第29話 これって夢なの?現実なの?

うんと遠いところからずっと呼ばれ続けているような気がする。

あたしの周り霧が出てるみたいに真っ白で、

なんにも見えない。

ここはどこ?いつからここにいんだろ??

思い出そうとしても思い出せない。

そのうち自分の名前も思い出せなくなっちゃったりしてね、でも大丈夫、あたしの名前は絵留美だってわかってる、さっきから誰か呼び続けてくれてるし…。


って、さっきから誰があたしを呼んでいるの?

声が遠くて誰なのかわからない。

その声の主がだんだん近づいてきてるっぽい。

あたしは声がするほうをじっと見る。



「絵留美ー!」



霧の中から誰かが現れた、フキさんだ!

あたしはビックリした、

いつも車イスのフキさんがフツーに歩いていたから…。

でも、それがなんだか当たり前のことのように思えて、気にならなくなってきた。



「あれっ、フキさんなんでここに?…ってか、ここはどこ?」



あたしはさっきから気になってた疑問を口にした。



「それはまぁ置いといて…少し話そうか」



フキさんはそう言ってあたしの目の前にきた。



「気がついたかい?私らここでは元に戻っているというのに…」



そう言われあたしは初めて肝心なことに気づいてなかったことを思い知らされた、

フキさんはあたしの姿じゃなく元のおばあさん、じゃああたしは!?と、自分の手を見てみた。



…シワくちゃなんかじゃなく、若い…。



いつのまに戻ったの!?とショックだったけど、少しホッともしていた。

フキさんはあたしの両手をとり、じっと眺めた。



「若くてきれいな手だねぇ…なぁ絵留美、私ら入れ替わって一ヶ月くらいかねぇ。あっという間だねえ」



「…なんで…?」



これって、夢なのかなぁ?

さっきまであたしはフキさんのカラダで、オヤジが働いている施設のベッドで寝てた。

なんだか突然咳が止まんなくなって、苦しくなったとこまでは覚えている。



「藤堂さんに催眠術とやらをかけられたんだよ、まさかこんなことができるとはねぇ…」



「さ、さいみんじゅつ!?」



そーいや藤堂さんに元に戻してもらうって言ってたな、いやだって拒否ったのに…。



「なんだって余計なコトすんだよ」



あたしはため息をついた、生きていく気ないから、フキさんとカラダ入れ替わったまんまで良かったのに…。



わたしゃね、できればもう少し生きて色んなことに挑戦してみたかったんだよ…リハビリしてりゃ、そのうち歩けるって思ってたしね」



あたしの記憶の中にあるフキさんは車イスで寝たきりだったので、



「じゃ、なんで今立って歩いてんの?もしかしてリハビリ成功した?」



素朴なギモンを口にした。



「今のこの場は、私らの意識下…つまり夢みたいなもので万能みたいだよ、よくわからんがね」



そうか、これは夢?にしては、なんだか生々しい気がする。



「じゃあさ、また入れ替わろうよ!フキさんがあたしのカラダになれば、いくらでも生きてられて色んなチャレンジできるじゃん!」



目が覚めたらやはり入れ替わったまんまかもしれないけれど、元に戻るのはゴメンだ。



フキさんは寂しそうな笑みを見せた。



「そうはいかないさ…そりゃあね、あんさんは死にたくてしょうがない、わたしゃ生きたくてしょうがない…そんな二人が入れ替わったのだから、ちょうど良いじゃないかって気もしたがねぇ、あんさん今後しばらくまだつらいかもしれんがね、全く一人って訳じゃなかろう?」



ああ、フキさんってば、なに言ってんだよ!!

あたしにはトモダチもいなくてケーベツしかされてないって、さっきフキさんに言ったばっかなのに…。



「そりゃあさ、フキさんにはもう死んじゃったとはいえ愛するダンナいたんだし、友達もいたんでしょ?あたしなんかボッチなんだよ?」



そう、なんだかんだフキさんには支えていてくれる人がいたじゃんかよ…って、言いたかった。



「あんさんには理解してくれる父親もいるし、親身になってくれるカウンセラーさんがいるだろ?友達や恋人は、あんさんがその気になればできると思うがね」



こう言われ、あたしは思わず反論した。



「いやさ、オヤジや藤堂さんが心配して色々気ぃ使ってくれてんのわかってるけどさ、やっぱタメの友達とかって必要なんだよ…フキさん、その気になりゃ…なんて言ってんけどさ、絶対できるって保証あんの?」



ここでフキさん、フッと笑った。



「おお、ごめんよ、笑ってしまって!いつだったか私も同じような台詞言ったもんだからね…今のあんさんには同世代の友達が必要にかんじるのだろうね。ああ、いやだねぇ、年とると色んなことを忘れてしまう、私はどうやって乗り越えてきたのやら…時が解決した…と言ってもいいのかもしれんが、やはり未だにあの頃の悪夢見るときあるし、見知らぬ男に恐怖心抱くからねぇ、こんなシワくちゃになっても…」



「なんだよ、フキさんだってなんだかんだトラウマ抜けきれてないじゃん!それなのになんで生きたがる!?それって、やっぱ…」



やっぱ、シワくちゃのばーさんになったから?と失礼なコト言いかけて、口をつぐんだ。

と、あたしの言いたかったことをわかったかのように、フキさんコトバをつないだ。


「まあね、シワくちゃのばーさんになったゆえ、男からそういう目で見られなくなった気楽さで生きやすくなったのもあるがね、それ以前に生きていると悲しいことやつらいことばかりでなく、楽しいことや嬉しいこともたくさんあるものだから…」



ここでフキさん、突然コトバに詰まった。

なんだか思い詰めたような表情カオしてる。

とりあえずあたしは続きのコトバを待つことにした。

しばらく黙ったまんまのフキさんはやがて口を開き、ひとことひとこと噛み砕くようにつぶやいた。



「だから…だから………」



ここで急にあたしのこと抱きしめた。

フワリとフキさんのニオイをかんじた。

年寄りのニオイってニガテだったけど、

今では平気に…とくにフキさんのは大丈夫だった。

全体的に痩せてゴツゴツはしていたけれど、

あったかいな…と思った。

しばらくしてフキさんはあたしを抱きしめたまま耳もとでささやいた。


「生きてくれと押しつけるもんじゃないのはわかってるよ…」



ここであたしを抱きしめるフキさんの腕にギュッとチカラがこめられた。

入れ替わってたからわかるけど、フキさん腕が不自由とまではいかないけれど、ちょっとチカラが入りにくい。

抱きしめられて苦しくはなかったけど、

ちょっと戸惑った。



「絵留美……あんさんに出逢えて、本当に本当に良かったよ…」



そんなセリフを人に言ってもらったのって、

14年間生きてて多分初めてだった。

あたしの目から涙が自然にあふれてきた。

やがて目の前が涙で見えなくなり、意識が遠のいていった…。

















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