銀河かけるロマンチシズムの架空鉄道は夜

 荒れた線路痕に雑草が生い茂っている。それは白いストライガの花だ。サンダルで枕木を踏みつけて、レールから顔を覗いたカエルに思わずギョっとした。それは陶器製の偽物だ。だけどジョヴァンニは確かにそれが瞬きするのを見逃さなかった。黄色のチョウがひらひらと鱗粉を撒き散らしている。――ああ、ここには植生があり、昆虫や人間が活動しており、その痕跡を遺しながら蠢いており。神は天にいまし、全て世は事もなし。(拳銃の名を持つ詩人)(ロバート・ブラウニング)

 そして僕はいずれその世界と関係を持つ事apprivoiserができるだろうか、とジョヴァンニは夢想しました。(だが彼の声帯が響くことはなかった)

 

 かつてイタリア領だった頃、この国に存在していた鉄道は英軍によって破壊された。そのおよそ四〇年後。バーレ大統領は鉄道の再開を計画し始める。だが七〇年代後半から続くエチオピアとのオガデン戦争や、反バ―レ派の武装闘争の台頭により――それらは一切が遅延している。

 ジョヴァンニはカトリック教徒の少年である。祖父母に育てられたため、は旧宗主国のイタリア語と、現地のソマリ語。圧倒的多数派の言語であるアラビア語がほとんど話せないのは致命的で、周囲からは異端の――無口な少年だと思われながら育った。だけど僕だって人間コギタンスであるから、彼らの話していることは分かるんだ。

 ジョヴァンニには四つ下の妹が居た。名をファルファーラ。あざなは蝶。同じように無口だったが、ゆえにいつも兄に守られていた。(白人であるという事で敵意を持つことは特に無かったが、)妹に手を出そうとした宣教師の事は撃ち殺してしまった。

「そうだな……僕の事は、カンパネルラとでも呼んでくれ」

 そう言ったのは、いつも狐のお面を被っているような、東洋人だった。彼はフランス語訛りのイタリア語を話しました。

<きみ 白人? この辺りじゃ 珍しい>

ジョヴァンニは手話でそのように答えた。するとカンパネルラは自嘲気味に答えた。

<【名誉白人】さ。経済動物エコノミック・アニマルこと日本人ジャポネの血が入ってる>

<嘘 だよね。そういうところは 分かるんだ>

ややあって、沈黙サイレンスののちにカンパネルラが答えた。

「そうかもね。いずれにしろ、人種隔離アパルトヘイトなんてナンセンスさ。肌の色だけで人間を分けるなど。ルッキズムだと思うね」

ジョヴァンニはエジプト製の拳銃ベレッタを取り出すとその握りグリップを彼に向けた。カンパネルラは受け取らず言った。

<君がよければ 持っているといい>

ジョヴァンニはズボンに拳銃を差した。

<君は商人?>

<虹色の蝶。地球市民コスモポリタン。必要なところに、必要なものを>

<南に?>

カンパネルラは頷いた。それから言った。

<この国にも 鉄道が欲しいな>

<線路は 見た事あるけど>

<乗った事は?>

ジョヴァンニは首を横に振った。カンパネルラは微笑んだようだ。

「鉄道があれば、モノが運べる。人が運べる。いずれ空にだって……」

<飛行機なら 知ってるさ>

<乗った事は?>

ジョヴァンニは再び首を横に振る。<君だって 飛行機で来たんだろ>ふてくされたように言った。

 するとカンパネルラは天上を指差して言った。

「僕は、あそこで生まれたのさ」

神の子イエス。民の支配者。ユダヤの王。ジョヴァンニは目をぱちくりさせた。それから、口を開けて(「あ」とさえ呟かなかった)思い出したように言った。

<牛乳屋に行く途中だったんだ。君も来る?>

<やめておくよ。乳糖不耐症なんだ>

<なに それ?>

<アジア人は 牛乳で腹を壊すのさ>

<アフリカ人だって そうさ 壊してでも飲むのさ>


 カンパネルラと別れると、ジョヴァンニは空に浮かぶ鉄道を夢想した。銃も、十字架も、言葉も、鉄道も……みんな人間が作ったもの。では、神は? 太陽が照り付けていた。あっ、と言わなかったが驚いて、カエルが暑さに干からびているのを発見した。ジョヴァンニはそっと日蔭に彼を動かしてやり、牛乳を少し垂らして潤してやると。カエルは、ぴょんと跳ねると草むらの方に行方を隠してしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編と試作詩作ほか 名無し @Doe774

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る