異世界転生思索あるいは二十二世紀の信仰告白
トラックに撥ねられて目が覚めるとそこは二十二世紀の未来だった。
「目が覚めましたか」
「いったい自分は……、どうして、ここは?」
「記憶が混乱していますね。無理もない事です。
「記憶移殖?」
「はい。あなたの記録には【トラックに撥ねられて死亡、それを不憫に思った両親が、技術が確立するまでの間あなたを
「なんか……倫理的にものすごく問題がある気がしたけど」
「はは、二十一世紀的な人間ですね、あなたは。AIやクローン体の人格は法人として扱われ、自然人と異なる事が既に定義されています。なんら問題はありません」
「しかし……」
「そんなことよりも、まずは
「信仰? いや宗教とかは、あんまり……」
「宗教? ああ、それは二十一世紀の遺物です。我々の信仰告白とは【自分がどの性別に属すか】を指すのです」
「性別?」
「はい。科学技術の発達した二十二世紀では、もはや
「機械化?」
「サイボーグってご存知でしょう? 肉体を機械に置き換え、それらを脳によって制御することで、不死の身体を手に入れる技術。サイバネティックスとは脳と肉体との情報処理を体系的に統合しようと試みる実践的な試行錯誤の運動そのものを指しますが、それは置いておいて。あなたは、機械に性別があると考えますか?」
「いいや……動物じゃないから、無いんじゃないの?」
「そうでしょう、そうでしょう。そこが問題なのです。人間の身体の九九パーセントを機械に置き換えてしまったとき、何が性別を規定するか。それはもはや、本人の自認する性別、言いかえれば【自分は男女どちらにその精神を帰依するか】という問題でしかないのです」
「なんだか、性同一性障害のようだ」
そう言うと科学者らしきその人は急に激昂して言った。
「性同一性障害……まったく、汚らわしい! いえ失礼。我々科学者は可能な限り中立であろうと努めているのですが。その言葉も古くに失われたものですが、当時で言うLGBTおよび、……そういった方々は、我々多数派の二大勢力からは異端派として扱われているので……それらと同一視されるのは、とても腹立たしいのです」
「すみません」
「いいえ、あなたは二十二世紀に関しては無知ですから。動物の雌雄は伝統的に、子や卵を産む主体が雌であると規定されていました。しかし現在では雌雄どちらであっても体細胞から卵や精子を作る事が出来ますし、人工子宮やインキュベーターによって、完全なる体外受精・出産が可能になっているのです」
「男女の垣根が無い? 試験管ベイビー? そりゃすごい……」
「そうでしょう、そうでしょう。ゆえに、信仰告白が重んじられているのです。男と女、どちらの勢力に属すか。その自己決定においてあなたの所属は安寧されるのです。だのに彼らは我々を
「テロ?」
「ええ。我々男女は、悲しい事に、
「聞いた感じだと……彼らは彼らなりに戦争終結をしようとしているように思えるけど」
「戦争終結? とんでもありません! テロリスト達は、この科学のもたらした平和に対する挑戦をしているのです。一般市民を巻き込みながら。野蛮な自然とは脅威です。人類はそこから自らを疎外し、物理的には家を、精神的には社会や共同体を構築することで、身の回りの神とも呼ばれた自然の恐ろしさから身を守ってきたのです。それが文明というものでしょう」
「同性愛は? 同じ性別のコミュニティなら、ありえそうな気もするけど」
「ホモソーシャルにおける肉体的性的干渉は許可されていません。しようとする人もいません。セックスが不要ですからね。自由恋愛は自由競争であり自然界の生存競争と同義であり、それもまた多くの犠牲を産みました。性的魅力を欠いた人間たちの不満の爆発……その反省と反動として、現代の体外受精・出産の技術および、信仰告白が存在しているのです」
「ああ、非モテがセックスできないので不満を溜めて、異性に復讐しようとする……というのを改善する為に、
「物分かりがよくて助かります。自由恋愛市場は野蛮なものでした。結局は経済競争と、学歴競争。まあそれらもネットワーク技術の発達(ここでは説明を省くが、科学者はネットワーク技術という言葉を脳内ネットワークの神経配置の操作、記憶操作の技術として意味させていた)により知識による優位というものがフラットになった為、残るはいわゆる【性的魅力】と【カネ】…………。出生前の遺伝子操作や整形手術、その他その他……【性的魅力】には何かにつけて金がかかるものです」
「貨幣経済は、まだ続いてるんだ」
「【企業法人】がまだありますからね。あなたの【人権】もまた【法人】という枠組みによって保障されているわけです。素晴らしい! 人類の創り出した叡智です。我々を守る【楯】や【壁】であります」
「そして【法人】の人権は保障されているから、どちらの勢力に【法人】が加担・所属するか――【法人】の自己的決断/意思決定まで身柄の安全は保証する、と……」
「その通りです。あなたの記憶と安全の補償も、保障も。我々【企業】が保証するというわけです」
『――だまされちゃいけないよ!』
そしたら突然爆音がして壁が崩れた。同性愛者の軍団がレーザー銃(あ、『エイリアン』とか『スターシップ・トゥルーパーズ』とかで見た事あるやつ)を構えて、そこから虹色の
「危ないところだったね。あたしたちは『抑圧された少数派たちの一団』。企業法人の悪徳に騙されちゃいけないわよ。正義の鉄槌を下してやるんだ」
そう笑顔で語るのは髭をたくわえた筋骨隆々の中年男性だった。いや、彼女の性的自認は女性だろうか……。
「その通りだ。企業は人工子宮とインキュベーターの市場を独占している。彼らを介さなくては子供は生まれない。俺たちはこの男女間の壁を粉砕し、世界をあるべき姿に取り戻す戦士ってわけさ」
そう勇敢に語るのは坊主頭のやけにセクシーな衣装をした妙齢の女性だった。男性、なのだろうか……。いや、そもそも彼ら(日本語に適当な中性複数代名詞が無いのをご容赦ください)にとって、男女という区分は差別的なのだろうが……。
「あたしたちについてきな。それともやはり、『信仰告白』が必要かしら?」
「その通りだ。
「選民思想だわ!」
「なにをっ! 我々が如何にしてこの
ああややこしくなってきた。結局は
「さあ、君はどちらに属す?」
「……どちらという物言いが、そもそも二つの勢力に限定した物言いで、差別的じゃないですか」
軍団はしばらくキョトンとして、やがて腹の底が抜けるくらい大笑いをした。つられて笑った。すると男性と女性は一緒になって銃口をこちらに向けると、【法人】たる自分は一瞬にして灰になってしまったのだった。
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