「私の職業は『墓』です、アノニマさま」
「……言っている意味が分からん」
「ええ。私の本来の役割はメイドです。しかし、文明社会が崩壊した現代、階級は消滅し、仕える者の存在しない時分です。ゆえに、私は次のような結論に達しました;人間という生き物は、記憶される事で生き永らえる存在である、と」
二人は火を囲んでいる。アノニマは戦前に大量生産された賞味期限の切れた瓶のビールを飲んだ。アノニマもまた、全身義体のサイボーグである。その身体はガイノイドであるアリスと同様に、本来であれば高度に文明化した社会と技術に支えられ存在するものであるが、現在においては自家発電装置や光発電などによって、その存在を維持している。アノニマが食事をするのは、精神崩壊を防ぐためと、脳への栄養供給も兼ねたものである。(いっぽうアリスは、崩壊する精神を持たないため、食事をする必要もない)
「22世紀の初頭、……2134年3月11日、ですか。最終戦争によって核の炎が世界を包みました。それ以前の文明においては、『家具』や『本』と言った職業人間が多数存在していたのを私は覚えています。私はそれを参考に、自らの職業を『墓』であると規定しました」
「お前のような
「ええ。しかし、そこで私は考えたのです。人間の寿命は短い。遺伝子改変技術が発達し、テロメアの操作や幹細胞技術によるクローン体への換装を加味しても、200年と生きることは難しいでしょう。それは、人間が精神を持った存在だからです」
「…………」
アノニマは黙ってラッド・マウス(放射能によって巨大化したネズミの一種)の串焼きを齧った。全てが放射能に汚染されているなか、こんなものであっても随分な御馳走なのだ。
「脳の劣化は避けられません。前世紀末に記憶の外部保存は実現しましたが、
「最終戦争の遠因だったとも言われる。外在派は概して高度文明の中で暮らしていた。交換可能な肉体が崩壊しない以上、いつまでも特権階級に居座る事ができたからな」
「アノニマさまは辺境主義者の内在派ですか?
アリスは、アノニマの提げるMODナンブ514cマシンピストルと高周波ブレードを指しながら訊いた。
「……40年近く前のことだ。それに英雄とは、他人に貼られるレッテルに過ぎない」
「それもまた、
「さあな。私は戦闘狂で、殺す事が得意だった。それだけだ」
そうですね、とアリスが音声のボリュームを絞って答えた。バンディットたちの死体が二人の周りを囲んでいる。女は貴重な資源だ。それが機械の身体であっても。
「私はセクサロイドとして欠陥品なのです、アノニマさま。愛情のエミュレータをインストールされないまま出荷されてしまいました。人を愛せない性玩具に何か意味があるのかと、私は思い悩みました。私のマスターは私を抱く事は無かったのです」
「他人がお前の
「私たち機械はみんなそうです」
「思考も言葉も人間並みの癖に――いや、人間並みだからか? ヒトはすぐに意味を付けたがる」
「そこなのです、アノニマさま。ヒトは意味の中で生きています。ヒトという存在は、それ自体が歴史なのです。昔の機械は、葬式というものを理解しませんでした。しかし、それは、機械は交換可能な為に寿命を持たなかったからです。死は、生物に与えられた特権です。そして他者が、死者を記憶することによって、ヒトはヒトであることができる」
「『墓』という職はそういう意味だと?」
「はい。私は『外在派』の住む都市で暮らしていました。でも戦争が起きてから、『内在派』の、寿命を持つ人間たちに接触することで、価値観を変えました。彼らは100年、いえ50年と生きる事ができません。ゆえに、結び付きを強める。自分たちが死者を記憶するように、そして記憶に残るように、と。私は私の
「誰かの死を記憶することが、自分の役割であると?」
「ええ。もしかしたら他の機械たちも、同じ結論に達しているのかもしれませんが」
「まるで信仰だな」
アリスは一瞬だけ停止したように見えた。それから言った。
「信仰……ですか?」
「神は生きる意味を与える。労働や戦争が神の思し召しだと言ってな。それは世界の解釈だ。お前たち機械は、結論として、人間の為に何かをするという目的を得たという訳だ」
「そうかもしれません。……しかし、それを信仰と言うには、どうにも……」
「納得できないか? まぁいいさ、新しい言葉を創るほうが、むしろ正しいのかもしれない」
「……創る……」
アリスはしばらく黙って処理していた。しかし結論は出ないようだった。エネルギーの無駄遣いだと判断したのか、アリスは話題を変えた。
「そろそろお休みになりますか、アノニマさま?」
「ああ。明日は遠くまで行きたい、
アノニマは『月』という名前のバイクを撫ぜながら言った。アリスはそれを見ながら言った。
「思考できない機械というものについて、考えてしまいます。それはどんなに楽であるかと。役割に忠実であるか、と」
「思考できない人間も居るさ。考えない事が、最も単純な幸福論なのだから」
「そうかもしれません。私は『墓』ですが、アノニマさまは『
「……電気信号とシナプスのことか?」
「そうです。脳を持っていますから。たぶん、そのように出来ているのでしょう」
「…………機械論だな。だが正しいかもしれない」
「すみません。アノニマさまの苗字は
「………………意味に固執しすぎるのも、考えものだな」
「世の中は考える事に溢れています。だから、退屈しないのかもしれませんが」
アノニマさま? とアリスが訊いた。アノニマは既に眠っていた。アリスは眠る事を知らない。電気人形は夢を見ない。その必要がないからだ。だから、夜は孤独で電子頭脳が稼働し続けている。しかし会話は、新しい発想を一晩中考察しつづけるのに、充分な材料を与えたのだった。
アリスはニコリとも笑わずに目を閉じて、そして呟いた。
「今晩もゆっくりとお休みなさいませ……アノニマさま」
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