G大のゴキブリ女

 G大にゴキブリ女と呼ばれる奴が居た。それは彼女の髪が脂っぽくてボサボサしており、眉毛もろくに手入れされておらずまるでゲジゲジだったからだ。そのために周りの女子大生から「ゴキブリ」とか「ゲジゲジ」ないし「ゴキブリ女」と呼ばれていたのだった。

 専門はいちおうジェンダー論。周りのいわゆるキャピキャピした文系の女子大生からはあからさまに浮いていて、物怖じせずハッキリ物を言うほうだった(講義でもよく手を挙げて発言していた)。携帯電話もガラケーで、スマホを見せると「あたしには分からん」という顔をして、内心では電話が出来れば充分じゃんか、と思っているふうだった。

 サークルはオタク系の研究会に所属していた。部員もだいたい8人くらいで、そのほとんどが男子だった。でもゴキブリ女には弟が居たので、あまり異性であるとか考えずに距離も置かずに楽しくやっていた。男たちもだいたいそんな感じだった。ゴキブリ女が珍しくスカートを履いてきたときも、「おい、パンツ見えてるって」と誰かが言ったが、ゴキブリ女は「別にいいだろ、減るもんでもないし」と言って顔を左右非対称に歪めた。

 たまに、サークルの皆で宅飲みをした。84円くらいの安チューハイをたくさん買って、大きい袋のポテトチップスを広げながらゲームをしたりした。コントローラーがポテチの油っぽくなって、家主がちょっと怒ると、ゴキブリ女は「部屋を片付けてから文句言いなよ」と冗談ぽく言い返した。コレクションであるフィギュアやマンガにそういう油を付けると家主は本気で怒るので、みんなはそっちにはなるたけ触らないように注意した。

 3回生になって、みんな就活が始まると、サークルに顔を出す事も少なくなった。基本的に研究会と言っても名ばかりでみんなで駄弁ったりお菓子を食べたりするくらいで、活動らしい活動もしていなかったのだが、そうしていると無限に時間が吸い取られていくからだ。初夏のころ、ゴキブリ女が大学近くのコンビニで煙草を吸っていると、その時の部長が話しかけてきて、また宅飲みしようぜ、ということだった。ゴキブリ女も暇だしいいよ、と気楽に答えた。彼女はあんまり就活とかそういうものをしていなかったのだ。バイト先のレジ打ちでそのままパートになればそれでいいかな、くらいしか考えていなかった。卒業したところで、理系と違って専門職とかがそうあるわけでもないし。と、ゴキブリ女は思っていた。

 バイトが夜7時くらいに終わって部長の家に集まると、もう始まっていたみたいだった。いつもみたいにゲームをして、酒を飲んで、ポテチの油に指を汚して。誰かが買ってきた焼酎と火酒が強くて、みんな陽気になって笑っていた。

 深夜になってきて、場も落ち着いてくると、部長が神妙そうな顔で静かに言った。実は、これ、買ってたんだよ。と、鞄からコンドームの箱を取り出した。ゴキブリ女はちょっと驚いたが、よく意味が分からなかった。でも男たちはみんな分かっていた。みんなまだ童貞だった。ゴキブリ女は少し風呂嫌いの、男勝り。よく言えば飾り気がなく野性的な魅力があった。

 そこからは何となく曖昧に事が進んだ。ゴキブリ女もそれまでセックスどころかキスしたこともなかったけど、酒に酔っているせいなのか分からなかったが、気付いたら、その場に居合わせたみんなぶんの筆下ろしをしていた。一人が終わると、またもう一人。仲のいい友だち(と思っていた)が一所懸命になって腰を振っているのを見ると、なんだか変な感じがした。状況的にはこれ輪姦だよね、とか、異性不純交遊って何だったんだろう、だとか、家主のコレクションの美少女フィギュアが自分を見ている、などと思って、ああ、あたしって今でこいつらはなんだ、という動物的な役割を感じた。

(今日は生理じゃなくて、男たち的にはちょうどよかったのかな。っていうか、そういうのがあるだとか、考えた事ないんだろうけど)

とか、ゴム越しに射精されながらゴキブリ女は思った。汗をかいていてみんな満足そうな表情を浮かべていた。ゴキブリ女は、少しだけ呼吸を荒くしてそれから水を一杯飲んで、家主の布団で眠った。男たちはその後また少し酒を飲んで床に雑魚寝した。

 そんな事は一回きりだった。サークルで集まっても、誰もその話題に触れなかったし、変わらず仲良くしてくれたし仲良くしていた。けれど、ゴキブリ女はなんとなく、周りの友だちを失ってしまったような気がして、またコンビニで煙草をひとり吸っているのだった。

 

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