第28話 祈り
ここは病院のERという救命救急室前。
興奮し声を荒げて怒鳴り続けた絵留美が咳き込んだと思ったら、突然グッタリした。
咳き込む絵留美がそのまま意識なくなったもんだから、たまげた。
「どうしたんだい!?」
私は慌ててグッタリした絵留美の身体を支えようと両腕を触ったら、すごい熱をだったので仰天した。
「主任さん大変だ!すごい熱だ!」
思わず叫ぶ。
「なんだって!?」
新田主任は慌てて駆け寄る。
「絵留美…絵留美ーっ!」
問いかけにも答えない。
即搬送されたんだが、当然救急車に付き添いは一人だけしか乗られない。
新田主任が乗り込んで、後から連絡をもらって駆けつけた次第だ。
――神様…どうか絵留美を助けてください…――
私は神に祈る。
私らの世代は比較的信心深い者が多いのだが、私自身はあんな体験をしたせいなのか、
世代にしては信じられないほうかもしれない。
だが、今度ばかりは祈らずにはいられない、
こんなに祈ったのははじめてかもしれない。
――神様…このままだとあの娘っ子が不憫です。死んでしまうなら、どうか…どうか私らの
「絵留美ちゃんの具合、どうでしょうね…」
待ち合い室のソファーで自分の隣に座っていた藤堂真由美は、不安そうにつぶやく。
この救急病院へは彼女と一緒に駆けつけた。
「なあ、藤堂さん…なんとか元通りにできないかね?」
ダメでもともと、訊いてみる。
「正直私にもわかりません」
藤堂さんはそう言って
「お二人が元に戻れるお手伝いができればとこうして駆けつけましたが、方法がヒプノセラピーという催眠療法しか思いつかないんです」
その言葉を耳にした私は驚いた、
「催眠術だって!?」
「ああ、驚いてしまうのは無理もないですよね…昔流行っていた怪しいイメージありますよね…でも安心してください、おかしなことにはならないですから」
いつもの私だったら、こんな怪しく胡散臭い話には乗らないのだが、背に腹はかえられない。
「ちゃんと元に戻れるんだろうね?」
「やってみなければわかりません」
考えている時間はない、だが、どうなんだろう…。
迷っていたら、ER室の扉が開いて新田主任が現れた。
日頃精悍な印象の男が憔悴しきった様子で出てきたので、いやな予感がした。
「どうだった!?」
私は立ち上がり、思わず大声を出してしまう。
新田主任は沈痛な表情だった。
「インフルエンザだ」
この言葉に私は絶句した。
なぜ!?予防接種をしっかり打ったはずなのに?!
次の瞬間私は藤堂真由美の肩をゆすっていた。
「戻しとくれ、今すぐ!」
すると私につられたのか、新田主任まで藤堂真由美に詰め寄った。
「藤堂!オレからも頼む!なんとかしてくれ!」
「ちょ、二人とも落ち着いて!」
ここでER室の扉が再び開き、今度は絵留美の処置に当たっていた医師が出てきた。
「ご家族のかたに連絡はつきましたか?」
この言葉を受けた新田主任は、
「そんなに悪いのか!」
と、今度は医師に詰め寄った。
白衣にマスク姿でメガネをかけた男性で顔立ちはよくわからないが、年のころ新田主任とさほどかわらないように見える医師は動じず、
「今のところ容態は落ち着いてはいますが、お年がお年なのでいつなにが起きてもおかしくはありません」
と冷静に答える。
「そこをなんとか!」
見た目が86になる老婆の姿でも、中身はまだ14になったばかりの娘であることを知っている新田主任は必死だ。
私からも同様に医師にお願いしたいところだ。
「こちらも全力を尽くしていますんで」
と、事情をなにも知らない医師はけんもほろろだ。
ひとまず落ち着いてきたということで、
病室へ移されることになった。
こちらが希望するでもなく個室をあてがわれたので、本当にいつお迎えがきてもおかしくないほど危険なのかもしれない。
――神様…どうか今すぐ元通りにしてください。私はどうなっても構いません…――
祈るしかなかった。
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絵留美は青ざめた顔をし横たわり呼吸器をつけられ、腕にはいくつもの点滴に繋がれていた。
意識はまだ戻らないようだった。
「ダメもとでヒプノセラピー…、いえ、催眠やってみます」
普通に考えたら新田主任も催眠という言葉を怪しむと思うのだが、彼も必死なようで、
「頼む…」
懇願するように依頼していた。
「では、やってみましょう。この病室に補助ベッドはあるかしら?」
そこは新田主任が動き、絵留美の寝ているベッドの下から難なく引き出してくれた。
「これでいいか?」
「さすが新田くん、バッチリね」
「なにおっぱじめるかわかんねぇけどよ、オレ出ていたほうがいいか?」
「お好きに…と言いたいとこだけど、ご家族のかたも来るなら引き止め役を引き受けて欲しいかな?」
「了解」
新田主任が出ていったあと、藤堂真由美はカギをかけた。
「さあはじめましょうか」
こうして病室は絵留美と藤堂真由美と私の三人になった。
私は言われたとおり補助ベッドに横たわった。
「セッション入る前に、絵留美ちゃんの手に触れてみてください。身体の一部が繋がっていたほうが、もしかしてうまくいくかもしれませんので…ちょっと失礼します」
藤堂真由美はそう言って私の手を取り、絵留美の手と重ねた。
その手は紛れもなく私の身体…。
まだ14歳になったばかりの絵留美が、
入れ替わってしまったばかりにしわくちゃの手になってしまっているという事実が改めて泣けてくる。
――なにがなんでも元に戻らなければ…もしかしたら私はこのままあの世へ行くのかもしれない…――
私は覚悟を決めた。
「はい、目を閉じて深ーく息を吸ってー、息をゆーっくり吐いてください」
藤堂真由美の心地よい声が病室内に響く。
彼女に言われたとおりに深呼吸をしていると、不思議と意識が遠のいていった。
ゆっくりゆっくり…ひとつずつ階段を降りていくような錯覚に陥った…。
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