砲塔に四門の大砲が備えられていて、それが「青」の左右に一基ずつ海上から現れた。

「せっせんぱい!」

「白」と「青」の間には幅十メートル以上の巨大な鉄の塊が横たわる。

「白」の呼びかけは砲塔の作動音、鋼鉄の大砲がゆっくりと仰角をとり始める音にもかき消されて聞こえない。

「砲戦距離二万八千、反航戦で距離を縮める」

小さな「青」の呟きに反応したのか砲塔に取り付けられた四門の大砲は何か掴もうとする指のごとく細かく動いて四門とも違う角度を取る。

「グズグズしないで、二番艦は任せるわ」

「青」の声は直接的に「白」に響いた。

彼女たちの尋常ならざる力の一つで、相手に直接声を届ける。ふと何で自分はさっき青に肉声で呼びかけてしまったのだろうかと後悔した。

「戦闘の邪魔よ、導術は切りなさい」

「青」に怒られて「白」はうなだれた。

確かに道術は便利だが、声が突然頭の中に響くので意識が乱されるので戦闘中は受信も発信もしない。

「白」はすぐに己の使命を思い出して、自らの旗を掲げ直す。

「魔砲戦用意」

「白」の掛け声に反応して足元は薄っすらと不思議な発光現象が現れ、その後に「青」と同じように彼女の横には、巨大な筒が海上からせり出して来た。

数は六本の白く塗装された巨砲が水飛沫を纏って現れる。すぐに砲門は水平線へ、前方に巨体を突進させる敵戦艦へと向けられる。

「白」の左右に現れた二基の砲塔は同じ形をしており、斜めに備え付けられた防盾から三門の巨砲が姿を現していた。

砲の大きさは「青」の大砲より一回り大きく砲身長自体は同じくらいの大きさだったが、微妙な曲線で構成された側面と天蓋はどこか優雅さすら感じるほどの精緻な作りをしていた。

だが、小山ほどある海上に現れた強大な砲塔はゆっくりと旋回すると、獲物を探す獣のような獰猛さを見るものに感じさせる。

ただその横にいる少女の不審な表情、眉間に皺を寄せて自信なさげに旗に寄り掛かっている姿と合わせると些か滑稽な光景である事は確かだった。

間違いなくこの世界に壊せないものなど無いと感じさせる巨砲を出現させたのは「白」なのに、自分で出現させた巨砲群に怯えているようだった。

「距離三万」

「青」が測距した距離を導術で簡単に伝えてきた。砲戦距離は二万八千と最初に宣言していたのでもうすぐ砲撃戦の幕が開く。

「青」と「白」は互いに距離を取って敵戦艦に対峙する。

二隻の戦艦の後に小さな艦艇も見えたが、距離が遠くまだ直接の驚異にはなりそうもなかった。

だから先頭の二隻の戦艦に集中すべきだった。

「何かしら?」

砲撃前に「白」は上空に異変を感じた。

彼女達「魔砲使い」は感覚は常人以上に研ぎ澄まされている。「白」には遠く空の向こうに何か動く物体が近づいている事を感知した。

「白」が目を凝らすとそこには小さな点のような者が青空に浮かんでいるように見えた。

「先輩、左舷の方向に何か移動物体が・・・・・・」

「青」は「白」の導術には反応しない。

強大な砲塔はさっきまで仰角の微妙な調整をしていたが、ピタリと動きは止まった。

一瞬の静寂。

そして雷鳴の如く轟く爆発音。

「青」が操作する四一センチ砲二基八門の大砲からは八百キログラムの質量を持つ徹甲弾が放たれる。

黒い爆炎が周囲を包み込んで「白」の視界を遮る。

海風はすぐに黒煙を消散させると何事も無かったかのように「青」と砲塔が海上に立っていた。

そのあと遅れながら対面の敵側からも発砲音が鳴り響いた。

敵の発砲音を聞いて慌てて「白」は自分が戦闘に参加している事を思い出した。

巨弾は数万メートル高さまで駆け上り弧を描いて落ちてくるので、発砲音から幾分か到着まで時間が掛かる。

すぐさま「白」も敵の二番艦へと目標を定める。

「青」の砲塔よりも「白」の三連装砲塔の砲が幾分大きいのだが動きは機敏だった。

角度の調整が終わると「白」は二基の砲塔の間に立ち、旗を掲げて水平線近くの敵戦艦を睨み付ける。

「打ち方始め」

小さな「白」の声はすぐに爆音に掻き消された。

白く塗られた砲塔から一際大きな爆音、「青」の砲撃よりも身体の芯まで響く重低音、砲門数は少ないがより口径の大きい四六センチ砲から放たれた弾丸は同じように弧を描いて対峙する敵戦艦目掛けて飛翔する。

最初の変化が現れたのは敵戦艦だった。

先頭を行く敵戦艦へ「青」が放った最初の斉射、八発の鉄鋼弾が届いた。

そして一瞬にして存在していた敵戦艦は戦闘艦艇である意味を無くす。

前部第二砲塔に一発、そして艦の中心部煙突付近に一発、最後に艦尾第三砲塔付近にもう一発の計三発の徹甲弾が命中し、長砲身によって与えられた高初速による運動エネルギーを使って戦艦内部に装甲を突き破り進入して、内部でその炸薬を破裂させて破壊を撒き散らした。

信じられない精度でコントロールされた「青」が放った弾丸はただの一撃で敵艦を葬り去った。

「青」の放った弾丸と交差するように敵が沈む前に放った弾丸が「青」の近くにに着弾し巨大な水柱を乱立させるが、大量の水飛沫が舞うだけで、どれ一つも「青」に直接的なダメージを与えていない、「青」の完勝だった。

一方で「白」が放った弾丸は敵の二番艦を捉えることができなかった。

放った六発の弾丸は敵二番艦を包み込むようにして着弾、いわゆる挟叉弾になった。

「白」の射撃は敵艦に向かって遠くに落ちる弾と近くに落ちる弾の二つが出たので、その間に落ちるように再調整すれば次は命中の確立が上がる。

だが次の弾丸を発射するまでは準備に時間が掛かる。

彼女達魔砲使いが動かす魔砲も、連続で弾丸を発射することは出来ない。

「魔砲使い」の能力にもよるが、三十秒から一分程は掛かる。

「次は当てなきゃ・・・・・・」

白は焦りながら意識を集中して、先ほどの砲撃で得られたデーター、魔砲使いの頭に直接響く「感覚」から得られて手応えを元に強大な砲塔を旋回させまだ海上に健在な敵二番艦へと砲門を向ける。

「白」が慌てて次弾の準備をしていると、また轟雷が海上に響いた。

「青」が第二射を敵に二番艦に放った。

全砲門の一斉射撃、四連装二基八門の砲から放たれた弾丸は、正確な射撃で敵二番艦に向かって飛翔する。

風や湿度などの大気の状態、更には地球の自転の影響などが影響して弾丸は空間を飛翔するが、「青」の魔砲から放たれた八百キロの徹甲弾は見事な放物線の弾道を描いて二万五千メートル先の動く戦艦を捉える。

敵の戦艦は最後の悲鳴のような第二射を放つが、ほぼ同時に「青」の放った弾丸が到着してその使命を轟沈という形で幕を引いた。

「凄い・・・・・・」

「白」あっという間に二隻の戦艦を沈めた「青」の力にただ唖然としていた。

魔砲とは古代の海上戦闘兵器「戦艦」と呼ばれた船に装備された巨大な艦載砲を模した兵器で、その威力は物理法則に則るが、運用方法は物理法則を簡単に無視している。

砲塔内はどういう理屈か分からないが「工廠」と呼ばれる、魔力を元に様々なモノを生み出すパワープラントと結びつけられていて、ほぼ無限の砲撃能力を持つ。

更に魔砲は使用者である「魔砲使い」によって任意にどこにでも手元に二千トン以上もある巨大艦載砲を召喚できる。

「魔砲使い」一人居れば、そこには数個師団の火力を持つ軍隊が現れたのと同じ事になる。

強大な砲を操り、巨弾を相手に叩き付ける決戦兵器が「魔砲」だった。

しかし「魔砲」から放たれた弾丸は通常の物理法則に従って飛んでいくので当てるのは至難の業で、それこそ「白」達の目の前に現れた戦艦が遊弋していた時代は一回の射撃に付き命中率は数パーセントという兵器として効率を疑いたくなる代物だった。

だが「魔砲使い」は驚異的な命中率で、数万メートル先の戦艦に命中させる事が出来た。

「先輩!」

敵の二番艦が轟沈前に放った弾丸が「青」の周りに着底する。

強大な水柱が立ち並び、滝のような水飛沫が青を包み込むが、「青」の周りには透明な壁のようなものが張り巡らせてあるのか、水は弾かれて濡れることなかった。

「破滅の斉射・・・・・・」

「青」の圧倒的な砲力の前に「白」は改めて畏怖すると同時に彼女の通り名を口にした。

圧倒的な同時攻撃力、今回は二基八門だけだったが「青」が全力を出せば同時に四連装砲塔、四基十六門の一斉射撃ができる。

十六門の四一センチ砲の全門一斉射撃は一回で約十三トンの炸薬を満載した鉄塊を相手に叩きつける。

一瞬で敵の全てを「破滅」へと導く。

勝負はついたと見切ったのか、青は砲門の仰角を水平に戻し、やがて砲塔を海中に完全に没した。

「白」はまた青に見惚れている自分に気がついた。

「「白」残存は任せるわ、確りなさい」

「はっはい先輩」

敵戦艦に続く後続の艦隊はもはや統率を失いバラバラに海洋を進んでいた、こうなれば撃破は容易だ。

一つ一つを適度に距離を保ちながら潰していく。

戦艦を潰された敵の艦隊に、此方に届く大砲はもう無いのだ。

射程外から一方的に攻撃を仕掛ける。所謂アウトレンジ戦法で殲滅する。

「白」の操る巨砲は戦艦以外の巡洋艦、小さいといっても排水量二千トン以上ある駆逐艦達に対して、無慈悲な一方的な攻撃を続ける。

一隻、また一隻と「白」の四六センチ砲弾にが直撃して爆砕する。

「もっと落ちついて狙いなさい、焦ってもしょうがないでしょ?」

「はい先輩」

「返事はいいから集中しなさい!」

前に戦闘に集中したときは「青」に返事をせずに「聞いているのか?」っと怒られた事を思い出した。

青い空の下、青い海の上で二人の少女は戦艦と戦い勝利を収めつつある。

尋常ならざる砲力をもたらす魔砲の力によって。

最後の一隻が近弾のダメージで黒煙を吐き、何かが崩れ落ちるような音を鳴らしながら戦闘海域を離脱しようとする。

いや、それは明確な逃避なのかそれともただどうにもならない状況から逃げだそうと足掻いているだけなのかも知れない。

「どうしたの?」

「えっ?」

「一隻の残ってるわよ、早くなさい」

青に即されるが、「白」は自分の横にある強大な砲塔を敵に向けてはいるが発射する事が出来なかった。

躊躇する「白」を見て「青」は舌打ちをする。

「あなたは私達「魔砲使い」の使命を忘れたの?」

青は持っている大きな旗を「白」へと突き出す。

「私達は「皇国(おうこく)」の機動部隊、この「皇国(おうこく)」を守るためだけの存在なのよ?」

ああ、先輩は自分と違って迷いがないのだと「白」は「青」の瞳から放たれる殺気を理解した。

「魔砲」という旧時代の遺物の大砲を使い、近海を漂流する自動戦艦(オート・バトルシップ)を相手に戦い、人々が安寧と暮らす国土を守る。

島が弧状に集まった小さい国、だがそこには全ての生活必需品を生み出す「工廠」の周りに寄り添って一千万人が暮らしている。

その皇国民を守る根幹はたった六人の魔砲使いしか居なかった。

「やります先輩」

「白」は自分の旗を掲げ直す。

黒煙を上げる敵船からは散発的な砲撃が放たれるが「白」達に届く事は無い。

「砲戦距離一万」

「白」は敵との距離を声に出して砲撃準備をはじめる。

「白」の魔砲、巨大な白く塗られた三連装砲塔が微妙に振動する。砲身はほぼ水平に保たれていて、微動作の後に完全に停止した。

「撃て」

少女の意思によって放たれた弾丸はほぼ水平弾道を描いて、二千トン以上もある鋼鉄の軍艦を文字通りに粉砕する。

四十六センチ砲弾によって作られた天をも突くような強大な水柱が消える頃、海面には何も残っていなかった。

その景色を見て「白」は自分の力が生み出した状況を少し後悔していた。

懺悔なんか殊勝な者では無い、ただ自分が操る「魔砲」の力によって生み出された破壊に虚しさを感じた。

その様子を少し距離を置いた所から見ていた「青」は一瞬唇を噛みしめた。

それから何も無い海面を振り返って導術の準備をする。

「こちら第二機動部隊、漂流艦隊を捕捉残滅戦終了します」

「青」の放った導術を「白」も受信する。

何も無い空に向かって「青」は顔を上げていた。

「白」はその時は気がつかなかったが、「青」が見ていた空の向こう、海の先には自分達の住む国がある方向だった。

「「青」「白」無事なのか?」

聞こえて来た導術の声は若い男の声だった。

「此方の被害はありません」

「そうか良かった。すぐに収容部隊を回すからもう暫く待っていてくれ」

「了解しました」

短い応答だったが「白」はいつもは冷たい「青」の声が少しだけ和らいだような気がした。

戦闘の緊張から解き放たれて和らいだ雰囲気に気を許した「白」はゆっくりと「青」に近づく。

何も無い大海原で少女達は対峙する。

たった二人で漂流艦隊を壊滅させた。皇国海軍の主力魔砲使いはまるで間違えて置かれてしまったのか、大きな海の上で二人ぼっちに立ちすくむ。

「「白」」

「はっはい先輩」

「青」が声を掛けると同時に、弾ける乾いた音が聞こえた。

「青」の振り上げた手と真っ赤に腫れた「白」の頬。

「白」は叩かれた頬に手を添える。

「なんで叩かれたか理解できて?」

「えっ・・・私・・・・・・」

「貴方はまだわからないの!」

戦闘中に感情を表に出さなかった明らかに苛ついて言葉が鋭くなる。

今度は手の甲で「白」の最初に叩かれた逆の頬を叩く。

「貴方は五旗戦の、皇国の「魔砲使い」としての職務を忘れたの!?」

「私は・・・・・・」

「最後の駆逐艦への攻撃、なぜ手を抜いたの?」

「手を抜いたわけじゃありません・・・・・・」

「貴方の気の緩みが私達が守るべき国を危険に曝すことになるのよ!?」

「すみません先輩」

咄嗟にまた「青」の腕が伸びて「白」の胸元を掴む。

「謝ればすむことでは!」

二人の、いや一方的な「青」から「白」への罵りは遠くから回収に向かっていた救援艦隊が戦闘海域に到着するまで続いた。

「魔砲使い」の回収部隊の司令官は迷いながらも、皇国を守護する「魔砲使い」の状況を報告書にまとめるときに一瞬の躊躇の後事実を記載する事にした。

被害状況報告書に一人の「魔砲使い」の両頬が赤く腫れていたと真面目に記載した。




■鎮守府


その建物は決して豪華では無いが鉄筋コンクリート製の三階建ての建物で、中央部にはバルコニーもある古い建物で独特の雰囲気だった。

その真ん中にあるバルコニーに面した一室に「青」と「白」は制服姿で並んで立っていた。

その横には第一種軍装の白い海軍の軍服を着た中肉中背の男が緊張した面持ちで立ち、時々声が上擦りながら、手元に持った報告書を読み上げていた。

「索敵海域に進撃した漂流艦隊を殲滅したる成果は否定できないものではありますが、想定以上に「工廠」との間での「魔力」の消費が多く、市民生活にも影響大と認めるものであり早急に改善を図るべく・・・・・・」

報告書を読み上げている軍人、胸に付いているバッジの数から階級は決して低くない、多くの部下を抱えて居るはずの人物が一瞬声を詰まらせたのは「青」が視線を投げかけたからだ。

「図るべくなんだ?」

声の声量自体は大きく無いが、部屋に重く響く怒気が籠もる声。

部屋にはもう一人調度の良い大きな机の上に肘を付いて報告を聞く人物が居た。

報告者よりもずっと若い、まるで役者の様な細い顎の端整な顔立ちの青年。顔立ちよりも目立つのは頭髪で「白」と同じ真っ白な白髪が癖毛なのか波打っていた。

「ですから・・・・・・その・・・・・・」

「敵を沈めるのに「魔力」を使いすぎてるから手を抜けと?」

報告者と同じ白い軍装は同じだが、椅子に座っている人物は殆ど勲章などの身分を現すモノを付けていない。

「そういわけでは御座いません、「皇(おう)」陛下」

じゃあどういう分けだと「皇」陛下と呼ばれた青年は報告者を睨み付けた。

報告を受けていたのは天上君、この国の統帥権、軍隊を統べる力を生まれたときから与えられているこの国の「皇」だった。

「皇」は生まれた時からその身分を保障されている、本来は仰々しい勲章などを胸元に付けるものなのだが、この「皇国」ではそういったものは武威を示すモノとして代々の「皇」は付けるのを拒んだ。

まるで自分の身体に流れる血が証しだと言うのだろうか、酷くこれ見よがしな権力表示を嫌う伝統があった。

「いくら強力な「魔砲使い」だって敵から反撃を受けるんだ、手を抜ける相手と戦っているワケでは無いくらい分かっているだろう?」

勲章はなくても青年は「皇」だった。

「勿論でありますが「皇」陛下、これは我が皇国軍に国民の生活を守るために存在しているのですから、その生活に配慮するのは当然であると考えますが?」

言われっぱなしで立場が悪くなることを恐れたのか、報告者が反論する。

「白」は「青」が飛び掛かるのではないかと思うくらい殺気を放っているの感じた。

「確かに市民生活も僕たちの外敵と戦う力も同じ「工廠」からうみ出される力を使っている、戦いで使えば生活が、生活で使えば戦いで使える量が減るのは道理だ」

「魔砲使い」の圧倒的な攻撃力はそれ自体無限の如く湧いてくるわけではない。

「魔砲」は生み出した「工廠」と魔力を共有する形で繋がっている。

それをコントロールするのが「魔砲使い」で「魔砲」自体を直接動かしているのはロストテクノロジーで作られた大都市一つそのものが巨大な機械として動き生活必需品や大砲の弾を生み出す「工廠」と呼ばれるプラント群だった。

プラントを動かすのは限られた資材、主にリサイクルや偶に外国船との公益で手に入れた原材料を元に「工廠」が分解して「魔力」という力に変えている。

「「魔力」の消費を最低限に抑えながら、一番人的被害を抑えつつこの国を守るのに一番の方法はなんだ? 高見沢主計長?」

「「魔砲使い」による魔砲アウトレンジ攻撃です」

「分かってるじゃないか」

「皇」はよく解答出来ましたと手を叩きそうな笑みを浮かべた。

「ですが、最近の魔力消費量は国会側からも苦情が来てます」

「今の皇国が「魔砲使い」六人体制が支えきれないとは思えないが?」

「程度によります」

高見沢主計長は態とらしい咳をする。

「それを何とかするのが主計長の役割じゃないのか?」

「だから意見を申しております「皇(おう)」陛下」

「わかった、報告ありがとう退出してくれ」

「「皇」陛下」

「高見沢主計長の言うことは最もだ、「魔砲使い」を預かる私としても事の重大さは認識している」

白髪の青年は開き直ったように大きな椅子の背もたれに身体を押し付けて指を組む。

「以後作戦活動には十分に魔力消費の配慮をして、護国の任務に当たろうと思う」

反省を口にするが「皇」の態度は不遜だった。

「だが戦闘する「魔砲使い」も無傷ですむことはないのだ、護国の柱となる「魔砲使い」はその能力を最大に発揮するために多少の想定以上の「魔力」の消費はやも得ないものだと考えている」

机に手を置いて「皇」は高見沢主計を睨む。

「報告書をみたろ? こちらも被害を受けている」

高見沢主計は一瞬喉にモノが詰まったような顔をした。

そして、頭の中で反論を考えたが言葉には出来なかった。

目の前に座るのは誰も犯すことの出来ない権力、強力な魔砲使いと皇国軍を一人で統べる統帥権を持つ唯一無二の人物、一文字の「皇」の字を与えられた権力者だった。

白髪の青年は表情を作らない。目の前に言葉を詰まらす人物の前で机に腕を組み反応を待つ。

「青」も表情一つ変えずに立ち尽くし「白」だけが居心地が悪そうに顔を下に向けていた。

「ではご報告終わりましたので失礼します・・・・・・」

海軍式の脇を締めた敬礼をして高見沢主計は部屋を後にする。

「青」は高見沢主計が横を通るときも一つも視線を合わせなかった。

「白」が通り過ぎる高見沢主計と目が合うと、高見沢主計はただひたすら困った顔をしていたのでバツが悪かった。

高見沢主計が立ち去ると、広い部屋には「青」と「白」、そして「皇」の三人だけが残った。

「皇」はもう一度目の前に広げられた報告書類に目を通した。

「漂流艦隊は殲滅」

大きな椅子に座りながら、机の上に広げられた報告書を見ながら男は呟いた。

「皇」は髪の色と正反対の黒い瞳で目の前の「魔砲使い」を見上げた。

「此方の被害は「魔砲使い」頬が腫れただけ・・・・・・か?」

報告書から背ける様に椅子を回転させて、男は二人の魔砲使いに背を向けた。

向いた壁側には綺麗に磨き込まれた木製の窓枠、埋め込まれたガラスの先には海と岸壁のクレーンが乱立する軍港が見える。

「「皇」?」

「青」が「皇(おう)」と椅子に座る人物に声を掛けるが返事が無い。

「笑っているのですか?」

「どうしてそう思う?」

「窓に映っています」

「青」からは窓ガラスに映り込む男の口元の緩んだ顔が見えていた。

「笑うだろ「青」」

椅子を元にもどすと、「皇」は子供のように無邪気に笑っていた。

先ほどまでの高圧的な態度をがらりと変えて、まるで悪戯が成功した子供のように無邪気に笑う。この青年が皇国の名目上の統治者である代十五代目の「皇」だとは、この光景だけ見れば威厳の欠片も無い姿に疑問が湧くだろう。

「皇」は机の上の報告書を指で軽く叩いた。

「戦闘報告書の被害状況に真面目に「頬が腫れてました」って書いてある。久しぶりにこんな細かい報告書を見たよ」

「そうですか?」

「青」は「皇」の言葉に興味がないと言った感じだったが、「白」は恥ずかしいのか顔を真っ赤にしていた。

「ああ、強力な平手打ちを何度も往復で食らったのではないかって書いてあるぞ」

「そんな事ありません一回だけです!」

「嘘だよそんな事書いて無いよ「白」」

反論の時に拳を作って訴えた「白」はそのまま固まる。そして血の気が引く音が聞こえそうな表情を作り、隣で殺気を放つ「青」からほんの少し離れる。

「まったく、君たちが組んでからなかなか面白い」

「「皇」、面白くありません」

「僕は十分に楽しませて貰ってるよ「青」」

「青」は表情を変えないで直立不動のままだった。

「皇」は立ち上がって机の前に出て、二人の「魔砲使い」に対峙する。

目線は少しだけ「皇」の方が「青」より高く、「白」とは同じ高さだった。

「「皇」、やはり私は一人で戦った方がいいです」

「何故だ「青」?」

「彼女とは合いません」

隣に「白」が立っているのに「青」は冷たく言い放つ。

「知ってる」

「皇」は呆れるわけもなく、「青」ならそう言うだろうなと分かっていたので話しを進めた。

「君一人で第二機動部隊は十分にその任務をこなすことができるのも知ってるさ」

皇国で現在漂流艦隊などを迎撃する艦隊は二つある。

「だが後輩の面倒を見るのも先達のやることの一つだ」

「三旗戦に任せたらいいのでは?」

「三旗戦は基本的に君や「赤」のサポートだ、決戦艦隊ではないので役割が違う」

そんな事は知っていて「青」が言っているのを「皇」は知っているが、あえて自分に言い聞かせるように言葉にする。

「では教導は一旗戦の「赤」に任せて下さい」

「赤」とは一旗戦を拝命して八州皇国最強の「魔砲使い」で最強の五一センチ砲を操ることができ、ありとあらゆる弾種を自在に操る「九十九の炎」の異名をとる機動艦隊の切り札だ。

「赤」が第一機動部隊、「青」が第二機動部隊として配属されている。

役割としては第一機動部隊は決戦艦隊として温存されて、漂流艦隊等の近海防御は第二機動部隊が用いられるのが通例だった。

いざとなれば第一、第二機動部隊を併せて連合艦隊を組んで闘う。

「「赤」に後輩の教育ができると思ってるのか?」

「無理です」

「青」はキッパリと言い放つ。

「そうだ「赤」は君以上に他人に興味がない。いや、魔砲を相手に当てること以外興味がない」

「最強の魔砲使い」は些か人格に問題があることを「皇」は付け加えた。

「だから「赤」には要領の良い「黒」を付けたんだ」

そこまで言って「皇」ははっと気がついて「白」の方を向く。

「黒」は「白」と同時期に配置についた新人の魔砲使いで、優秀さでは軍内でも評価されていた。

「まあ人にはそれぞれ個性がある、合う合わないはどうしたって出てくるさなあ「白」」

「はっはい「皇」陛下」

「「白」僕らは同じ一文字だから「陛下」はいらないよ」

「はい「皇」陛下」

隣から「青」が放つ殺気、睨む視線に「白」は気がついてまた瞳に涙を溜めた。

「ともかくだもう少しその・・・・・・」

「皇」は二人の間に立て、掛ける言葉を考えて思い付かなかったので二人の肩を軽く叩いた。

「仲良くやろう」

「命令ですか?」

「お願いだ「青」」

「善処します」

一糸乱れぬ海軍式の脇を締めた敬礼で「青」は応える。

「皇」は命令じゃ無いと言ったのにと思ったが、こればっかりは仕方が無いことかと諦めた。

「兎に角、最近やけに近海に漂流艦隊が現れるな、何か敵に変わった所はなかったかい?」

「特にありませんでした」

「そうか・・・・・・」

「あの・・・・・・「皇」陛下・・・・・・」

「「皇」でしょ?」

また様を付けて「皇」を呼んでしまった「白」に青が舌打ちをしてから忠告する。

「はっはい、あの「皇」、別に私の見間違えかも知れないのですが・・・・・・」

「なんだい「白」?」

いつの間にか「皇」は作りの確りした机の上に腰を掛けていた。

「あの、作戦海域での偵察機等の運用はされたのでしょうか?」

「航空機か?」

「はい、私の気のせいかも知れないのですが何かが上空を飛んで居たような・・・・・・」

「いや、漂流艦隊は航空機運用を行わないから敵艦捕捉後は此方も燃料節約で航空機の運用は行っていない」

皇国は現在戦時体制ではないので、無用な航空機や艦船の運用はなるべく控えている。

工廠が生み出す内燃機関燃料は少なく、ガソリン、ディーゼル燃料は貴重なモノになっている。

なのに電力などは無限とも思えるほど「工廠」からは供給されるので、皇国の殆どの公共交通機関、自動車などは電動式となっている。

「貴方、本当に見たの?」

「えっと、あの・・・・・・」

「青」に問い詰められると「白」は一瞬身構えてしまった。

「ハッキリなさい」

「白」の肩を掴んで「青」は答えを即すが「白」は萎縮するだけで逆効果だった。

「えっと見間違えかも知れないです・・・・・・」

「貴方は飛行機を鳥と見間違えるというの?」

「すみません」

「航空機、漂流艦隊が航空機を運用し始めたということは聞いたことが無い」

「皇」は口に手を当てて考え込む。

「どれくらいの距離だったんだい?」

「本当に一瞬なんです、ふっと現れて・・・・・・」

「私には見えなかったわ」

青の言葉に白は萎縮する。

「わかった報告は聞いたのでこれで解散にしよう」

「白」の姿に可哀想になって来た「皇」が話しを打ち切る。

「でもちょっと「白」は残ってくれ、もう少し聞きたいことがある。「青」はご苦労だった下がってくれ」

ブーツの踵を揃えて再び「青」は見事な敬礼を返すと「皇」も敬礼で返した。

青はブーツを鳴らしながら、早足で部屋を退室する。

その後ろ姿を追っていた「白」は扉を閉めるとき一瞬「青」が殺気とも取れるほど眼光鋭く自分を睨んで来てまた肩を竦めた。

「さてと、困ったもんだな「白」、いや二人だけだから昔みたいに雪那と呼ぶか?」

「白」は元々九浄華と呼ばれる「皇」の血族に近い名家の出身だった。

「いえ「皇」陛下、私はもう一文字です、「白」と色別名(しきべつめい)でお呼び下さい」

「白」は小さく頭を下げる。

「だったら君も俺に様をつける癖は止めるべきだ、もう同じ一文字だ?」

皇国では「一文字」で表された役職が不可侵の役職、その権利を犯す事の出来ぬ存在として敬う。

「皇国」の「皇」の字をいただく「皇」はこの国の軍事を司る統帥権を統べる、文民政権では最高司令官、軍事政権では独裁者と同じ権力を持つ公人だ。

一方の「青」や「白」も同じ「一文字」として昔の名前を捨てて「公人」となっている。

「申し訳ございません」

「「白」は庭周りの時もそうだったな、いつも遠慮がちで後ろに居た」

「皇」は公家が宮中の庭に集まって「皇」を中心に一人ずつ挨拶を交わす宮中行事の事を思い出す。

「すみません・・・・・・」

「あんな儚げな女の子が今じゃ「魔砲使い」だ」

「「皇」陛下・・・・・・」

目の前に立つ白いセーラー服の白髪の少女を見て「皇」は黙り込む。

その表情は必死に憐憫や達観と言った複雑な感情を押し殺そうとして、必死に冷静さを保っているようだった。

普段の皮肉屋で自身に溢れている「皇」とは違う態度に「白」は戸惑った。

自分が見た飛行機の事を聞かれるのかと思っていたが、昔話なんて「皇」らしくないと思った。

「戦闘で疲れてるところ無駄な話だった、本題に入る」

机で腕を組み直して「皇」は「白」に問い直す。

「「白」、君は「青」と一緒に戦ってどう思うんだい?」

「えっ?」

「頬を赤くなるまで叩かれて、戦闘中でも常に指示とも罵倒とも付かない言葉を浴びせられてどう思うんだい?」

「えっその?」

「正直に」

「私は別に・・・・・・」

「別に?」

下を向いて肩を竦める「白」は顔を真っ赤にして小さく震えていた。

「先輩の言うことはいつも正しくて、ちゃんと出来ない私が悪いと思います」

「本当に?」

「はい」

初めて「白」は顔を上げて「皇」の顔を真正面に捉えた。

「「青」先輩は凛々しいです。私は「青」先輩みたいに立派な「魔砲使い」になって、この力を護国の為に使いたいと思います」

建前でも無く、本気で「白」は自分の巨大な戦艦すらも一撃で沈める力を国の為に使いたいと思った。それが、自分の運命でもあり、この一千万人住む皇国でたった六人しかいない「魔砲使い」の自分の使命だと思っていた。

この「魔砲」の力が無ければ、海に面した皇国は無人の漂流艦隊に街を砲撃によって焼かれてしまう。

自分達の生活を支える「工廠」を破壊されたら、この文明らしい生活は終わりを告げるのだ。

そう「白」は理解していたので、必死に国の為に闘うと抗弁した。

「同じ年代の子が学校に通って楽しく、それなりの不満を抱えながら明るい未来を描いて暮らして居るのに君は「魔砲」を与えられて、戦艦にぶつけられる現実が良いと言うのか「白」?」

「皇」は怒っているのだろうか、表情は相変わらず涼しいのに語気は強い。

「すまない、そんな状況に君を追い込んでいるのは俺なのに今の質問は愚問だな」

「「皇」陛下、そんな事無いです。私は少しでもこの国の役にたっているんでしたら満足です」

「ありがとう「白」」

健気とも悲壮とも取れる「白」の言葉に「皇」は頷いた。

「悪かったな、下がっていい、しっかり次の任務まで休んでくれ」

「はっはい、ありがとうございます」

「白」は慌てて敬礼し、「皇」もそれに応える。

「「白」、君は本当に今の状況でいいのか?」

敬礼の後「皇」は白に訪ねた。

敬礼までは軍属の長として、敬礼が終わった後は昔をよく知る妹のような「白」に対してへの個人的な心配から出た言葉だった。

「わかりません。ただ、やっぱり漂流艦隊と戦うのは怖いです・・・・・・」

「白」は本来だったら弱音を吐いて言い立場では無い。彼女はもう皇国軍に属する「戦闘員」なのだ、戦う事からは逃れられない。

でも「皇」が見せた兄のような優しい態度に気を許した。

「だからかも知れません、私が「青」先輩に憧れるのは・・・・・・」

「白」は青の戦う姿を思いだした。

大海原で誰にも何事にも臆する事も無く、真っ直ぐに敵を、水平線の彼方を望む姿は何時も変わらなかった。

たった一人でも「青」は、あの広い海で一人で戦っても怖くも寂しくも無いのだろうと思わせる。

それくらい魔砲を使って戦っている「青」は迷いの無い目をしていた。

「「白」を「青」に付けて良かった、「青」をよく助けてやってくれ」

「いえ、私なんか足を引っ張ってばっかりで、助けるなんてとても」

両手と首を振って「白」は否定する。

「まあ「青」には俺からも良く言っておくから、次の任務もよろしく頼む」

「はっはい、失礼します」

慌てて敬礼をすると、後の扉が叩かれる音がした。

「入れ」

「失礼する」

扉を開けて「皇」と同じ白い第一種軍装を着た男が入って来た。

背は「皇」と同じ高さだが、恰幅は三倍程ある丸い男が入って来た。

「こりゃ失礼「魔砲使い」殿と話し中だったか?」

「今終わった所だ」

「失礼します、山下少将」

「おう、五旗戦「白」殿、戦は慣れましたか?」

「いえ、まだ・・・・・・」

「ハハ、正直で結構ですな!」

目を細めて山下少将、皇国海軍の軍船が統べる連合艦隊長官は大声で笑った。

「しかし、二旗戦の「青」殿と一緒に漂流艦隊を殲滅とは素晴らしいです」

「いえ、山下長官私は「青」先輩の足を引っ張ってしまって・・・・・・」

「ああ、そういえば廊下で「青」殿が立って居たが・・・・・・」

「えっ? でっでは失礼します!」

「白」は慌てて部屋を出る。

「なんだ?」

「皇」はやれやれと笑う。

「山下さんどうした?」

「ああ、ちょっと報告したいことがあってな」

巨体を応接用のソファーに降ろして膝に手を付く。

「やはり「皇」の読み通り、連中は動いているみたいだ、哨戒行動中の潜水艦が移動する艦隊を捕捉したぞ」

「「白」が空を飛ぶ移動物体を見たと言っていた、多分奴らのスカウト(偵察機)だ、彼女の感覚は優れてるから間違いない」

「そうか奴らも新しい「魔砲使い」がどれだけ使えるか気になるだろうからな、こりゃ近いうちに来るな」

「戦争か」

「ああまた戦争だ」

山下長官は嫌いな食べ物でも出されたかのように、応接ソファーの上に嫌な顔を作っている。

悲壮とも悲痛とも違う顔、とにかく気にくわないという顔だった。

「連中は余程他にやることが無いと見えるな」

「そりゃそうさ、戦艦しか作れない工廠を持ってるんだ、精々あるものをを使って最大限の努力をするさ、この世界はそういう風に出来ている」

「戦艦は食えないからな、俺たち皇国にある「多機能生産工廠」は喉から手が出るほど欲しいか・・・・・・せっかく「魔砲使い」六人体制を敷いて武威を示したのに、効果が無いとはな」

「帰って焦らせたか?」

「かもしれん」

「俺はやはり間違ってるのか山下さん?」

「誰も正しいことなんかわからんよ「皇」陛下、多くの人間にとって正しさとは結果だけなんだからな、選択した人間の気持ちや葛藤なんて分からんよ」

「皇」も山下の対面のソファーに腰を掛けて、そのまま寝そべるように身体を投げ出した。

「山下さん、俺は「皇」になって最近恥ずかしいんだよ」

「はは、一千万人の皇国民が戴く「皇」陛下が恥ずかしいなんてどういう事だ?」

「その一千万人を守るために、自分と同い年、年下の女の子に戦艦の大砲を与えて闘わせている」

ソファーに寝そべりながら「皇」は天井を見て、手持ち無沙汰なのか前髪を弄り始める。

「魔砲使い」は正確にはどの軍隊にも属してない、統帥権を持つ「皇」の下に直接配置されて、その上で軍隊に「貸している」形になっている。

「魔砲使い」は全員「皇」の命令だけ聞けば良いことになっている。実際「魔砲使い」と直接連絡のやり取りが出来る道術が使えるのは「魔砲使い」以外では「皇」だけだった。

だから「魔砲使い」の責任は全て「皇」にあった。

「「皇」陛下、俺は年寄りだからすぐ諦めてしまうんだが、たった六人の「魔砲使い」で一千万人皇国民の平和が守れるならそれで良いと思ってしまう」

山下長官は膝を掴む手に力を入れる。

「沢山の部下を死なせるよりは「魔砲」なんて良く分からないものでも、圧倒的な力で外敵を払えるなら使うべきだ。使える使えないを道義心で選べるなんて余裕のある人間が考える事だ、俺にはこの皇国にそこまで余裕があるとは思えない」

「この国の平和は「魔砲使い」の力で守られている、それを知っていても自分達の「工廠」から貰える取り分が少なくなると文句を言ってくる奴らもいる。でも、そんな奴も守るために彼女達「魔砲使い」は海でたった一人で闘う」

「彼女達「魔砲使い」を戦闘兵器だと割り切れとは申しません「皇」陛下」

急に山下長官は口調を改めて、背筋を伸ばして真っ直ぐ前を向く。

「ただ、彼女達を命令するのも守るのも同じ国を護る力の象徴「一文字の名」を持つ「皇」のみが出来る事なのです」

態とらしい山下長官の訓示に「皇」は姿勢を直して拝聴する。

「同じ年頃の女の子に格好いい所を見せたいと思う気持ちは理解しますが、出来ないことで格好付けすぎるのも恥ずかしい事でありますよ「皇」陛下」

「ハッキリいうなよ山下さん、罷免するよ?」

「そいつは困ります、私の家族が路頭に迷います」

「山下さんは子供多いしな、泣かせたくないからあんまり辛辣な事言わないでくれ」

「失礼しました、「皇」陛下がまるで罰を求めて居たように見えたのですが将官の勘違いでした」

「そうだね、そうやって誰かに罪だと言って貰って、理不尽を解消したかっただけだね」

「しかし「魔砲使い」に格好付けられるのは良いことですぞ陛下」

「皇」が不思議そうな顔で山下長官の顔を覗き込む。

「そうやって「魔砲使い」を女の子として接してあげられる人物はこの国には陛下くらいしかおらんのです。それがきっとこの皇国護国の最後の切り札だと将官は思うのであります」

そう言って山下長官は立ち上がって敬礼した。

「皇」も立ち上がって山下長官に敬礼する。

「山下さん、また子供産まれるんだってね」

山下長官は先月で五十六歳になったばかりだったが、再婚した二人目の妻の間に七人目の子供を授かった。

「はい」

「その子供の為にも僕は格好悪いことも何でもするよ」

「ありがとうございます。ならば我々連合艦隊全員は国の為に命を差し出せます。交換です」

屈託の無い笑顔で山下は「皇」に敬礼した。



「「青」先輩?」

「白」が部屋から出ると「青」は廊下から遠くに広がる港町を一人で見ていた。

「遅かったわね、行くわよ」

「えっ?」

「家に帰るわよ、ここにはもう用事が無いでしょ?」

「あっはい、行きます」

二人が廊下を歩きはじめると、人とすれ違う度に敬礼をされるので返礼しながら歩く。

鎮守府庁舎の廊下を二人で歩くと、すれ違う軍人全てが背筋を伸ばし直立不動で敬礼して二人が視界から消えるまで敬礼を解かない。

「魔砲使い」とは皇国軍にとって最上の尊敬を集める存在だった。

だが敬礼は誰も目を合わせてくれないので「白」は自分が人では無く「魔砲使い」として扱われているのだと理解させられるので、敬礼は好きでは無かった。

でも彼女の本来持っている女の子らしさのせいか、敬礼を返してくれる将官に対しては目を合わせて返礼してしまう。

偶に目を合わせて驚く将官も居るので、「白」も驚いて顔を赤くする事もある。

「青」は慣れているのか、誰とも敬礼しても目線を合わせる事もせずに足早に去って行ってしまう。

「貴方、「皇」とどんな話ししたの?」

「えっ?なんですか先輩?」

不意に話しかけられたので「白」はもう一度聞き直してしまった。

「・・・・・・何でも無いわ」

唯でさえ早歩きの「青」は更に歩く速度を上げる。

「白」は慌てて「青」に付いていくが殆ど徒競走並みの速さになっていた。

二人が足早に建物の中を歩き去って外に出ると、向かったのは別に建てられている同じく赤煉瓦造りの庁舎に向かう。そこは柵に覆われて門番が警備してある、他の建物とは隔離された場所にある建物だった。

小さな二階建ての赤煉瓦の建物、鎮守府と同じでバルコニーもあってほぼ小さく作り直したような建物が「魔砲使い」達の普段の生活の中心となる宿舎だった。

そこは「魔砲使い」とその生活を支える数人の使用人と「皇」だけが入れる場所だった。

横須賀にある皇国海軍基地では滅多に他の人間が、勿論一般人には縁の無い、むしろ秘匿されている場所と言っても良いくらい、海軍基地の端にひっそりとたつ建物だ。

そこが「魔砲使い」が唯一暮らす「家」だった。

正面玄関の大きな門を潜ると、すぐに正面に大きな階段がある広間に出る。

広間の階段に腰を掛けて待っていた少女がすぐに建物に入ってきた「白」に飛び掛かって来た。

「「白」お姉ちゃん久しぶり」

「「黒」、お帰りなさい」

「白」に飛びついたのは「白」よりも幼く、少しだけ背の低い少女だった。

白とは対称的な艶やかな黒い髪を肩口で二つに纏めていて、天真爛漫とした黒い瞳、黒を基調としたセーラー服姿は人形の様だった。

「あなた敬礼は?」

「あっ「青」先輩居たんですか? 暗くて分かりませんでしたー」

「黒」は態とらしく遠くを見る。

「失礼な子ね相変わらず」

「「青」先輩も相変わらず「白」姉に向かってネチネチやってるみたいですねー」

「貴方、何か言った?」

「えっ聞こえてないんですか? 大砲打ち過ぎで耳が可笑しくなったんですか?」

「私の耳は良く聞こえるわよ・・・・・・」

「青」と「白」の舌戦に挟まれる形になった「白」の表情は笑顔をだが、胃が痛いのか手はずっと下腹部を抑えていた。

「あっ帰って来た!」

「お疲れ様「青」、「白」」

二階から階段を勢いよく降りてきたのは三旗戦の「黄(きいろ)」と「緑(みどり)」だった。

二人とも双子なので顔はよく似てるが色が違う制服と肩口で短く切り揃えた髪形が「黄」で、「緑」は髪を後で結んでいるのが違いだった。

「いやー久しぶりだね「青」」

簡単な敬礼の後、話しかけながら「黄」が「青」の手を握って、肩を掴んですこし「黒」との距離を離す。

「「黒」も久しぶりだけど「青」と「白」は漂流艦隊迎撃の仕事から戻ってきたばかりだからさ、部屋に行かせて休ませてあげよう、ね?」

「緑」が後から「黒」の肩に手を乗せて押すようにして「青」から遠ざける。

「黄」と「緑」の双子の姉妹の見事な引き離し作戦に「白」は感激した。

「お気遣いありがとうございます「黄」さん、「緑」さん」

「やだ「白」お互い「一文字」なんだからさん付けは止めようって言ったでしょ?」

「黄」は屈託の無い笑顔で応える。

「そうそう、私たちは姉妹みたいなもんだしさ、固いことはなしよね?」

「緑」は何か文句の言いたそうな「黒」を押さえ込みながら「白」へ目配りをする。

「皆お揃いとは久しぶりですね!」

最後に玄関に入ってきたのは一旗戦、最強の魔砲使いの「赤」だった。

赤を基調としたセーラー服を身に纏い、少し癖のある黒髪を無造作に背中に掛かるまで伸ばしている。

「青」と同い年の筈だが、その笑顔は無邪気で屈託が無い。声は大きく声量があって、何もかも「青」とは正反対のような人物だ。

「こんな所で立ち話もなんですから、みんなでお食事にしましょう!」

赤の掛け声に誰も反応しなかったのは沢山の理由があった。

「ついさっきお昼が終わったばっかりじゃないですか・・・・・・」

「黄」が呆れて目を萎ませる。

「それに、手に持ってるのは・・・・・・?」

「鶏の唐揚げがなにか?」

食卓用の中皿に山盛りの唐揚げを抱えながら「赤」は現れた。

「昼あれだけ食べてまだ食べるんですか?」

「いやあ三時のオヤツですよこれは」

「緑」も呆れて溜息を付く。

「まあ「赤」じゃないけど折角みんなで集まったんだからお茶でもしようか?」

「良いですね! ちょうど甘いものが食べたくなって来た所です!」

「ちょっと、物を口に入れながら喋らないでよ」

一口大の唐揚げを頬張りながら喋る「赤」に対して「黒」が文句を言う。

慌てて「白」が「赤」に近づいて白いハンカチを差し出す。

「赤」がハンカチを掴むのかと思ったら、顔をそのまま差し出した。

「ありがとうございます「白」」

「いえ、別に・・・・・・」

「白」に口周りを拭いて貰いながら「赤」は笑う。

「折角みんなで揃ったのだからケーキ焼いて貰いましょう、ケーキを」

「なにそれ子供っぽい・・・・・・」

「あれ「黒」さんはケーキ嫌いなのですか?」

「そういう分けでも・・・キャァ!」

「赤」は自分が持って居た唐揚げの皿を「白」に渡すと、軽く「黒」を脇に抱えて食堂へと歩いて行く。

「ちょっと「赤」何すんのよ」

「折角全員集まったのですから、お茶にしましょう、お茶に!」

足をバタつかせる「黒」を抱えて「赤」は皆を誘う。

「赤」が声を掛けると「黄」も「緑」もしょうが無いと顔を併せて食堂へと向かう。

「白」も「赤」から渡された唐揚げの盛られた中皿を持って食堂に向かう。

「私は外に出るわ」

「青」だけはその場に立ち止まる。

「そうですか、気が向いたら来て下さい!」

「協調性無いなー」

文句を言う「黒」の口を赤は手で押さえる。

「油、油がー」

唐揚げの油が付いた手で口元を押さえられた「黒」は抗議の声を上げるが、殆ど聞き取れなかった。

「「青」先輩お誘いしなくて宜しいのですか「赤」先輩?」

「多分「青」は来ませんね、大事な用事があるのでしょう」

「なんですか大事な用事って?」

「お船遊びです」

「白」の不思議そうな顔に「赤」はクスクスと笑い出した。

「「青」の最優先事項なので、こればっかりはテコでも魔力でも動きませんよ」

「「赤」よけいな事を言わないで」

再び玄関を開けて外に出ようとする「青」が振り向きもせずに声を掛けた。

「失礼しました「青」、ごゆっくり〜」

「赤」のふざけた敬礼に「青」は何も返礼せずにそのまま家を出た。



■小舟


賑やかな家を後にして「青」は横須賀海軍基地の外れ、半島のように突き出た小山の雑木林の中を進む。

その小山は「魔砲使い」の家のテリトリーの中にあって、一般人は入る事が出来ない。

歩くとすぐに小さなコンクリート製の岸壁に出る。

大部前に放置された岸壁には人影も人工物も殆ど無く、一隻の手漕ぎの櫂が備えられた木製の小舟が付けてあった。

「青」は海に続く小さな階段の近くに繋げられている船に飛び乗る。

そしてそのまま湾内を見渡して、船があまり居ない場所を探した。

もともと軍港として整備されている横須賀は民間船も少なく。また、大昔のように海外との貿易が盛んで無い今は行き交う大型船も少なく、小さな漁 船なども昔は貴重なタンパク質の確保のために沢山出ていたらしいが、今は食料すらも「工廠」で製造されるので、あまり漁は盛んではなかった。

趣味としての釣りの文化は残っているが、生活の為の漁業はプラントから離れた地域くらいしか行われていない。

だから静かな港湾の海はどこか牧歌的ですらあった。

ほんの少し湾内を進めばそこには太平洋でも有数の巨大な軍港があるのだが、そこからは隠されるような位置に「青」が立っている岸壁は設置されていた。

「青」はふと小舟から海を覗き込んだ。

海面には無表情な自分の顔が映る。

それを見て「青」は少し安心した。

「「青」待たせたか?」

声を掛けられて水面に映る自分の顔が不気味に笑った。

不気味だと思ったのは顔が引きつっているからだった。嬉しさと怖さ、それらが混ざり合って同じような比率なのだからか顔は中途半端で不気味だった。

だから「青」はすぐに無表情を作り、もう一度水面で表情を確認してから声を掛けられた方へと向く。

「別に待ってません」

その表情は完璧な仮面で一切の感情を表してなかった。

「すまん、すこし会議が長引いたよ」

岸壁にやって来た「皇」は待ってないと言った「青」の言葉を無視して遅れた事を謝った。

「待ってません」

「そうだったな」

笑いながら「皇」も階段を降りて船に飛び乗った。

そして、白い綺麗な軍服が汚れることなんか気にせずに、すぐに船首側に腰を降ろす。

「「青」出してくれ」

船首に繋がれたロープを外して、船は自然に岸壁をゆっくりと離れた。

「了解しました」

小さな小舟が外洋へと進む、日が落ち始めていて周囲は煌びやかな光から暖かい色に変わり始めていた。

「青」が立ちながら長い一本の櫂で巧みに小舟を操ると、小舟はよく海面を走り潮風を感じながらゆっくりと進む。魔力も使わずに潮の流れを上手く使って船は動いていた。

「皇」は身体を崩して寝そべるように小舟の船首に寄っかかる。

「青」はそんな「皇」に構わずに船をひたすら走らせ、すぐに船は岸壁から離れて、軍港も霞むくらい遠くに来た。

「今日は波が穏やかだな」

「そうですね」

「絶好のサボリ日和だ」

「良いのですか?」

「何が?」

「公務を放り出してこんな事して・・・・・・」

「良くないけど、サボる必要があるときがある」

「皇」はほとんど毎日何らかの公的なスケジュールが入れられている、来賓に会議と殆ど自分の時間が持てないでいた。

「たまには息抜きしないとなっ「青」?」

「私は別に・・・・・・」

船を漕ぎながら「青」は一人で船を出して海に出ていた頃を思いだした。

遠い昔と「魔砲使い」になってからの記憶。

最初の記憶はあまりハッキリとした事は覚えてない。

皇国の「工廠」とは離れた沿岸部で生まれた「青」は小さい頃から船で親と一緒に漁に出ていた。

この世界では「工廠」から離れれば離れるほど文化的な暮らしは出来ない。

地方は貧しい一次産業従事者ばかりだった。

だから「青」も幼い頃から船の扱いは慣れたものだった。

毎日貧しい暮らしを支えるためにも頻繁に親と一緒に漁に出ていた。

漂流艦隊が自分の村を襲って壊滅させるまでそんな日々が続いた。

親と死に別れ、村で唯一生き残った「青」はその後皇国の「江多島」にある「魔砲学校」に保護され、そこで「魔砲使い」となる教育を受けた。

学校に居るときからふと一人で沖合に出ることがあった。

周りからは危ないとか色々言われたが、海の上で一人になる事がいつしか自分にとって大事な時間になっていった。

「魔砲使い」になってからもそれは変わらずに、時間が出来ては沖合に船を漕ぎ出していた。

だから、最初に横須賀に赴任して船を動かそうと思ったら「皇」が乗っていたときは難儀したものだった。

「サボる場所を探していたら、船を見つけて寝ていたんだ、そうかこれは「青」の船だったのか・・・・・・」

先代から後を継いだばかりの「皇」はサボっているのを「青」に見つかって態とらしくその白い髪を掻きむしって困った顔をした。

「乗せて貰えるか?」

「命令ですか?」

「お願いだよ」

断る理由も無いので「青」は「皇」を船に乗せた。

それ以来何度も「皇」は「青」の小舟に乗りに来る。

今日のように出撃の後は必ず、態々道術を飛ばして待ち合わせをして沖に出る。

この事は「青」と「皇」だけの秘密の筈だが、なぜか「赤」だけはこの「皇」のサボリを知っているようだった。

「今日はこれを持ってきた、後はアンパンとクリームパン」

そう言って「皇」は水色の透明な瓶を取り出した。中身は普通の炭酸砂糖水。

「甘いものばかりですね」

「コーヒー、紅茶を入れて貰う時間も無かったし、適当に酒保に行って貰ってきた」

「子供みたいです」

「要らないのか?」

「青」は黙って手を伸ばすので「皇」はサイダーの瓶とアンパンを渡した。

甘いサイダーと菓子パンの組み合わせは甘すぎてあまり良い組み合わせでは無いと思ったが、二人は海のほうを向きながら、波に揺れる船に動揺することなく、黙々とパンとサイダーを口にした。

海の遠くには水平線が、反対側には陸地の稜線が見える。

日が沈みかけて、海鳥が飛んでいる。

風は穏やかで、潮に乗って船はゆっくりと進む。

「「皇」何か言いたいことあるのですか?」

話しを切り出したのは「青」だった。

「別にないよ「青」」

「「白」を叩いた事聞かないんですか?」

「どうして?」

「青」は顔を背ける。

「「青」、部屋の外で聞き耳立ててたのか?」

「魔砲使い」は感覚が鋭くなる。遠く数万メートル先の戦艦の動きを手に取るように分かる感覚を磨いている彼女達にとって、扉一つ挟んだ部屋の中の様子など集中すれば幾らでも聞き取れる。

「あんまり誉められた行為じゃないな「青」」

腕を組んで苦笑する「皇」から青は怒られても自分のやったことは悪くないと決めつけている子供のように口を真一文字に結んで顔を背ける。

「「皇」は私に言うことがあるんですか?」

「いや無いよ」

何か言われると思った「青」は拍子抜けしてしまった。

「「白」に手を上げるなと言わないのですか?」

「「青」が必要だと思ってやってることには口を出さないさ」

「ひとこと言っておくって言っていたじゃないですか・・・・・・」

「ああ、ああ言っておけば「白」も少しは納得するだろ? と言っても「白」は別に「青」に対して怒って欲しいわけじゃないだろうから、まあ気を使わせる余計なひとことだったかもな」

「どうして怒らないのですか?」

「怒って欲しいのか?」

「狡いです、それは」

「はは確かに狡いな、誰にも角を立てない言い方しかできない。俺にはどうしてもそういう癖が付いてしまう」

「白」にはひとこと「青」に言っておくと言って、いざ「青」を目の前にした時に「皇」は何も言わない。

「「白」に厳しく指導するのは分かる、この先の海は山ほど弾薬を抱えた漂流艦隊がうようよしている危険な海だ、そこに旗一つ持たせて立たせるんだから危ないに決まっている」

「私達は「魔砲使い」ですよ?」

「無敵の機械ってわけじゃないだろ?」

魔力を展開して海に浮かんだり、相手の攻撃を防ぐことが出来るが一定以上の火力を集中させられると、防護術は破れてしまう。

そしたらそこに残るのはひ弱な肉体を持った女の子だけだ。

「だから君が戦になれない「白」を厳しくするのは分かっているよ、それは必要な事だよ「青」」

「「白」にはなんて言うんですか?」

「「青」にひとこと言っておいたって言うさ」

「何も解決してません」

「気持ちの問題だろ?」

「やっぱり「皇」は狡いです」

「恥ずかしいよな全く、この国を護る統帥権を持ってるって言ったって結局何もできない」

振り向いて「皇」は自分の住む国を見た。

遠くから木々に彩られた緑の山々が見える。そんな山と海の間に人口の建物が並んで明かりが灯り始めていた。

「私は「白」に厳しすぎるとお思いですか?」

「まあ、腫れるくらい叩かなくてもいいとは思うよ」

「あの子はまだ「魔砲使い」ではないです」

「青」は立ち上がってもう一度自分が護っている国を見る。

「少なくとも皇国の「魔砲使い」ではないです」

「それがもどかしいのか?」

「青」は返事しない。

「君達はたった六人でこの島国を一千万人もの人間が住む国を護れと言われて、理不尽だと思わないのか?」

「私は理不尽など感じたことはありません。魔砲を貴方から授かったときからこの身を護国に捧げる事を決めました、それが皇国の「魔砲使い」です」

「皇」は酷く寂しい顔をしていた。

殆ど泣きそうとも思えるほどの、大きな革製の椅子の上で命令を出してるときには想像できないほどの、思い詰めた顔をした。

「なにを悲しむのですか「皇」? 貴方はこの国、皇国そのものなのですよ。それを護るのが私達「魔砲使い」の唯一の存在価値」

小さな船に地響きのような振動が伝わる。

海中から強大な大砲が次々と船を取り囲む様に海上へと現れる。

「青」の周りに怪しげな光が纏う、小さな小舟は既に「青」の魔力によって海上からほんの少し浮かび上がっていた。

「皇」は自分の周りに現れた強大な砲塔。

強大な金属の塊を真四角に切り出したような形をした長砲身四一センチ四連装砲塔、船の四隅を囲むように四つ海上に現れている。

間近で見る「魔砲」はそれだけで圧倒的な力を見せつけた。

この合計十六門の大砲が火を吹き続ければ、大きな都市でさえ一瞬で壊滅してしまうだろう。

「これが皇国を護る力です、この力を振るえるのは「魔砲使い」だけなのです」

「皇」には「青」の目が青く光っている様に見えた、魔力が流れ込んでいるからなのか?

正直魔力とは何なのか誰にも良く分からなかった。

よく分かってない力で国を護っている。

「工廠」もよくわからない先人の理屈で動いている。

理屈もよく分からない力で護られる国とは一体なんなのだろうと「皇」はいつも考えていた。

だが「青」の目はどんな理不尽にも屈しない強い意思を宿していた。

「「青」ありがとう」

「皇」が軽く手を挙げると「青」も力を見せつけた事を軽はずみな行動だったと思ったのか頭を下げる。

「申し訳ございません」

魔砲を召喚から解いて、魔力による制御を解くと、巨大な戦艦の砲塔が動いた後の海は波立ち、慣れている筈の「青」も小舟の船上で揺れた。

「皇」は咄嗟に手が出て「青」を支えた。

「大丈夫か「青」?」

「青」は黙りながら下を向いて「皇」の胸に縋るような形になった。

「どうした「青」?」

「・・・・・・離してください」

「青」は「皇」の腕の中で震えるように腕を胸に付けて下を向いてた。

「ごめん、大丈夫か「青」?」

「青」の両肩に手を添える形で「皇」は支えた。

「青」は表情を見せないように下を向いたままだった。

「「青」すまない君を「魔砲」に縛り付けているのは俺なのに、俺は君たちに護られてるこの国に疑問を持ってしまう・・・・・・」

「「皇」はやはり狡いです」

「皇」の手を振りほどいて「青」は船尾の櫂の所へと向かい背中を向ける。

「「青」?」

「いいのです私達は所詮この国に作られた「魔砲使い」なのです。あなたに率いられる最強の兵器です」

「でも君も俺も同じ元は人間だ・・・・・・」

「皇」は現に目の前に居る制服を着た少女は街で学校に通う女学生と何が違うのだろうと思った。

「青」だけじゃない、家に居る他の「魔砲使い」と呼ばれる少女達だってそれは変わらない。

「「赤」は多分「魔砲」が打てて美味い飯が食えればそれで満足だろう。彼女は生まれも育ちも真っ直ぐだ」

「赤」は代々軍人の家に生まれて、幼くして文武両道を鍛え込まれていた。

「「緑」と「黄」は二人で同じ事に望む限り悲観する事は無い、「白」と「黒」はまだ闘う理由は見出していないかもしれないが新しい事に対する期待と不安が闘う理由にもなっている」

風が凪いだ海は日が没しようとしていた。

「じゃあ君は、「青」はなんの為に闘うんだ? 君の家族を殺した漂流艦隊への復讐なのか?」

復讐という言葉を聞いて「青」は顔を上げた。

「そんな事は考えた事もありません」

「じゃあ君が闘う理由はなんだい?」

ゴロンとサイダーの瓶が船底を転がる音が聞こえた。

「戻りましょう、日が落ちてきました・・・・・・」

「そうだな」

それ以上二人が言葉を交わすことは無かった。

「皇」はずっと沖合から陸地を、自分が護る国を見ていた。

まるで幻でも見ているように目を細めて自分が統治する国を見る。

「青」はあえてそんな「皇」の姿を見ないように、波とオールに集中して小船を操った。

船が波止場に付くと、二人はひと言だけ交わした。

「「青」今日も舟に乗せてくれてありがとう」

「いえ・・・・・・」

「青」は戸惑うような表情で「皇」から視線を外した。

「「皇」」

意を決して青は声を掛ける。

「なんだい?」

「なぜ「皇」は私の舟に載りに来られるのですか?」

「迷惑だったか?」

「いえ、そうではないのですが・・・・・・」

「好きなんだ」

「え?」

「最初は唯のサボリだったんだが、君の沖から陸地を見ている横顔を見るのが好きなんだ」

「私の横顔ですか・・・・・・?」

「沖から陸地を見ている君は、なんだかもっと遠い所を見ているような気がする」

「皇」が近づいて「青」の瞳を見る。

「君はその先に何を見てるんだい?」

「青」は下を向いて押し黙る。

だが無理矢理に外部の力が働いて「青」の視界が動いた。

「皇」の右手が「青」の頬に添えられて顔を持ち上げてた。

「やっぱり「青」の瞳は綺麗だね」

顔を持ち上げられて「青」はそのまま「皇」を睨み付けるように真っ直ぐと見た。

「ゴメンよ勝手に触れて」

「失礼します」

「青」はそのまま船着き場から歩いて家の方へと向かった。

「皇」はらしくなかったなと自分の右手をじっと見る。

ただ、海風に触れていた「青」の頬に触れたとき、自分の罪深さに身が裂けそうになった。

華奢な触っただけで壊れてしまいそうな女の子を戦艦と闘える程の化け物に仕立てている。

そんな「青」達を護るためにも、自分がいまやらなければ行けない事は沢山ある事を「皇」は知っていた。

白い髪を掻きむしったあと、ズボンのポケットに手を入れて歩いて庁舎へと戻った。

「魔砲使い」の戦いを無意味にさせないためにも、自分には出来ることは沢山あるはずだ。

そう信じることで「皇」は自分の任務に向き合うことが出来る。

だがこの国の仕来りでは民の声を代弁するのが「皇」の役割だと、そこに個人的な感情、野望を入れてはいけない。

「皇国」とは「皇」には潔癖を迫る国家体勢だった。

誰かが軍を掌握して暴力を持って国を自由にしたら、ましてや「工廠」の力を独り占めにしたらその者は王になれる。

その恐怖を克服する為に作られ奉られたのが「清廉潔白で私心を抱かぬ白い王」という意味の「皇」なのだ。

だから歯痒い時もある、もっと「魔砲使い」の負担を軽くしてあげたくても、出来ない事の方が多い。統帥権を持っていても実際に作戦や軍備を整えるのは政府の役割だ、彼らが見ているのは国民の生活水準だけだ。

飛行機を飛ばすくらいなら、もっと菓子を寄越せと兵器で行ってくる事に、正直羨ましいとさえ思う。戦火に巻き込まれるその瞬間まで、きっと彼らは幸せで居られるのだろう。

ああ、だからといって何もしないのはホントに道化だと思う、だから「皇」は軍服を着ていつも「魔砲使い」の側に居ることに決めたのだ。

「もうすぐ戦争が始まるんだよ「青」」

「皇」はその事が「青」に告げられない自分を恥じた。

「青」はというと、「皇」から見えなくなる距離を取ったら全速力で人気の居ない道を駆けていった。

下を向いて誰にも表情を見せないように走る。

「あれ、先輩?」

「どうしたの「白」?」

まだ家に居る「魔砲使い」全員が食堂で集まって居た。

正門から見て裏手に当たる食堂の窓から走って来る人影に気がついた「白」が窓の外を見る。

普段慌てる事の無い「青」が肩を揺らして息を荒げて走って来るのが見えた。

そして家の近くで一瞬立ち止まる。

両手で顔を覆い隠して、まるで何かを悔いて泣いているように肩を落としてその場に立ち止まる。

「白」はそのまま「青」が泣き崩れてしまうのではと思って思わず立ち上がった。

だが「青」は再び走り始めて、そのまま家に入った。

「あっ「青」が帰って来たみたいですね」

ソファーでに座っている「緑」が玄関の開く音に反応する。

「もうそろそろ夕食だね「青」も誘ってご飯の準備しようよ」

「黄」が立ち上がって玄関の方へ向かう。

「私も行きます」

白も「黄」の後を付いていく。

「もうご飯・・・・・・要らないよー」

ソファーでだらしなく横になって天井を見上げている「黒」が呻き声を上げる。

「今日のご飯は何かしらね、楽しみですね「黒」」

「「赤」先輩まだ食べるんですか?」

「赤」がケーキをワンホール平らげたばっかりだったのに、まだ喰うつもりでいることに見ているだけの「黒」が胸焼けがしそうだった。

「食べられるときに食べないと立派な「魔砲使い」になれませんよ「黒」」

「関係あるんですか?」

「少なくとも私は食べないと魔砲の命中率が下がります」

「黒」はアンコに包まれたお萩を食べながら、砲戦距離四万メートル以上で軽々と初段命中させた「赤」の手練れを思いだしていた。

「私には無理でーす」

「それは残念ですね」

応接用のソファーから立ち上がって「赤」は早速厨房のスタッフに声を掛けに行くことにした。

「兎に角ご飯作ってもらいましょう!」

「ああ「青」の分は作るの待ってくださいてっ言って貰える「赤」?」

食堂に戻ってきた「黄」が「赤」に声を掛ける。

「あら、どうしたんですか?」

「さあ? ねえ「白」」

「えっあっはい・・・・・・」

「黄」達が声かけても「青」は無言のまま部屋に走っていった。

「なんか焦ってるようにも見えたけど、どうしたんだろうね?」

「「青」も焦ることあるんですかね?」

ソファーに腰掛けたままの「緑」が笑う。

普段から冷静沈着な「青」が動揺するなんて考えもつかないと肩を竦めた。

だが、「白」は先ほどの「青」が見せた姿、涙を流そうとしていたのか、背を丸める「青」の姿を見て心配になった。

「じゃあ、とりあえず「青」の事は置いておいてご飯にしましょう!」

「切り換え早いわね「赤」は・・・・・・」

「黄」が呆れて溜息をつく。

「まあ「青」の事ですから、大丈夫ですよ多分!」

「「赤」はなんか知ってるの?」

「知ってますが知りませんよ」

「赤」は頬に指を付けて嬉しそうに笑う。

「本当に「一旗戦」と「二旗戦」の考えはわからないわ・・・・・・ねえ「白」?」

「はっはい・・・・・・」

「白」は二階の自室に上がった「青」の事が気になって天井を見上げた。

その頃「青」は既に自室に籠もって居て、質素な部屋に備え付けれたら自習用の机の椅子に座っていた。

必死に考えるのを止めようとしているのか、それとも考えられないのか分からないが、ただ色も塗られていない木の机の上を見ていた。

顔は感情を抑えようと無表情を作るが、スカートの裾を握りしめて肩に力が入っているのはすぐに分かった。

「青」は机から厚めの手帳を取り出す。

合成革製のカバーに包まれた紙のページを捲って白いページを見つけると、机の上にあるペン立てから大きめの万年筆を取り出して、文字を書き始めた。

すると「青」の表情は笑い始める、かと思えば今度は瞳に涙を貯め始めて気がついたら泣いていた。

それでも「青」の手は止まることは無かった。

まるで誰かに操られている様にペンを走らせた。

「ダメよ、ダメ・・・・・・」

誰に謝りながらなのか自分でも分からずに「青」はペンを走らせていた。

そして、数十ページ書き終わる頃にはペンを蓋をせずにそのまま机に転がして、自身も俯せに机の上に倒れ込んだ。

右手を自分の左の頬に添える。

「皇」に支えられていた頬を自分で触る。

今自分が触っているのとは違う手、若いが男性らしい岩のように固い骨の感触を思い出す。

なぜ「皇」は自分に触れたのだろうか?

舟の上での事も思い出すと、体中の血管が沸騰してきているかのような熱さを「青」は感じていた。

魔砲で戦艦と殴り合っても感じる事の無い熱さだった。

この熱を何処かに逃がさないと、自分の身体は燃え尽きてしまう。

そう思うと「青」は再びペンを握って紙の前に立つ。

だが今度はそのまま何も書かずにまた机に倒れ込んだ。

「青」が目を閉じると波の音が聞こえてきた。

湾から離れた高台にある家には波の音は聞こえない筈なのに、耳に残る潮騒は頭から離れなかった。



「「青」先輩・・・・・・お食事どうですか?」

「青」の部屋の前に食事をお盆に載せた「白」がドアをノックするが返事が無い。

部屋からは音がしないので、もう寝てしまっているのかも知れない。

「お食事置いておきますね先輩」

布を被せてあるお盆を床に置いて「白」はその場を立ち去ろうとする。

食堂には時間通りにしか調理師が来ないので、もう朝まで食事を出来るところは無い。

勿論なにか食べるものが調理場に無いわけでは無いのだが、折角作ってくれたものを無下にするのもと思って「青」の部屋まで持ってきた。

だが、廊下に置かれた食事はそれはそれで酷く寂しそうだったので、白はもう一度しゃがみ込んで考えてから、ドアをノックする。

「「青」先輩・・・・・・お食事・・・・・・」

ふと、その時「白」はドアノブに手を掛けた。

「開いてる・・・・・・」

後から考えてなぜ自分は開いてるからと言ってドアを開けてしまったんだろうと「白」は後悔することになる。

「白」は無自覚だったが、普段大人しい彼女は時々大胆になる。

それがこの場合には悲劇に繋がった。

「失礼します」

殆ど聞き取れない小さな声で呟いてから、食事のお盆を持ってゆっくりと「白」は部屋に入った。

「白」は「青」の部屋に入るのは初めてだったがすぐに「青」の部屋だなと思ったのは、部屋が質素で調度らしいものが何一つない所だった。

洋館の板張りと白漆喰意外部屋にはベットと机しかない。

そしてその机の上には部屋の主が「青」が机の上に伏せて寝ていた。

やっぱり寝ていたのかと不安のような安心したような半々の気持ちで「白」は小さく溜息を付く。

勝手に部屋に入って怒られるのかと思ったが、それでも廊下に食事を置きっ放しにするよりは良いと思った。

後で怒られそうな気もしたが、それは致し方ない事だと「白」は納得した。

ゆっくり机に近づくと青は顔を伏せて腕を頭に敷いて寝ていたので表情は見えない。

とりあえず机の上に食事を置こうと「白」は音を立てないようにひっそりと、息を殺して食器一つ音を出さないようにゆっくりと机の上に食事のお盆を乗せる。

机の上には白い手帳が開かれていて、ペンも転がっていた。

お盆と手帳に「青」の身体が机の上にあると、食事がしっかりと置けないので「白」は手帳を少しどかそうと思った。

普段だったら他人の手帳の中身なんかを覗き込むなんて事を育ちの良い「白」はしないのだが、この時は違った。

目に入ったのは青いインクで書かれた「好きなのです」の文字が、どうしても「白」の興味をそそられた。

後から考えれば自分の危機意識の無さに「白」は何度も後悔するのだが、やはり全てにおいて興味の方が勝ってしまい「青」の手帳を手に取ってしまった。

使い込まれた手帳を開くと、そこには普段は必要最低限の事しか書いて無い「青」の雄弁な言葉が書かれていた。

「えっこれって・・・・・・」

ページを開きながら「白」は寝ている「青」を見る。

何度も「青」と手帳の中身を交互に見るのを繰り返す内に「白」は手帳から目が離せなくなっていった。

そこに書かれているのは詩というには一途で、一方的なラブレターのような小説だった。

明らかに「皇」と思われる白髪の貴族と「青」がモデルと思われる感情表現の鈍い女学生の報われない恋愛小説。

「これ、先輩が書いたの?」

最初から読み始めて「白」は読んではいけないものを読んでしまっていると、すぐに閉じて退散したかったが、だんだんと拙いながらも二人の主人公の恋愛物語にはまっていった。

白髪の好青年、どう考えても「皇」がモデルとなる貴族「白神家」に貧しい家庭に生まれて、親を亡くして白神家に住み込みの女中として働く事になった「青子」が屋敷にやって来るところから話しが始まる。

紆余曲折あって二人は身分違いの恋いに落ちて、隠れて逢瀬を重ねる。

「青子、君の瞳は綺麗だね・・・・・」

「やめて下さいそんな事言うなんて誰かに聞かれたら」

「誰が居るんだい?」

二人は湖上のボートに二人きり。

「ああ、貴方様・・・・・・」

「っくぅ・・・・・・」

手帳を読みながら「白」は一瞬呼吸するのを忘れていた。

なぜこんな純粋な二人だけの世界が延々と綴られている話しを「青」が書いているのだろうか?

いや、本当にこれは「青」が書いているのものなのだろうか?

その疑問が益々「白」を手帳に書かれた物語の世界に没頭させた。

この物語の主人公である「白神」と「青子」はお互いがお互いしか見てないような関係だった。

特に「青子」の「白神」への愛情は陶酔を通り越して盲目的ですらあった。

生い立ちからの負い目もあるのかなかなか「白神」からの好意を素直に受け取らず、疑心暗鬼に陥る。

だからなのか「青子」は何度も「白神」への告白を躊躇する。

二人の関係は友達以上恋人未満の関係を越えることはなく平行線を辿る。

「ああ、もう焦れったい」

いつの間にか両手で手帳を大きく開いて「白」はドキドキしながら「青」の書いた小説を読んでいた。

稚拙ながらもその想いの成せる技なのか、物語はワンパターンでありがながらも作者の熱意は伝わり、お嬢様で温室育ちの恋愛経験を重ねていない「白」にとっては面白く、江多島で読まされた軍事関連や魔砲の扱い方を書いた教則本よりは興味を持って読むことが出来た。

「なにが面白いの?」

「はい、このお話すごく読んでてドキドキして・・・・・・何だか同じ事を繰り返してるだけみたいなんですけど、この「青」先輩に見た目が凄く似ているヒロインが・・・・・・」

すぐに「白」の心臓は音を立てて鳴り始めた。

心臓の高鳴りは小説を読んで登場人物の心理描写に自分を重ねた分けでは無い、命の危険を感じる刺すような鋭い視線を背中に感じた。

強大な鉄の城を海の上で相手にしても感じる事の無い威圧感。

「白」がゆっくりと振り返ると、そこには机に顔を載せたままの「青」が目だけを「白」に見せていた。

まるで暗い穴蔵から目だけ光らせている獣のように、「白」を品定めしている。

「貴方、何をしてるの?」

「先輩にお食事を・・・・・・」

「ありがとう」

「青」が素直に礼を言うので「白」は耳を疑った。「白」は戦旗隊に配属されてから初めて「青」に礼を言われた。

礼を言われた事には感動を覚えて、思わず涙すら零れてきそうだったが気の抜けた無表情の「青」に向かって何て言ったら良いのか「白」は言葉が出て来なかった。

「貴方、どうして私の部屋に入ってきたの?」

「鍵が開いてたので・・・ご飯を廊下に置いておくのも悪いと思いました・・・・・・」

「そう、私は鍵を掛けてなかったのね」

「すみません・・・・・・」

「貴方が謝ってどうするのよ・・・・・・」

「でっ読んだのそれ?」

「青」は自問自答するように机に向かって真っ直ぐ座っていた。「白」の方は向かない。

「いや、あの、その・・・・・・」

「読んだの?」

「すみませんでした」

「白」は「青」の無言のプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、手帳を「青」に差し出す。

「読んだのねその手帳を・・・・・・恥ずかしいわね・・・・・・」

余裕なのだろうか「青」は小さく鼻を鳴らした。

「どう思うの?」

素直にとても良く出来た話しでしたと言えばいいと思ったが「青」だったら「嘘よ、こんな素人の作品面白いわけ無いでしょ」と怒られそうだった。じゃあつまらなかったと言えば多分怒られる。

この時「白」は完全に冷静さを失っていた。

だから「青」が書いた話しを読んで一番最初に疑問に思った事を口にすることにした。

「白」は手帳で少し顔を隠しながら白は口にする、一番聞いてはいけないことを。

「「青」先輩は「皇」陛下の事好きなんですか?」

「白」は急激に魔力の高まるのを感じた。

魔砲使いだけが感じる事の出来る「工廠」からの力の流入、空間に干渉して「魔砲」を格納庫から呼び出す前兆だ。

「先輩!?」

「私が!?」

「青」の絶叫は爆発音、木造家屋が倒壊する音に掻き消された。

木造の瀟洒な洋館に突然はめ込まれた四一センチ四連装砲は家屋を半分以上倒壊させて、その巨大な砲が杭のように木材の瓦礫から飛び出す。

奇跡的なバランスで「青」の部屋は崩れること無く「白」と「青」は不安定な足場で対峙している。

「白」はまるで聖職者のように手帳を胸元に抱えて、歯を鳴らして怯えていた。

「貴方今何て言ったの?」

「私は・・・・・・」

「私が「皇」を・・・・・・」

「青」の怒りは尋常ではない。

魔砲はその巨体を振るわして、いつでも発砲出来るような状態になっている。

「どうしたんですか、敵襲!?」

瓦礫の中から「赤」が嬉しそうに飛び出して来た。

「危ないじゃ無い」

「危ないよ!」

「青」砲塔の脇から小さな砲塔が二つ現れる。「黄」と「緑」が使用する「青」の砲塔に比べれば小振りな三十センチ長砲身三連装砲塔を屋根代わりにして、瓦礫から身を守っていた。

「痛い、いったい何だっていうのよ・・・・・・」

遅れて最後に瓦礫の中から「黒」が出て来た。

「ちょっと、あんたなにやってんのよ!」

「青」が「白」を恫喝しているように見えたのか「黒」もすぐに臨戦態勢を取る。

家屋の瓦礫の山の近くに強大な四十六センチ三連装砲塔が出現する。

「みなさん狡い、私も!」

トドメとばかりに「赤」が召喚したのは史上最強の艦載砲、他を圧倒する太さを誇る五一センチ連装砲塔が、その大きさを誇示する如く、塔の如くその巨砲をそそり立たせる。

「白」は乱立する巨砲群を見て何だか夢の中に居るような気がした。

視界が休息に黒くなる。

建物と併せて地面が陥没し始めている。

「なに?」

魔砲は強大な艦載砲塔は一基辺りそれだけで二千トンから三千トンの重量がある。

「魔砲使い」の魔力に支えられているとはいえ、なんの整地もされていない土地に急に現れた巨大な質量の為、地盤が崩れ始めたのだ。

「あっ不味いわね」

事態に気がついた魔砲使いが砲塔を仕舞ってももう遅かった。

こうして魔砲使いの家は一夜にして壊滅した。



「どうしてこんなことになったんでしょ?」

「全部貴方のせいよ」

狭い和室の一室に「白」と「青」が布団を並べて寝ている。

二人とも天井を見上げて顔を合わせる事はしない。

不思議なことに基地内の建物一つ倒壊させても厳しいお咎めの類は無かった。

たぶん壊れた建物は「魔砲使い」の建物であって、軍の建物ではなかったからだろう。

それに「魔砲使い」の責任は全て「皇」が取ることになる。

この国で「皇」の罪を問える人間は存在しない。

その「皇」が何も言わなかった。ただ最初に「魔砲」を出して建物を倒壊に導いた最初の人物が「青」だと聞いて、珍しく難しい顔をした。

「魔砲使い」全員の無事を確認すると、とりあえず「皇」は簡単に指示を出してとりあえず今日はもう休みなさいと指示を出した。

「皇」の周りに居る幕僚の何人かは露骨に不満そうな顔をしたが、その場での取り調べの類は無かった。

勿論皇国の基地で暴れた償いをしなければ行けないのだが、怪我人は、門の外に居た守衛の人間も直ぐに逃げ出していたので誰も居なかったので、古い建物だけ壊れて、その建物は皇国軍の建物でその統帥の「皇」が文句を言わなければ誰も文句は言えないのだ。

とりあえずと言うことで建物が倒壊した当日の夜は基地内の岬の近くに昔あった練兵場の宿舎があるので、そこを使う事にした。

今は使ってない練兵場は田舎の学校といった感じで、建物は作りも簡素で古くさかった。

とりあえず基地の一番外れにあるこの場所に押し込まれた形になったが「皇」は自分の私邸を準備させようとしたが「青」が断るので皆が続いた。

一人「黒」だけが不満そうだったがまた「赤」に抱えられて宿舎に向かうことになった、とりあえずほこり臭いが布団等はあるので、借りた寝具を使って寝ることにした。

その際使える部屋は沢山あったのだが、準備に大変なので三部屋だけ準備した。

そして部屋割りは「赤」と「黒」、「黄」と「緑」、そして「青」と「白」の部屋割りになった。

「私、「白」お姉と一緒の部屋の方がよかったのに!」

用意された古い寝間着に着替えながら「黒」はまだ文句を言っていた。

「まあまあ「黒」さんや、私と一緒に寝ましょうよ」

既に支給された白い簡易な寝間着に着替えて「赤」は布団に入っている。

部屋割りを決めたのは「赤」だった。

「あの二人一緒にしていいの?」

「えっ?」

「どう考えても「青」は白を狙って「魔砲」を出したんだよ?」

「だからといって殺すつもりでもなかったのでしょ?」

赤が決めた部屋割りに二人とも反対はしなかった。

ただどちらかというと「青」は望むところだという感じで目が据わっていて、「白」の瞳は光が失われていた。

「じゃあどういうつもりで「魔砲」なんてこんな基地の中で出すわけよ?」

「うーん、まあ「青」は真面目ですから、普段出て来ない感情が溢れ出すと止まらないじゃないでしょうか? ほら、普段大人しい人が怒ると怖いじゃ無いですか」

「だからって戦艦ぶっ飛ばす大砲出します?」

「私は昔嫌味言ってきた主計が乗ったボートを「魔砲」だしてひっくり返した事がありますよ?」

「なんで先輩達ってそうアバンギャルドなんですか?」

「まあ五旗戦の貴方達は育ちが宜しそうですしね」

「まあ「白」お姉はお姫様育ちだからね」

「貴方もそうなのでしょ?」

「私は「妾」の子で母親が違うから家は貧乏だったわよ」

着替え終わった「黒」が自分の布団の上に立つ。

「そうなのですか?」

「髪の毛の色違うでしょ?」

「確かに、性格も全然違いますしね」

「でも「白」お姉は、そんな事全く気にしなくて、妹が出来たってずっと江多島でも面倒みてくれて、私にとっては大事なお姉さんなの」

「「白」さんの事心配なのですか?」

「心配よ」

「黒」は布団を深く被って寝る準備をする。

すると布団の中に手が伸びて来た。

「何?」

「「黒」さん、今日は私が「白」さんの代わりに添い寝してあげますね」

「黒」の布団に「赤」が入って来た。

「やめてよ、そんな事もうしてないわよ!」

「赤」はいつまで添い寝して貰ってたのかは聞いてみようと思ったが、急に「黒」が抵抗する動きをとめたので不思議に思って止めた。

「「白」姉は「青」をどうして怒らせたの?」

「「青」が怒る理由はいつも一つしかありませんからね」

「なに?」

「秘密です」

そう言って「赤」は「黒」の顔を胸に押し付けて黙らせた。

「隣は何だか楽しそうね」

「「青」と「白」の部屋からはもの音一つ聞こえないけどね」

「赤」と「黒」の隣の部屋で寝ている「緑」と「黄」は既に布団に入っていた。

「大丈夫かなあの二人・・・・・・」

「まあ、なんとかやってもらうしかないからね・・・・・・」

「緑」と「黄」の二人はそのまま寝入ってしまう。

その頃「青」と「白」は他の人間の心配されている事も考えずに、ただ目だけは閉じれずに布団の中で天井を見ていた。

「貴方」

沈黙を最初に破ったのは「青」だった。

「はっハイ!?」

「何か喋りなさいよ」

「何かって?」

「私に言いたいことあるでしょ?」

「えっと・・・・・・」

「馬鹿にしてるでしょ?」

「そっそんなことありません!」

布団から起き上がって「白」は「青」の方を向く。

「声が大きいわよ」

寝たまま「青」が睨み返してくる。

「すっすいません」

姿勢を正して「青」の方を向いて土下座のように頭を下げた。

「よりによって貴方に見られるとはね・・・・・・」

「青」は布団の中で寝返りを打って「白」に背を向ける。

「すみませんでした」

「いいわよ、もう済んだことを悔やんでも仕方が無いでしょ?」

意図的に声を抑えてるのか、それともただ力が無いのか分からないが「青」の声は小さくて聞き取り辛く、「白」はゆっくり近くに寄った。

「これだけは約束してちょうだい、あの手帳に書いてある事は誰にも言わないで」

「はっはい、勿論です! 「青」先輩が「皇」陛下のことを・・・・・・」

一瞬で「白」は口を抑えられて自分の布団に押し付けられた。

「だからその事は声に出さないでって言ってるでしょ!」

額と額が押し付けられるような距離で顔を近づけられて、声を押し殺して「白」を恫喝する。

「すっすみません」

「貴方やっぱり私の事馬鹿にしてるでしょ?」

「そんな事ありません」

「軽蔑してるでしょ?」

「そんな」

「青」の黒髪が「白」の視界に広がる。

頭を下げて「青」が崩れ落ちるように布団に伏せる。

「ハッキリ言いなさいよ、あんな子供みたいな落書きの・・・・・・空想物語を誰にも見せずに書いてるなんて・・・・・・」

「そんな事ないですよ「青」先輩」

「嘘よ」

肩を落して落ち込む「青」はとても戦艦相手に一人で闘っている時とは別人のように弱々しかった。

「確かに先輩が手帳にお話書いてるなんて想像もできなかったですけど、なんだが安心したんです私」

布団に手を付きながら、自問自答のように白は呟く。

「先輩も誰かの為に闘ってるんだなって・・・・・・国のためとか大きなものじゃ無くて近くの大事なもののためにって」

「私達は兵器よこの国を護るために育てられた「魔砲使い」よ」

「分かってます、そのつもりでした」

「白」は首を振る。

「でも、戦場で漂流艦隊と戦うと私はどうしても考えてしまうんです、この世界はどうしてこうなってしまったんだろうって・・・・・・」

「白」には世界中に散らばった「工廠」から生み出される遺物達の暴力に悩まされている、だがその「工廠」があるお陰で皇国は、この国は今の地球上では羨望の眼差しで見られるほどの高い文明基準を保っている。

その事に矛盾を感じたりする事自体が変わっているのかも知れない。

でも大海原で取り残されて、一人戦艦と闘う自分にどんな意味があるのか考えてしまう。

「だから国の為に闘ってる先輩が怖かったんです、本当に「魔砲」を操る機械みたいで・・・・・・」

「貴方たち皇族っていうのは本当に大きな事を考えるのね、私には世界とかよくわからないわ」

「青」は薄く笑う。

「私は唯闘ってただけだった、何も考えずにね。でも「皇」はそんな私にいつも聞いてきたわなんで闘ってるのかって、私には考える事自体が良く分 からなかったわ。でも「皇」に問われる度に、あの人に戦場から帰ってきて話しかけれる度に私は何だか自分が脆くなっていく気がしていた・・・・・・」

「先輩・・・・・・」

「昔ね戦場で油断して敵の砲撃をまともに食らった事があったわ、勿論命に関わるモノでは無かったのだけど」

魔力が続く限り「魔砲使い」は無敵なのだが身体的ダメージを受けたら常人とかわらない。血を流して血流が止まれば当然死ぬのだ。

「傷だらけで帰って来た私を見て「皇」はどうしたと思う?」

「白」は分からないと首を振った。

「泣いていたわ」

「白」は「皇」が泣くところを想像出来なかった。

統治者として君臨する「皇」が誰かの為に泣くところは想像出来なかった。

「よく考えればそれ以来なのね、私があの人の事を考えるようになったのは・・・・・・私は泣いたこと無かったから、あの人の涙を綺麗だと思ってしまったのだわ」

「涙をですか?」

「変なのかしらね、ええ変なのよね・・・・・・」

そこまで離して「青」は口元に手を当てた。

「こんな話し誰にもしたことなんか無いのに、私は何故貴方なんかにこんな話しするのかしら・・・・・・」

「青」は顔を上げて「白」の顔へ手を伸ばす。

「綺麗な髪ね」

「青」に髪を触られながら「白」は「青」が自分に「皇」を重ねているのだろうと思った。

「「青」先輩は「皇」の事を・・・・・・」

「分からないわ・・・・・・気がついたらそうなっていただけで、どうしたいのかも分からない、ただ今を守れれば・・・・・・「皇」と近くに居られるわ」

「青」は再び顔を背ける。

窓からは月明かりが差し込んでボンヤリと明るい。

港湾は軍港なので無闇に明かりは付いていないので普段は暗いのだが、今日は海も月明かりに照らせている。

窓の外を「青」が見ている。

どこに焦点を合わせてるか分からない、いつも「青」が見せた戦闘の後の瞳だった。

今日「白」はやっとそれが何処を見ているのか理解した。

それは「皇」の事を見ているのだ。

届かない月を見ているようで「青」はただ遠くに居る大事な人を見ていた。

「白」はそんな「青」に近づいて肩を抱きしめる。

「貴方何をしてるの?」

「白」に抱きしめられて「青」は嫌がりもしなかった。

「ごめんなさい、よく「黒」が泣いてたときにこうやってたものですから・・・・・・」

「私は泣いてないわよ」

「そうですね」

でも泣いているように見えたんですよとは言わない。

ゆっくりと泣きはじめた「白」を見て「青」は溜息を付いた。

「貴方は変な人ね、度胸が無いと思ったら無断に部屋に入ってくるし」

「白」に肩を持たれながら「青」は囁く。

「それは・・・・・・」

「いいわ、これで貴方からは私は目が離せなくなったから」

「白」はまた背中に走る悪寒を感じる。

「もう貴方から私は目を離さないから、覚悟しておきなさい」

「それは・・・・・・」

「貴方がもし私の秘密を他の人にばらしたらどうなるか分かってるわね・・・・・・」

「命だけは・・・・・・」

「保証なんかしないわよ」

「青」白の後頭部に手を回す。細い指が白髪に吸い込まれる。

「だから、戦場では常に緊張感に包まれなさい、それが生き残る一番大事な事よ「白」」

「先輩・・・・・・」

「だから・・・・・・私からも撃たれないように気をつけなさい・・・・・・」

「はい・・・・・・」

「白」は固まったまま動けなかった。

「大体貴方はいつも戦場で周囲への警戒が疎かなのよ?」

先ほどまでの気弱な「青」の姿はそこにはもう無かった。

目を釣り上げて「白」を威嚇する。

「そもそも戦場で周囲の警戒を疎かにすると言うことはね・・・・・・聞いてるの貴方?」

そこから始まった「青」の戦場での心得という説教の内容を「白」は殆ど覚えていない。

ただ、なんだか自分が開いてはいけないモノを開いてしまった事は確かだと思った。




■魔砲戦


「先輩、様子がおかしいですね」

「貴方もそう思う?」

魔砲使いの家が壊れた次の日から横須賀の皇国海軍基地は慌ただしかった。

それは複数の哨戒艇から敵艦隊発見の報告が寄せられたからだ。

ついこの間、第二機動部隊の「青」と「白」が漂流艦隊を撃退したばかりだというのに、複数の敵艦発見の連絡に皇国海軍は全兵力を展開して複数の敵に対して行動を開始していた。

「もうすぐ私達の感知できる範囲に現れてくる筈ね・・・・・・」

漂流艦隊だったら動きはゆっくりとしてるがほぼ直線に本土を、皇国の「工廠」目掛けて真っ直ぐに進んでくる。

だが、今近づいて来る敵艦隊はあからさまに距離を取りながら様子をみている。

「動きが漂流艦隊のそれでは無いわね」

「第一機動部隊は交戦に入ってから連絡ありませんね」

「多分あっちは漂流艦隊なのでしょう、「黒」と二旗戦だったら上手くやるわ・・・・・・」

「青」は自分の旗を持ちながら、海面に立って水平線を睨む。

遠くに大きな雲の一団が見える以外に海上には影一つ見えなかった。

「やはり距離を取りながら徐々に近づいてるわね・・・・・・」

敵の艦隊は一定の距離を取りながら「青」達に近づいて来る。

「「白」あたなはどう思う?」

「えっ?」

「何か感じないの?」

「私ですか?」

「貴方の方がこういう感は良さそうだから聞いているのよ?」

「はっはい、先輩」

今まで「青」に意見を求められた事なんかなんか無かったので「白」は一瞬慌てた。

「まったく、鈍臭いわね」

この前の一件で距離が縮まったような気がしたが、まだまだ「青」からは小言が多い。

すぐに気を改めて、目を瞑って旗に縋るように身体を預けて意識を集中する。

「なんでしょう・・・・・・やっぱりあの艦隊はいつもの漂流艦隊じゃない・・・・・・」

「魔砲使い」はその五感を魔力で高めることによって、視覚、聴覚を先鋭化できる。さらには数万キロ離れた物体を熱や音に光を組み合わせて、大昔の技術で言うところの複合センサーのようなものまで持って居る。

「大きい、今まで見た事が無いタイプの戦艦ですね」

「タイプは?」

「多分、これはモンタナ級です、その後に」

三連装砲塔を艦首前部に二基と後部に背負い式に二基積んでいる。

その雄大な山の様にバランスの良い形、この前闘ったサウスダコタの倍近い基準排水量を誇る超巨大戦艦。大昔では実戦に参加せずに建造途中で中止になった筈だが「工廠」はプラモデルでも作るように簡単に実際の大洋に幻の戦艦を浮かべてみせる。

こんな大きな戦艦と闘うのかと思うと「白」は姿を見ただけで肩に大きな重りが乗ったような気になった。

ふと「白」は戦艦の周りに動く小さな熱源を感じた。

それは機械が発する熱とは比べものにならない小さな熱、蒸気タービンなどが発する熱に比べれば微々たるものだったが、数が、それこそ巣に群がる蟻のように戦艦を這いつくばっていた。

「人・・・戦艦に人が乗ってます!」

「白」は戦艦に乗っている沢山の小さな熱源、人が戦艦に纏わり付いているのを知覚した。

「ステイツの戦艦ね・・・・・・」

「先輩!」

「道術封鎖を解除、「皇」に連絡を取るわ」

「青」はすぐに道術で「皇」に連絡を取る。

「「皇」ステイツの戦艦が近海に現れました」

「「青」か無事か?」

「交戦許可を、敵は未成艦「モンタナ」級と認めます皇国にとっては驚異です」

「「青」、すぐその場から「白」を連れて退却するんだ、早く!」

「「皇」私ならステイツの戦艦に後れを取りません、交戦許可を・・・・・・」

「青」は最大で四連装砲塔を四基同時に操ることが出来る、相手のモンタナ級は三連装砲塔四基なので四門まだ「青」の砲が投射量が多い。四十六センチ砲三連装三基操る「白」も居るので分の悪い戦いでは無いはずだ。

「ダメだ「青」全速で待避しろ、敵が新手がそっちに向かっているんだ・・・・・・今此方も「剛龍」を派遣する準備をしているから、早く「剛龍」のエアカバー(制空権)に入るようにするんだ!」

「皇」の酷く慌てた声に「青」は眉間に皺を寄せる。

「剛龍」は横須賀に所属する皇国海軍唯一の「正規空母」だった。普段は「工廠」が航空燃料をあまり沢山生産できない関係で燃料不足で訓練もやっとの状態で運用されているものだ。

その虎の子の空母を出すという事はどういう事なのだろうか?

「「皇」、剛龍を出すと言うことは・・・・・・」

「逃げるんだ「青」!」

「先輩、敵艦隊後方から航空機、多数です!」

戦艦に気を取られていたからか、或いは航空機が襲ってくるなんて想像もしていなかったからか、完全に「白」の想像の範囲外から多数の航空機がモンタナ級を先頭に進む艦隊を追い越して、爆弾を抱えた戦闘機達が「青」と「白」に向かって隊列を組んで襲いかかる。

「「青」待避・・・・・・」

「「白」!この海域から離脱します、魔力を足下に集中させなさい!」

魔砲使いは微力な魔力を足下に集中させることで海と自分の身体を空間的に遮断して海上に浮かんでいる。

その作用する力のベクトルを操作することで海上移動が出来るようになるが、速度は通常の軍艦と同じ三十ノット強程だ。襲いかかろうとしている航空機は二百ノット強で進軍してくる。当然「青」達はすぐに追いつかれる。

「なぜステイツが航空機なんかこんな所に出て来れるの!?」

「ステイツも空母を持ってきたんですか?」

「それしか考えられないわね・・・・・・」

この数十年、ステイツは戦艦しか作る工廠しか持って居なかった筈だ。

だから「魔砲使い」のアウトレンジ攻撃で一方的に撃退できた。

だが、艦載機による攻撃まで加わると海戦は立体的な攻防になり、魔砲使いだけの力では戦場を支えるのは困難になる。

「これが「皇」が剛龍を持ち出した理由なのね」

幾ら燃料不足気味とはいえ剛龍は皇国艦隊旗艦を勤める空母だ、艦載機の練度はステイツの空母に負けていないはずだった。

だが、敵に先手を取られた今、剛龍の艦載機が護る地域まで「青」と「白」がたどり着けるかは難しい問題だった。

「先輩来ます!」

「対空戦闘をするわ」

三十ノットのほぼ全速を出しながら「青」は自分の周囲に四連装砲塔四基を全力展開する。

波飛沫を上げながら、全砲門が青い空を睨む。

その先に黒い点、徐々に近づいて来る艦載機の群れが真っ直ぐに突っ込んでくる。

色が分かる距離まで近づいて、青色の機体群はレシプロエンジン特有の甲高い音を響かせて海上を進撃してきた。

その鼻っ面に向けて「青」はほぼ水平に全問斉射を仕掛ける。

「撃て!」

旗は水上を高速で動いているため音を立てて棚引く、さらに爆音と猛烈な黒い塊のような煙を伴って第一撃が発射される。

弾はほぼ水平に発射され真っ直ぐに敵編隊に突っ込んでいく。

「ここ!」

「青」が念じると音速に近いスピードで放たれた弾丸が突っ込んでくる航空機の目の前で花火のように空中で炸裂し、その弾体に入っていた子弾を空中を埋めるように散布する。

その弾丸の雨の中にまともに突っ込んだ航空機はエンジンを貫かれて爆散する機体や黒煙を曳きながらコントロールを失い落ち葉のように不規則に落下していく。

空中炸裂弾頭弾を使った「青」の対空迎撃行動、だがこれは一回だけのいわば防空の最後の砦だった。

戦艦の主砲をモデルにした「魔砲」は一度撃つと次段装填まで時間が掛かる、その間に足の速い航空機は距離を詰める。

「キャアァァ」

「白」はその時初めて敵の目を見た。

自分を目掛けて機銃を撃ちながら突っ込んで来る戦闘機のパイロットと目が合った。

恐怖と歓喜、どちらなのだろうか見開いた目で口で何かを叫びながら真っ直ぐ近づいてきた。

「青」の対空射撃を逃れた十機程の編隊が水平飛行で爆弾を落としていく。

「青」と「白」の間に無数の水柱、小さな機銃弾だ打ち込まれた後に黒い航空爆弾が海面に叩き付けられて爆発する。

「先輩!」

敵航空機の爆撃の多くは「青」に集中していた。

爆撃の爆風が小さな「青」の身体を包む。

「青」の魔砲にも直撃弾が出たが天蓋に爆発炎が上がっても厚い装甲は小さな航空爆撃の攻撃を受け止めていた。

「大丈夫・・・・・・」

煤だらけになり、青いセーラー服も所々に綻びが見える。

「魔砲使い」を守る魔力フィールドも万能ではない、集中的に攻撃を食らうと綻びだす。

バケツに水を溜めるように、一定の量を超えれば受け止めきれなくなって溢れ出す。

航空機の一団が過ぎ去って「青」はギリギリ防ぎきれたかと、自身の身体が爆風に引き千切られていない事を確認して一息つく。

航空機は投弾を終えるとそのまま水平線の向こうへと一目散に逃げていく。

次弾を装填して追いかけるかと「青」は一瞬考える。

「先輩直上!」

道術を使いながらも実際に口にして「白」は叫ぶ。

直ぐに彼女の呼び出した三連装砲塔が火を放つ。無理矢理砲塔を魔力で傾けて「白」はほぼ直角に対空用の炸裂弾頭を放つ。

「青」の直上にはまともに散弾を喰らった敵機が火を噴きながら、舞上げられた枯れ葉の如く、フラフラと落ちていく。

「青」は頭上を見上げながら一瞬その光景に見取れてしまった。

戦場で気を抜く事の無い彼女が一瞬何も考えていなかったのは、事故という言葉が適当だろう。

敵の飽和攻撃が終わったと「青」は錯覚した。

その瞬間、逆落としに数機が金切り声を、エアブレーキーを展開させた急降下爆撃が猛禽の様に襲いかかる。

今までで一番「青」の近く巨大な水柱が立ち上って小さな身体を覆い尽くす。

「白」はその光景がまるで止まっているように長く見えた。

「青」を覆い隠した白い水柱はゆっくりと消えていく、そこには「青」の姿は直ぐに確認できなかった。

「先輩・・・・・・・」

急降下爆撃の飛び去る音が凱歌の様に聞こえる。

彼らにとって今まで無敵を誇った「魔砲使い」に目の見えるダメージを与えたのだから誇りたくもなる。

今まで「魔砲」によって一方的に叩かれ続けていたのだから、その鬱屈は唯の一撃で晴れるわけでは無い。

だか彼らステイツの海軍は去りながら、青い旗が海面に横たわる姿を見た瞬間全てのパイロットが雄叫びを上げ、広くも無いコクピットで歓喜の表情を爆発させていた。

爆発が収まった後水柱が消え、煮えたぎった後のように辺りは白煙を纏っていた。

その陽炎の中に「白」は「青」を見つけた。

「先輩!「青」先輩!」

海面上には半分以上破けて三角旗の様になった青の旗が見えた。その旗に縋るように、いや旗を支えに辛うじて青は立っていたが「白」が声を掛けると同時に「青」は前のめりに崩れる。

直ぐに「白」が駆け寄ろうとするが「青」は上体を起こして「白」の方へと向く。

「来るな!」

「先輩・・・・・・」

「青」はボンヤリとする視界の中で腕で顔の汗を拭い取ろうとした。

汗とは違う粘着の有る感触、腕は赤黒く染まっていた。

「ステイツの狙いは私よ、近くに居たらまとめて沈められる・・・・・・」

半分開かない目、瞼すら重く感じる。

体中から力が、魔力が失われている。

「貴方は逃げなさい「白」、早くこの海域を出て友軍の助けを待ちなさい!」

「そんな「青」先輩は!?」

「私はもういい、どのみちこのダメージでは足手まといになる・・・・・・「白」あなたは逃げなさい」

「白」は小さく首を横に振る。

その姿を見て「青」は唇を噛みしめる。

「五旗戦!」

獣のような咆哮。

「もう、私達を消し炭に変える為の戦艦はすぐそこまで来てるのよ、状況分かるでしょ!!」

まもなくステイツの新鋭戦艦モンタナ級の戦艦が有視界に入る距離まで近づいている。

後続の戦艦と併せて一斉射喰らえば分が悪い。

回避運動も「青」のダメージから考えて難しそうだった。

「先輩!」

「これは戦争なのよ「白」、人と人との戦いで漂流艦隊相手の的当てじゃないわ」

「青」の表情には怒りも悲しみも無い、ただ状況を冷静に呑み込んでいる。

一方の「白」は目に涙を溜めて、何か言おうと我慢している。

「貴方はこれから皇国の盾になるの、私の代わりに、分かったら早く逃げなさいな」

「青」は気を取り直して立ち上がる。

膝が一度落ちるが、手を付いて堪え旗を立たせる。

たかがモンタナ級一隻、私が沈めて見せる。

航空機の二次攻撃を合わさると少しきつさを感じたが「青」は闘いを止めるつもりは無かった。

自分の持って居る魔砲、四一センチ四連装砲塔四基は健在砲力では同等の筈だ。

この時「青」は戦旗を掲げる「魔砲使い」としての本能だけで洋上に立っていた。

やられたらやり返すだけの完全なマン・マシーンと化していた。

なのにふと「皇」の顔が頭に浮かんだ。

目の前に自分を殺しに来る戦艦より「皇」の顔が鮮明に見えた気がした。

「またあの人を泣かせてしまうのかしら?」

口を開いて「青」は再び立ち上がった。

どうしようもない一方的な気持ちが、身体中に込み上げてきた。

身体中を廻っているなにかによって「青」は高揚感を覚えながら、目の前に迫ってくる人が乗った戦艦に向かって立ち向かう。

ああ、こういう時人は泣くのかも知れない。

だが泣くことを知らない「青」の瞳は、何時ものように遠くの戦艦を見据えていた。

「青」は魔砲に力を込めて打ち方を準備する。

此方はほぼ動けないので一発勝負のつもりで、初弾で蹴りを付ける。

これが自分の最後の魔砲戦かも知れないとも「青」は微塵も考えていなかった。

「青」はだた目の前の戦艦を撃破する事だけを考えていた。

息を荒げながらも全ての神経を魔砲と連動させる、ほんの数ミリの動きが数万メートル離れれば多きなズレに変わる。

全神経を集中し「青」は自分の魔砲に指示を与える。

強大な四角い鋼鉄製の魔砲はその指示に従って波をものともせずに一斉に動き出す。

「青」は持っている旗を水平に倒す。

己の存在を海洋に知らしめる小さい旗が風に揺れる。

その先に敵の艦隊が見えた。

閃光の後に爆発音が聞こえる、敵の先頭を行く戦艦が発砲した。

「てーぇ!」

ほぼ同時に「青」も砲撃を開始した。

黒煙が「青」の辺りを包みこむ。

風に流された黒煙から空が見えた。

その先に水平線、まだ敵艦隊は健在だった。

敵にも自分にもまだ放った砲弾は着弾していない。

ほんの一瞬の静寂に「青」は俯く。

あとすこしで自分の放った弾丸が敵戦艦に届く、その瞬間には敵が放った弾丸も自分に届くだろう。

それで終わりだ。

「ああ終なのね」

「青」は急に身体から力が抜けるのを感じた。

膝を着き旗を倒す。

意識を失いかけて、魔力のコントロールが上手く出来ていないのか膝に波が被った。

魔力で空間をコントロールしているから海に沈む事が無い「魔砲使い」も魔力を失えばそのまま海底へと沈む。

制服が波を被り、火薬の煤と海水で汚れていく。

「青」の感覚に敵が放った砲弾が摩擦熱で真赤に染まりながら自分に迫ってくるのを感じた。

適わない願いと想いながらも青は閉じつつある目を敵の方へともう一度だけ向ける。

せめて死ぬなら満足しながら死にたいと思ったのか、自分の放った弾丸が当たるところを見届けてから海中に没する事にした。

だがそんな「青」の願いは適わなかった。

視界は黒く染まった。

轟音と共に「青」の周りは強大な水柱に包まれる、高空を飛翔した弾丸のエネルギーが海面上に衝突してその反動で大量の海水を空中へと放り投げる。

放り投げられた海水は空から瀑布となって「青」の周りに降り注いで全てを海へとまた押し流す筈だった。

だが、今「青」の前には強大な傘が覆い被さっていた。

光を遮って真っ暗な影の中に居る。

「青」には何が起こったか分からなかった。

だが背中から腕を掛けられて抱き起こされてやっと状況が分かった。

「先輩、大丈夫ですか!」

「青」を抱き起こしたのは「白」だった。

「貴方・・・・・・」

「次弾来ます、反撃しましょう。まだ負けてません」

覆っていた影が去る、「青」達の目の前には強大な砲塔の背が見えた。

「白」の持つ魔砲、四六センチ三連装砲塔の強大な砲塔が視界を遮っていた。

砲塔の天井には黒い煙が立ち上っているのが見えた「白」は咄嗟に三連装砲塔を魔力で横に無理矢理倒して防御の盾として使った。

「砲塔を盾に使ったというの?」

「私の魔砲は四六センチ砲防御されてますから、先輩の砲塔よりは固いです」

すぐ近くには残り二基の四六センチ三連装砲塔が周りを取り囲んでいる。

「先輩の初弾着弾しました、敵の司令塔付近に一発、高射砲塔群、三番砲塔付近にも着弾を確認」

「青」の横で「白」は冷静に戦況分析をした。

「流石にモンタナ級は固いですね、戦闘継続力は失ってません。次発来ます、反撃します」

「白」は自分の旗を水平に倒して、遠くに見える戦艦へと向ける。

白地に赤い斜線の旗が揺れる。

「撃って!」

「白」が反撃の砲火を上げると、直ぐに強大なそれ自体何千トンも重量がある魔砲塔を無理矢理動かして、砲塔をぐるっと回転させて斜めにして「青」を守る強大な盾を作る。

すぐに敵の次弾が着弾して、周囲の大気を振るわせる。

砲塔の盾が多きな金属を叩く音と共に小刻みに振動するが、「白」の魔砲塔は健在だった。

「貴方・・・・・・どうして・・・・・・」

「先輩、反撃しましょう二人で力を合わせれば何とかなります!」

「白」は青の肩を持ちながら前を向く。

「私は逃げろと言ったのよ?」

「嫌です」

「舐めてるの!」

空いている方の腕で「青」は「白」の襟を掴む。

「例え目の前の戦艦を沈めた所で、敵の空母からの二次、三次攻撃があったら私達は逃れる事が出来ないのよ、沈められるわ」

「分かっています」

睨み付ける「青」に「白」は睨み返した。

「でも、私は「青」先輩を置いて行くなんて嫌です、絶対嫌です!」

「好きとか嫌いじゃないでしょ!」

「好きとか嫌いがなければ人は動きませんよね先輩」

「貴方何を言って・・・・・・」

「私は先輩の手帳を見てやっと分かりました、先輩が苦手だった理由が・・・・・・私は国の為とか人の為とかそう言う事を言う人が苦手なんです・・・・・・そんな漠然としたものの為に自分の命を、力を捧げるなんて私にはやっぱり出来ないんです」

「白」は「青」に向かって喋りながらも次の砲撃の準備に意識を集中する。

「だから先輩が「皇」の為に海の上に立ってるって知って何だか嬉しかったんです、先輩も大事な人の為に闘ってるんだなって」

髪を靡かせて、旗を持って「白」は遠くの敵戦艦を見る。

その姿には何処にも迷いがなかった、普段の不安で引っ込み思案な姿は微塵も見られなかった。

「「赤」先輩は自分の為に堂々と闘っている、「黄」や「緑」はお互い大事な姉妹のため、「黒」はダメな私を慕ってくれる、でも先輩はいつも一人に見えました」

そんな孤高さに惹かれている部分もあったが、同時に「白」には怖かった。

皇室に近い家の出として、国を、組織を盾に自分達の利権を守ろうとする人間を多く見てきたからなのか、それとも「家」を守る為に「魔砲使い」としての自分にしか存在価値を認めていない家に対しての反発なのか「白」はあまり権威や組織と言ったものを信じてなかったし、その為に命を投げ出すことに価値を見出せなかった。

「だから・・・・・・だから先輩この闘いに勝ちましょう」

「青」を肩で背負いながらも「白」は自分の旗を立てる。

「勝って、先輩の想いを「皇」に伝えましょう、絶対その方が良いです!」

「私は別に「皇」の事を・・・・・・」

「嫌いなんですか?」

「嫌いじゃないわ」

「じゃあ好きなんですよね?」

「白」は悪戯っぽく微笑む。

敵の一発当たり八百キログラムの火薬が詰まった弾丸を音速に近い速度で雨のように降り注ぐ海原には似付かわしくない優しい笑顔だった。

「青」は目の前の光景を見て全てが繋がった気がした。

自分が「魔砲使い」になった事も、「魔砲使い」になって「皇」の為に闘ったことも、その「皇」への想いを妄想として手帳に書き込んでいった事も。

「貴方もやっぱり「魔砲使い」だったのね・・・・・・」

「白」から離れて「青」ははブーツを踏みつけて立ち上がって、ゆっくりと上体を起こす。

自分の旗を、煤に汚れて至所に穴が空き擦り切れ居ている青い旗を掲げる。

旗を掲げた「青」の表情に笑みが浮かんでいるのが「白」には分かった。普通の人間が見たら笑っているのか怒っているのかさえ分からない小さな小さな変化だったが「白」には分かった。

正直「青」先輩に笑顔は似合わないと思った。

「狂ってるわね貴方も私も・・・・・・」

「狂ってるのはこの世界ですよ・・・・・・」

「そうね、そうなのね」

全ては狂っているから起こった事なのだ、この世界は狂っている。

それは発狂してる分けではない、徐々にゆっくりとねじ曲げられて出来上がった世界だ。

だから世界は、自分達が立つこの海の上の世界は歪で、戦艦で闘い、「魔砲使い」が居る。

そして人は人の為に闘う。

「今は遠くの空母の事を考えないわ、目の前の敵を先ず潰すわ」

「ハイ、「青」先輩」

「青」と「白」の周りに居る強大な砲塔群が一斉回頭する、水平線の向こうにいる敵戦艦に全ての砲門が向けられる。

「いい、手数は掛けないわよ「白」、確実に頭を潰していく」

「はい」

言い放った後「青」は「白」に近づいて背中を合わせる。

「魔力を展開してちょうだい、私には今防御力が殆ど無いから・・・・・・」

「わかりました」

「青」が弱々しく背中を預けて来るのを感じて、「白」は「青」が気力だけで立っている事を理解した。

「背中、預けるわ」

「大丈夫です」

「もし私が沈んだら・・・・・・あの手帳処分してちょうだい・・・・・・」

「嫌です「皇」に渡します」

「嫌な後輩ね・・・・・・」

「はい、すいません!」

「次弾来る、此方も出る」

「はい」

「第二機動部隊魔砲戦用意!」

「青」と「白」の全ての魔砲が火を噴くのと同時に強大な水柱が乱立した。

遠く水平線の向こうから見れば、砲火力に沸騰する海原は狂った世界を現す印のようにも見えた。


「さてさて、私の仕事をしますか・・・・・・」

「赤」は「青」達の戦闘が行われている海上から遠く離れた洋上を艦載機に乗って移動していた。

白いプロペラ機は細い胴体に翼は根元から先端まで一回下に折れ込んだ形、逆ガル翼と呼ばれている形で、遠目には海鳥のように優雅にも見えた。

「なんか言ったか「魔砲使い」さんよ?」

艦載機のパイロットが後ろに座る「赤」に声を掛ける。

「いえ、別にねこっちの話しです」

「もうすぐで敵さんの防空圏内だ、どうするんだ?」

「ああ見える所で適当に降ろして下さい」

「赤」は街の中でタクシーに乗ってるかのような気楽さで艦載機のパイロットに言う。

「三百ノット出てるんだぜ? 本当に大丈夫なのか?」

「速度落としたらやられますから、そのまま上空を通過して戴いて構いませんよ」

「あれだな、本当に「魔砲使い」ってやつは常識外れだな」

「そうでも無いんですよ、以外と扱いは繊細ですよ」

「赤」は笑いながら肘を付いて窓の外を見る。

映り込む自分の笑っている顔と、高空からは白い雲が下に見えた。

白い雲の間に見える紺碧の海は中々壮大な景色だった。

「なあ嬢ちゃん」

ベテランらしいパイロットは笑いを抑えられないと言った感じで「赤」に言った。

「この飛行機も繊細なんだから、さっき盛大にコクピットにサイダー水をぶちまけただろ?」

「ええ、ベトベトしちゃって大変なんですけど」

長距離パイロット用の弁当を二つ食べた後に、付いてきたサイダーを飲もうと思ったら何もしてないのに吹き出してきて驚いた。

「気圧差あるんだから、高空で開けたらそうなるだろ・・・・・・」

「気がつきませんでした」

「しかし敵さんもまだ空母の使い方慣れてないのかな、ここまで無接触で来られるとはな・・・・・・」

「まあ、いきなり高いオモチャ与えられらたら喜んで見せびらかしたくなる気持ちは分かりますけどね。それにしても空母まで持ち出すようになるとはこの戦争長引きそうですね、やだやだメンドクサイ」

「ちげぇねえ」

パイロットはスロットルを押し出して、機外に付けた落下タンクを切り離した。

機体は軽くなって一瞬浮き上がるような感覚、その後直ぐに機体を捻り急降下体制に入る。

「さて、見つかったぞ」

パイロットは青い敵の戦闘機が数機自分の機体に向かってくることに気がついていた。

「魔砲使いさんよ俺は爆撃屋だからな適当になんてやだぜ?」

「あら、じゃあど真ん中にお願いしますよ」

「輪形陣の?」

「ええ、ど真ん中です!」

パイロットは「赤」からの指示を受け手大声で笑う。逆ガル翼の機体は機敏に動き、大きく傾向いて急旋回する。

「そら、突撃するぞ、確り捕まってろよ「魔砲使い」!」

「さっきから周りがもうベタベタするんですけど」

本来は偵察、電信員が乗る場所だが「赤」にはやることが無い。

ふと「赤」首を振ると飛行機が見えた

「あっ右上から来ますね」

「よっしゃ」

パイロットは右足のフットペダルを踏み込んで、直ぐに左に操縦桿に倒す。

直ぐ後にはオレンジ色のアイスキャンディーの様な曳光弾、敵の放った機銃弾が「赤」達の乗る機体の横を通り過ぎる。

「ありがとよ「魔砲使い」さんよ!」

「いえいえ、次ぎも来ますよ」

「っちキリがねえ、緊急出力使って振り切るから確り捕まってろよ!」

パイロットがスロットをメモリいっぱいまで押し込むと、機体の前部に付けられたエンジンは更に大きな音を叩き出した。

「赤」はシートに押し付けられる力が増加しているのを感じた。

そして飛行機のエンジンだけではない別の突き上げるような衝撃を感じて、窓を下に覗き込んだ。

そこには丸い円を囲むように綺麗に並んだステイツの、敵の艦隊が見えた。

艦隊は大事そうに真ん中の大きな板のような艦を守るように航跡を曳いて前進していた。

「そら、見えて来たぞ!」

鈍い衝撃が伝わってくる感覚が短くなってくる。

もう敵機は追ってこなかった、艦隊の防空射撃に巻き込まれて友軍誤射を避ける為だろう。

敵の機動部隊の心臓に近づいてきた。

「じゃあこの辺で大丈夫ですので、ご苦労様でした後は任せて下さいパイロットさん」

「赤」はスライド式のキャノピーに手を掛ける。

機体速度は既に三百三十ノット(約時速六百キロ)を超えていた。

キャノピーを開けると猛烈な風が流れ込んで「赤」の髪や胸元のスカートを引き千切るようにバタつかせた。

椅子の下に運び込んでいた布を巻き付けた棒を取り出す。

「ご武運を」

パイロットは短い敬礼をした。

「では、失礼」

「赤」も小さい敬礼を微笑みながら返した。

瞬間パイロットは操縦桿を倒して機体を水平に対して逆さまにする。

ひっくり返された機体から当たり前の様に「赤」が零れ落ちた。

赤い布に撒かれた棒を持って、真っ直ぐに「赤」は足と手を揃えて落ちていく。

「さて、ちょっと挨拶してからにしますか」

「赤」はセーラー服のスカートを抑えながら、目を見開いて真っ直ぐに、灰色に塗られた敵空母の飛行甲板目掛けて落ちて行った。

「赤」の手足は鈍い光に包まれる。

空間遮断の力を使って、自分に掛かる重力加速度を減少させる。

「魔砲使い」が使える超常の力を使って、高空からの落下をまるでブランコから飛び降りるくらいの危険さに変えてしまった。

「よっと」

その時の空気は誰もが魔法を見せられているような気分だっただろう。

戦闘中の空母の飛行甲板に突然赤いセーラー服を着た女の子が降り立ったのだ。

飛行甲板では既に多数の飛行機の下には黒い大きな爆弾が括り付けられていた。

エンジンを掛けて、いざ発艦しようと準備をしている最中に「赤」は舞い降りたのだ。

「いやいやステイツのみなさんお久しぶりです!」

皇国とは違う人種によって構成された軍隊、甲板上には黒以外にもガラスのような青い目をした人物も居た。大洋を挟んで遠い国に居る人達が、少ない貴重な資源を使って態々こんな海の果てまで来たのか、ご苦労なことですねと「赤」は溜息を付きたかった。

「赤」は手に持っていた赤い布を撒いた棒の紐を解いてひと振りする。

真っ赤な布値の旗が、動いている航空母艦の風に流されて旗が風を切る音と共にはためいた。

「メイン・バトル・ウィッチ・・・・・・」

メイン・バトル・ウィッチ(主力魔女)と誰かが呟いた。

「あれが魔女なのか・・・・・・」

誰もが呆然とするなか、一人の男が奇声を挙げた。

「助けてくれ・・・・・・俺は・・・・・・死にたくない」

「赤」を見て男は泣きながら茶色い作業服のパンツを汚す、失禁をしていた。

「あいつに俺が居た艦隊は一隻残らず・・・・・・艦隊を・・・・・・」

「何を言っているのか良く分かりませんが・・・・・・」

「赤」は肩に旗を傾ける。

「とりあえず皆さんはまたお引き取り下さい」

「赤」の魔力により甲板上が光に包まれる。

方円上の光の上に強大な砲塔が出現する。

大きさは「白」の四六センチ砲塔と変わらないが、装着されている砲門は二門と一つ少ない。

その分より太く長い砲身が伸びていた。

航空母艦の平らな甲板上に突然強大な戦艦の砲塔が現れた、飛行機や近くに居た整備員が甲板から蹴落とされて海の上に落ちていく。

次々と「赤」の魔砲は敵の空母の甲板上に召喚されて、飛行機の殆どは乾板から「赤」の砲塔によって蹴落とされてしまった。

「さて仕上げですね」

魔砲はそれ自体単体で数千トンあった、今飛行甲板上に魔砲塔が並んでられているのは「赤」が魔力で空間を遮断して空中に浮かしているので甲板上に置いてある形になっているのだ。

だから「赤」が魔力を一瞬でも解くと、重さ数千トンの物体がそのまま空母の甲板にのし掛かる事になる。

魔砲塔の下面から光が失われると、そのまま黒い鉄の塊は脆い木製の飛行甲板にめり込み初めて、直ぐに甲板直下にある格納庫に落ち込んでいった。

百機近い航空機を運用していた航空母艦は、ただの鉄の残骸に成りはててしまった。

多くの人間と飛行機が残骸の中でそれぞれの地獄を味わっていた。

「あら一発も撃たないで終わってしまいましたね」

「赤」はこの前の「家」を壊した時に意外と魔砲砲塔はそれ自体巨大な質量があった危ないなあと考えていたので、一度魔砲を敵にぶつけてみよう考えていたが意外と活用法がありそうだと思った。

「まあ折角ですから、これから始まる戦争のために景気づけに一発撃っておきますか・・・・・・」

航空母艦の残骸の中で「赤」は旗を一振りした。

瞬間ステイツの機動部隊に居る全ての人間が航空母艦が爆炎に包まれる姿を目撃した。

それは火山の噴火の様に力強く、人の無力さを教えるような強烈な光景だった。

こうしてステイツの切り札たる航空戦力は唯の一撃で壊滅した。


「赤」が機動部隊を撃滅している同時刻「青」と「白」も敵進行艦隊の迎撃に辛くも成功していた。

「先輩やりました!」

「白」の放った四六センチの弾丸はモンタナ級の防御区画を食い破り、船体をへし折って文字通り轟沈させた。

モンタナ級の船首と艦尾があり得ない角度で空を向く、そしてそのまま垂直に海へと沈み込んで行った。

既に後続の戦艦も沈み、後に残っているのは救難活動をしている小さな軍艦だけだった。

沢山の人間が海に投げ出されて救助を待っている。

水平線の彼方に起きている悲劇を「白」は他人事のように見ている自分に驚いた。

今、遠く水平線の向こうで苦しんでいる人の苦しみは自分が生み出したものなのに、可哀想だ、助けなきゃと思っている自分が居た。

「白」の持って居る旗は砲撃の爆炎で黒く薄汚れていた。

でも旗を持って立っていると言うことは、この場所を守ったという事だった。

何で「魔砲使い」に旗を持たせるのか、やっと意味が分かった。

「白」は初めて自分が「魔砲使い」になった事を理解した、皇国の魔砲使いとして自分は外敵を排除し続けるのだ。

それが「魔砲」を撃つ唯一の理由だ。

この心の重みが「青」が自分に一番伝えたかった事なのかも知れない。

ふとその時「白」は自分の背中に重みを感じなかった事に気がついた。

振り向くと「青」は海面に横たわっていた、身体の半分は海に没しようとしていた。

「先輩!」

必死になって「白」は「青」を抱き起こす。

「先輩、しっかりして下さい!」

背中から「青」を引き上げるが腰から下は既に海中に沈んでいる。

「「白」・・・・・・皇国を頼むわ・・・・・・」

「先輩! 「青」先輩!」

「青」はゆっくりと手を伸ばした。

背中から上体を起こそうとする「白」の顔へ腕を延ばす。

「青」の細い指は「白」の煤汚れた顔に添えられた。

「叩いて悪かったわね」

「先輩!」

そんな事で今更謝らないで欲しい。

再び重くなり海中に没しようとする「青」を必死に「白」は支えた。

「先輩、ダメです、頑張って、こんな所で・・・・・・みんなに手帳の中身教えちゃいますよ!」

「青」は目を閉じていて、何も反応しなかった。

「先輩の恥ずかしい小説みんなの前で朗読しちゃいますよ! だから先輩、怒って下さい!」

「白」は泣きながら「青」を引き上げようとする。

「「青」先輩!」

引き上げようと力一杯身体を上に向ける「白」が見上げた空に飛行機が見えた。

翼を振って彼方に消えると、その後に海上着水が出来る救援飛行艇がやって来た。

「先輩、帰りましょう皇国に・・・・・・先輩・・・・・・」

「白」は泣きながら「青」を抱きしめた。

この日一つの戦闘が終わった。そして一つの戦争が始まった。




■皇と青


彼女が目を覚ましたのは暖かい手の温もりに気がついたからだった。

「「青」大丈夫か?」

「「皇」・・・・・・なのですか?」

窓際の白いカーテンが風に舞っている。

個室の病室の中、ベットの隣には純白の軍服を着た白髪の青年が立っていた。

「よかった、気がついたんだね」

「ここは・・・・・・」

「横須賀の軍病院だよ」

そうか死に損なったのかと「青」は理解した。

「すまなかった「青」、君を危険な目に遭わせた・・・・・・僕がもっと早く連合艦隊に全力出動を掛ければ君をこんな傷だらけにする事はなかった」

「「皇」?」

「なんだい「青」?」

「泣いているのですか?」

言われて「皇」は自分の頬に伝わる涙を拭った。

「すまない恥ずかしいな」

「いえ・・・・・・」

この国の全ての軍事力を握る権力者が泣いていた。

「不思議な方ですね「皇」は」

「何故だい?」

「私なんかの為に泣いてくれて・・・・・・」

「そんな事言わないでくれよ「青」、哀しすぎる」

「私は嬉しいですよ「皇」に泣いて戴けるなんて「魔砲使い」になって良かった」

「君は意外と酷い」

「今更ですか?」

「皇」は「青」の顔に手を添える。「青」の顔には幾つか擦り傷があった。

ゆっくりと「青」はその手を掴む。

「「青」僕は酷い男だ、君を傷つけてまでも国を護ろうとしている卑怯者だ」

「「皇」それが「皇」でしょう? 私も国を護る「魔砲使い」なのです、それ以上でも以下でもない、狂った世界の常識です」

「青」は「皇」の瞳を覗き込む。

「でも貴方が私の為に泣いてくれるなら、私は・・・・・・あの大海原でも一人でも怖さも孤独も何も感じないでいられるのです、よく分からないのですが戦艦の前でも怖くないのです」

「「青」・・・・・・」

結局自分はこの世界に「皇」と自分以外が居るのが嫌なのかと「青」は思った。

だからそんな世界を妄想もするし、それを書いてみて子供みたいだと自分で自分を否定してきた。

世の中がそんなに単純ならなんて過ごしやすいのだろうかと思う。

世界は食べ物や自分の利権を確保するのに必死に争っているのに、誰かと自分だけの閉じた世界なんてないのだ。

「「皇」また私の小舟に乗って戴けますか?」

「ああ、勿論だよ」

「ありがとうございます」

「「皇」・・・・・・」

「なんだい?」

「もう少しこうしていて良いですか?」

「皇」の手を握りながら「青」は目を閉じる。

「君が好きなだけこうしてるさ・・・・・・」

「優しいですね」

「今だけさ」

「青」もこれが貴重な時間だと言うことは分かっていた。

もうステイツとの戦争が始まっているのだ、こんな時間は次ぎいつ来るか分からない。

「ちょっと「赤」先輩、今はダメですよ、病室に入っちゃ!」

「どうしてですか「白」さん?」

「そうだよ「白」お姉、寝ている「青」に悪戯するチャンスじゃん!」

「ねえねえお見舞いの果物こんなもんで良かったかな「緑」?」

「ちょっとドリアンが入ってるのってどういうことよ「黄」?」

「白」が他の魔砲使いを抑えきれずに雪崩式に「青」の病室に入ってきた。

「あら「皇」が居たのですね」

「ああ、お見舞いだよ」

咄嗟に「青」が手を離したので、「皇」も手を引っ込めた。

「みんな揃って病室に押し掛けても迷惑だろ、俺も出るところだから一緒に出よう」

「えー折角来てやったのに・・・・・・」

「誰も頼んでないわよ」

「黒」と「青」が早速舌戦を始めたので「皇」は手を広げて他の魔砲使いを病室から出るように即した。

「これお見舞いです」

「黄」が果物が入った大きなカゴを渡す。

「ありがとう」

「青」が素直に礼を言ったので「黄」は一瞬驚いたが、すぐに満面の笑顔で早く怪我直して下さいねと声を掛けた。

なんだか「青」は付きものが取れたような優しい笑顔だった。

「ごめんなさい先輩、折角の機会にみんなを止められ無くて・・・・・・」

「白」がベットに近づいて「青」に小声で話し掛ける。

「なんの機会よ?」

「だって「皇」陛下と二人っきりで・・・・・・イタ・・・痛い・・・・・・」

「青」はベットから手を出して「白」の頬を抓った。

「貴方みたいな鈍臭い人が出来ない気を回すんじゃないわよ」

「痛いです先輩・・・・・・」

「あと誰が朗読するですって・・・・・・「白」?」

「起きてたんですか?」

「あんな耳元で泣かれたら嫌でも起きてるわよ」

「酷いです「青」先輩、私はあの時本当に先輩が沈んじゃうって・・・・・・」

「白」が泣きながらベットの上の「青」に抱きつく。

「ちょっと貴方、痛いから離しなさいよ、暑苦しい!」

「「皇」に触られてる時は動かないのに私だとダメなんですか!?」

「そういうことじゃないでしょ!」

「なんか落ちたぞ「白」?」

「皇」が白のポケットから落ちた手帳を拾う。

「あっそれは・・・・・・」

「貴方、なんで私の手帳持ってるのよ・・・・・・」

「部屋にあったままだと心配されるかなと思って、渡そうと思って持ってきました・・・・・・」

「青の手帳?」

「皇」が拾い上げると興味深そうに「赤」や「黒」が見る。

「何が書いてあるの?」

「見ちゃいましょうか!」

その瞬間魔砲使い全員が「青」を抑えにベットになだれ込んだ。

「「青」さん今出そうとしましたよね、今出そうとしましたよね!」

魔力の高まりを感じて赤が笑いながら飛びつく。

「だめですよ「青」さん、ここ病院ですよ病院!」

「黄」も「緑」も必死になって「青」に飛びつく。

「離しなさいよ!」

「青」は顔を真っ赤にして全員を振り解こうとした。

「なんなんだいったい?」

「「皇」見ちゃいましょうよ、きっと私とかの悪口ばっかり書いてあるんだよ!」

「そういう分けに行かないだろ「黒」?」

「皇」は手帳をそのまま青に向かって投げた。

「青」は「皇」から手帳を受け取るとそのまま抱きかかえてベットの中に潜り込んだ。

「みんな出て行きなさい・・・・・・」

いまいち状況が納得行かないまま「青」に即されて、全員病室を出て行く。

「「白」は残りなさい」

「ハッハイ!」

皆心配そうな顔をしながら「白」を病室の中に置いて退室していく。

「危なかったですね先輩・・・・・・」

「「白」貴方って人は・・・・・・」

叩かれると思って「白」は目を閉じて身体を硬直させた。

「本当にどうしようもなく抜けてるわね」

「先輩・・・・・・」

「青」は「白」を叩くのではなく抱きついた。

「でもそんな貴方に今回は凄く助けられたわ、これからもよろしく頼むわ・・・・・・」

「セン・・・・・・パイ・・・・・・」

そのまま「白」は「青」に抱きついてベットに押し込むように泣きついた。

「先輩・・・・・・ありがとうございます、わたし、わたし頑張りますから」

まるで子供のように泣きつく「白」に呆れながら「青」は天井を見上げてながら、眉間に皺を寄せた後に軽く「白」の背中に手を回した。

泣くという行為は現実にはやっぱり自分には出来そうにないと思った。

だから空想でも物語の中の自分には思う存分泣かせてみようと、手帳を握りながら次ぎに書く話しをボンヤリと考えた。




END

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皇と青 さわだ @sawada

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